忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

二十一話 追跡 (響)

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 風祭家の敷地は広大な面積を有している。屋敷の周りには見渡す限りの山々が連なり、自然が豊かな環境だ。敷地の境界線がどこにあるのかさえも響たちは知らなかった。これだけ広い敷地である。啓二は今もまだ敷地内にいる可能性が高かった。

 啓二が乗ってきたと思われる車は屋敷の入り口付近に止めたままになっていた。風祭家の従者たちが隈なく車内を調べていた。啓二の車を運転していたと思われる運転手は拘束され、屋敷の中へと連行されていった。

 風祭家の従者たちは信護の指示で啓二の捜索を始めたのであろう。啓二が逃走してからそんなに時間は経過していないが、随分と手回しが早かった。庭には数え切れないほどの捜索隊が完全武装をして動き回っていた。

 魔銃を持った捜索隊が無線で連絡を取り合い、啓二の行方を追っていた。紅葉と響は気配を消して、裏庭に回り込んでいた。見つかったら説教では済まないのに、紅葉はウキウキしているように見えた。響には紅葉の心理状況が理解できなかった。

 先程の啓二の能力を見ても、臆する様子が見られない。やはり魔術を使える人間と使えない人間では思考が異なるのであろうか。響は危機感のない姉に不安を感じていた。このまま啓二を追跡することが正しい判断なのか、分からなかった。

 「響、紅葉。こっちだ。そこに居たら見つかってしまう」

 「ええ、分かってます」

 「分かりました」

 誠一の指示に従い、紅葉と響は木々の間に隠れた。捜索隊の何人かが響たちに気付くことなく通り過ぎて行った。悪いことをしているようで心拍数が上がっていくのが分かった。時刻は十九時を回り、辺りは薄暗くなり始めていた。

 外灯の灯りなどはなく、陽が傾き始めると視界が悪くなった。捜索隊が片手に持っている懐中電灯の明かりのお蔭で誰がどこにいるのか、はっきりと分かった。響たちは捜索をしている人間に見つからないように警戒心を強め、辺りを見渡した。

 あちこちに捜索隊が溢れ、忙しなく動き回っていた。この時、響たちが考えていたことよりも事態は深刻だった。当主である信護の実弟である啓二の裏切りである。宗家に反旗を翻したのだ。決して許されることではない。

 組織的な犯行なのか、個人的な犯行なのか、その全容は未だに分かっていない。だが、確実に響たち兄妹に不穏な影が迫っていた。まだ幼い響たちには的確な状況判断を下せなかった。だからこそ自分達だけで啓二を追跡するという選択肢を選んだ。

 「よし、見回りの者がいなくなった。今のうちに屋敷から離れよう」

 「ええ、行きましょう。響は私達から離れないようにしなさい」

 「分かりました。でも叔父がどこへ向かったのか分かるのですか?」

 「この私に任せなさい。叔父や父上に気付かれないように衣服にマーキングしといたのよ。未だに叔父には気付かれていないみたい。ふふっ、私に不可能はないわ」

 紅葉は掌を響に見せた。紅葉の人差し指からは淡い光を放つ糸が伸びていた。まるで道標を記すように伸びる糸は目を凝らして見ないと気付かない程に細く、薄い状態だった。正直、紅葉には驚かされてばかりだった。

 能力の応用力が響とは比べものにならなかった。氣の性質を変化させ、啓二に気付かれないよう衣服に氣を付着させ、密かに探知を続けているのだ。その上、神経を尖らせながら逃走を繰り広げる啓二に光の糸を察知させない技術は大人顔負けである。

 「姉上は本当に強化系ですか?あり得ない……」

 「響も鍛錬次第でできるようになるわ。今はまだ未熟なだけよ」

 「……」

 響は規格外の姉に対して言葉を失った。いつも姉には驚かされてばかりで、喜んで良いのか複雑な心境になった。自分も鍛錬次第で姉上のようになれるのであろうか。今の響にはふつふつと湧き上がる疑問に、答える術を持ち合わせていなかった。

 「響。なにをボケッとしているの?急ぐわよ」

 「あッ……はい。すみません」

 紅葉の人差し指から放たれる糸は北西の方角を猛スピードで移動しているようだった。三人は光り輝く糸を辿りに、駆け出した。屋敷の裏庭から山を越えると、森に抜けた。草花が生い茂り、木の根が地面から飛び出しているため、足場が悪かった。

