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第二部 番外編

こちら恋愛相談所

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ギャグです。登場人物のIQが普段よりも著しく低くなっています。
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 内乱の傷跡が残るニーベルンゲンの首都・エッダでは、多くの人々が再興のために動き回っていた。

 みんなが「エッダににぎわいを取り戻したい」という気持ちを胸に励む中、太陽が一番高い頃合いになると、カンカンカンと金属音が響き渡った。

 音の正体はフライパンとお玉。エッダの中央広場に、三角巾とエプロンをまとった屈強な巨体が現れた。
 宰相トールの側近兼護衛役、ベヌウ・バーである。


「みなさん!お仕事お疲れ様です!!お昼ご飯ができましたので順番に並んでください」


 ベヌウの横には、湯気立ち込める巨大な寸胴鍋ずんどうなべ。ベヌウの大声とその匂いに連れられて、中央広場に人が集まってきた。

「ベヌウ殿! 今日のご飯はなんですか?」
「先ほど子羊を一頭めました。その肉とじゃがいも、ネギをふんだんに取り入れたスープです。胡椒を効かせてあります。スープに合うように固めのパンを焼きましたので一緒にどうぞ」
「いただきます! ………うまーーーー!!」

 本日のベヌウご飯を最初に味わった兵士はその美味さに絶叫した。

「シンプルにして奥深い味わい……やはり子羊の肉の味が抜群に効いていますな。またこの胡椒の味付けが次の一口を促進させる……! やや、そしてパンの固さがまた絶妙!! スープにつけることでちょうどよい噛み応えになる……」
「喜んでもらえてよかったです。さあみなさま! スープもパンもたくさんありますのでどうぞ」

 フライパンとお玉が再びカンカンと鳴らされ、寸胴ずんどう鍋の前には行列ができた。
 ベヌウとともに料理を手伝ったニーベルンゲンのマダムたちも集まり、配給はとどこおりなく進む。

「ほんとうにベヌウちゃんの料理は人気よねえ~~~~」

 マダムの一人がにっこりとベヌウに微笑む。

「みんな美味しそうに食べてくれるから私たちも嬉しくなっちゃうわね」
「そうそう。それに近くで見てると料理の勉強になるから助かるわあ」

 マダムたちは配給作業に手を抜くことなく口々にベヌウを褒める。エプロン姿の巨体は「そんなことはありません」と頬を染めた。
 その顔を見ると再びマダムたちはキャッキャと喜ぶのだった。



 そして寸胴ずんどう鍋の中身も順調に無くなり、片付けをしていたとき。

「ど、どなたかお助けを……!」

 必死に声を上げて若いニーベルンゲン兵が走ってきた。

「どうなされた」
「じ、実は私の妻が産気づいて……急ぎ村へと帰らねばならなくなったのです」
「なんと……!! それは一大事。早く帰って差し上げねば」
「ありがとうございます。ですが、自分は本日の『生活相談所』を担当しておりまして、その仕事を投げ出すわけにも行かず……」

 生活相談所。

 今回の内乱によって生活が成り立たなくなった者、家族を亡くした者、元の国へ帰ることを希望する者などの課題を聞き、具体的なアドバイスをしたり、時には悩みを聞いてあげたりすることでこれからの暮らしの不安を解消しようというものだ。

 エッダ入口のところにテントを設けていて、そこで相談員と話ができるのだが、彼が今日の担当らしい。

 相談員はニーベルンゲンの制度や法律、行政の状況も理解していなければ適切な回答ができないことがある。マダムたちは「私たちも力になるわ!」と気合い十分だったが、それなりに知識を持つベヌウのほうが適任だろう。

