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08 すれ違う二人の未来
しおりを挟む数日後、件の村からお礼の手紙とたくさんの貴重な薬草が、俺の店に届けられた。どうやら無事村人たちの体調は良くなったらしい。手紙には感謝の言葉がぎっしり書かれていて、ニナはそれを知って大喜びしている。
「本当に良かったですね! これも先生が作った薬のおかげです!」
「ニナが転移の魔法陣を動かしてくれたからだよ。あれがなかったら薬を持って帰れなかっただろうし」
「そんな……はっ! これって、初めての共同作業?」
「ぷっ! 本当、おまえって……」
今日は早朝にしか咲かない薬草を採取するため、二人で小高い山に登っていた。遠くには薬を届けた村人が住んでいる山が見える。
「あんな遠い山の麓にも、暮らしている人がいるんですね……」
朝日を浴び、真っすぐに目の前の景色を見つめるニナは、全身がキラキラと光っていた。その神々しい姿を見ていると、これから言う言葉を飲み込みたい衝動が出てくる。
(ちゃんと、ちゃんと伝えなくては……)
「……あの辺りには痛みを麻痺させる貴重な薬草が採れるんだ。あの村の住人が大変な環境で育ててくれるから、大怪我した時も、痛みなく治療ができる」
「そうだったんですか」
ニナはいつもと違う俺の様子に気がついたようだ。心配そうな表情で俺を振り返った。俺は乱暴に地面に座り、震えそうになる手をぎゅっと握りしめる。
(言うんだ……これがニナのためなんだ)
「みんなそれぞれ小さな力でも、自分にできる事をやっている。おまえみたいに一人の力で大勢を助けることはできないが、それでもこの美しい世界を維持できるよう、歯車になることはできるんだと思う」
俺は数日前から考えていた結論を、とうとう口にした。
「でもニナ、おまえは違う。おまえは王都に帰って、国民の役に立つ大きなことをしろ。それがニナの役目だと思う」
「先生……」
あの魔法陣の転移を見てからというもの、俺はニナがこんな田舎にいるべきじゃないと確信した。彼女の力はたくさんの人を救える。ここでのんびり薬草を干してる場合じゃない。
思いの外自分の声が震えているのがわかった。喉の奥が痛い。それでもニナを見つめる目をそらすわけにはいかなかった。
「先生……」
ニナも俺から目をそらさない。彼女はそのまま隣に座ると、そっと俺の手を握った。
「私がこの国に結界を張ったのは、先生が国境付近に出る盗賊で困っている人がいると聞いたからです。声と映像を残せる魔術具を作ったのは、先生が家族の思い出が欲しいと言ったから」
考えもしなかったニナの発言に、俺は目を見開き、声すら出ない。もしかして俺が話していた時にメモを取っていたのは、俺の願望を叶えるためだったか? ニナは眉を寄せながら、切なそうに笑っている。
「全部先生が私を動かしてるんです。それは変えようがないんですよ」
ニナの顔がゆっくりと俺に近づいてきた。俺は固まってしまったように、動けない。いや動きたくないのかもしれない。
「私はただ、先生が……」
あと少しで唇がふれ合う、その時だった。
「あ」
ニナの瞳がパチパチとまばたきを繰り返している。そして大きなため息とともにうつむき「今ですか……」とつぶやくと、スッと立ち上がった。
「どうした?」
「……いいえ、なんでも。流れ星が落ちたかと思いました」
そう言うとニナはニコリとほほ笑んだ。嘘だと隠す気もない言葉は、これ以上聞かないでほしいということなのだろう。俺たちは気まずい空気を払うようにぎこちなく笑い合うと、そのまま山を下りた。
そして次の日の朝、ニナは元気な声で、俺にこう言った。
「先生! 私ちょっと王都に仕事に行ってきますね!」
「あ、ああ……」
夜のうちに準備していたようで、リュックを背負っている。ここに来た時と同じ姿に、胸の奥がズシンと重くなった。
「では先生、また!」
しかしその日から、ニナはこの家に帰ってこなくなった。
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