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第二章・魔法少女たちの饗宴
第五話『ガーディアン⑥』
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ふたたび出直して、紆余曲折を繰り返しつつ三人はようやっと玉座の間へ。広く静まり返ったそこは廃墟然とはしていたが、かつて栄えた痕跡をうかがわせた。
「確か、玉座の裏側に部屋……だっけ?」
いま目の前にある朽ちかけた玉座の裏を、胴体を斜めにしてチラとリリィが覗きこむ。
「確かに扉らしきものがあるわね?」
少し背伸びをして、手を額にあてて玉座の上から覗き込むのはマリィだ。
「でもさ、またゴキb」
「ララァ、言わないで」
そう、ここにいたるまでGの群れに追いかけられて城外へ逃走すること数回。ララァが警戒するのも、当然といえば当然だった。
とりあえず三人は、扉の前へ移動。途中でリリィが、釈然としない表情で玉座を振り返り見る。
「リリィ?」
「うん……私、あの玉座に見覚えあるんだよね」
「んなわけないでしょ」
リリィがマリィとそんな会話をかわしていると、
「そんなことより! 二人とも、覚悟はいい?」
扉ノブに手をかけて、ララァが念を押す。
「いいよー」
「ばっちし」
呑気な返事がリリィとマリィから返ってきたので、ララァは思わずジト目だ。
「軽いんだから……」
そうボヤきながら、ララァはゆっくりと扉を開いた。
「ここは……図書館?」
無数の本棚に、夥しい量の蔵書。なぜかその部屋だけが塵ひとつなく、手入れも行き届いているように見えた。
「ッ‼ 誰か来る!」
リリィがそう漏らして臨戦態勢を取る。マリィとララァも、それに倣った。
『カタカタカタ……』
そんな音を立てて、和服を着た市松人形のような……からくり人形が歩みよってくる。高さは一メートルを少し越したぐらいだろうか、顔や手の造形は木製であるように三人には見えた。
「魔獣?」
警戒の表情でつぶやくリリィだったが、
「どうだろ。とりあえず闖入者は私たちのほうなんだ、様子を見よう」
そのマリィの提言に、リリィとララァは無言でうなずく。その人形からは殺気を感じられないが、そもそも人形なので殺気を放つこともないだろう。
そう思ってリリィはふたたび魔杖を一閃して、巨大な槌へと姿を変えさせる。だがその人形は、三人の目の前で止まると――。
『イラッシャイマセ。ナニヲ、オサガシデスカ?』
口の部分がカタカタと動きながら、機械的な少女の音声で語りかけてきた。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ‼」
「リリィ、それもういいから」
呆れた表情で苦笑いを浮かべ、マリィはゆっくりと人形に歩みよる。そして目前に立つと、
「小鬼豚の加護を解除する方法を探しにきたんです」
そのマリィの発言に、人形が一瞬だけピクッと反応した。だがすぐに、
『カゴノ、カイジョハ、アドミニストレーターケンゲンガ、ヒツヨウデス』
という返事を返してくる。
「アドミ……ようは管理者権限てことかな?」
「多分?」
「いやいや、この場にリリィディアさんいないでしょ、どうすんの」
順に、リリィ・マリィ・ララァ。ララァのそのもっともな疑問に、三人は頭をかかえた。だが続いて、不思議なことが起こる。
人形がチラとリリィを見やると、
『キョカ、シマスカ?』
と確認してきたのだ。リリィがキョトンとして自分を指さして首をかしげ、マリィとララァが顔を見合わせた。
「えっと? わ、私の許可⁉」
『ハイ、マスター』
「マスターって……」
驚きの表情を浮かべたリリィが、人形に聴こえないように小声で二人に問う。
「どういうことだと思う?」
「私たちが知るわけないでしょ。多分だけど、リリィがリリィディアに似ているとか?」
そう推論したのはマリィだったが、似ているもなにも同じ魂であることを三人は知らない。
「誤動作なのかもしれないよ? でも、これを利用しよう!」
ララァのその発言に、三人は小さくうなずいた。
「あ、許可します!」
一か八かで、リリィが口を開く。マリィとララァが、固唾を呑んで人形の反応を見守った。
『カシコマリ、マシタ。ショウショウ、オマチクダサイ』
