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大帝動乱
9、動乱の終わり、大帝国のはじまり①
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ゲオルグ視点です。
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ゲオルグが皇宮の地下にたどり着いたとき、前皇帝ヴォーダンとヴェルスング家前当主ジークムントはすでにこの世の者ではなかった。
前者は息子であり王位継承権第二位にいたバルドルが、後者は養子シグルズが手を下した。
ヴォーダンは息絶えたまま、地下の玉座に俯いて座っていた。
その玉座の後ろには美しい少女が控えており、自身の身長よりも長いモルゲンシュテルン(モーニングスター・棒の先端に棘付き鉄球がついた棒)を握っている。
少女はゲオルグをじっと見ていた。
金髪碧眼。肌が驚くほど白く、その姿はまるで彫刻のようだった。金糸のように流れる髪はなだらかな波を打って腰にまで伸びている。頭には金色の髪飾り、青の宝石で装飾された白いローブは絵画の中の女神が纏う衣とそっくりだ。
「父は私が殺しました」
高く歌うような声だった。
「玉座の後ろに隠し部屋があります。兄、妹たちにはそこで毒を飲むよう説いてあります」
ゲオルグはその発言を受けてしばし考え込んだが、ようやく答えに至った。
「貴殿、バルドル皇子か」
「左様です、ゲオルグ陛下。はじめまして」
バルドルは自分が皇子とバレないように女の姿をしていた。声変わりもまだだったので、その容姿もあいまって目の前の彼が少女だと言われても誰も疑わないだろう。
だが、槍よりも重い棒を扱うその腕力は相当のものだ。ローブ下の体格はそれなりに鍛えられているに違いない。
それに何と言っても目の光が強い。姿は女であっても、ひ弱とは正反対のオーラを纏っている。
「自身が家族に手をかけたのか」
「大広場に引きずり出され、自国民の前で処刑台に登るのはさすがに忍びないと思った私の独断です。罰せられますか」
「―――いや、しない」
バルドルは鉄の棒をくるりと回し、自身の腰に佩いている革製の筒に柄を収めた。ゲオルグは黙ってそれを見ていたがひとつだけ聞いた。
「なぜ俺を殺さない? 俺はお前の父を弑逆した大罪人だぞ」
女神に似た皇子は玉座の高みからゲオルグを見下ろした。
「―――私は父の愚かさに気付いていました。いつか貴族に利用されてこうなる道もひとつの未来のあり方として見えていた。だが、息子としての甘さが今日まで私に行動をさせなかった。つまり私は怠惰であったのです」
玉座の階段を降り、バルドルはゲオルグと同じ高さに立った。バルドルは確か15歳だが、視線はゲオルグの顎のあたりにある。おそらく彼のほうが身長は高くなるだろうとゲオルグは思った。
「あなたは行動した。私は行動しなかった。それだけの違いです。だがその違いが歴史を変え、多くの民の命運を変える」
バルドルは静かに膝をつき、配下の礼を取った。
「ゲオルグ陛下。バルドル=ブレイザブリク・フォン・ミッドガルドはあなたに忠誠を誓います」
ゲオルグはバルドルの礼を冷めた目で見ていた。
こいつは皇帝の座を諦めたわけではない。目を見れば分かる。だが一方で、この美しい男は機が熟していないことも十分に理解している。
10年間の期限付きの忠誠。
それを生かすも殺すも俺次第というわけか。もちろん失敗すれば俺がこいつに殺される。
「いいだろう。許す」
内乱は終わった。
あとは、最後の片付けが残っている。
◇
レギナスの協力を取り付けるための密約。
その条件のひとつが「ヤルンヴィット家の血筋は全て根絶やしにすること」。
前皇帝の命が断たれて3日後。ゲオルグは馬上の人になっていた。横にはキオートが付き添い、彼の後ろにはパルチヴァール騎士団のおよそ半分の団員が列を乱すことなく馬を進めていた。
ヤルンヴィットの領地は帝国北東の丘陵地帯だ。
さまざまな石材や土材が採れるため、集落には石工や煉瓦職人が多かった。また、隣国グルヴェイグとも近いことから絨毯やカーテンといった布製品の裁縫を下請けする婦人組合もあった。
この景色を見ることはもうないだろう。
特に感慨もなく、ゲオルグは見慣れた景色を目に収めた。
ゲオルグがヤルンヴィットの邸宅にたどり着いたとき、屋敷に生きた人間はいなかった。
皆、殺されている。
見知った執事も、衛兵も。
「……これは一体どういうことだ」
ゲオルグはキオートに視線を送る。キオートは首を振った。
「軍は一兵たりとも動かしておりません」
馬を降り、屋敷に入った。「お前たちはここで待機していろ」と部下に声をかけたキオートが足早にゲオルグの後ろにつく。
邸宅の中は血の海だった。遺体を見る限り、抵抗した者も無抵抗の者も体のいずれかを槍で深く刺されて殺されている。
ゲオルグは二階に上がった。向かうのは当主の部屋だ。
父・フェンリスヴォルフ・フォン・ヤルンヴィットはソファーに座ったままこめかみから血を流して死んでいた。手には拳銃が握られている。
“騎士潰し”が失敗に終わった日、フギンが手配した騎士団がヤルンヴィット家を包囲した。そのときに父は自害したと報告を受けている。
埋葬されることもなく、あの日からずっとこのままだったのだろう。
