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第1章 海の向こう
9.トンネルを抜けて
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住宅街を抜け、大きな道路に出たバスは、少しスピードを上げた。
無人のコンビニ、無人の歩道橋、無人の学校と校庭。見覚えはあるけどちょっと違う景色。だんだん、見知らぬ景色も増えていく。建物が少ない二車線の道路に出てからは、まったく知らない世界だった。木が多くて、道はゆるくカーブしている。
退屈になって、おそるおそる運転席をのぞいてみると、やっぱりそこには誰もいない。ハンドルがひとりでに動いていて、赤信号で引っかかるとブレーキのペダルがゆっくり下がる。これが自動運転、なんだろうか?
それから座席に戻って少しうとうとしかけていたところを、海につつかれて起きた。バスはトンネルの中を走っていた。
「……なに、もう着いたの?」
「もうすぐトンネルを抜ける。起きて見てたほうがいい」
えー?とあくびまじりに聞き返してたら、窓の外が急にぶあっと明るくなった。眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。バスの真横に、海が広がっていた。青くて濃い海。波が太陽を反射して、きらきら輝いている。公園にいたときも見えていたけれど、こっちのほうがずっと近くて迫力があった。
「わぁ……」
それ以上言葉が出てこなくて、あたしは満面の笑みで海と海をかわりばんこに見た。海は「な、すごいだろ」とちょっと誇らしげにほほ笑んだ。
あたしは窓を開けて、潮風を吸い込んだ。「乗り出しすぎ」って海が心配するくらいに。
「ねえ、もしかしてここにも来たことあるの?」
「まあな。白状すると、このバスにも乗ったことがある」
「うわー、出たよ、海の悪い癖。本当は知ってることでも、わかんないふりしちゃってさ」
そういえば紫陽花屋敷に行ったときもそうだったなと思い出す。
「空気を読んでるんだよ」
「あたしがはしゃいでるの見て面白がってるんでしょう。かわいくないよねー」
「うん。よく言われる」
でもあのときと違って、海に悪びれた様子はない。うれしいけど、ちょっとむかつく。
「このバス、どこに向かってるの?」
「そろそろ止まると思う。ほら、あそこの林のところ」
海が指さしたぽつんとある停留所でバスが停車したので、あたしたちは降りた。お金は払っていないけれど、文句を言う人もいない。
再び無人になったバスが遠ざかっていく。
「だれもいないのに、どこ行くんだろう?」
「さあね。ぐるっと一周してまた来るんじゃないの?」
林に挟まれた坂道を下ると、開けた景色が見えた。
斜面に点在する家や車、たくさんの緑。下のほうには黄色っぽい砂浜と海岸線が横たわっている。
あたしは思わず「ヤッホー!!」と叫んだ。
「それはふつう山に向かって言うやつだろう?」
「細かいことは気にしない!」
海へと続く坂道と石段を、全速力で駆けおりる。海も慌ててついてくる。
あんまり速く走ったから、お腹から上が足に引っ張られるように感じる。アスファルトから草むらへ、草むらから土へ、土からだんだんさらさらの砂へ。スニーカーも靴下もぽいっと脱ぎすてて、乾いた砂の感触を楽しむ。
「ねえ、海も早く!」と後ろを振り返ったら、勢いよく宙に蹴りだした海があたしを追い越し、ざぱーんと波の中に突っこんでいった。しまった、先を越された!
膝まで海水に浸かった海が、したり顔でこっちを見ている。
「そっちがその気なら……」
あたしは3歩下がって、助走をつけて海の中にダイブした。
盛大なしぶきと、浅瀬の明るい水面下の世界。あやまって海水を飲んでしまい、慌てて水上に戻る。ゲホゲホとむせていると、「バカだな」と海が近づいてきてあたしを浜へ引き戻す。
「千夏はどのくらい泳げる?」
「うーん、15メートルくらいならいけるよ」
足がつくプールで、ビート版があればだけど。
「そっか。じゃあおれがおぼれたらよろしく」
「えっ、泳げないの?」
「まあ、木登りよりは苦手だな」
急に不安になって、いそいそと波打ち際から離れる。水を吸った服がじっとりと重たい。
「そうだ、砂のお城つくろうよ」
「それより泳ぎ方教えてくれよ」
「いや、お城づくりのほうがぜったい楽しいって。それにほら、水着持ってきてないし」
「一回濡れたらいっしょだろ」
「いっしょじゃない!」
海はにやにやしている。本当はあんまり泳げないことを見透かされているみたい。ちょっと腹立つなぁ。
お城をつくると言っても、なんの道具もなかったので、ひたすら手で砂を掘って積み上げて、でっかい山をつくった。
トンネルがあったらすてきだなと思って腕でずぼっと穴を開けたら、引き抜いたときに崩れてぐちゃぐちゃになって海ににらまれた。
それから海がトンネルの改修工事をしているあいだ、あたしは砂に埋まった貝殻探しに夢中になっていたけど、だんだん疲れてきて、浜にごろんと寝転がった。
ざざー ざざー
という波の音を聞いていると、心地よくて眠たくなってくる。
日が傾いてきた。この世界にも1日の終わりはあるんだ。
肌に貼りついていた砂が乾いて、ぱらぱらとこぼれていく。
なんだか懐かしくて寂しいような、でも安心する場所……
あれ、この感じ、前にもあったような。
「疲れたな。そろそろ帰るか」
「うん。でももう少しだけ」
寝転がったままつぶやく。
空がさっきより高い。
「あたし、前にもここに来たことがある気がする」
海の動きが一瞬ぴたっと止まったけど、なんでもなかったように「そんなわけないだろ」と言う。
「うん。そうなんだけど……」
波の音が揺らいで、思考をさらっていく。
あたしはゆっくりと眠りに落ちた。
無人のコンビニ、無人の歩道橋、無人の学校と校庭。見覚えはあるけどちょっと違う景色。だんだん、見知らぬ景色も増えていく。建物が少ない二車線の道路に出てからは、まったく知らない世界だった。木が多くて、道はゆるくカーブしている。
退屈になって、おそるおそる運転席をのぞいてみると、やっぱりそこには誰もいない。ハンドルがひとりでに動いていて、赤信号で引っかかるとブレーキのペダルがゆっくり下がる。これが自動運転、なんだろうか?
