上 下
216 / 265
第五部 第三章 死者の国を発つまで

【幕間】樹なんてなかった②

しおりを挟む

 ◇


 世界の中心にある黒い森は深く広く、陽光すら遮る不気味な森だった。
 当初はそれなりにテンポ良く進んでいた2人だが、所詮は子ども。数日森の中を進めば疲労が蓄積し、食べるものに困り、ヘビや狼に怯えることになった。



 スヴァーヴは真っ暗な森の中で息を引き取った。

 本人の気付かないうちに、毒を持つヘビに足を噛まれていたらしい。1日のうちに毒が全身に回り、翌朝にヘルゲが友の顔を見たときには生きた人間の顔色ではなかった。


「ごめん、ヘルゲ……。自分から誘っておきながら、こんな」
「喋っちゃダメだ。今毒を抜くから」

 そう言って傷口に顔を近づけるヘルゲを、スヴァーヴは止める。

「お前まで毒を含んだら2人とも死んじゃうだろ」
「僕1人で行けるわけないよ……!」

 ヘルゲは泣きながら叫んだ。

「世界樹なんかあるかどうかも分からないし、たどり着けるわけがない! 僕はただの子どもだ! 狼に襲われたらただ喰われるだけだ!こんなの、最初から無理だったんだ!!」


 大声を出せば、それこそ狼が近寄ってくるかもしれない。
 分かってはいてもヘルゲは我慢ができなかった。


「違うよ……ヘルゲ」
「何が違うんだよ!!」



「僕の毒を……武器にするんだ」


 スヴァーヴの言葉の意味をヘルゲは理解することができなかった。


「僕の体、毒が回ったところは紫に変色してる。この部分を切って、短剣に塗りこむんだ。そうすれば猛獣も一撃で殺せる」

 あとは狼の巣窟があれば……そこに僕の肉を投げ込めば一網打尽だ。
 自らそう言った後で、友人はしくしくと泣き出した。

「―――ヘルゲ。僕はお嬢様が好きだったんだ。もし叶うなら、世界樹の実を、彼女に」


 そして続くスヴァーヴの言葉は、耳を塞ぎたいほどに残酷だった。


「ああ……死にたくないな。死ぬの、怖いよ。おかあさん……」





 ◇



 その後どれほどの距離を歩いたのか、ヘルゲには分からなかった。

 途中、群れからはぐれた狼を見つけた。
 まだ子どもで、ヘルゲに対して威嚇をしながらブルブルと震えていた。

「……お前も独りなの?」

 ヘルゲはカバンの中に狼の子どもを入れて体温で温めてやった。野ウサギを捕まえたときはその狼にも肉を分けた。

 ステファンという名前を付けた。

 ステファンはヘルゲに懐いた。熊や狼の群れがいるときは「グルルル」と威嚇して教えてくれる。そのおかげでヘルゲの行程はかなり安全なものになった。


 白かったローブは黒くなり、サラサラで綺麗だとお母さんが自慢してくれていた髪も黒い塊になった頃。

 ヘルゲは森の中心部にたどり着いた。








「樹なんて




 ないじゃないか」






 世界の中心に立っている太い棒は明らかに人が作ったもので。
 実などつきようがなかった。


 そしてヘルゲは目を見開く。


 空には黒い物体が大量に飛んでいる。
 生き物ではない。
 表面がテカテカ光る塊が、見るからに重そうな塊が飛んでいる。

「あれは……何!?」


 戸惑うヘルゲが見たのは、塊の脇に刻まれている文字のようなマーク。
 ヘルゲたちのいた国、ニザベリルと戦争を繰り返すヤルンヴィッド神聖国のシンボルマークだった。


 もしかしてこいつら……戦争をしているのか!?

 黒い塊から何かが射出された。
 ヘルゲに向かって飛んでくる。

 ステファンが必死にヘルゲのローブをくわえてここから離れるように訴えるが、ヘルゲの足は動かなかった。



 飢饉や病気で次々と人が死んでいるっていうのに、
 どうして国同士で戦争なんかしているんだ。

 どうして、


 世界樹の実を友人に託されたのに、

 僕は、ここで死ぬの?



『ああ……死にたくないな。死ぬの、怖いよお。おかあさん……』



 僕も怖い。スヴァーヴ、怖いよ。
 死ぬのがすごく怖い。

 痛いのは嫌だよ。
 死んだら僕はどうなちゃうの。

 スヴァーヴ、ロタさん、お母さん、おかあさん――――。



 砲撃によってヘルゲの身体は空中に弾き飛ばされた。

 わずかに残る意識の中で、世界樹だと思っていた太い棒が目の前まで迫っていることを知る。

 なぜか棒の一部が黄色く光っていた。


 その光が網膜から脳へ届いたときに、ヘルゲの生物としての本能が騒ぎ出す。



 ヘルゲは無意識に、その光に手を伸ばしていた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

尻で卵育てて産む

BL / 連載中 24h.ポイント:1,421pt お気に入り:8

冷徹上司の、甘い秘密。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:340

【R18】『性処理課』に配属なんて聞いてません【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:489pt お気に入り:545

間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,449pt お気に入り:311

single tear drop

BL / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:464

落ちこぼれ聖女と、眠れない伯爵。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,209pt お気に入り:468

処理中です...