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第二部 第一章 ニーベルンゲンへの旅路
37話 来訪者①
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この話から本編第二部のスタートとなります。
よろしくお願いします。
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皇宮ドラウプニルの突き当たりにある正面大階段を上がって二階の通路を真っすぐ。さらにそこから右に曲がれば「帝国軍顧問参謀」の部屋がある。
軍事府に所属している帝国軍軍事参謀キオート・フォン・パルチヴァールと、この部屋の主が中央の執務テーブル上の資料を睨みながら活発な議論を交わしている。
先日顧問参謀に就任したネフィリム・ニーベルンゲン――人はネフィリムのことをニーベルンゲンの戦乙女と呼ぶ――が机上の地図を指さした。
「騎馬兵と歩兵の集団を直接戦わせれば当然騎馬兵が勝つ。だが、この地域での衝突は避けたほうがいい」
ニーベルンゲンはミドガルズ大帝国の東側に位置する国。ネフィリムが指さすのは、その帝国とニーベルンゲンの国境、やや南部に面した草原だった。
対してキオートは間を置かず「何故ですか」と問う。
「草原は騎馬の勢いを伸ばす絶好のチャンス。視界が開けており歩兵には逃げ場がない。反乱勢力が帝国に攻め込んできた場合、ブラットベルク草原で迎え撃つのが適切だと考えます」
キオートはネフィリムより年齢も身長も一回り大きい。参謀役ではあるが、自身も剣を振るう短髪の騎士だ。二年戦争の際はエッシェンバッハ大公に付き添い、死線を潜り抜けたという。
「では聞こう。騎馬の力が十分に発揮できないとき、いや、むしろ足手まといにさえなる状況とは何か」
「雨でぬかるんだ土地、視界が利かない土地、弓や銃などの飛び道具を敵軍が豊富に用意しているときです」
ネフィリムは頷く。
「同意だ。そこで私の意見を述べる。ブラットベルク草原には東西に小川が3筋ほど流れている。もしかしたら地図に載らない別の川もあるかもしれない。川は馬の力を削ぐ。例え川が浅くても足を崩す可能性があり、橋が架かっていれば橋上で隊列が乱れる。歩兵は橋の下から、川の向こうからさまざまな攻撃で攻めてくる」
草原にうっすら描かれている川の線を、ネフィリムの白い指がなぞる。
「草原を抜けても、目の前には国境の山脈。草原は帝国領だが山脈はニーベルンゲン領。山脈に入れば機動力に有利な歩兵は縦横無尽に動き回り、弓、銃、ボウガンといった飛び道具をしかけてくるだろう」
キオートは自分の作戦によって帝国軍が全滅する未来を見た。ネフィリムに向かって頭を下げる。下げられたほうは眉を八の字にして困惑している。
「貴殿の知識、戦略方針、お見事です。敬服いたします」
「いや、私はニーベルンゲンの内情を知っているのだ。あなたよりも的確な戦術を選択できる可能性が高いだけで」
「この草原が湿原の性質をはらんでいることを知らなかった。本来であればこの草原を選ぶ愚を私が避けるべきだった」
「それは以前、二年戦争で貴国と戦うかもしれないときにシミュレーションを立てただけだ。そんな大層なものではない」
それが大層なことなのです、とキオートは言おうとしたが黙っていた。
2人が新たな戦術について検討を始めようとしたところで、皇宮全体を震わせる怒鳴り声が響いた。
「通せ!!!」
鼓膜がビリビリと震える。
続いて階下から衛兵たちの声が聞こえてくる。
「なんだこいつ……! おい、止まれ!!」
「すごい力だ! 近衛騎士を呼べ」
ネフィリムがキオートの顔を見る。
「……乱入者だろうか?」
「ネフィリム様は部屋から出てはなりません。兵を呼んで参ります」
キオート参謀は険しい表情で部屋を飛び出していった。万が一にも戦乙女であるネフィリムに危害が及んだら大事である。
