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10.攻略対象は罪作りな男
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「リアン、今年のケーキは何が食べたい?」
「ぼく、クリームがたくさん載った甘いケーキがいいな」
この会話は、毎年恒例のもの。誕生日のときだけは、好きなケーキを指定できるのだ。両親がロディ達に頼んで、その通りのものを作ることになる。今年は、私が一緒に作るのもいいかもしれない。ハンナ達も、弟のためにケーキを作ると言っていたし。
リアンは相変わらずにこにこと上機嫌で、いつもは嫌いだからと食べない野菜を平気な顔して食べている。よほど嬉しいのだ、と感じるとともに、プレッシャーが重く肩にのしかかる。
「おねえさまも、甘いケーキ好きだよね」
「好きよ。ロディの作るクリームは、ふわふわして美味しいもの」
口の中で溶けるような柔らかい生クリームの食感を思い出すと、唾液がじわりと滲み出る。
ケーキを作る。食後に、ダンスを一緒に踊れる流れにしてもらう。あとはプレゼントがあれば、それで完璧。
「お母様達は、今年はリアンに何をあげるか、もう考えた?」
「ええ。私は、リアンの新しい靴を仕立ててもらっているわ」
「僕からは、学園入学に向けて、参考書を、ちょっとね。キャシーはどうすることにした?」
食後にまったりと会話をしていると、リアンは午前の勉強のため、一足先に食堂を出て行った。そこで、父と母に探りを入れる。あげるものが被ってしまったら、元も子もない。
ふたりはリアンにあげたいものをもう決めているそうで、間をおかずに答えた。靴も参考書も、来年学園に入学するリアンに渡すには、ちょうど良いものだ。これから必要なものをプレゼントするというのは、良い考えだと思う。
私はロディにお願いしてケーキ作りを手伝いたいこと、来年に向けてダンスを一緒に踊ってあげたいことを言う。
ダンスを踊るには、演奏が必要だ。誰かに演奏を頼めないか相談すると、「ノアがバイオリンを弾けるから、頼んだらどうか」と非常に有用なアドバイスを頂いた。
「……という訳だから、食後の少し落ち着いた時間に、音楽を演奏するのを頼めないかしら」
「ご主人様のご指名とあらば、私はお受けしますよ。踊るのは良い考えですね。キャサリン様は6歳の誕生パーティで、粗相をなさいましたから」
「一言多いわよ、ノア。でも、ありがとう。ノアが演奏してくれるなら、リアンもきっと、喜ぶと思うわ」
試作のために集合し、作業をしながら、ノアに打診する。
ノアはノートで試作の管理をしながら、さりげなく、例の転倒事故のことを引き合いに出す。自分の頬がさっと熱を帯びたのがわかった。未だにあの時の恥ずかしさは、私の中で尾を引いているらしい。
母から貰った新しい靴を履いて、ノアの演奏で踊るというのは、素敵な演出だろう。我ながら良い展開だ。衣装を用意できたらいいのだけれど、今から採寸したらあからさまだしーーそのとき、はっと良いアイディアが浮かんだ。
「蝶ネクタイなんか、いいんじゃないかしら!」
素晴らしい思いつきだ、と声を上げた瞬間、手からぽろりと棒が離れた。洗濯のりの海に、かき混ぜ棒がゆっくり沈んでゆく。
慌ててそれを拾い上げながら、私は確信を深めていた。蝶ネクタイをつけてあげて、一緒にダンスを踊るシーンを想像する。それってなんだか、とっても素敵な家族の時間じゃなかろうか。
「ごめんなさいね、突然呼びつけて」
翌日。私は早速、懇意の商人を呼び出した。
アダムス商会は、国内でも有数の大商会であり、オルコット家の領内生産物のほとんどを取り扱っている。その関係もあって、何か購入する際にも、アダムス商会に頼むことが多い。向こうからしてみれば我が家はお得意様であるから、娘の私の依頼でも、こうして個別で対応してくれるのだ。有り難い話である。
今日来たのは、セドリック。アダムス商会長の長男であり、最近では次期商会長間違いなしと目される、有能な人物である。私とさほど歳が離れておらず、行動が迅速なので、こういうとき頼りになる。