人形はなんの疑いも持たず、そう言って踵を返す。そして少し先の本棚の端まで来て左折し、その姿が完全に見えなくなってから三人は大きく息を吐いた。
「なんか、後ろめたいね」
リリィがバツが悪そうにそう漏らしたが、その人形は『主人』の指示に従ったにすぎない。
「まぁまぁ。目的は見失わないでおこうよ」
マリィのその言葉に、
「だね。勘違いしたのはあっちなんだしさ」
そうララァが続けるも、くどいようだが人形は間違っていないのだ。三人が手持ち無沙汰に待っていたところ、ふたたび『カタカタカタ』と音を立てて人形が戻ってきた。
『コチラニ、ナリマス』
「あ、ありがとう?」
人形がマリィに手渡してきたのは、一冊の本。二人をチラと見やるマリィに、リリィとララァは無言でうなずいてみせる。
「えっと、それで加護の解除の方法はどうすればいい……のかな?」
恐る恐るそう問うマリィに対し、ふたたび人形がリリィの方向を見て。そして上から下までじっくりと凝視して、なぜか質問したマリィではなくリリィに話しかけてくる。
『セイスイガ、ヒツヨウ、デス』
「聖水? てかなんで私に言うの?」
不思議そうに訊き返すリリィに、
『マスター、ニンゲン……アレ?』
人形もまた、怪訝そうな態度に変貌した。それを見て、嘘がバレたのかと三人は生唾をゴクリと呑んで覚悟を決めるも――。
『イマハ、ニンゲン、ナノデスネ。ソレナラバ……』
そう言いながら、人形はリリィの股間を凝視する。
『ソコカラ、セイスイ、デマス』
「そこって……ここ?」
思わず黒いミニスカートで覆われた自分の股間を指さすリリィは、びっくり仰天だ。
「あ、聖水てそういう……」
なにを想像したのか、マリィが吹きだす寸前である。ララァは、ちょっと気まずそうな表情で顔をそむけた。
「えっと、私のおしっこが聖水……で合ってる?」
絶対に否定してくれとばかりにリリィがすがるような表情で人形に訊くも、
『ハイ』
という返事でリリィはガックリと両ひざを落とした。そして床に両手をついてしばし落ち込んでいたが、
「で、私のおし……をどうすればいいのかな?」
首をあげて、人形を見上げながら絶望しきった表情でリリィが問う。それに対する、
『セイスイヲ、カケテ、ヌラシテ、クダサイ』
という人形の返答に、リリィの顔が青ざめた。逆にララァは顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、思わず噴き出したマリィは笑い涙をポロポロとこぼしながら口とお腹を押さえて腹筋が崩壊寸前だ。
「えっと……どうしよ?」
四つん這いのまま涙目で助けを乞う表情を見せるリリィだったが、マリィとララァが助けてくれそうにもないので覚悟を決める。すっくと立ちあがり、
「わかった。あの、トイレ……どこかな?」
『トイレ……ソノタンゴハ、データベースニ、アリマセン』
「へ?」
そう、城主である女神は排泄をしない。そのためこの城にはトイレというものがなく、その概念もないから存在そのものを人形は知らないのだ。
「リッ、リリッ……そこらへんの物陰、かげでさ? シャーッと」
笑いをこらえながらそういうマリィだったが、自分の提案に自分でウケてまたもや噴き出してしまう。それを恨みがましそうに見つめるリリィだったが、
「大丈夫、私たちは見ないからさ?」
ララァが心の底から同情するような目でそう言ってくるではないか。リリィとしては、ほかに方法がないかを三人で模索したかったのだけれども。
「わかった……ちょっと行ってくる」
すっかり憔悴しきったとばかりの表情で、リリィが本を片手にトボトボと歩み去っていく。そして少し先にある本棚の端まで来たとき、
「絶対に! 覗かないでよ‼」
そう念を押しつつ叫びながら、リリィは二人の視界から完全に消えた。小さく手を振り返すララァだったが、マリィは涙目でなおも笑いが収まらない様子だ。
「マリィ、笑いやみなさいよ! っていうかリリィの『それ』で加護が解除できるかどうかわからないんだから、次の手を考えておかないといけない」
至極真面目に、ララァが諭すように話す。
「う、うん。そうね……」
気を取り直して、マリィが笑い涙を拭ってみせた。そして真剣な表情で、ララァが続ける。
「あの人形はリリィをリリィディアだと思ってるんだから、そもそもリリィの聖水で加護が解除できるわけがないと見たほうがいいわ」
