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第二章・魔法少女たちの饗宴

第五話『ガーディアン⑤』

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『条件というのはほかでもない……おまえたちの目的は、小鬼豚の加護を解除することだろう?』
「えぇ、そうね?」
『だったら、それ以外のことをやらなければいい……』
「と言いますと?」
『かの玉座に眠るは、いわば「女神」でなければ触れてはならないもの。当然ながら、この世界を動かすさまざまな加護についても知りえることができよう。そしてそれを解除することも……だが目的外のことはするな』
 リリィたち三人は思わず顔を見合わせたが、
「もちろんよ、約束します。それよりもアストライオスさん?」
『なんだ』
 リリィには、どうしても釈然としないことがあった。それは――。
「私はあなたに、アストライオスさんに会ったことがありますか?」
『⁉』
「リリィ、なに言ってんの?」
 マリィが不思議そうに首をかしげる。だがどうしてもリリィには、拭えない既視感デジャ・ヴュをアストライオスに感じていたのだ。
『……少々、しゃべりすぎたようだ』
 だがアストライオスはそれには応えず、両の羽を大きく羽ばたかせるとどこへともなく飛び去っていった。そのときに巻き上がった強風で、三人は思わず腕で目を保護する。
「うーん、どっかで会ったことあるような気がするのよね」
「あんなでっかい黒龍に出会っておいて、それを忘れるなんてある?」
「だよねぇ? でもなんだろ、こう……」
 まだぶつぶつ言っているリリィに、マリィは呆れた表情だ。とにもかくにも、三人は廃城目指して歩を進めた。
 途中で古代の魔獣が襲いかかってきたが、
「ギルティ・ブレイク‼」
 巨大な槌ウォーハンマーを一閃してリリィがそれを圧殺……というよりは肉片に変えては、
「『大火の螺旋イグニス・スパイラー』!」
 と獄炎魔法で一網打尽にする。きりがないので、
「『羅刹門コンフシオン』!」
 相手を『恐怖』の感情に陥れるララァの広範囲魔法を使い、自主的に逃走させた。
「マッ、マリィ! 逃げよう‼」
「なんでララァの魔法にリリィがかかるのよ⁉」
 味方も多少なりとも影響を受けるので、状態異常魔法耐性が弱点であるリリィもそれに引きずられてしまう。
「しっかりしなさーいっ‼」
 と言うが早いが、
『パーン!(三回)』
 哀れリリィ、マリィのビンタ三連発をくらって頬が真っ赤だ。
「目、覚めた?」
「覚めたけどマリィ、ほかに方法はなかったのかな⁉」
 涙目で訴えるリリィだが、マリィはそれを黙殺する。ララァが小声で『ごめんね!』と言ってくれたのが、リリィにとっては小さな救いだった。
 そして廃城前まで来て、改めて三人はそれを見上げる。
「なんか不気味……」
「うん……でも行かなきゃ!」
 不安そうにそう会話をかわすリリィとマリィに、
「心がウッキウキになる魔法をかけてあげようか?」
 とララァが声をかけたが、それは丁重にお断りノーサンキューする二人だ。
「よし、行くよ!」
 勇気を振り絞って、リリィが先頭に立って城門をくぐる。玄関扉へ続く足場の悪い鬱蒼と生い茂る通路をなんとか突っ切り、静かに扉を開けるリリィ。
 中は荒れ放題で、それは悠久の刻を主不在のまま朽ちていった歴史を感じさせた。ところどころに髑髏の騎士の模型のようなものや歪な形の花瓶、なにが描いてあるのかさっぱりわからない絵画が飾られている。
「なんか、ここの城主ってすごい趣味悪かったんだね……」
 思わずそうつぶやいてしまったマリィだが、
「……リリィ、なんで不機嫌そうな顔になってんの?」
「そんな顔してた?」
 そう、リリィの前世であるリリィディアが収集したコレクションをけなされたのだ。もちろんリリィも悪趣味だとは少し感じていたが、そう悪くもないなぁ?とも思っていて少し不機嫌だったのは前世の影響かもしれない。
「一般的な城の間取りだと、この奥が玉座の間よ。リリィ、マリィ! 覚悟はいい?」
 二人がそんな会話をしている間に、追い抜いてしまっていつのまにか先頭になったララァが振り向いて声をかけた。リリィとマリィは、無言でうなずく。それを確認すると、ララァはおもむろに扉に手をかけた。
「……ッ⁉ 開かない?」
「ララァ、内開きじゃないかな?」
 必死に引っ張っているララァを見て、マリィが言葉をかける。ララァはマリィの言うとおり押してみるが、それでも扉はびくともしないのだ。
「施錠でもされてるのかな?」
 そう言って首をかしげるララァだったが、
「ちょっと変わってちょうだい」
 そしてマリィは扉のノブ付近を凝視する。ためしに引いてみたり、押してみたり。
「これは鍵がかかっているという『開かない』じゃないわね……そもそも、鍵穴がないわ」
 それまで黙って見ていたリリィが、
「左右に引くんだったりして」
 と茶化す。
「いやいや、まさかでしょ」
 そう言いつつも、マリィは相対する二つのノブに手をかけて左右に引いてみた。
『ズズズッ……』
 ゆっくりと、扉がスライドする。
「え、マジで?」
 とララァが驚き、
「ここの城主、なんて性格の悪い……」
 マリィは渋面を浮かべた。
「冗談のつもりだったのに!」
 思わずそうボヤいたのはリリィだったが、かつての城主である『リリィディアの冗談』には続きがあった。
「ん?」
 開いた扉の奥は玉座の間……ではなく。