「分かりました。後の仕事は私がやります。早くお嫁さんのところへ行ってあげてください」




 そして、今。

『こちら生活相談所』の立て看板の立つテントの中にはベヌウが座っている。


「どんな相談が来るのだろうか」

 自分に解決できることならばよいが……と不安になっているベヌウのところへ、さっそく「たのもう」と声がかかりテントの入口が開けられた。

「ようこそい」
「ここが相談所とやらか」


 最初の相談者が自分の上司だったときの気持ちをベヌウは生涯忘れないだろう。

 トール・ニーベルンゲンが颯爽さっそうと登場した。


「」

「どうした、ここは悩み事を相談するところなのだと聞いたが?」
「――――………あ、はい。そうです」

 ベヌウはできるだけ冷静になるよう努め、再び席に座った。

 改めて考えれば、トールもニーベルンゲンの民だ。宰相とあっては相談できる人も限られる。何か悩みがあるのかもしれない。

 息を整えて自分の仕事に忠実になろうと巨体は巨体に誓った。


「お座りください。どのようなことにお悩みですか」
「女性にモテたい」


 足を組んで椅子に座ったトールはそれだけ告げた。

「」

「俺も年齢が年齢だしな。それに俺が結婚して子どもが生まれれば、その子が戦乙女ヴァルキリーになるかもしれん。そうすればネフィに女の真似事をさせなくてもよくなるだろう」

「」

「どうすれば女性が寄ってくるようになるのか教えてほしい」
「……それは私に聞くよりも、実際におモテになるシグルズ様に聞けばよろしいのではないでしょうか」

 するとトールは突然立ち上がり机をバンと叩いた。

「あいつはネフィの想い人だろう!? もしかしたら義弟おとうととなるかもしれない男に弱みなど見せられるか」

 トールの面倒な性格が発動し始めた。

「そもそもああいう男がモテるというのがせん! 甘い言葉を人前でベラベラと……。俺も壁ドンでもすればいいのか!?」
「いきなりやったら犯罪者ですのでおやめください」

 ベヌウは「まずは恋愛指南書を読んでみてはいかがでしょうか」と言って、逆鱗げきりん状態のトールを帰らせた。


 まさか国の宰相が来るとは思わず驚いたが、まあこういうこともあるのだろう。(ない)

 さて次はどんな人が来るのかと緊張しているところへ、「あのう。ここで相談できるって聞いたんですが……」と可愛らしい声が聞こえてきた。

「はい、大丈夫ですよ。どうぞおはいりください」
「あ、じゃあ失礼しまーす」

 入ってきたのはヴェルスング家のメイド、ミモザだった。
 いや、思いっきり帝国人なのだが?

「あ、ベヌウ様が相談員さんをやられているのですね……よかった。それなら相談できるかも」

 ミモザは目に涙を浮かべている。それほど深刻なのかと思いベヌウは考えを改めた。

 今回の内乱鎮圧ちんあつには帝国の方々にも大変お世話になった。悩みや不安に国など関係ないではないか。

「ミモザ殿。私でよければ相談に乗ります。なんでも話してください」
「うっ……! ベヌウ様ぁ~~~~!!」

 ミモザはひとしきり泣いた後、本題を切り出した。

「推しカプがなかなかくっついてくれないんです」

 なんて?

「私、推しカプの2人がラブラブしているのを見たいのですが、じれったいといいますか、行くところまで行かないんです。あ、体の関係はあるようなんですけど、そうではなくて魂と魂の結合といいますか、ようは愛を囁き合ってほしいのです!」

 この娘、複雑怪奇なことを言い始めた。

「一方はドチャクソモテる顔の良いチャラ男なんですけど、実際は恋愛に臆病なタイプ。もう一方は初心うぶで奥手でか弱く見えるのですが、実際は好きだと思ったら猪突猛進ちょとつもうしんタイプ。確実に両片思いなんです。でも見てるこっちがイライラするほど進展しなくて……」