「こちらが、ネクタイの生地ですね。気になるものはございますか?」
「そうねえ……」
セドリックは手際よく、客間のテーブルの上に色とりどりの絹地を広げる。私はリアンに似合いそうな色を見繕いながら、セドリックの様子を観察した。
スタイルが良く、顔つきも整っていて、申し分ない容姿。特筆すべきはその声で、甘いというか、聞いているとうっとりしてしまうような美声。今も、私の視線に合わせて「その布は色味が珍しい」とか「少し大人っぽくていいかもしれません」などと補足してくれているのだが、その声を聞いていると、腰の辺りから力が抜けていくような感覚がある。
内面はともかく、その外見に関しては、元婚約者のベイルに匹敵するほどの美男子。ベイルに匹敵するほどのーーつまり彼は、ゲームの上では、攻略対象に位置する男性なのだ。ゲームの知識を得てから、今日初めてセドリックに会って、このことに気がついた。
セドリックは私たちが学園に通っている間は、接客を学ぶために店頭に出ることもあった。その際には、学園近くのアダムス商会店舗で働いていた。
ゲームにおいては、主人公が買い物をすることを選択すると、そこにセドリックがいて、少しずつ関係を進展させていけるのだ。
イベントごとにセンスの良い買い物をすると、その見る目の良さを評価されてセドリックの好感度が高まり、仲が深まっていく。デート(という名の買い出しや営業)に出かけ、セドリックの仕事に貢献すると、「パートナーになってくれ」と告白されるというわけ。
……この「パートナー」って、告白なのかしら? 普段のセドリックの仕事ぶりを見るに、好きとか愛してるとかではなく、単に「(仕事の)パートナー」という意味なのではないかとも取れる。そんなわけないか、恋愛をするゲームなんだから。
とにかく今、目の前にいるセドリックはアレクシアと恋人関係にあることは当然無く、ただひたすらに、商会の発展のために働いている。なるほど、攻略されなかった攻略対象は、何事もなかったかのようにその先の人生を歩むものらしい。
「やっぱり、黒かしらね。これにするわ」
「さすがですね、お嬢様。そちらのお色味は、黒の中でも染色の難しい、希少な絹なのですよ」
「これ、リアンの誕生日までに、蝶ネクタイに仕立てられる?」
「もちろんです。お任せください。お母様のご注文された靴と併せて、誕生日前にお持ちしますね」
私は数ある布地の中から、最もベーシックな黒を選んだ。黒と言っても種類は豊富で、私が選んだのは、わずかに青みがかった黒。少し柔らかい印象で、幼いリアンがつけるにはぴったりだと考えた。
「助かるわ。急なお願いなのに、ありがとう」
「いえ、これが我々の役目ですから」
セドリックに見つめられてそんな風に言われると、その素敵な声のせいで、思わず「ふふ」と照れ笑いが口から洩れてしまう。この人の前で、冷静でいられる女性は少ないんじゃないかな。攻略対象とは、罪作りな男性である。
広げられた絹地は綺麗に畳まれ、セドリックの鞄に消えていく。鞄に対して内容量の多い、魔法のような収納を見ていると、布を扱う彼の手にブレスレットがはまっていることに気づいた。
ブレスレットは良いのだが、気になったのは、その材料である。丸い石のようなものが連なるそのデザインは、初めて見た。
「そのブレスレット、面白いデザインね」
「お目が高い。こちらは、我が商会でつい最近扱い始めた、異国の装飾品です」
「異国とも伝手があるなんて、さすがね、アダムス商会は」
「いえ、たまたま我が商会の伝手のあるブランドン伯爵領で、近頃異国とのやりとりが盛んなだけなのです。もし、ご興味がおありなら、お嬢様もいかがですか」
「ありがとう。考えておくわ」
ブランドン伯爵といえば、同級生に、その娘がいたように思う。身分も違うし、特に親しくもなかったから、どうという思い出もないけれど、その名前は懐かしい。
異国相手の新販路開拓に忙しいのか、その後間も無く、セドリックは帰って行った。