ララァのその弁はもっともだったが、
「リッ、リリィの聖水っっ‼」
我慢できないとばかりに、マリィがふたたび噴き出した。
「確か、玉座の裏側に部屋……だっけ?」
いま目の前にある朽ちかけた玉座の裏を、胴体を斜めにしてチラとリリィが覗きこむ。
「確かに扉らしきものがあるわね?」
少し背伸びをして、手を額にあてて玉座の上から覗き込むのはマリィだ。
「でもさ、またゴキb」
「ララァ、言わないで」
そう、ここにいたるまでGの群れに追いかけられて城外へ逃走すること数回。ララァが警戒するのも、当然といえば当然だった。
とりあえず三人は、扉の前へ移動。途中でリリィが、釈然としない表情で玉座を振り返り見る。
「リリィ?」
「うん……私、あの玉座に見覚えあるんだよね」
「んなわけないでしょ」
リリィがマリィとそんな会話をかわしていると、
「そんなことより! 二人とも、覚悟はいい?」
扉ノブに手をかけて、ララァが念を押す。
「いいよー」
「ばっちし」
呑気な返事がリリィとマリィから返ってきたので、ララァは思わずジト目だ。
「軽いんだから……」
そうボヤきながら、ララァはゆっくりと扉を開いた。
「ここは……図書館?」
無数の本棚に、夥しい量の蔵書。なぜかその部屋だけが塵ひとつなく、手入れも行き届いているように見えた。
「ッ‼ 誰か来る!」
リリィがそう漏らして臨戦態勢を取る。マリィとララァも、それに倣った。
『カタカタカタ……』
そんな音を立てて、和服を着た市松人形のような……からくり人形が歩みよってくる。高さは一メートルを少し越したぐらいだろうか、顔や手の造形は木製であるように三人には見えた。
「魔獣?」
警戒の表情でつぶやくリリィだったが、
「どうだろ。とりあえず闖入者は私たちのほうなんだ、様子を見よう」
そのマリィの提言に、リリィとララァは無言でうなずく。その人形からは殺気を感じられないが、そもそも人形なので殺気を放つこともないだろう。
そう思ってリリィはふたたび魔杖を一閃して、巨大な槌へと姿を変えさせる。だがその人形は、三人の目の前で止まると――。
『イラッシャイマセ。ナニヲ、オサガシデスカ?』
口の部分がカタカタと動きながら、機械的な少女の音声で語りかけてきた。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ‼」
「リリィ、それもういいから」
呆れた表情で苦笑いを浮かべ、マリィはゆっくりと人形に歩みよる。そして目前に立つと、
「小鬼豚の加護を解除する方法を探しにきたんです」
そのマリィの発言に、人形が一瞬だけピクッと反応した。だがすぐに、
『カゴノ、カイジョハ、アドミニストレーターケンゲンガ、ヒツヨウデス』
という返事を返してくる。
「アドミ……ようは管理者権限てことかな?」
「多分?」
「いやいや、この場にリリィディアさんいないでしょ、どうすんの」
順に、リリィ・マリィ・ララァ。ララァのそのもっともな疑問に、三人は頭をかかえた。だが続いて、不思議なことが起こる。
人形がチラとリリィを見やると、
『キョカ、シマスカ?』
と確認してきたのだ。リリィがキョトンとして自分を指さして首をかしげ、マリィとララァが顔を見合わせた。
「えっと? わ、私の許可⁉」
『ハイ、マスター』
「マスターって……」
驚きの表情を浮かべたリリィが、人形に聴こえないように小声で二人に問う。
「どういうことだと思う?」
「私たちが知るわけないでしょ。多分だけど、リリィがリリィディアに似ているとか?」
そう推論したのはマリィだったが、似ているもなにも同じ魂であることを三人は知らない。
「誤動作なのかもしれないよ? でも、これを利用しよう!」
ララァのその発言に、三人は小さくうなずいた。
「あ、許可します!」
一か八かで、リリィが口を開く。マリィとララァが、固唾を呑んで人形の反応を見守った。
『カシコマリ、マシタ。ショウショウ、オマチクダサイ』
人形はなんの疑いも持たず、そう言って踵を返す。そして少し先の本棚の端まで来て左折し、その姿が完全に見えなくなってから三人は大きく息を吐いた。
「なんか、後ろめたいね」
リリィがバツが悪そうにそう漏らしたが、その人形は『主人』の指示に従ったにすぎない。
「まぁまぁ。目的は見失わないでおこうよ」
