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第四部 第三章 民意が悲劇を生むまで

84話 バケモノ同士②

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ネフィリム視点です。
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 ◇




「ゲオルグめ、暴走したな」

 ラヴィーン要塞からバナルトゥスシティの宿に戻ったトールは開口一番、不機嫌そうに吐き捨てた。

「フロントに聞いたところ、バナヘイムに到着した当日夜には帝国のお2人はこの宿を引き払ったそうです」

 ベヌウが神妙な面持ちで情報を付け加えた。トールの眉間の皺がさらに深くなった。

「兄さん……シグルズはどこに……」

 ネフィリムは気が気でなかった。シグルズの体は変異が進んでいる。
 彼の身に何かあったとき、対処できるのはネフィリムしかいない。

 あの状態でネフィリムの傍を離れるのは悪手としか考えられなかった。

「落ち着け、ネフィ」

 トールはネフィリムの肩をポンポンと叩いた。

「ゲオルグの行動パターンは俺が一番よく分かっている。そもそもあの皇帝サマが軍事同盟締結くらいでバナヘイムまで来るわけがないことはなんとなく分かっていた。狙いは最初からシグルズだったのだろう」

「どういうことですか」

「軍事同盟締結の可能性を高めるだけなら、ニーベルンゲンを脅して宰相の俺を動かせば済むことだ。俺だってタンホイザーや護民長官のバルト先生とは顔見知りだしな」

「狙いがシグルズって……皇帝は彼に何をさせるつもりなんですか」

 トールは顎に手をやりながら狭い部屋の中を行ったり来たりしていたが、ベヌウとネフィリムの視線を受けて寝台に腰掛けた。

「俺たちが北東3国を警戒するのはあいつらの持つ変異体の力が人知を超えているからだ。その変異体に対抗できる手段があるのだとすれば……」

 トールはチラと労わるような表情をネフィリムに向けた。
 ネフィリムの中でさまざまな感情がない交ぜになり、爆発する。

「そんな……シグルズを兵器代わりにするのか……!」

 シグルズを戦争の道具にすることへの怒り。
 他国をないがしろにしようとする悲しさ。
 何も説明されず、突如シグルズと別れることになった寂しさ。


「ゲオルグは複雑な男でな。その言動から本心はなかなか読み取れない」

 そう話すトールは、怒っているというよりはさびしそうに見えた。

「ある意味誘拐のような今回の行動の背景には、シグルズを守る狙いもあるのだと思う」
「守る……?」
「帝国は大陸の至るところに諜報員を飛ばしている。グルヴェイグの件も即座にゲオルグの耳に入ったはずだ。北東に対抗できる武器を得たシグルズを、帝国の反ゲオルグ派やエインヘリヤルなどから先んじて保護したのだろう。不器用ではあるが、あいつなりのやり方でな」

 エインヘリヤルは理解できるが、反体制派というのは予想外だった。
 変異の力を得たシグルズが帝国に戻ったとき、何らかの危険が迫る可能性があるということだろうか。


「そして俺たちに何も言わずに去ったのは―――ネフィリム。お前との儀式を重ねさせないためだろう」


 その発言の意味は、ネフィリム自身がもっとも理解していたことだ。

 それでもいざその言葉が目の前に突きつけられれば、予想していた以上に冷たい何かが胸に広がる心地がした。


「ゲオルグは陰険で何を考えているのか分からない男だが、‟国を守ること”には全力で向き合う。ある意味執着的と言ってもいい。そのために俺たちにも告げず、シグルズを保護することがあいつの一番の目的だったのかもしれん」
「では、シグルズ様はもう帝国に連れ戻されているのでしょうか」

 呆然としているネフィリムに代わり、ベヌウが質問した。

「いや、要塞にエインヘリヤルが攻めてきたことでバナヘイム国内の風向きが変わりつつある。軍事同盟を締結するチャンスになるかもしれない。バナヘイムが同盟に加われば帝国にとっても国防が有利になることは必定。ゲオルグもシグルズも、まだ国内にいると見ていい」


 今日開会したバナヘイムの国会は夜間まで開催される見通しだった。
 おそらくバルト長官のもとへゲオルグが姿を現すと踏んだトールは、ベヌウを連れて外出の支度を始めた。

「タイミングを見計らって俺もバルト長官に会いに行く。それまでにいろいろ情報も収集したい」
「兄さん、私も行く! ゲオルグ皇帝と話がしたい」
「だめだ、ネフィリム。お前は外に出るな」

 トールの語気は鋭かった。

「バナヘイムに戦乙女ヴァルキリーがいること自体、悟られてはならない。エインヘリヤルがいつ襲ってくるか分からない状況なんだぞ。――頼むから言うことを聞いてくれ」

 トールの懇願を聞いてハッとする。
 そうだ、迷惑をかけているのは自分のほうなのだ。

 シグルズにも、トールにも。
 そして、自分のせいでエインヘリヤルが攻め込むきっかけを与えてしまったバナヘイムの人々にも。

 ネフィリムは俯き、小さく頷いた。

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