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受け継がれる技師の魂
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クトゥルプスを倒しツクヨを回収したシン達の海賊船は、霧の中を当ても無く進んで行く。だが闇雲に進んでいるのとは少し違い、彼らはある仮説を立てて海を渡る。
ロロネーの船団から逃れた後、チン・シー海賊団本隊とそれに追従する海賊船達は、霧を抜ける為に後方へ直進して行った。しかし、彼らを呑み込む濃霧には終わりが無く、いくら一直線に進もうと逃れることが出来なかった。
そこで彼らは、この濃霧には幻覚のような作用が働いているのでは無いかと仮説を立てた。故に知らず知らずの内に、濃霧の中をぐるぐると回っているのでは無いだろうか。
周囲の探知や捜索は効果を得ず、不確かな情報として現れるのみ。肉眼では船の周囲を確認するので精一杯。とても遠くなど見渡せたものではない。
視界だけでなく術や魔法、船の機材にまで障害を及ぼす濃霧など自然発生したものではない。そこで、シン達を乗せた海賊船の操縦士は航路をやや斜めにし、軌道を僅かにズラすことで霧の中を隈なく探索しようとしていたのだ。
無論、自身の感覚が惑わされる中で自らの操縦技術を信じ舵を取るのは至難の業。余程優れた技術と経験がなければ、そこまでのことは出来ないだろうと船員達を唸らせる。
クトゥルプスの襲撃で操縦士を軒並み失ったこの海賊船で舵を握る者とは、グラン・ヴァーグにてその名を知らぬ海賊はいないとまで言わしめる“ウィリアム・ダンピア“の養子、ツバキであった。
ツクヨが治療を受け眠りについた時、既にツバキは動けるくらいにまで回復していたのだった。治療を行なっていた船員曰く、まさかこんなに早く自らの足で歩けるまでになるとは思ってもいなかったようで、まるで奇跡だと口々に述べた。
しかし、万全の態勢でないのも確か。操縦桿を握る少年の細い腕はプルプルと震え、今にも手を離し崩れ落ちてしまいそうなほどか弱い。だが、彼の絶妙なバランス感覚を他者の手助けで変えてしまえば、濃霧を進んで行くことなど出来なくなってしまう。
「大丈夫か・・・?ツバキ・・・」
ツクヨの治療を見届け、安全圏に到達するのを確認し操縦室でこの海賊船の行く末を託された少年の元へやって来たシンが、期待の重圧に押し潰されそうになるツバキを心配し声をかける。
手にした操縦桿に意識を集中させながら、シンの言葉に耳を傾けるツバキ。少しの間が置かれ、邪魔してしまったかとシンが謝罪しようとしたところで、少年は絞り出したかのように返しの言葉を発する。
「大・・・丈夫。俺を誰だと思ってるんだ・・・?海賊界隈にその名を馳せる、ウィリアム・ダンピアの・・・一番弟子だぜ?」
明らかな疲労感と、ゴールの見えない航路に焦燥の色を隠しきれない彼の表情。無事に彼らを本隊と合流させることが出来るのか、それまで自身の身体が保つのか。幼き子供が心配するようなこととは到底思えない。
彼もまた、少年である前に一人前のプロなのだと言うことだろう。彼は操縦桿を握る前にも船の状態を聞き、必要最低限の修繕と今ある物資を有効活用し、少しでも長くこの海賊船を船としていさせる為の改造を施す指示を出していた。
初めは子供の言うことなど誰も信じようとはしなかったが、彼がウィリアムの弟子であると聞き、その態度は一変した。如何に海賊の世界で彼の名が知れ渡っているのかが伺える。
それだけではない。多少なり船の知識がある者ならば、彼の助言が船にどのような効果をもたらすのか想像がつくというもの。見てくれで信用されなくとも、ウィリアムから受け継いだ技術はそれを帳消しにするほど偉大なものなのだ。
「あぁ・・・そうだったな。それに、このレースでお前は彼を越えるんだろ?」
これ以上彼の気を散らす訳にはいかないと、シンは彼の強がりに乗っかり更には気力を持たせる為に発破をかける。その意を汲んだのか、彼も強張っていた口元を緩めて笑みを浮かべると、シンの方を振り返ることなく操縦桿により一層の集中力を注ぎ込む。
話を終え、操縦室を後にしようとしたシンに、船員の一人が申し訳なさそうな表情で彼に話しかけて来た。
「申し訳ない、病み上がりの彼にこんなことをさせてしまって・・・」
「いや、大丈夫だ。・・・それに、彼自身が望んでのことだ。傷ついた船を、このまま一人で沈める訳にもいかない・・・。造船技師として、船の最期を華々しく飾ってやりたいんじゃないか?」
最早、彼らを乗せている海賊船が今まで通りに動くことはない。ツバキが施した修繕や改造はあくまで延命処置であり、船としての死は避けられない。誰しもが薄々とそれを感じ取っていた。
「今の我々には彼が必要だ・・・。もし本隊と合流出来たのなら、手厚い対応をしてもらえるよう計るつもりだ。それでどうか手を打ってくれ」
