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第四部 第三章 民意が悲劇を生むまで

90話 民意の果て②

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 シグルズはそのことを2人に告げた上で、疑問を呈した。

「ベヌウの強さであれば切り抜けられそうな気もするが」
「違う! バナヘイムの議員が白装束と一緒にいるんだ」
「何……?」

 なぜバナヘイムの議員と暗殺部隊が共にいるのかは定かではないが、ベヌウと言えどもバナヘイムの国民を攻撃することはできない。
 加勢に向かったトールに続き、シグルズも部屋を出ようとした。

 が、ネフィリムが立ちはだかった。

「よせシグルズ! そんな体で外に出るのは無茶だ」
「だがエインヘリヤルの暗殺部隊がいる以上、対処しなければいずれこの部屋までやってくる。あの程度の奴らなら今の俺でも大丈夫だ」
「そんな……!」

 2人が言い争っているうちに、宿の外にいる参議会員が声高に叫び出した。

「コートナー先生の仇!ニーベルンゲンの戦乙女ヴァルキリーをエインヘリヤルに引き渡せ!!」

 ネフィリムが窓のほうを向く。

「仇……? どういうことだ……」
「ネフィル、あんな声は聞かなくていい」


「今の時代に相応しいのは戦争ではなく、和平だ! 隣国との共存だ! 異端の戦乙女ヴァルキリーを大神官に引き渡せ!」

 ネフィリムの顔が徐々に歪んでいく。
 彼の中で抑えていた自責の念が、愚かな議員のせいで再び溢れ出そうとしている。


 シグルズがネフィリムを押しのけて外に出ようとしたとき、いきなり部屋の扉が開いたのでシグルズの顔がぶつかりそうになった。

 誰だと思って警戒したシグルズの前に立っていたのは、不安そうな顔をした宿の主。

「あ、あの……」
「……どうした?」

 シグルズとネフィリムが宿の主人を見る。その顔色は青を通り越して土気色だった。

「ご、めんなさ……」

 そこまで言って、主人は盛大に血を吐いた。
 シグルズが主人の胸部に湾曲した刃を確認した途端、彼は前のめりに倒れた。

 床に血が流れる。
 主人の後ろに静かに立っていたのは鎌を持った白装束の男だった。


「ネフィル! 俺の後ろに隠れろ!!」


 シグルズはノートゥングの剣を引き抜く。
 迫ってくる鎌のブレードを漆黒の剣が防いだ。

 勢いに任せて鎌を弾き返すが、普段よりも力がこもらない腕力では十分でなかった。鎌はそれほど遠くには至らず、再び切り返してくる。
 もう一度剣を構えたシグルズだったが、防ぎきれるかギリギリのところだ。わずかに汗が流れる。

 それでもやるしかない。


 覚悟を決めたシグルズの背後で、部屋の窓が豪快に破られた。

 振り向くと、灰色のローブの男が窓から侵入していた。

 男は槍を一回転させて白装束に向かって突く。
 白装束は鎌で応戦しようとするが、得物を扱うスピードが段違いだった。
 近衛特兵ロイヤル・ガードの槍はもう一度手の上でくるりと回転させられると、白装束の無防備な脇から体の奥深くに差し込まれた。

 激しい動きに乗じて、近衛特兵ロイヤル・ガードのローブが後ろにずれた。

 20歳前後の若い男性だった。栗色の短髪。右目には眼帯をしていた。

 白装束の息の根が止まっていることを確認すると、若い近衛特兵ロイヤル・ガードは立ち上がってシグルズのほうを見た。

「シグルズ様、ご無事ですか」

 ヘイムダルの声だった。

「なぜ……君がここに」
「陛下からあなたを守るようにと指示を受けております。いずれにせよここは危険です。中央会議場に行きましょう」


 階下から渇いた音が続いた。銃声だ。

「まさか……兄さん!?」

 ネフィリムは窓際に近づき外の様子を確かめた。シグルズも後に続く。

 シグルズの耳に、ネフィリムの息を飲む音が届いた。


 銃声はトールのものではなかった。トールは何かを叫んでいた―――鎮圧したバナヘイム軍に向かって。

 広がる光景は、悲惨なものだった。

 軍が、白装束とともに自国の国民である参議会員を射殺していた。
 宿前に集まっていたのはおよそ30人。全員すでに死んでいる。

 ここに戦乙女ヴァルキリーがいることをどこからか察知し、集まった国民たち。
 先ほどまで隣国との和平を叫んでいた参議会員も、口から血を吹いて倒れていた。


「そんな……なんでこんなことに……」


 ネフィリムが叫ぶ。それに答えたのは階下から上がってきたヘルマン大将だった。

「ネフィリム殿、バナヘイム全体に戒厳令が敷かれました。バルト独裁官の命により、暴動が発生すれば即座に軍部が鎮圧することになっています。あなたも早く会議場に避難してください」

 ネフィリムは呆然としつつも、ヘルマンの言に従うそぶりを見せた。
 シグルズもその後をついて行く。

 ふとヘイムダルを見る。

 ヘイムダルはヘルマン大将が入ってきた瞬間にローブを被り直していたため、先ほどよりも表情は見えない。

 だが、ローブの裾から見える目には明らかに敵意が込もっていた。
 見つめている先はヘルマンだった。
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