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大帝動乱
7、大帝動乱①-2
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誰がどのような意匠で建てたのか不明な巨大な建造物。槍のような鋭い守備塔とどす黒い見た目は皇宮というよりも要塞を思わせる。
この皇宮の地下に、義父とともに説得に応じなかったヴェルスングの騎士たちが立てこもっている。
「シグルズ様、本当に行くのですか」
ヴィテゲは難しい顔をしていたが、シグルズの眉間の皺のほうが深かった。
「ジークムント様が謀反など……。ましてレギナス様に逆らうなど何かの間違いでは」
「この場合、一体どちらが謀反なんだろうな? ヴィテゲ」
シグルズが諦観を込めて皇宮を見上げた。
「ゲオルグという奴とお祖父様は、おそらく皇帝を見つけ次第弑逆するつもりだろう。それが分かったからこそ皇帝は地下に逃げることにした」
それを守る義父が悪なのか。
それとも騎士弾圧を止め、新皇帝を掲げる祖父が悪なのか。
「それは……私には分かりません。でも、あなたがジークムント様を討つ必要がどこにあるのでしょうか。よりによってあなたが、父を」
必要など本来はどこにもない。
けれど祖父に命じられた以上、自分が討つしかないのだ。
「シグルズ」
皇宮の表階段を降りてきた3人の男。
黄色い目のゲオルグ、そして、ムニン公爵。最後に―――レギナス。
シグルズとヴィテゲはその場で下馬し、膝をついた。
団長に続き、ヴェルスングの騎士たちも同様にする。
「言葉を交わすのは初めてだな。シグルズ」
黄色い目の男、ゲオルグ。その声を初めて聞く。
背が高くて陰気。貴族には見えない風貌。しかしその喋り方と笑い方にはっきりと尊大さが見て取れた。
「シグルズ。手紙は読んだか」
レギナスの問いに「はい」と答えた。
「お前にも聞きたいことはあろうが……あの手紙に書いたことが全てだ。私の義息であり、お前の義父であるジークムントは現在先帝とともに皇宮の地下に潜伏している」
シグルズは視線を上げて祖父の表情を盗み見た。
その表情は「祖父」の顔ではなく「大家令」のそれだ。読み取れることは何もない。
「お祖父様……いえ、大家令殿。恐れながら申し上げます。ジークムント殿に説得は試みられたのでしょうか」
「必要ない」
答えたのはゲオルグだった。
「これは皇帝に対する反乱だ。俺がそう決めた」
ヴィテゲが隣で息を吞む。シグルズは何とも言えない気持ちで段上の男を眺めていた。
「すでに退位の儀も済ませ養子縁組も終わっている。正式な書類も交わし、大公官と新しい大家令であるムニン殿の前で慣例に乗っ取って行われた。ゲオルグ殿が新皇帝となった今、ヴォーダン=ハールバルズ=グリームニル・フォン・ミッドガルド前皇帝とジークムント・フォン・ヴェルスングは国家反逆罪に問われる逆賊となったのだ」
新皇帝の誕生。
この男が。
歴史的な瞬間に立ち会ってもなお、シグルズは何も言うことはできなかった。
というより、どうでもよかったのかもしれない。
自分にとってミドガルズ帝国の皇帝とはシンボルに過ぎない。
今の自分にとって重要なのは、“皇帝が誰なのか”ではないのだ。
「大家令殿……」
口答えなど許されるはずもない。
それでも、シグルズにとってジークムントは偉大な存在だった。
ジークフリードの父親というだけでなく、血の繋がっていない自分を導いてくれた人という意味でも。
「大家令殿が、いえ……レギナス様が説得を試みれば、もしかしたら」
「シグルズ」
レギナスがシグルズの言葉を遮った。
「お前がヴェルスング当主になって初の勅令になる。過酷な命だと思うが私はお前に期待している。頼んだぞ」
自分の顔が失望に歪むのを止められなかった。
ヴィテゲが何か言いたそうにしているが手でそれを制する。
ゲオルグがじっと祖父の顔を見る。その視線の意味は分からない。彼は何も言わなかった。
祖父の中で、すでに結末は決まっている。
俺にはそれを変えることはできない。
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