「なにこれ」
 そこは奥までずっと続く長い廊下。だがその奥は暗いというか壁というか、円形の黒い壁。
「ねぇ? マリィ、ララァ……あれ、だんだん近づいてきてない?」
 引き攣った顔で、リリィが奥を指さす。
「……本当ほんっとうに趣味の悪い!」
 マリィが忌々し気に吐き捨てた。
 そう、奥から巨大な鉄球が転がってきているのだ。直径が二メートルを優に超すその鉄球のシルエットが大きくなるにつれ、『ゴロゴロ……』という音が小さな地響きを立てて聴こえてくる。
「なんて古典的な……私にまかせて!」
 リリィは魔法杖マジックワンドを一閃すると、それを巨大な槌へと変化させる。そしてそれを思いっきり振りかぶる……のをララァが止めた。
「待って、リリィ! なにもしなくていい!」
「ララァ?」
 怪訝そうにララァを振り返るリリィだったが、それでもララァに従って槌を下ろす。
「ララァ、どういうこと?」
 マリィも不思議そうに問うが、
「見てたらわかる。ちなみに私たち、避けなくても大丈夫だから」
「?」
 リリィとマリィの二人、キョトンと顔を見合わせた。だが巨大な鉄球がこちらに転がってきているのだ、それに対しなにもしないどころか避けないというのもなかなかのスリルである。
「あ、なるほどね!」
 ララァの思惑に、先に気づいたのはマリィだった。
「なにが『なるほど』なの? 普通に怖いんですけど⁉」
 半ギレでリリィが食ってかかるが、マリィは涼しい表情である。そしてついに鉄球が目の前まで転がってきて、開け放った扉を通過しようとした刹那――。
『ガッ‼』
 大きな衝突音と、『ミシッ!』という壁が軋む音を立てて鉄球が止まった。
「これは……」
 呆然とするリリィに、ララァが苦笑いを浮かべてみせる。
「この鉄球、出口より大きいんだもの。扉の中から出られないのよ」
「本当にここの城主って、頭おかしい……」
 説明するララァに、マリィは心底呆れ顔で。
「いやでも、リリィディアだっけ。お茶目なイタズラのつもりだったのかも……よ?」
 なぜかフォローを入れてしまうリリィである。
(っていうか、私と気が合うかも)
 とまで思いかけているのだが、前世の自分だからそれは当然かもしれなかった。なので、
「なんかさー、リリィ並みに性格悪いよね」
「どういう意味よっ‼」
 なんていうマリィの感想は、当たらずといえども遠からずだったのである。
 その後、リリィの槌によって鉄球を粉砕して奥へ進む。行き止まりだったので引き返そうとしたら、天井から無数の鋭い突起がついた吊り天井が落ちてきたり。
 必死に後ずさって避けたところ、壁から無数の毒矢が射出してきた。そこはマリィがとっさに防御魔法をかけて難を逃れたが、扉まで戻ってきたときに先頭で出ようとしたララァの踏み出した足がガコンと凹む。
「今度はなんのトラップよ⁉」
 キレ気味にララァが叫ぶが、なにも起こらない。不思議そうに三人は顔を見合わせるのだが、先ほど確認してきた奥から聴こえてきたのは――。
『カサカサッ……』
 三人は改めて振り返り、奥を凝視する。
「――なんの音だと思う?」
 そう言いながら、リリィの唇が震えている。なにかは予想がついているのだが、それを認めたくなくて否定してもらいたくて。
「だから言ったじゃない、ここの城主は性格が悪いって‼」
 マリィが、青い顔で誰へともなく叫ぶ。
「いやいや、逃げよう⁉ 『アレ』絶対、十とか百って数じゃない!」
 そう、先ほど落ちた吊り天井の鋭利な突起のすきまから次々と沸き出てきているのは……古今東西、女の子にとって永遠の天敵であるゴキ(ピー)である。それが数百匹いや千匹はいるだろうか、まるで黒い絨毯がスルスルスルと結構な速さで扉に迫ってきているのだ。
「ひっ⁉」
「嫌すぎる!」
「お、お先っ‼」
 もちろん、三人の誰であっても魔法で簡単に滅することができるだろう。だがリリィなら『潰して』しまうだろうし、マリィなら『焼いて』しまう。
 リリィは自身の武器を使用しただろうからGの群れは無残な躯を晒しただろうし、マリィの魔法ならGに火炎地獄をくらわせただろう。
 潰れたGの群れなんて見たくなかったし、Gが焼け焦げた臭いなんて想像もしたくない。それをいち早くシミュレートしたのか、真っ先に逃げ出したのはララァだった。
「ちょっ、待ってララァ! 置いていかないで‼」
 慌ててリリィが叫べば、
「あれのどこが『お茶目なイタズラ』なのよ⁉」
 そう文句を言って、マリィがララァに続いた。もちろん、遅れてリリィも続く。
 自然と最後尾はリリィとなってしまったわけだが、逃げる途中で落ちてきたシャンデリアを間一髪でかわしたときにはさすがに、
「マリィの言うとおりだわ、リリィディアって最悪‼」
 と同意せざるを得なくて。落ちた衝撃で散った硝子の破片が、リリィの頬を少し切った。
シャンデリアあれ、わざとよね? 絶対わざとよね⁉」
「リリィ、いいから黙って走るのよ‼」
 そう叫ぶマリィの頭部付近を、天井から鎖で吊るされたスイカ大の鉄球が横からスイングして襲いかかってくる。それを間一髪でしゃがんでかわすマリィだが、先頭は先頭でリリィやマリィとは別の苦悩もあるようで、ララァが顔にへばりついたスライムのような物を必死にひっぺがしながら走っていた。
 息も絶え絶えにやっと三人が落ち着けたのは、城門の外……スタート地点に戻ってきてからである。
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