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第一章 天使な沙織
沙織は甘やかされる
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そろーっと、忍び足で厩舎の中に入る。
馬たちは私のことを認知してくれているみたいで、ちらほらと優しい視線を投げかけてくれる。
「ありがとう……」
朝に顔を出せなくて申し訳なかったけど、なんだかそれだけで救われたような気がした。
いつまでも過去にとらわれていてはだめだ。
言葉がわからなくたって、あの子がいなくなったって、私は馬と一緒にいることを決めたのだから。
「あら、来てたのね」
「嫩先輩!?」
いつの間にいたのだろう。
それとも、最初から私の背後にいたのだろうか。
「朝、部活に来なかったから心配したのよ? 沙織ちゃんが部活休むなんて考えられないから」
「す、すみませんでした……」
「なんで謝るの? あ、もしかしてわざと休んだのかな?」
「え、いや、ちがっ……」
嫩先輩の口調は軽いものだったから、本気で言ったわけではない……と思う。
だけど、責められているように感じるのは、私の気の持ちようが変なのだろうか。
それよりも、心配したと言ってくれたのだから、それに関しての感謝を述べなくては。
「あの、ほんとにすみませんでした。それと……心配してくれてありがとうございます」
私がそうちゃんと伝えられると、嫩先輩は満足そうに微笑んだ。
そして、ごく自然に私の頭に手を乗せて優しくぽんぽんしてくれた。
「なにかあったの?」
「……へ?」
嫩先輩のあたたかい手の感触に驚いていると、聖母のようなまなざしで不安げに聞かれた。
きっと、本気で心配してくれていたのだろう。
嫩先輩はいつも周りのことをよく見ていて、些細な変化にもするどく気づく人だから。
だから私も、嫩先輩には気を許せる。
でも、今朝のことを話すのは気が引ける。
過去のことを思い出していたなんて話すのは、重すぎやしないだろうか。
夕陽先輩に話したのはそうせざるを得なかっただけで、いきなり話すのはなにかが違うような気が……
私がためらっていると、嫩先輩は突然頭を掴んで引っ張ってきた。
「ほらほら」
「ひゃあっ!?」
そしてそのまま……嫩先輩の豊満なそれにダイブした。
「……ふぁっ!?」
「よしよし、大丈夫よ」
なにが大丈夫なのかわからない。
っていうか苦しい。窒息死しそう。
嫩先輩は意外に力があるようで、離れようにも離れられない。
「いい子いい子。怖くない怖くない」
「んむむむぅっ!」
小さい子どもみたいにあやされている。
私、もうそんな歳じゃないんだけど!?
……あ、酸欠でフラフラしてきた。
私はこのまま嫩先輩の胸の中で死ぬ運命だったのかもしれない。
「あら? 沙織ちゃん、大丈夫?」
「げほっげほっ。だ、大丈夫……です……」
苦しすぎて涙が出てきたけど、強がってそう答える。
また心配をかけてもいけないし。
それよりも、思っていたより柔らかかった。
なんだかよくわからない胸の高鳴りを感じた。
「ごめんね。加減がわからなくて……ほんとに平気?」
「だっ、大丈夫です……っ! そりゃ、びっくりはしましたけど……」
「あらあら、ごめんね。次はもっと優しくするから」
「そ、そういう問題じゃないような……?」
問題点を履き違えているらしい嫩先輩にそれとなくツッコミつつ、なぜこんなことをするに至ったかを聞いてみる。
「あの、嫩先輩。なぜこんなことを?」
「え? だって、なにかに悩んでいたから朝練来なかったんじゃないの?」
――当たっている。
この先輩は、本当に心が読めるんじゃないかと本気で疑った。
「とは言っても、ほとんど消去法みたいなものね。沙織ちゃんは馬が好きだから、ただの遅刻ならギリギリになっても来るだろうし。見たところ大きな怪我もないようだから、事故に遭ったわけでもなさそう。それで、精神的になにかあったのかなって」
すごい。この先輩は本当にすごい。
消去法とは言っているが、その前提として相手のことを理解していないとそこにたどり着かない。
相手のことをわかっていないと、変な答えにたどり着いてしまう恐れがある。
当然のように正解にたどり着く先輩が恐ろしくて……そして魅力的だった。
そんなことを伝えても、なんにもならないけど。
「嫩先輩は……すごいですね」
「ふふっ。おだててもなにも出ないわよ?」
そう言いつつ私の頭を優しく撫でてくれる先輩は、やっぱり色んな意味ですごいと思った。
「それで、大丈夫なの?」
「は、はい……もう大丈夫です。ルームメイトの夕陽先輩に話したらスッキリしたので」
「夕陽……? あ、日野夕陽ちゃんね。あまりお話したことないからすぐに名前が出なかったわ」
あまり話したことがないと言っている割にはフルネームが出てくるの早かったような……
しかも、名前だけじゃなくてちゃんとだれかわかっているみたいだし。
嫩先輩、まじリスペクトっす。
「ところで、夕陽ちゃんと仲良いの?」
「へっ? えーっと……ルームメイトとしてはそれなりにやっていけてると思いますけど……」
「そうなのね。それじゃあ――今度三人でお出かけしましょうか」
それじゃあの意味がよくわからない。
というか、どうしてそうなった?