それから座席に戻って少しうとうとしかけていたところを、海につつかれて起きた。バスはトンネルの中を走っていた。
「……なに、もう着いたの?」
「もうすぐトンネルを抜ける。起きて見てたほうがいい」
えー?とあくびまじりに聞き返してたら、窓の外が急にぶあっと明るくなった。眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。バスの真横に、海が広がっていた。青くて濃い海。波が太陽を反射して、きらきら輝いている。公園にいたときも見えていたけれど、こっちのほうがずっと近くて迫力があった。
「わぁ……」
それ以上言葉が出てこなくて、あたしは満面の笑みで海と海をかわりばんこに見た。海は「な、すごいだろ」とちょっと誇らしげにほほ笑んだ。
あたしは窓を開けて、潮風を吸い込んだ。「乗り出しすぎ」って海が心配するくらいに。
「ねえ、もしかしてここにも来たことあるの?」
「まあな。白状すると、このバスにも乗ったことがある」
「うわー、出たよ、海の悪い癖。本当は知ってることでも、わかんないふりしちゃってさ」
そういえば紫陽花屋敷に行ったときもそうだったなと思い出す。
「空気を読んでるんだよ」
「あたしがはしゃいでるの見て面白がってるんでしょう。かわいくないよねー」
「うん。よく言われる」
でもあのときと違って、海に悪びれた様子はない。うれしいけど、ちょっとむかつく。
「このバス、どこに向かってるの?」
「そろそろ止まると思う。ほら、あそこの林のところ」
海が指さしたぽつんとある停留所でバスが停車したので、あたしたちは降りた。お金は払っていないけれど、文句を言う人もいない。
再び無人になったバスが遠ざかっていく。
「だれもいないのに、どこ行くんだろう?」
「さあね。ぐるっと一周してまた来るんじゃないの?」
林に挟まれた坂道を下ると、開けた景色が見えた。
斜面に点在する家や車、たくさんの緑。下のほうには黄色っぽい砂浜と海岸線が横たわっている。
あたしは思わず「ヤッホー!!」と叫んだ。
「それはふつう山に向かって言うやつだろう?」
「細かいことは気にしない!」
海へと続く坂道と石段を、全速力で駆けおりる。海も慌ててついてくる。
あんまり速く走ったから、お腹から上が足に引っ張られるように感じる。アスファルトから草むらへ、草むらから土へ、土からだんだんさらさらの砂へ。スニーカーも靴下もぽいっと脱ぎすてて、乾いた砂の感触を楽しむ。
「ねえ、海も早く!」と後ろを振り返ったら、勢いよく宙に蹴りだした海があたしを追い越し、ざぱーんと波の中に突っこんでいった。しまった、先を越された!
膝まで海水に浸かった海が、したり顔でこっちを見ている。
「そっちがその気なら……」
あたしは3歩下がって、助走をつけて海の中にダイブした。
盛大なしぶきと、浅瀬の明るい水面下の世界。あやまって海水を飲んでしまい、慌てて水上に戻る。ゲホゲホとむせていると、「バカだな」と海が近づいてきてあたしを浜へ引き戻す。
「千夏はどのくらい泳げる?」
「うーん、15メートルくらいならいけるよ」
足がつくプールで、ビート版があればだけど。
「そっか。じゃあおれがおぼれたらよろしく」
「えっ、泳げないの?」
「まあ、木登りよりは苦手だな」
急に不安になって、いそいそと波打ち際から離れる。水を吸った服がじっとりと重たい。
「そうだ、砂のお城つくろうよ」
「それより泳ぎ方教えてくれよ」
「いや、お城づくりのほうがぜったい楽しいって。それにほら、水着持ってきてないし」
「一回濡れたらいっしょだろ」
「いっしょじゃない!」
海はにやにやしている。本当はあんまり泳げないことを見透かされているみたい。ちょっと腹立つなぁ。
お城をつくると言っても、なんの道具もなかったので、ひたすら手で砂を掘って積み上げて、でっかい山をつくった。
トンネルがあったらすてきだなと思って腕でずぼっと穴を開けたら、引き抜いたときに崩れてぐちゃぐちゃになって海ににらまれた。
それから海がトンネルの改修工事をしているあいだ、あたしは砂に埋まった貝殻探しに夢中になっていたけど、だんだん疲れてきて、浜にごろんと寝転がった。
ざざー ざざー
という波の音を聞いていると、心地よくて眠たくなってくる。
日が傾いてきた。この世界にも1日の終わりはあるんだ。
肌に貼りついていた砂が乾いて、ぱらぱらとこぼれていく。
なんだか懐かしくて寂しいような、でも安心する場所……
あれ、この感じ、前にもあったような。
「疲れたな。そろそろ帰るか」
「うん。でももう少しだけ」
寝転がったままつぶやく。
空がさっきより高い。
「あたし、前にもここに来たことがある気がする」
海の動きが一瞬ぴたっと止まったけど、なんでもなかったように「そんなわけないだろ」と言う。
「うん。そうなんだけど……」
波の音が揺らいで、思考をさらっていく。
あたしはゆっくりと眠りに落ちた。
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