その背を見送りながら、私はほっと胸をなで下ろす。取り敢えずこれで、リアンの誕生日に向けた準備として、調整するべきことは完了した。あとは当日ケーキを作り、リアンを祝うだけである。
「ぼく、クリームがたくさん載った甘いケーキがいいな」
この会話は、毎年恒例のもの。誕生日のときだけは、好きなケーキを指定できるのだ。両親がロディ達に頼んで、その通りのものを作ることになる。今年は、私が一緒に作るのもいいかもしれない。ハンナ達も、弟のためにケーキを作ると言っていたし。
リアンは相変わらずにこにこと上機嫌で、いつもは嫌いだからと食べない野菜を平気な顔して食べている。よほど嬉しいのだ、と感じるとともに、プレッシャーが重く肩にのしかかる。
「おねえさまも、甘いケーキ好きだよね」
「好きよ。ロディの作るクリームは、ふわふわして美味しいもの」
口の中で溶けるような柔らかい生クリームの食感を思い出すと、唾液がじわりと滲み出る。
ケーキを作る。食後に、ダンスを一緒に踊れる流れにしてもらう。あとはプレゼントがあれば、それで完璧。
「お母様達は、今年はリアンに何をあげるか、もう考えた?」
「ええ。私は、リアンの新しい靴を仕立ててもらっているわ」
「僕からは、学園入学に向けて、参考書を、ちょっとね。キャシーはどうすることにした?」
食後にまったりと会話をしていると、リアンは午前の勉強のため、一足先に食堂を出て行った。そこで、父と母に探りを入れる。あげるものが被ってしまったら、元も子もない。
ふたりはリアンにあげたいものをもう決めているそうで、間をおかずに答えた。靴も参考書も、来年学園に入学するリアンに渡すには、ちょうど良いものだ。これから必要なものをプレゼントするというのは、良い考えだと思う。
私はロディにお願いしてケーキ作りを手伝いたいこと、来年に向けてダンスを一緒に踊ってあげたいことを言う。
ダンスを踊るには、演奏が必要だ。誰かに演奏を頼めないか相談すると、「ノアがバイオリンを弾けるから、頼んだらどうか」と非常に有用なアドバイスを頂いた。
「……という訳だから、食後の少し落ち着いた時間に、音楽を演奏するのを頼めないかしら」
「ご主人様のご指名とあらば、私はお受けしますよ。踊るのは良い考えですね。キャサリン様は6歳の誕生パーティで、粗相をなさいましたから」
「一言多いわよ、ノア。でも、ありがとう。ノアが演奏してくれるなら、リアンもきっと、喜ぶと思うわ」
試作のために集合し、作業をしながら、ノアに打診する。
ノアはノートで試作の管理をしながら、さりげなく、例の転倒事故のことを引き合いに出す。自分の頬がさっと熱を帯びたのがわかった。未だにあの時の恥ずかしさは、私の中で尾を引いているらしい。
母から貰った新しい靴を履いて、ノアの演奏で踊るというのは、素敵な演出だろう。我ながら良い展開だ。衣装を用意できたらいいのだけれど、今から採寸したらあからさまだしーーそのとき、はっと良いアイディアが浮かんだ。
「蝶ネクタイなんか、いいんじゃないかしら!」
素晴らしい思いつきだ、と声を上げた瞬間、手からぽろりと棒が離れた。洗濯のりの海に、かき混ぜ棒がゆっくり沈んでゆく。
慌ててそれを拾い上げながら、私は確信を深めていた。蝶ネクタイをつけてあげて、一緒にダンスを踊るシーンを想像する。それってなんだか、とっても素敵な家族の時間じゃなかろうか。
「ごめんなさいね、突然呼びつけて」
翌日。私は早速、懇意の商人を呼び出した。
アダムス商会は、国内でも有数の大商会であり、オルコット家の領内生産物のほとんどを取り扱っている。その関係もあって、何か購入する際にも、アダムス商会に頼むことが多い。向こうからしてみれば我が家はお得意様であるから、娘の私の依頼でも、こうして個別で対応してくれるのだ。有り難い話である。
今日来たのは、セドリック。アダムス商会長の長男であり、最近では次期商会長間違いなしと目される、有能な人物である。私とさほど歳が離れておらず、行動が迅速なので、こういうとき頼りになる。
