公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

文字の大きさ
11 / 100

10.攻略対象は罪作りな男

しおりを挟む
「リアン、今年のケーキは何が食べたい?」
「ぼく、クリームがたくさん載った甘いケーキがいいな」

 この会話は、毎年恒例のもの。誕生日のときだけは、好きなケーキを指定できるのだ。両親がロディ達に頼んで、その通りのものを作ることになる。今年は、私が一緒に作るのもいいかもしれない。ハンナ達も、弟のためにケーキを作ると言っていたし。
 リアンは相変わらずにこにこと上機嫌で、いつもは嫌いだからと食べない野菜を平気な顔して食べている。よほど嬉しいのだ、と感じるとともに、プレッシャーが重く肩にのしかかる。

「おねえさまも、甘いケーキ好きだよね」
「好きよ。ロディの作るクリームは、ふわふわして美味しいもの」

 口の中で溶けるような柔らかい生クリームの食感を思い出すと、唾液がじわりと滲み出る。
 ケーキを作る。食後に、ダンスを一緒に踊れる流れにしてもらう。あとはプレゼントがあれば、それで完璧。

「お母様達は、今年はリアンに何をあげるか、もう考えた?」
「ええ。私は、リアンの新しい靴を仕立ててもらっているわ」
「僕からは、学園入学に向けて、参考書を、ちょっとね。キャシーはどうすることにした?」

 食後にまったりと会話をしていると、リアンは午前の勉強のため、一足先に食堂を出て行った。そこで、父と母に探りを入れる。あげるものが被ってしまったら、元も子もない。
 ふたりはリアンにあげたいものをもう決めているそうで、間をおかずに答えた。靴も参考書も、来年学園に入学するリアンに渡すには、ちょうど良いものだ。これから必要なものをプレゼントするというのは、良い考えだと思う。
 私はロディにお願いしてケーキ作りを手伝いたいこと、来年に向けてダンスを一緒に踊ってあげたいことを言う。
 ダンスを踊るには、演奏が必要だ。誰かに演奏を頼めないか相談すると、「ノアがバイオリンを弾けるから、頼んだらどうか」と非常に有用なアドバイスを頂いた。

「……という訳だから、食後の少し落ち着いた時間に、音楽を演奏するのを頼めないかしら」
「ご主人様のご指名とあらば、私はお受けしますよ。踊るのは良い考えですね。キャサリン様は6歳の誕生パーティで、粗相をなさいましたから」
「一言多いわよ、ノア。でも、ありがとう。ノアが演奏してくれるなら、リアンもきっと、喜ぶと思うわ」

 試作のために集合し、作業をしながら、ノアに打診する。
 ノアはノートで試作の管理をしながら、さりげなく、例の転倒事故のことを引き合いに出す。自分の頬がさっと熱を帯びたのがわかった。未だにあの時の恥ずかしさは、私の中で尾を引いているらしい。
 母から貰った新しい靴を履いて、ノアの演奏で踊るというのは、素敵な演出だろう。我ながら良い展開だ。衣装を用意できたらいいのだけれど、今から採寸したらあからさまだしーーそのとき、はっと良いアイディアが浮かんだ。

「蝶ネクタイなんか、いいんじゃないかしら!」

 素晴らしい思いつきだ、と声を上げた瞬間、手からぽろりと棒が離れた。洗濯のりの海に、かき混ぜ棒がゆっくり沈んでゆく。
 慌ててそれを拾い上げながら、私は確信を深めていた。蝶ネクタイをつけてあげて、一緒にダンスを踊るシーンを想像する。それってなんだか、とっても素敵な家族の時間じゃなかろうか。

「ごめんなさいね、突然呼びつけて」

 翌日。私は早速、懇意の商人を呼び出した。
 アダムス商会は、国内でも有数の大商会であり、オルコット家の領内生産物のほとんどを取り扱っている。その関係もあって、何か購入する際にも、アダムス商会に頼むことが多い。向こうからしてみれば我が家はお得意様であるから、娘の私の依頼でも、こうして個別で対応してくれるのだ。有り難い話である。
 今日来たのは、セドリック。アダムス商会長の長男であり、最近では次期商会長間違いなしと目される、有能な人物である。私とさほど歳が離れておらず、行動が迅速なので、こういうとき頼りになる。