私の脳みそが唐突な混乱で埋まる中、嫩先輩は楽しそうに口角を上げるのだった。
馬たちは私のことを認知してくれているみたいで、ちらほらと優しい視線を投げかけてくれる。
「ありがとう……」
朝に顔を出せなくて申し訳なかったけど、なんだかそれだけで救われたような気がした。
いつまでも過去にとらわれていてはだめだ。
言葉がわからなくたって、あの子がいなくなったって、私は馬と一緒にいることを決めたのだから。
「あら、来てたのね」
「嫩先輩!?」
いつの間にいたのだろう。
それとも、最初から私の背後にいたのだろうか。
「朝、部活に来なかったから心配したのよ? 沙織ちゃんが部活休むなんて考えられないから」
「す、すみませんでした……」
「なんで謝るの? あ、もしかしてわざと休んだのかな?」
「え、いや、ちがっ……」
嫩先輩の口調は軽いものだったから、本気で言ったわけではない……と思う。
だけど、責められているように感じるのは、私の気の持ちようが変なのだろうか。
それよりも、心配したと言ってくれたのだから、それに関しての感謝を述べなくては。
「あの、ほんとにすみませんでした。それと……心配してくれてありがとうございます」
私がそうちゃんと伝えられると、嫩先輩は満足そうに微笑んだ。
そして、ごく自然に私の頭に手を乗せて優しくぽんぽんしてくれた。
「なにかあったの?」
「……へ?」
嫩先輩のあたたかい手の感触に驚いていると、聖母のようなまなざしで不安げに聞かれた。
きっと、本気で心配してくれていたのだろう。
嫩先輩はいつも周りのことをよく見ていて、些細な変化にもするどく気づく人だから。
だから私も、嫩先輩には気を許せる。
でも、今朝のことを話すのは気が引ける。
過去のことを思い出していたなんて話すのは、重すぎやしないだろうか。
夕陽先輩に話したのはそうせざるを得なかっただけで、いきなり話すのはなにかが違うような気が……
私がためらっていると、嫩先輩は突然頭を掴んで引っ張ってきた。
「ほらほら」
「ひゃあっ!?」
そしてそのまま……嫩先輩の豊満なそれにダイブした。
「……ふぁっ!?」
「よしよし、大丈夫よ」
なにが大丈夫なのかわからない。
っていうか苦しい。窒息死しそう。
嫩先輩は意外に力があるようで、離れようにも離れられない。
「いい子いい子。怖くない怖くない」
「んむむむぅっ!」
小さい子どもみたいにあやされている。
私、もうそんな歳じゃないんだけど!?
……あ、酸欠でフラフラしてきた。
私はこのまま嫩先輩の胸の中で死ぬ運命だったのかもしれない。
「あら? 沙織ちゃん、大丈夫?」
「げほっげほっ。だ、大丈夫……です……」
苦しすぎて涙が出てきたけど、強がってそう答える。
また心配をかけてもいけないし。
それよりも、思っていたより柔らかかった。
なんだかよくわからない胸の高鳴りを感じた。
「ごめんね。加減がわからなくて……ほんとに平気?」
「だっ、大丈夫です……っ! そりゃ、びっくりはしましたけど……」
「あらあら、ごめんね。次はもっと優しくするから」
「そ、そういう問題じゃないような……?」
問題点を履き違えているらしい嫩先輩にそれとなくツッコミつつ、なぜこんなことをするに至ったかを聞いてみる。
「あの、嫩先輩。なぜこんなことを?」
「え? だって、なにかに悩んでいたから朝練来なかったんじゃないの?」
――当たっている。
この先輩は、本当に心が読めるんじゃないかと本気で疑った。
「とは言っても、ほとんど消去法みたいなものね。沙織ちゃんは馬が好きだから、ただの遅刻ならギリギリになっても来るだろうし。見たところ大きな怪我もないようだから、事故に遭ったわけでもなさそう。それで、精神的になにかあったのかなって」
すごい。この先輩は本当にすごい。
消去法とは言っているが、その前提として相手のことを理解していないとそこにたどり着かない。
相手のことをわかっていないと、変な答えにたどり着いてしまう恐れがある。
当然のように正解にたどり着く先輩が恐ろしくて……そして魅力的だった。
そんなことを伝えても、なんにもならないけど。
「嫩先輩は……すごいですね」
「ふふっ。おだててもなにも出ないわよ?」
そう言いつつ私の頭を優しく撫でてくれる先輩は、やっぱり色んな意味ですごいと思った。
「それで、大丈夫なの?」
「は、はい……もう大丈夫です。ルームメイトの夕陽先輩に話したらスッキリしたので」
「夕陽……? あ、日野夕陽ちゃんね。あまりお話したことないからすぐに名前が出なかったわ」
あまり話したことがないと言っている割にはフルネームが出てくるの早かったような……
しかも、名前だけじゃなくてちゃんとだれかわかっているみたいだし。
嫩先輩、まじリスペクトっす。
「ところで、夕陽ちゃんと仲良いの?」
「へっ? えーっと……ルームメイトとしてはそれなりにやっていけてると思いますけど……」
「そうなのね。それじゃあ――今度三人でお出かけしましょうか」
それじゃあの意味がよくわからない。
というか、どうしてそうなった?
私の脳みそが唐突な混乱で埋まる中、嫩先輩は楽しそうに口角を上げるのだった。
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