公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

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9.リアンは機嫌が良い

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 リアンは最近、機嫌がいい。機嫌がいい(私を見るとべったり張り付いてくるとも言う)のは元々なのだけれど、それに輪をかけて、機嫌がいい。
 今も、紅茶を一緒に飲みながら、ふんふんと鼻歌を歌っている。私と目が合うと、にこおーっと、それはそれは嬉しそうに笑う。目尻が溶けて落ちそうなほど、でれでれとした笑みだ。
 ノアが授業に呼びにくると、いつもは渋るのに、喜び勇んで屋敷へ戻る。明日は雪が降るかもしれないと思うほど、その素直さは、リアンにしては珍しい。

「最近、リアンがとても機嫌が良いのよね」

 作業場で洗濯のりに水を混ぜながら、私は呟いた。先日作ったものではまだ分量の調整が十分にできていないということで、ノアに言われた通りの量ののりと水を測り、それをよく混ぜている。
 瓶にドライフラワーを詰めるのは、ハンナとアンナの仕事(今日は弟の看病のため、アンナが休み)で、水とのりを混合した液体を瓶に注ぐのが、リサの仕事。ノアは全体指揮。
 要するに私は体良く誰でもできる役割を任されているわけだが、どうも花を綺麗に瓶にレイアウトするセンスはないようだし、のりを瓶に入れようとしたら、失敗して机をのりだらけにした。この分担は適材適所と言えよう。本当は、花を瓶に入れるところをやりたいのだけれど、その活動の目的はそこにはないので、我慢だ。
 ノアが考えただけあって、この分担だとミスが少なく、のりの配合が違う試作品が次々に出来上がっている。

「それはそうですよ。リアン様、そろそろお誕生日ですから」

 何気ない調子でノアが返す。その瞬間、のりをかき混ぜる私の手が止まった。

「リアンの誕生日、いつだっけ……」
「お忘れなんですか、キャサリン様?」
「いえ、忘れてないわ。1週間! 1週間後ね!」

 誕生日といえば、客を集めて盛大なパーティをするものだ。今度5歳になるリアンはまだ社交界にお披露目していないから、家族だけで祝うこととなる。
 誕生日前特有の忙しなさが屋敷内になかったから、リアンの誕生日が近づいていることに気がつかなかった。ただそれだけで、日付を忘れたわけじゃない……というのは言い訳である。

「授業中、『おねえさまが最近ぼくに隠れて何かしているから、誕生日が楽しみ』とおっしゃっていましたよ」

 ノアがさらなる情報を提供する。隠れてやっているのは、多分この、ハーバリウムの試作会のことだろう。もしかしてリアンは、盛大な誕生日祝いの計画をしていると、勘違いしているのではないだろうか。
 それならば、あの上機嫌にも納得がいく。自分で言うのもなんだけれど、最近のリアンは、姉溺愛が甚だしい。私が誕生日へ向けての準備をしていると察すれば、嬉しくもなるだろう。
 その喜びを隠しきれずに顔や態度に出てしまう辺りがリアンの可愛いところだが、問題は、私が準備を全くしていないことである。

「昨年キャサリン様は、ずいぶん手の込んだ贈り物をされていましたね。リアン様がお喜びになっていたのを、よく覚えています」

 瓶に液体を注ぎ、慣れた手つきで蓋を閉めつつ、リサが言う。昨年は確か、リアンの帽子を買い、そこへ自分で刺繍をしたのだ。その刺繍も名前を飾り文字にして、洒落たものにした。
 あの頃はベイルがアレクシアとばかり出かけるせいで、自分の時間がたくさんあった。婚約者に放置されていることに由来するもやもやした感情が溜まっていて、それをリアンのプレゼントに昇華したから、我ながらかなり上々の仕上がりだった。
 リアンも帽子を大いに気に入って、それから1ヶ月は、出かける時だけでなく家の中でも、その帽子を被りたがっていたものだ。

「今年も期待しているのでしょうね」
「そうよね……」

 2年続けて帽子では、面白みがない。リアンは大いに期待しているようだから、それを裏切るようなことをして、がっかりさせたくはない。婚約破棄やハーバリウムのことで余裕がなかったというのは、言い訳に過ぎない。予想を上回るような素晴らしいものを考えてあげたいけれどーー期限はあと、たったの1週間。
 ハーバリウムの試作品は良いものがたくさん出来つつあるものの、母ならともかく、リアンが貰っても使い道がない。だから、それとは別で、新しい何かをあげる必要がある。

「ハンナ達は、弟の誕生日には、何をしているの?」
「私達には、高価なものを買ってあげられるほどの余裕はないので、一緒に過ごすようにしているんです。毎年ケーキを作って、お祝いの歌を歌って、それで終わりです」
「ふたりの作ったケーキなら、喜ぶでしょう。ものがなくても、一緒に過ごすことが贈り物って、いいわね」

 高価なものを買うよりも、一緒に過ごす。ハンナ達の考えは、とても素敵なものだ。一緒に過ごした時間は、思い出に残る。
 ハンナ達の話を聞いて、私も何か、一緒にできることを用意してあげたいと思った。ただ、さすがに私の場合は、プレゼントを何も用意しないというわけにはいかない。もうリアンの誕生日まで時間はない。うかうかせずに、行動を早速起こすべきであった。

「リアンにとって、今年は最後の、家族で過ごす誕生日なのよね」
「そうですね」
「せっかくだから、今後の役に立つことをしてあげたい気持ちもあるのよ」

 作業場から各々が自分の仕事に帰ったあと、私はリサを相手に、リアンへのプレゼントについて思案していた。自室のテーブルに紙をわさわさと広げ、思いついたことを書き散らす。
 リサはベッドを整えたり、服を仕舞ったり、大袈裟ではない整理整頓をしながら、私の話に相槌を打っている。話半分に聞いているようだが、相槌を打ってくれるだけで考えやすい。

「今後というと、学園生活に向けてということですか?」
「それもあるけど……」

 私は、自分の6歳の誕生日を思い起こした。学園に入学する歳になると、人前に出しても問題なかろうということで、お客様を呼んで誕生パーティをするようになる。正式な社交界デビューはまだなのだけれど、一応は主役ということで、慣れない猫を被って両親とともに来客の対応をし、神経を消耗したのをよく覚えている。
 1番大変だったのが、ダンスだ。もちろんノアからダンスの授業も受けていたけれど、やはり人がたくさんいる中で踊るのはとても緊張した。しかも相手は兄のアルノーで、いつもの練習相手だったノアとは動きに微妙な違いがあり、脚がもつれて転んでしまったのだ。
 公爵家の娘。しかもその日の主役である私の失敗を、笑うに笑えず、微妙な表情でこちらを見下ろす貴族の方々の顔と、あのいたたまれなさをありありと思い出す。

 あれは……あれは、本当に、恥ずかしかったなあ……。

 私は「ダンスを一緒に踊る」ことを候補に入れた。正式な社交界デビューの際には母と踊るのが通例だが、私がアルノーと踊ったのと同様に、6歳の誕生日パーティでは、リアンは私と踊ることになる。
 1年前の誕生日に、家族しか見ていないところで踊ってみるのは、来年の練習にもなるから良いだろう。
 それはそれでいいとして、あとは何か、プレゼントをしたい。

「何が良いかしら……」

 机に頬杖をついて唸った。何を贈るか。やはりそれが、問題なのだ。
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