忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

二十二話 神童 (誠一)

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 「まさかお前達の方から私に会いに来てくれるとはな。我々には都合が良い」

 「私達は三人もいるのよ。いくら叔父でも対処しきれないわ。大人しくお縄につきなさい」

 まるで火花を散らすように啓二と紅葉が睨み合った。張りつめたような異様な空気で、激しい戦闘が始まる前の独特の雰囲気だった。両者ともに自分達の勝利を信じて疑わなかった。紅葉達は三対一ならば何とかなると考えていた。
 
 「ふっ、貴様ら子供に何ができる?まさか私に勝つつもりか?」

 「当たり前のことを言わせないで。私達の勝利は当然の結果よ」

 「とことん笑わせてくれる。ならば試してみると良い」

 「あとで後悔すると良いわ。私達を侮ったことをね」

 紅葉、誠一、啓二が同時に氣を解放した。これ以上の駆け引きは不要だった。それほどまでに両者の気が高ぶっていた。取り残された響は三人のやり取りを黙って見ているしかなかった。今の自分には闘う術はない。

 足を引っ張らないように気を付けなければいけない。響がその場から離れようとしたその時、無数の光り輝く矢が響達に襲い掛かった。まるで豪雨のように降り注ぐ矢は容赦なく地を抉った。辺り一面に砂塵が舞い、視界を覆い尽くした。

 「ひびきッ……」

 「大丈夫です。姉上は叔父上の警戒にッ……」

 なんとか回避に間に合った響であったが、背後から鋭い殺気を感じ取った。咄嗟の判断で後方に大きく跳躍し、その場を離れた。耳をつんざくような風切り音が聞こえたと思ったら、響が立っていた場所には槍の穂先が弧を描くように通過した。凄まじい風圧が襲い、砂塵が一瞬で晴れた。

 視界が晴れてから辺りを見渡すと、いつの間にか大勢の集団に囲まれていた。その数、百人は優に超えていた。全員が天狗の面を被っているため、顔の識別は不可能だった。その上、全員が白い着物を着込んでいた。

 啓二を崇拝する一派であることが、一目で理解できた。敵は既に氣を纏い、いつでも戦闘可能だと言わんばかりの殺気がひしひしと伝わってきた。先程の光り輝く矢と槍の攻撃も啓二を崇拝する一派による攻撃だった。

 宗家である風祭家にはニつの派閥が存在する。それが信護を筆頭とする派閥と啓二を崇拝する派閥だ。今までは良好な関係だったと思っていたが、それは響の勘違いだと気付かされた。それよりも先程から違和感を感じずにはいられなかった。

 紅葉も誠一も響も啓二を尾行しながら警戒を怠らなかった。それにも拘らず、これだけの数の人間の気配を察知できないなんてありえるのであろうか。まるで初めからこの場に誘き出すことが決まっていたかのような違和感を感じていた。

 いくら思考しても叔父の啓二の目的が分からない。響がゆっくりと考察している時間はなかった。次々と天狗の面を被った敵達が三人の兄妹に襲い掛かった。

 「紅葉、響を頼む。僕は叔父を相手する」

 「それでは誠一兄様がっ……」

 「良いから、僕に従ってくれ」

 「分かりました」

 さすがの紅葉もこの状況は想定外だったのか、焦りの色が窺える。だが、それも一瞬のこと。すぐに気を持ち直し、響の元へ向かおうとする。しかし、そう簡単に響の元へ向かうことはできなかった。

 気付いた時には三人の兄妹は個別に囲まれていた。ざっと数えるだけでも一人で四十人近くの人間を相手にしなければならない。緊迫した空気が辺りに立ち籠めた。

 「響、すぐにそちらに向かうから少しの間だけで良い。自力で耐えなさい」

 「はい」

 三対一の優位な状況から一転した。三人の兄妹は厳しい状況に追い込まれた。それでも三人は諦めることをしなかった。彼らの身体を覆う氣の輝きがそれを物語っていた。これから繰り広げられる死闘に臆する者は誰一人として存在しなかった。

 紅葉と響が天狗の面を被った敵達に囲まれている中、長男の誠一だけは状況が少しだけ違った。天狗の面を被った敵達に囲まれているところまでは響たちと同じ状況なのだが、敵たちの背後に叔父の啓二が控えていることが大きな違いである。

 啓二が操作系の魔術師である可能性が高いことは既に周知のこと。よって、啓二自ら接近戦を望むとも思えない。後方で隙を窺い、自分たちを能力で操ろうとするに違いない。誠一は瞬時に思考を巡らせ、敵に接近する。