懐古主義におだてられ、愚かな貴族に仰がれた男の末路がこれか。
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ゲオルグが皇宮の地下にたどり着いたとき、前皇帝ヴォーダンとヴェルスング家前当主ジークムントはすでにこの世の者ではなかった。
前者は息子であり王位継承権第二位にいたバルドルが、後者は養子シグルズが手を下した。
ヴォーダンは息絶えたまま、地下の玉座に俯いて座っていた。
その玉座の後ろには美しい少女が控えており、自身の身長よりも長いモルゲンシュテルン(モーニングスター・棒の先端に棘付き鉄球がついた棒)を握っている。
少女はゲオルグをじっと見ていた。
金髪碧眼。肌が驚くほど白く、その姿はまるで彫刻のようだった。金糸のように流れる髪はなだらかな波を打って腰にまで伸びている。頭には金色の髪飾り、青の宝石で装飾された白いローブは絵画の中の女神が纏う衣とそっくりだ。
「父は私が殺しました」
高く歌うような声だった。
「玉座の後ろに隠し部屋があります。兄、妹たちにはそこで毒を飲むよう説いてあります」
ゲオルグはその発言を受けてしばし考え込んだが、ようやく答えに至った。
「貴殿、バルドル皇子か」
「左様です、ゲオルグ陛下。はじめまして」
バルドルは自分が皇子とバレないように女の姿をしていた。声変わりもまだだったので、その容姿もあいまって目の前の彼が少女だと言われても誰も疑わないだろう。
だが、槍よりも重い棒を扱うその腕力は相当のものだ。ローブ下の体格はそれなりに鍛えられているに違いない。
それに何と言っても目の光が強い。姿は女であっても、ひ弱とは正反対のオーラを纏っている。
「自身が家族に手をかけたのか」
「大広場に引きずり出され、自国民の前で処刑台に登るのはさすがに忍びないと思った私の独断です。罰せられますか」
「―――いや、しない」
バルドルは鉄の棒をくるりと回し、自身の腰に佩いている革製の筒に柄を収めた。ゲオルグは黙ってそれを見ていたがひとつだけ聞いた。
「なぜ俺を殺さない? 俺はお前の父を弑逆した大罪人だぞ」
女神に似た皇子は玉座の高みからゲオルグを見下ろした。
「―――私は父の愚かさに気付いていました。いつか貴族に利用されてこうなる道もひとつの未来のあり方として見えていた。だが、息子としての甘さが今日まで私に行動をさせなかった。つまり私は怠惰であったのです」
玉座の階段を降り、バルドルはゲオルグと同じ高さに立った。バルドルは確か15歳だが、視線はゲオルグの顎のあたりにある。おそらく彼のほうが身長は高くなるだろうとゲオルグは思った。
「あなたは行動した。私は行動しなかった。それだけの違いです。だがその違いが歴史を変え、多くの民の命運を変える」
バルドルは静かに膝をつき、配下の礼を取った。
「ゲオルグ陛下。バルドル=ブレイザブリク・フォン・ミッドガルドはあなたに忠誠を誓います」
ゲオルグはバルドルの礼を冷めた目で見ていた。
こいつは皇帝の座を諦めたわけではない。目を見れば分かる。だが一方で、この美しい男は機が熟していないことも十分に理解している。
10年間の期限付きの忠誠。
それを生かすも殺すも俺次第というわけか。もちろん失敗すれば俺がこいつに殺される。
「いいだろう。許す」
内乱は終わった。
あとは、最後の片付けが残っている。
◇
レギナスの協力を取り付けるための密約。
その条件のひとつが「ヤルンヴィット家の血筋は全て根絶やしにすること」。
前皇帝の命が断たれて3日後。ゲオルグは馬上の人になっていた。横にはキオートが付き添い、彼の後ろにはパルチヴァール騎士団のおよそ半分の団員が列を乱すことなく馬を進めていた。
ヤルンヴィットの領地は帝国北東の丘陵地帯だ。
さまざまな石材や土材が採れるため、集落には石工や煉瓦職人が多かった。また、隣国グルヴェイグとも近いことから絨毯やカーテンといった布製品の裁縫を下請けする婦人組合もあった。
この景色を見ることはもうないだろう。
特に感慨もなく、ゲオルグは見慣れた景色を目に収めた。
ゲオルグがヤルンヴィットの邸宅にたどり着いたとき、屋敷に生きた人間はいなかった。
皆、殺されている。
見知った執事も、衛兵も。
「……これは一体どういうことだ」
ゲオルグはキオートに視線を送る。キオートは首を振った。
「軍は一兵たりとも動かしておりません」
馬を降り、屋敷に入った。「お前たちはここで待機していろ」と部下に声をかけたキオートが足早にゲオルグの後ろにつく。
邸宅の中は血の海だった。遺体を見る限り、抵抗した者も無抵抗の者も体のいずれかを槍で深く刺されて殺されている。
ゲオルグは二階に上がった。向かうのは当主の部屋だ。
父・フェンリスヴォルフ・フォン・ヤルンヴィットはソファーに座ったままこめかみから血を流して死んでいた。手には拳銃が握られている。
“騎士潰し”が失敗に終わった日、フギンが手配した騎士団がヤルンヴィット家を包囲した。そのときに父は自害したと報告を受けている。
埋葬されることもなく、あの日からずっとこのままだったのだろう。
懐古主義におだてられ、愚かな貴族に仰がれた男の末路がこれか。
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