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第一章 天使な沙織

沙織の夢の内容

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「もー、勘弁してくれよな……」
「……ごめんなさ~い……」

 あの後、夕陽先輩が部屋まで運んでくれたらしい。
 近くにいた人たちも手伝ってくれたみたいだから、その人たちにも感謝しなきゃ。
 とにかく、今日は早く寝たい。

「ふぅぅ……」

 心を落ち着かせるために息を吐く。
 たくさんの人に迷惑をかけて、本当に申し訳ないと思う。
 しかも、その理由が体調が悪くなったとかじゃなく、考えすぎだなんて恥ずかしすぎる。
 だれにも迷惑かけないように、もう寝てしまおうか。

「夕陽先輩……おやすみなさい……」
「ん? あぁ、わかった」

 髪の毛はまだ少し濡れているけど、乾かす気力なんてなかった。
 そんなにも疲れていたからか、その日は変な夢を見た。

 ☆ ☆ ☆

「沙織ちゃん……」
「嫩先輩。どうしたんですか……?」

 嫩先輩はなにかを言いたげに、ちらちらと遠慮がちにこちらを見ている。
 用があるなら、はやく話せばいいのに。

「えっと……甘えてもいいかしら?」
「なんの脈絡もないですね!?」

 嫩先輩はどっちかというと甘やかす側というか、そういう甘えん坊キャラとは程遠いイメージだった。

 でも星花女子学園は、その名の通り女子校だ。
 私も女子校に通っている身として実感しているのは、女子同士の距離が近いということ。
 もしかしたら、嫩先輩はそういうのに触発されているのかもしれない。

 そういうことなら……と、頬が赤くなりながらも腕を広げた。

「ど、どうぞ来てください……っ!」
「え、いいの!?」

 嫩先輩はパァーっと目を輝かせて、嬉しそうにその場で軽くジャンプした。
 ……そんなに嬉しいの?
 先輩に対してこう思うのは失礼かもしれないけど、犬とか猫とかを見ているようで、思わず頬がゆるんだ。

「じゃあ失礼するわね」
「は、はい、どうぞ……」
「えへへ、ありがと~」

 嫩先輩は笑顔のまま、私に抱きついてきた。
 その瞬間、この場がピンク色に染まった……ような気がした。

「沙織ちゃんとこういうことができて嬉しいわ」
「そ、そうですか? 嫩先輩が嬉しいならよかったです……」

 嫩先輩の身体はすごく柔らかくて、味わったこともないような快感に襲われた。
 この柔らかさは殺人級だ。
 しかも、キスでもできてしまいそうなほどに距離が近い。

 ……なんだかそう考えた途端に、急激に恥ずかしくなってきた。
 女の子同士のスキンシップだとか、軽く考えていた少し前の自分を殴りたい。

「沙織ちゃん……私、沙織ちゃんのことが……」

 ☆ ☆ ☆

 ガバッと、勢いよく飛び上がる。
 なんて夢を見ているんだ。
 罪悪感と羞恥心とで、頭がおかしくなりそうだ。

 穴があったら入りたい。
 ここで穴を開けても下の階の人に迷惑かかるから無理だけど。

「はぁぁぁ……私が告白するならまだしも、嫩先輩に言わせるなんて……」

 厚かましすぎる。
 そもそも、先輩が私のことなんて好きになってくれるのか。
 ……ないな。私には好かれる要素がなさすぎる。

「って、まだ5時じゃん……」

 ふと辺りを見回すも、うっすらとした明かりがあるだけで夜明けにはまだ遠いような闇が広がっていた。
 夕陽先輩もぐっすりお休み中のようだ。
 時々寝息が聞こえてくる。

 でも、寝ている間に暴れたのか、布団がめくれてしまっていた。
 夕陽先輩は寝相悪いところあるからなぁ。
 私は夕陽先輩のベッドへ近づき、そっと布団をかけ直す。
 風邪でも引いてしまったら大変だ。

「これでいいかな……」

 夕陽先輩の布団をちゃんとかけ直せたことを確認し、自分のベッドへ戻る。
 でも、あんな夢を見たあとで寝付けるわけがなかった。
 布団に潜ってヒツジを数えるも、百とちょっとを数えた辺りでどこまで数えたのかわからなくなってしまい、「どこまで数えたか」ということに意識が向いてしまってなかなか寝付けない。

「明日も部活あるんだけど……寝不足だと集中できなくて、乗ってる子に申し訳ないんだよなぁ……」

 だからなんとしても寝て、体力をつけないといけないんだけど。
 夢の内容が強烈すぎて、忘れようとすればするほど鮮明に思い出されてしまう。

 今までこんなことはなかった。
 嫩先輩のことも、頼れるお姉さんくらいにしか思っていなかった。
 それなのに、どうしてこんな夢をしてしまったんだろうか。
 確かに嫩先輩のことは好きだけど、それは恋愛感情としての意味じゃない。

 恋愛感情がどういうものなのか、自分でもよくわかってないけど、違うということだけは言える。
 ……いや、そうやって必死になっている時点で恋愛感情があるのでは……

「うぅぅ……わかんないよぉ……」

 とりあえず今断言できることは、このまま自分は寝られないだろうということだけだ。
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