「こちらが、ネクタイの生地ですね。気になるものはございますか?」
「そうねえ……」
セドリックは手際よく、客間のテーブルの上に色とりどりの絹地を広げる。私はリアンに似合いそうな色を見繕いながら、セドリックの様子を観察した。
スタイルが良く、顔つきも整っていて、申し分ない容姿。特筆すべきはその声で、甘いというか、聞いているとうっとりしてしまうような美声。今も、私の視線に合わせて「その布は色味が珍しい」とか「少し大人っぽくていいかもしれません」などと補足してくれているのだが、その声を聞いていると、腰の辺りから力が抜けていくような感覚がある。
内面はともかく、その外見に関しては、元婚約者のベイルに匹敵するほどの美男子。ベイルに匹敵するほどのーーつまり彼は、ゲームの上では、攻略対象に位置する男性なのだ。ゲームの知識を得てから、今日初めてセドリックに会って、このことに気がついた。
セドリックは私たちが学園に通っている間は、接客を学ぶために店頭に出ることもあった。その際には、学園近くのアダムス商会店舗で働いていた。
ゲームにおいては、主人公が買い物をすることを選択すると、そこにセドリックがいて、少しずつ関係を進展させていけるのだ。
イベントごとにセンスの良い買い物をすると、その見る目の良さを評価されてセドリックの好感度が高まり、仲が深まっていく。デート(という名の買い出しや営業)に出かけ、セドリックの仕事に貢献すると、「パートナーになってくれ」と告白されるというわけ。
……この「パートナー」って、告白なのかしら? 普段のセドリックの仕事ぶりを見るに、好きとか愛してるとかではなく、単に「(仕事の)パートナー」という意味なのではないかとも取れる。そんなわけないか、恋愛をするゲームなんだから。
とにかく今、目の前にいるセドリックはアレクシアと恋人関係にあることは当然無く、ただひたすらに、商会の発展のために働いている。なるほど、攻略されなかった攻略対象は、何事もなかったかのようにその先の人生を歩むものらしい。
「やっぱり、黒かしらね。これにするわ」
「さすがですね、お嬢様。そちらのお色味は、黒の中でも染色の難しい、希少な絹なのですよ」
「これ、リアンの誕生日までに、蝶ネクタイに仕立てられる?」
「もちろんです。お任せください。お母様のご注文された靴と併せて、誕生日前にお持ちしますね」
私は数ある布地の中から、最もベーシックな黒を選んだ。黒と言っても種類は豊富で、私が選んだのは、わずかに青みがかった黒。少し柔らかい印象で、幼いリアンがつけるにはぴったりだと考えた。
「助かるわ。急なお願いなのに、ありがとう」
「いえ、これが我々の役目ですから」
セドリックに見つめられてそんな風に言われると、その素敵な声のせいで、思わず「ふふ」と照れ笑いが口から洩れてしまう。この人の前で、冷静でいられる女性は少ないんじゃないかな。攻略対象とは、罪作りな男性である。
広げられた絹地は綺麗に畳まれ、セドリックの鞄に消えていく。鞄に対して内容量の多い、魔法のような収納を見ていると、布を扱う彼の手にブレスレットがはまっていることに気づいた。
ブレスレットは良いのだが、気になったのは、その材料である。丸い石のようなものが連なるそのデザインは、初めて見た。
「そのブレスレット、面白いデザインね」
「お目が高い。こちらは、我が商会でつい最近扱い始めた、異国の装飾品です」
「異国とも伝手があるなんて、さすがね、アダムス商会は」
「いえ、たまたま我が商会の伝手のあるブランドン伯爵領で、近頃異国とのやりとりが盛んなだけなのです。もし、ご興味がおありなら、お嬢様もいかがですか」
「ありがとう。考えておくわ」
ブランドン伯爵といえば、同級生に、その娘がいたように思う。身分も違うし、特に親しくもなかったから、どうという思い出もないけれど、その名前は懐かしい。
異国相手の新販路開拓に忙しいのか、その後間も無く、セドリックは帰って行った。
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