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09 ニナの元結婚相手

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「今日も手紙はなしか……」


 注文書くらいしか入ってない郵便受けを見ては、ため息をつく。情けないことにそれが、俺の日課になってしまったようだ。


 ニナの幸せはやはり王都にあったのだろう。学生の頃と同じように、どんなに俺に懐いていても、振り返りもせず自分の世界に戻っていく。


(最初からわかっていたことじゃないか……)


 しかも今回は自分から「王都に帰ったほうがいい」と言ったんだ。何も言わずに出て行きはしたが、ニナは俺が言ったことを守ったようなものなのに。


「それにしても、挨拶くらいしていけばいいのに。薄情なやつだな」


 もちろん本気で怒ってるわけじゃない。ただ中途半端に浮いてしまった気持ちを、どこに着地させればいいのかわからないでいた。


 俺はこの町を離れられない。この薬屋が無くなったら、近隣の村まで困ってしまうからだ。別にここから出ていくつもりもないし、責任感から縛られているわけでもない。俺はこの素朴な田舎町が好きで、ここで暮らしたいと思っている。


 でも大切なものが突然去っていくつらさには、思っていた以上に慣れていなかったようだ。突然プツンと糸が切れたようにニナとの関係が終わり、寂しさが俺を襲っていた。


 久しぶりの温かい食事。たわいのない会話をしながら過ごす日々は楽しかった。まるで両親と暮らしている頃に戻ったみたいに幸せだったのだ。


「はあ……だから初日に帰ってくれれば良かったのに」


 与えておいて奪われる。それがどんなに残酷なことか。それならばいっそ、何も知らないほうが良かったのかもしれない。そんな八つ当たりの気持ちを吐き出すことしか、今の俺にはできなかった。


 そんな心の整理がつかない日々を過ごしていたある日のこと。


「きゃあああ! 先生! 助けてください!」


 早朝、突然ニナの声で起こされた。一瞬夢かと勘違いするほど、妙なトーンの叫び声。それでもたしかに家の外から聞こえてきて、俺は勢いよくベッドから飛び出した。そのまま声がしたほうに走っていくと、薬草畑にニナと一人の男が立っていた。


「ニナ!」
「先生!」


 見たことがない男が、ニナの首に腕をまわし拘束している。


「誰だおまえは! ニナを離せ!」
「フン。おまえが噂の先生か。俺はニナの婚約者のレオンだ。おまえがいるからニナは俺と結婚しないと言うから、わざわざこんな田舎まで来るはめになったんだ」


(レオン? もしかしてニナとの結婚式で女と逃げたヤツか?)


 痩せこけた顔に無精ひげを生やしたその男は、俺に向かって一枚の紙を飛ばした。その紙は魔術が施されているようで、ほのかに光っている。足元に落ちたその紙を拾い上げると、思わず目を疑った。


 なぜならその紙には「私アンリ・ウィルソンは、ニナ・コートニーと婚姻関係を結びません」と書いてあったからだ。



「おまえはこの女に迷惑してるんだろう? それなら正式に結婚しないと誓え。その紙にサインすれば、おまえの望んでる平穏な生活が手に入るぞ」
「先生……」


 ニナの震える声が耳に届いた。俺を見つめる目はゆらゆらと揺れて不安げだ。しかし男はそんなニナを説得するように、優しく語りかけている。


「ニナ、許してくれよ。あの女は遊びだったんだ。それにこの先生とやらは、おまえと結婚する気はないんだろ? 王都に帰れと言った、その意味がわかるか? あの男はな、ニナが誰と結婚しても構わないと言っているんだ」



 あまりにも身勝手なその発言に、俺の足は勝手に動いていた。


(ふざけるな! 俺がどんな思いで……っ!)


 ぶつかるようにその男に飛びかかると、ニナの首に回っていた腕を引っ張った。俺はもともと腕力が強い方ではない。それでもこの男の腕の中にニナがいて、危険な目にあっているのが耐えられなかった。


「ニナは俺の妻だ! おまえには渡さない!」


 震える手でニナの腕を取った、その時だった。
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