今、この船に沈没されて困るのは彼らだけではない。この海賊船に積んであるシン達の船を失う訳にはいかず、かといってツバキのボードだけでは精々二人しか連れ出すことが出来ない。
既にシン達の命運も彼らと共にあるのだから。
ロロネーの船団から逃れた後、チン・シー海賊団本隊とそれに追従する海賊船達は、霧を抜ける為に後方へ直進して行った。しかし、彼らを呑み込む濃霧には終わりが無く、いくら一直線に進もうと逃れることが出来なかった。
そこで彼らは、この濃霧には幻覚のような作用が働いているのでは無いかと仮説を立てた。故に知らず知らずの内に、濃霧の中をぐるぐると回っているのでは無いだろうか。
周囲の探知や捜索は効果を得ず、不確かな情報として現れるのみ。肉眼では船の周囲を確認するので精一杯。とても遠くなど見渡せたものではない。
視界だけでなく術や魔法、船の機材にまで障害を及ぼす濃霧など自然発生したものではない。そこで、シン達を乗せた海賊船の操縦士は航路をやや斜めにし、軌道を僅かにズラすことで霧の中を隈なく探索しようとしていたのだ。
無論、自身の感覚が惑わされる中で自らの操縦技術を信じ舵を取るのは至難の業。余程優れた技術と経験がなければ、そこまでのことは出来ないだろうと船員達を唸らせる。
クトゥルプスの襲撃で操縦士を軒並み失ったこの海賊船で舵を握る者とは、グラン・ヴァーグにてその名を知らぬ海賊はいないとまで言わしめる“ウィリアム・ダンピア“の養子、ツバキであった。
ツクヨが治療を受け眠りについた時、既にツバキは動けるくらいにまで回復していたのだった。治療を行なっていた船員曰く、まさかこんなに早く自らの足で歩けるまでになるとは思ってもいなかったようで、まるで奇跡だと口々に述べた。
しかし、万全の態勢でないのも確か。操縦桿を握る少年の細い腕はプルプルと震え、今にも手を離し崩れ落ちてしまいそうなほどか弱い。だが、彼の絶妙なバランス感覚を他者の手助けで変えてしまえば、濃霧を進んで行くことなど出来なくなってしまう。
「大丈夫か・・・?ツバキ・・・」
ツクヨの治療を見届け、安全圏に到達するのを確認し操縦室でこの海賊船の行く末を託された少年の元へやって来たシンが、期待の重圧に押し潰されそうになるツバキを心配し声をかける。
手にした操縦桿に意識を集中させながら、シンの言葉に耳を傾けるツバキ。少しの間が置かれ、邪魔してしまったかとシンが謝罪しようとしたところで、少年は絞り出したかのように返しの言葉を発する。
「大・・・丈夫。俺を誰だと思ってるんだ・・・?海賊界隈にその名を馳せる、ウィリアム・ダンピアの・・・一番弟子だぜ?」
明らかな疲労感と、ゴールの見えない航路に焦燥の色を隠しきれない彼の表情。無事に彼らを本隊と合流させることが出来るのか、それまで自身の身体が保つのか。幼き子供が心配するようなこととは到底思えない。
彼もまた、少年である前に一人前のプロなのだと言うことだろう。彼は操縦桿を握る前にも船の状態を聞き、必要最低限の修繕と今ある物資を有効活用し、少しでも長くこの海賊船を船としていさせる為の改造を施す指示を出していた。
初めは子供の言うことなど誰も信じようとはしなかったが、彼がウィリアムの弟子であると聞き、その態度は一変した。如何に海賊の世界で彼の名が知れ渡っているのかが伺える。
それだけではない。多少なり船の知識がある者ならば、彼の助言が船にどのような効果をもたらすのか想像がつくというもの。見てくれで信用されなくとも、ウィリアムから受け継いだ技術はそれを帳消しにするほど偉大なものなのだ。
「あぁ・・・そうだったな。それに、このレースでお前は彼を越えるんだろ?」
これ以上彼の気を散らす訳にはいかないと、シンは彼の強がりに乗っかり更には気力を持たせる為に発破をかける。その意を汲んだのか、彼も強張っていた口元を緩めて笑みを浮かべると、シンの方を振り返ることなく操縦桿により一層の集中力を注ぎ込む。
話を終え、操縦室を後にしようとしたシンに、船員の一人が申し訳なさそうな表情で彼に話しかけて来た。
「申し訳ない、病み上がりの彼にこんなことをさせてしまって・・・」
「いや、大丈夫だ。・・・それに、彼自身が望んでのことだ。傷ついた船を、このまま一人で沈める訳にもいかない・・・。造船技師として、船の最期を華々しく飾ってやりたいんじゃないか?」
最早、彼らを乗せている海賊船が今まで通りに動くことはない。ツバキが施した修繕や改造はあくまで延命処置であり、船としての死は避けられない。誰しもが薄々とそれを感じ取っていた。
「今の我々には彼が必要だ・・・。もし本隊と合流出来たのなら、手厚い対応をしてもらえるよう計るつもりだ。それでどうか手を打ってくれ」
今、この船に沈没されて困るのは彼らだけではない。この海賊船に積んであるシン達の船を失う訳にはいかず、かといってツバキのボードだけでは精々二人しか連れ出すことが出来ない。
既にシン達の命運も彼らと共にあるのだから。
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