階下の騒ぎに聞き耳を立てると、どうやら乱入者は一人であるのに対し、複数人の衛兵が苦戦しているようだった。
さすがにネフィリムも気になってきた。そわそわと体を動かしていたときに、衛兵の一人が叫んだ。
「こいつ……カドモス人だ!!」
ネフィリムは動きを止める。
そして乱入者の声が再び皇宮に響く。
「皇帝に合わせろ! 俺は……ニーベルンゲン宰相の使者だ!!」
その声を聞いた途端、扉を開けて全速力で廊下を走るネフィリム。
螺旋階段を流れるように降りると、皇宮一階の広間でもみ合っている衛兵と乱入者を見つけた。
乱入者は2メートルを越す巨漢だった。
肌は褐色。首回りが半円形に大きく開いた白色のロングチュニックを着ており、修行僧のようでもあった。
腰に赤い帯を巻き、赤茶色の髪を後ろに束ねてひとつに縛っている。
「くそ、怪我をさせても構わん! とにかくこいつを捕えろ!」
ネフィリムは走りながら、衛兵の声に被せるようにめいっぱい叫んだ。
「待て! その男は敵ではない!」
ネフィリムの声は高く、皇宮一階に響いた。
もみ合っていた衛兵たちが止まる。乱入者も動きをピタリと止めた。
乱入者は腕にしがみついている衛兵2名をブンと振り落とすと、その場でネフィリムに向き直り、恭しく膝をついた。
「ベヌウ……よく無事だったな」
ベヌウと呼ばれた乱入者兼怪力男は静かに頷いた。彫りの深い顔の奥に光る深緑の目から、濁流のような涙を流していた。
「ネフィリム様……よくぞご無事で……! よくぞご無事でおられました……!」
「ああ、お前も無事で何よりだ。……しかしお前が帝国にいるとは」
「ミドガルズ皇帝が戦乙女を保護したという声明がニーベルンゲンにも聞こえてきたのです。なんとしてもネフィリム様に会い、祖国の状況をお伝えしようと参りました」
ネフィリムはベヌウの手を取り、自分よりも二回りほど大きい男を労わった。
「ベヌウ、兄上は……」
「はい、そのことを戦乙女に告げるべく、ベヌウは参りました」
深緑の目が鋭く光る。カドモス人特有の険しい目つきが一層強調された。
「トール様は生きておられます。ですが、処刑の日が近づいているのです。どうか宰相をお助けくださいませ」
よろしくお願いします。
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皇宮ドラウプニルの突き当たりにある正面大階段を上がって二階の通路を真っすぐ。さらにそこから右に曲がれば「帝国軍顧問参謀」の部屋がある。
軍事府に所属している帝国軍軍事参謀キオート・フォン・パルチヴァールと、この部屋の主が中央の執務テーブル上の資料を睨みながら活発な議論を交わしている。
先日顧問参謀に就任したネフィリム・ニーベルンゲン――人はネフィリムのことをニーベルンゲンの戦乙女と呼ぶ――が机上の地図を指さした。
「騎馬兵と歩兵の集団を直接戦わせれば当然騎馬兵が勝つ。だが、この地域での衝突は避けたほうがいい」
ニーベルンゲンはミドガルズ大帝国の東側に位置する国。ネフィリムが指さすのは、その帝国とニーベルンゲンの国境、やや南部に面した草原だった。
対してキオートは間を置かず「何故ですか」と問う。
「草原は騎馬の勢いを伸ばす絶好のチャンス。視界が開けており歩兵には逃げ場がない。反乱勢力が帝国に攻め込んできた場合、ブラットベルク草原で迎え撃つのが適切だと考えます」
キオートはネフィリムより年齢も身長も一回り大きい。参謀役ではあるが、自身も剣を振るう短髪の騎士だ。二年戦争の際はエッシェンバッハ大公に付き添い、死線を潜り抜けたという。
「では聞こう。騎馬の力が十分に発揮できないとき、いや、むしろ足手まといにさえなる状況とは何か」
「雨でぬかるんだ土地、視界が利かない土地、弓や銃などの飛び道具を敵軍が豊富に用意しているときです」
ネフィリムは頷く。
「同意だ。そこで私の意見を述べる。ブラットベルク草原には東西に小川が3筋ほど流れている。もしかしたら地図に載らない別の川もあるかもしれない。川は馬の力を削ぐ。例え川が浅くても足を崩す可能性があり、橋が架かっていれば橋上で隊列が乱れる。歩兵は橋の下から、川の向こうからさまざまな攻撃で攻めてくる」