「ミモザ殿。もうそれは名前を言ってるのも同じです」

「ベヌウ様もじれったくなりませんか!? やっぱり体から始まるとこじれるんですかね……」

 頬に手を当てて「はあ~」とため息を吐くミモザ。この娘、確か15歳だったはずだが。

「そうですね。ラブハプニングが起きると進展するかもしれませんね」
「ラブハプニング!? 吊り橋効果とかですか? さっそく吊り橋作ってきます!」

 ミモザは明るい顔になってテントを出て行った。




 自分のやっていることはこの国の復興に役立っているのだろうか? と椅子に座ってうつむいているベヌウだったが、3人目の声がかかってハッと顔を上げた。

「ここでは何でも相談できるのか」

「はい、どうぞ。おはいりください」

「失礼する」



「」



 いや主人公まで来るんかーい。

 シグルズだった。


「あれ、ベヌウが相談員なのか」
「ええ、まあ」

 彼も帝国人だ。

 だが彼こそ内乱鎮圧の主導者であり、礼儀を欠くことなどできない。
 それに戦乙女ヴァルキリーを何度も危機から救ってくれた恩人だ。
 そうだ、むしろ少しでも彼に恩義を返せたらいいではないか。

 ベヌウは前向きになるのが得意だった。

「シグルズ様が相談に来られるとは珍しい。何か悩み事がおありですか」
「ん? ああ……というかミモザに勧められたんだ。たまには人に相談してみるのもいいですよ、と」

 ミモザ殿、ただ者ではない。

「私でお役に立てることであれば何なりと」
「うん………その……」

 珍しく歯切れが悪い。

「シグルズ様?」


「いや、すまない。―――……その、だな。大切に想っている者には何を贈ったらいいのだろうか」


「」


 ベヌウは言葉を失った。

 呆れからではない。


 これは、

 これは……!!



「―――……、失礼ですがシグルズ様はこれまで多くの女性とお付き合いしてきたと聞いております。そういった方々にはどんな贈り物をしてきたのですか」

「うーん……、花かな。と言ってもあまり自分から贈り物をしたことはない。意中の相手もいなかったからな。むしろもらうことのほうが多かった」


 これが真の勝ち組。真のチャラ男。


「だから何も考えず花を贈っていた。無難だしな」
「シグルズ様。ベヌウはよいと思います。お花」

 真剣に返すベヌウ・バー。これは責任重大な仕事だ。

 ただ、シグルズは意外そうな顔をする。「そうか?」と言って頭をいた。

「すぐ枯れてしまうだろう。もっと形に残るもののほうが良いのではないか」

「花は見る人の心を癒します。それに『自分に贈るための花をこの人は時間をかけて選んでくれたのだ』と思えば、相手はそのことを喜ぶのです」

「選ぶ、ねえ。なるほど」

「シグルズ様のお好きな方は、どんな花が好きなのですか」

「いや……知らないな」

「ではそれとなく聞いてみるといいでしょう。好きな花、好きな色、そういったものを知ってから選べば間違いないでしょう」

 ベヌウは前のめりになって説いた。
 シグルズはふんふんと頷きながらその説明を聞き、最後に「ありがとう。勉強になった」と礼を言って去っていった。


 こうしてベヌウの臨時相談員の仕事は無事に終わったのだった。






 後日。


 資材を運ぶために砦に戻ったベヌウは、廊下でネフィリムとすれ違った。一目見て分かるはしゃぎぶり。ルンルンと声が聞こえてきそうな歩き方だった。

「ネフィリム様。何かいいことでもあったのですか」

 話しかけられてようやくベヌウに気付いたネフィリム。はにかみながら話してくれた。

「うむ。実はな、シグルズに『好きな花は何か』と聞かれたのだ」
「へえ。お花ですか」
「大切な人への贈り物の参考にしたいそうだ。『女性に聞いた方が詳しいのではないか』と言ったのだが、『君の好みが聞きたい』と。なんというか頼られた感じがして、こういうのは嬉しいものだな」


 最近はうれい顔の多かったネフィリムの笑顔を見て、ベヌウも嬉しくなった。

 戦乙女ヴァルキリーの笑顔が見られればニーベルンゲンの民は元気になるのだ。


 なるほど。自分の仕事は結果的にニーベルンゲンに寄与したのだと思うとともに、シグルズに感謝をしたベヌウだった。

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