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第三部 第二章 お見合い騒動決着まで
59話 トリスタンとイゾルデ②
しおりを挟むシグルズは非難するような目つきでネフィリムの言葉を聞いた。
「撃たれそうになった?」
「逆上した男が見ず知らずの少女を撃ってしまって、誰も助けようとしなかったから私が自らの意思で飛び出した。悪いのは私だ」
「――俺が傍にいないのに、君は自分自身で危険な状況を選択したというのか」
「シグルズ様」
ミモザが苦しそうな声を出す。
「何かあれば私が男を殺すつもりでした。ですからネフィリム様が撃たれる可能性はほぼゼロでございました。……あまりネフィリム様を責めないでください」
「ミモザ、余計なことは言わなくていい」
ネフィリムが毅然とした表情でシグルズを見返す。
「確かに自分の判断は軽率だったと思う。それは謝る。だが……もう一度同じ状況になれば私は同じ行動を取る」
迷いのない黒い瞳が自分を映す。
そこに映るのは、大切な者を喪うことに怯える臆病者の顔だった。
「……トリスタンと言ったか、ネフィルとミモザを送ってもらったこと、感謝する」
「いえ。こちらこそ本当に申し訳なかった。いつでも詫びる準備はできているので必要とあらば声をかけていただきたい」
「君はイゾルデの幼馴染だと聞いた」
突然話題が変わり、トリスタンは面食らった。
「――そうです。イズ―が話したのですか」
「そうだ。イゾルデは君のことを守りたいと言っていた。そのためにグルヴェイグを変えたい、とも」
「まさか、結婚というのは……」
「イゾルデの気持ちは聞いたが、君の気持ちは知らない。だが、彼女の本音を聞いて俺は応援したいと思った。――伝えたいことは以上だ。ネフィル、ミモザ、行くぞ」
◆
カロルスフェルトの屋敷に戻ったシグルズは明らかに不機嫌だった。
使用人から「お食事の用意ができております」と言われても「いらない」と一言。そして、
「俺の寝室に案内してくれ」
と、やはり低い声で告げた。
そのとき、シグルズはネフィリムの腕を掴んだ。これまでに経験したことのない乱暴で粗雑な所作だった。
「お前も来い」と言外に伝えられている。
ネフィリムはこれから何をされるのか、なんとなく予想がついた。
「ミモザ」
ネフィリムは戸惑っているメイドに笑顔で話しかける。
「私とシグルズだけで話したいことがあるんだ。ミモザは私たちのことは気にせず食事と湯浴みをしてきてくれ」
多分、会話にはならないだろうなという諦観を抱きながら。
寝室に入ってすぐ、寝台の上に突き飛ばされた。
言葉を聞かずとも分かる。シグルズは怒っている。
彼は自分のスカーフを解き、何を思ったかネフィリムの目を覆った。
「何をする!」
「これならどこにも行けないだろう」
「……シグルズ?」
時折、彼から昏い感情が匂い立つことがあった。
それは自分の生い立ちを話すときや、ヴィテゲのことを思い出すとき。
普段は明るくて優しい、ガサツだけど他人のことを思いやってくれるあのシグルズとは全く違う彼が姿を現す。
今もきっと、そのときの彼だ。
目隠しをしたネフィリムを、シグルズはぎゅっと抱きしめた。
先ほど腕を掴まれたときと同じ。とても強く、息苦しくなるほどの力で。
「帝国に戻ったら、ヴェルスング邸に君を閉じ込めてしまおうか」
その声を聞いて思わず背筋が震えた。
「そうすれば君が俺から離れることはない。傍にいる限り、俺が守ってやれる」
「冗談にしてもセンスがないな」
その発言の半分は期待でもあった。
冗談だと笑い飛ばせたらどんなによかっただろう。
「冗談?」
そしてネフィリムの期待は外れ、自分の発言が彼の感情を大いに損ねたことを知る。
「分かってないな、ネフィル。今の君には仕置きが必要だ」
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