 まずは天狗の面を被った敵達から命を刈り取っていく。背後で佇む啓二を警戒しながらも、躊躇うこともなく跳躍すると、敵の頭上に跳び込んだ。空中で体勢を整え、敵の頭を両手で掴むと、首を軽々と捻った。

 骨が折れるような鈍い音が鳴り、頸椎が綺麗に折れた。首が百八十度折れ曲がり、敵は力を失ったかのように倒れた。あまりに一瞬の出来事で、瞬きをしている余裕がなかった。誠一の動きは目で追うのが精一杯だった。

 僅か八歳の少年が躊躇いもなく仲間を殺したことに、天狗の面を被った敵達の間に動揺が走った。その上、大の大人に対して武器を持たずに、素手のみで応対する度胸と闘い慣れた身の熟し。もはや、歴戦の戦士を彷彿させた。

 それほどまでに卓越した技術を一瞬で行った。誠一は紅葉とは違い、穏やかで寡黙な少年だ。そのため、紅葉と比べると目立たない傾向にある。だが、それでも僅か八歳で不適正魔術すらも完璧に使い熟す技量と類まれなる才能を持ち合わせている。

 才能に驕らずに日々、努力を積み重ねる誠一は神童という言葉が相応しい。動揺する敵の動きが完全に停止した。誠一がその絶好の好機を逃す筈もない。敵の懐に潜り込むと、予備動作もなしに敵の胸を貫いた。

 敵の心臓部を貫いた誠一の腕は刀よりも鋭利な刃となって襲い掛かった。吹き出すような返り血を全身で浴びる誠一の姿は阿修羅そのものだった。力の差は歴然であり、強者が弱者を踏みにじるかのように軽々と命を散らしていく。

 風祭家で行われる英才教育とは絶対的強者を生み出すための教育である。敵の急所を的確に突き、素早く確実に敵を殺す容赦のないその姿は人の子とは思えなかった。

 「貴様等、子供相手に何を手こずっている?きっちりとせんかッ!!」

 啓二の怒号が飛び交い、天狗の面を被った敵達が一斉に、誠一に襲い掛かる。誠一は左右と正面から迫り来る敵を視界に捉えながら上段廻し蹴りを繰り出した。正面の敵の後頭部を蹴り飛ばすと、後転するように跳躍して左右の敵と距離を取った。

 右側の敵は雷を纏った槍を振り回し、左側の敵は強化した拳で殴り掛かってきた。誠一は流れるような動作で華麗に回避すると、大きく跳躍して上空から魔術を発動させる。空に幾何学模様が浮かび上がり、数え切れない程の剣が上空に姿を現した。

 その数、千を優に超えていた。もはや、数えるのも億劫になる量だ。大規模な魔術が展開され、敵たちは警戒心を露わにする。手慣れた動作で魔術を発動させた誠一は上空から敵を見下ろし、容赦なく叫んだ。 

 「いにしえつるぎよ、敵を貫け」

 誠一の指示に従うように幾千もの剣の豪雨が降り注いだ。上空から降り注ぐ剣は容赦なく、敵達の身体を貫いた。身体を貫かれた敵は臓器を抉られ、頭部を貫かれた敵は脳漿が飛び散った。その無残な殺し方に敵達は慌てて逃げ惑った。

 誠一の繰り出した大規模な魔術は、敵の戦意を削ぐには充分な効果を発揮した。気付けば四十人近くもいた敵達の半数が成す術もなく絶命した。生き残った半数の敵たちは誠一の繰り出した大規模な魔術に唖然と固まっていた。

 子供が扱うには些か過ぎた魔術だったのだ。だが、敵たちはこのまま何もせずに殺される訳にはいかなかった。背後では啓二が見ていた。啓二の期待に答えるため、敵たちは仲間が次々と倒されても構うことなく、誠一に襲い掛かった。

 数に勝るものはないと言わんばかりの戦法に、誠一は思わず笑みを浮かべる。この程度の戦闘に本気を出すまでもなかった。この程度の戦闘ならば鍛錬をしていた方が良いトレーニングになる。けして慢心している訳ではない。

 冷静に物事を判断した結果だ。誠一は氣を纏った腕を軽く振るって敵の首を刎ね、舞いを踊るかのように足を振るって敵の頭蓋を破裂させた。誠一の繰り出す全ての技が一撃必殺となり得る攻撃だった。


 

 

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