草原にうっすら描かれている川の線を、ネフィリムの白い指がなぞる。
「草原を抜けても、目の前には国境の山脈。草原は帝国領だが山脈はニーベルンゲン領。山脈に入れば機動力に有利な歩兵は縦横無尽に動き回り、弓、銃、ボウガンといった飛び道具をしかけてくるだろう」
キオートは自分の作戦によって帝国軍が全滅する未来を見た。ネフィリムに向かって頭を下げる。下げられたほうは眉を八の字にして困惑している。
「貴殿の知識、戦略方針、お見事です。敬服いたします」
「いや、私はニーベルンゲンの内情を知っているのだ。あなたよりも的確な戦術を選択できる可能性が高いだけで」
「この草原が湿原の性質をはらんでいることを知らなかった。本来であればこの草原を選ぶ愚を私が避けるべきだった」
「それは以前、二年戦争で貴国と戦うかもしれないときにシミュレーションを立てただけだ。そんな大層なものではない」
それが大層なことなのです、とキオートは言おうとしたが黙っていた。
2人が新たな戦術について検討を始めようとしたところで、皇宮全体を震わせる怒鳴り声が響いた。
「通せ!!!」
鼓膜がビリビリと震える。
続いて階下から衛兵たちの声が聞こえてくる。
「なんだこいつ……! おい、止まれ!!」
「すごい力だ! 近衛騎士を呼べ」
ネフィリムがキオートの顔を見る。
「……乱入者だろうか?」
「ネフィリム様は部屋から出てはなりません。兵を呼んで参ります」
キオート参謀は険しい表情で部屋を飛び出していった。万が一にも戦乙女であるネフィリムに危害が及んだら大事である。
階下の騒ぎに聞き耳を立てると、どうやら乱入者は一人であるのに対し、複数人の衛兵が苦戦しているようだった。
さすがにネフィリムも気になってきた。そわそわと体を動かしていたときに、衛兵の一人が叫んだ。
「こいつ……カドモス人だ!!」
ネフィリムは動きを止める。
そして乱入者の声が再び皇宮に響く。
「皇帝に合わせろ! 俺は……ニーベルンゲン宰相の使者だ!!」
その声を聞いた途端、扉を開けて全速力で廊下を走るネフィリム。
螺旋階段を流れるように降りると、皇宮一階の広間でもみ合っている衛兵と乱入者を見つけた。
乱入者は2メートルを越す巨漢だった。
肌は褐色。首回りが半円形に大きく開いた白色のロングチュニックを着ており、修行僧のようでもあった。
腰に赤い帯を巻き、赤茶色の髪を後ろに束ねてひとつに縛っている。
「くそ、怪我をさせても構わん! とにかくこいつを捕えろ!」
ネフィリムは走りながら、衛兵の声に被せるようにめいっぱい叫んだ。
「待て! その男は敵ではない!」
ネフィリムの声は高く、皇宮一階に響いた。
もみ合っていた衛兵たちが止まる。乱入者も動きをピタリと止めた。
乱入者は腕にしがみついている衛兵2名をブンと振り落とすと、その場でネフィリムに向き直り、恭しく膝をついた。
「ベヌウ……よく無事だったな」
ベヌウと呼ばれた乱入者兼怪力男は静かに頷いた。彫りの深い顔の奥に光る深緑の目から、濁流のような涙を流していた。
「ネフィリム様……よくぞご無事で……! よくぞご無事でおられました……!」
「ああ、お前も無事で何よりだ。……しかしお前が帝国にいるとは」
「ミドガルズ皇帝が戦乙女を保護したという声明がニーベルンゲンにも聞こえてきたのです。なんとしてもネフィリム様に会い、祖国の状況をお伝えしようと参りました」
ネフィリムはベヌウの手を取り、自分よりも二回りほど大きい男を労わった。
「ベヌウ、兄上は……」
「はい、そのことを戦乙女に告げるべく、ベヌウは参りました」
深緑の目が鋭く光る。カドモス人特有の険しい目つきが一層強調された。
「トール様は生きておられます。ですが、処刑の日が近づいているのです。どうか宰相をお助けくださいませ」
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