「こちらが、ネクタイの生地ですね。気になるものはございますか?」
「そうねえ……」

 セドリックは手際よく、客間のテーブルの上に色とりどりの絹地を広げる。私はリアンに似合いそうな色を見繕いながら、セドリックの様子を観察した。
 スタイルが良く、顔つきも整っていて、申し分ない容姿。特筆すべきはその声で、甘いというか、聞いているとうっとりしてしまうような美声。今も、私の視線に合わせて「その布は色味が珍しい」とか「少し大人っぽくていいかもしれません」などと補足してくれているのだが、その声を聞いていると、腰の辺りから力が抜けていくような感覚がある。
 内面はともかく、その外見に関しては、元婚約者のベイルに匹敵するほどの美男子。ベイルに匹敵するほどのーーつまり彼は、ゲームの上では、攻略対象に位置する男性なのだ。ゲームの知識を得てから、今日初めてセドリックに会って、このことに気がついた。

 セドリックは私たちが学園に通っている間は、接客を学ぶために店頭に出ることもあった。その際には、学園近くのアダムス商会店舗で働いていた。
 ゲームにおいては、主人公が買い物をすることを選択すると、そこにセドリックがいて、少しずつ関係を進展させていけるのだ。
 イベントごとにセンスの良い買い物をすると、その見る目の良さを評価されてセドリックの好感度が高まり、仲が深まっていく。デート(という名の買い出しや営業)に出かけ、セドリックの仕事に貢献すると、「パートナーになってくれ」と告白されるというわけ。
 ……この「パートナー」って、告白なのかしら? 普段のセドリックの仕事ぶりを見るに、好きとか愛してるとかではなく、単に「(仕事の)パートナー」という意味なのではないかとも取れる。そんなわけないか、恋愛をするゲームなんだから。
 とにかく今、目の前にいるセドリックはアレクシアと恋人関係にあることは当然無く、ただひたすらに、商会の発展のために働いている。なるほど、攻略されなかった攻略対象は、何事もなかったかのようにその先の人生を歩むものらしい。

「やっぱり、黒かしらね。これにするわ」
「さすがですね、お嬢様。そちらのお色味は、黒の中でも染色の難しい、希少な絹なのですよ」
「これ、リアンの誕生日までに、蝶ネクタイに仕立てられる?」
「もちろんです。お任せください。お母様のご注文された靴と併せて、誕生日前にお持ちしますね」

 私は数ある布地の中から、最もベーシックな黒を選んだ。黒と言っても種類は豊富で、私が選んだのは、わずかに青みがかった黒。少し柔らかい印象で、幼いリアンがつけるにはぴったりだと考えた。

「助かるわ。急なお願いなのに、ありがとう」
「いえ、これが我々の役目ですから」

 セドリックに見つめられてそんな風に言われると、その素敵な声のせいで、思わず「ふふ」と照れ笑いが口から洩れてしまう。この人の前で、冷静でいられる女性は少ないんじゃないかな。攻略対象とは、罪作りな男性である。
 広げられた絹地は綺麗に畳まれ、セドリックの鞄に消えていく。鞄に対して内容量の多い、魔法のような収納を見ていると、布を扱う彼の手にブレスレットがはまっていることに気づいた。
 ブレスレットは良いのだが、気になったのは、その材料である。丸い石のようなものが連なるそのデザインは、初めて見た。

「そのブレスレット、面白いデザインね」
「お目が高い。こちらは、我が商会でつい最近扱い始めた、異国の装飾品です」
「異国とも伝手があるなんて、さすがね、アダムス商会は」
「いえ、たまたま我が商会の伝手のあるブランドン伯爵領で、近頃異国とのやりとりが盛んなだけなのです。もし、ご興味がおありなら、お嬢様もいかがですか」
「ありがとう。考えておくわ」

 ブランドン伯爵といえば、同級生に、その娘がいたように思う。身分も違うし、特に親しくもなかったから、どうという思い出もないけれど、その名前は懐かしい。
 異国相手の新販路開拓に忙しいのか、その後間も無く、セドリックは帰って行った。
 その背を見送りながら、私はほっと胸をなで下ろす。取り敢えずこれで、リアンの誕生日に向けた準備として、調整するべきことは完了した。あとは当日ケーキを作り、リアンを祝うだけである。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

As-me.com
恋愛
 完結しました。 説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。  気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。  原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。  えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!  腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!  私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!  眼鏡は顔の一部です! ※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。 基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。 途中まで恋愛タグは迷子です。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

処理中です...