 その上、森の奥深くに進んでいく度に視界が悪くなっていった。それでも三人は森を猛スピードで駆け抜ける。しかし、森の奥深くに進めば進むほど、足場が悪くなっていった。泥濘も多く、森を抜けるのに時間が掛かってしまう。

 このままでは啓二に撒かれるのは時間の問題かに思われた。啓二の逃走している方角から察するに、啓二の自宅とは別の場所に向かっていることが容易に推測できた。どこに向かっているのか、今はまだ推測の域だが、仲間の場所に向かっている可能性が高いと三人は睨んでいた。

 宗家である風祭家に、啓二が一人で立ち向かうとは思えなかったからだ。もし、啓二を取り逃したら雲隠れする可能性が非常に高かった。一度でも雲隠れされたら啓二を捕まえるのは困難を極める。

 それどころか敵対して争いに発展する可能性すらも考えられる。何としても啓二が仲間と合流する前に捕えなければいけない。残された時間は限られている。限られた時間内で啓二を捕らえ、尋問する必要があった。

 このタイミングを逃せば宗家である風祭家が痛手を負うことになる。それほどまでに風祭家内部での啓二の役割は大きかった。今のところ、響の暗殺未遂がどういった関連性があるのかまでは分からない。

 啓二の行動には謎が多く、何が目的なのか分からない。点と点が一つの線で繋がることはなかった。しかし、啓二が良からぬ企みを企てているのは考えるまでもなく理解できた。油断のできない状況であることに変わりはない。

 それに紅葉には何が何でも風祭家の敷地内で啓二を捕らえなくてはならない理由があった。紅葉の能力にも厳しい制約と制限が存在するのだ。啓二を追跡している光の糸は万能に思えるが、扱いづらい面もある。

 例えば、啓二が風祭家の敷地を出てしまった場合は啓二に付着している糸が切れる可能性があった。それに紅葉と啓二の距離が離れれば離れるほど糸を察知され易くなる。追跡されていることが知られれば紅葉達が不利な状況に陥ることもあり得る。

 糸を察知された場合、紅葉がどのような制約と制限を設けているのか、啓二に知られる可能性もあった。もし、制約と制限が知られたら紅葉では対処できなくなるのは目に見えていた。今はまだ糸の存在が知られることは避けたい状態だった。

 だからこそ急ぐ必要があった。紅葉では手に負えなくなる前に、対処を取る必要がある。強気の姿勢を崩さない紅葉ではあるが、内心は焦燥感に苛まれていた。

 「木の枝に飛び移りましょう。足場が悪すぎるわ」

 「そうだな」

 「はい」

 響たちは跳躍して木々の枝に飛び移った。木の枝から枝を飛び移るように、素早い身の熟しで移動し始める。薄暗い森の中を、光の糸を辿りに駆け出す三人の速度は常人には理解しがたい速度だった。

 風を遮るように突き進み、いつ叔父と遭遇しても良いように気を張り詰める。啓二も移動しているのか、光り輝く糸の終わりが見えてこない。次第に木々が覆ていた森を抜け、湖が見えて来た。

 湖畔には人の気配はなく、虫の鳴き声だけが響き渡っていた。湖の水面には月が反射するかのように写り込んでいた。あっという間に森を抜け、湖にまで到着していた。徐々に啓二の氣を感じることができる距離にまで近付いていた。
 
 「叔父が止まったみたい。誠一兄様、響、警戒して。こちらの動きに気付いたみたいよ」

 「やはり僕達の動きに気付いたか……ならば、正面から向かおう。小細工は通用しないと考えた方が良い。相手は僕達よりも経験も能力も優れている。初めから全力で対処しよう」

 紅葉の警告に誠一が頷き、警戒態勢に入る。紅葉の指から放たれている糸はピンと伸びきっていた。湖畔を警戒しながら進むと、前方に人影が見えた。叔父の啓二が堂々と待ち構えていたのだ。尾行している追手が響たちだと気付いたのであろう。 

 さすがの啓二も分家の当主たちや信護を相手にするのは不利と悟って逃げたが、追手が響たちと知り、方向転換したのであろう。啓二の表情は獲物を目の前にした獣そのものだった。響は叔父の表情や態度を見て、不吉な予感を感じていた。
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