マリィのその言葉に、
「だね。勘違いしたのはあっちなんだしさ」
そうララァが続けるも、くどいようだが人形は間違っていないのだ。三人が手持ち無沙汰に待っていたところ、ふたたび『カタカタカタ』と音を立てて人形が戻ってきた。
『コチラニ、ナリマス』
「あ、ありがとう?」
人形がマリィに手渡してきたのは、一冊の本。二人をチラと見やるマリィに、リリィとララァは無言でうなずいてみせる。
「えっと、それで加護の解除の方法はどうすればいい……のかな?」
恐る恐るそう問うマリィに対し、ふたたび人形がリリィの方向を見て。そして上から下までじっくりと凝視して、なぜか質問したマリィではなくリリィに話しかけてくる。
『セイスイガ、ヒツヨウ、デス』
「聖水? てかなんで私に言うの?」
不思議そうに訊き返すリリィに、
『マスター、ニンゲン……アレ?』
人形もまた、怪訝そうな態度に変貌した。それを見て、嘘がバレたのかと三人は生唾をゴクリと呑んで覚悟を決めるも――。
『イマハ、ニンゲン、ナノデスネ。ソレナラバ……』
そう言いながら、人形はリリィの股間を凝視する。
『ソコカラ、セイスイ、デマス』
「そこって……ここ?」
思わず黒いミニスカートで覆われた自分の股間を指さすリリィは、びっくり仰天だ。
「あ、聖水てそういう……」
なにを想像したのか、マリィが吹きだす寸前である。ララァは、ちょっと気まずそうな表情で顔をそむけた。
「えっと、私のおしっこが聖水……で合ってる?」
絶対に否定してくれとばかりにリリィがすがるような表情で人形に訊くも、
『ハイ』
という返事でリリィはガックリと両ひざを落とした。そして床に両手をついてしばし落ち込んでいたが、
「で、私のおし……をどうすればいいのかな?」
首をあげて、人形を見上げながら絶望しきった表情でリリィが問う。それに対する、
『セイスイヲ、カケテ、ヌラシテ、クダサイ』
という人形の返答に、リリィの顔が青ざめた。逆にララァは顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、思わず噴き出したマリィは笑い涙をポロポロとこぼしながら口とお腹を押さえて腹筋が崩壊寸前だ。
「えっと……どうしよ?」
四つん這いのまま涙目で助けを乞う表情を見せるリリィだったが、マリィとララァが助けてくれそうにもないので覚悟を決める。すっくと立ちあがり、
「わかった。あの、トイレ……どこかな?」
『トイレ……ソノタンゴハ、データベースニ、アリマセン』
「へ?」
そう、城主である女神は排泄をしない。そのためこの城にはトイレというものがなく、その概念もないから存在そのものを人形は知らないのだ。
「リッ、リリッ……そこらへんの物陰、かげでさ? シャーッと」
笑いをこらえながらそういうマリィだったが、自分の提案に自分でウケてまたもや噴き出してしまう。それを恨みがましそうに見つめるリリィだったが、
「大丈夫、私たちは見ないからさ?」
ララァが心の底から同情するような目でそう言ってくるではないか。リリィとしては、ほかに方法がないかを三人で模索したかったのだけれども。
「わかった……ちょっと行ってくる」
すっかり憔悴しきったとばかりの表情で、リリィが本を片手にトボトボと歩み去っていく。そして少し先にある本棚の端まで来たとき、
「絶対に! 覗かないでよ‼」
そう念を押しつつ叫びながら、リリィは二人の視界から完全に消えた。小さく手を振り返すララァだったが、マリィは涙目でなおも笑いが収まらない様子だ。
「マリィ、笑いやみなさいよ! っていうかリリィの『それ』で加護が解除できるかどうかわからないんだから、次の手を考えておかないといけない」
至極真面目に、ララァが諭すように話す。
「う、うん。そうね……」
気を取り直して、マリィが笑い涙を拭ってみせた。そして真剣な表情で、ララァが続ける。
「あの人形はリリィをリリィディアだと思ってるんだから、そもそもリリィの聖水で加護が解除できるわけがないと見たほうがいいわ」
ララァのその弁はもっともだったが、
「リッ、リリィの聖水っっ‼」
我慢できないとばかりに、マリィがふたたび噴き出した。
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