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第一部 第五章 決着をつけるまで
32話 ゲオルグ②
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フギンおよび衛兵たちはその場に片膝をつき謁見の姿勢を取る。しばらくして低い男の声が聞こえてきた。
「本当の謁見の間はドラウプニルの最上階、さらに上にある。しかし普段からあそこにのんびり座っていたら『殺してください』と自ら首を晒すようなものだ」
玉座のさらに後方にある本棚の奥から声の主が姿を現した。後ろを向いているので顔は分からない。
シグルズははっとしてその場に膝をついた。ネフィリムも同様にする。
パタン、と本を閉じる音が響いた。
「突然呼びたててすまなかった。ヴェルスングの当主……いまは白銀の騎士、と言ったほうが通りが良さそうだな。そして……ニーベルンゲンの戦乙女」
赤と金色に輝くマントを翻し、男が玉座のほうへ足を進める。
「以前、留学先で読んだ覚えがある――『エインヘリヤルの戦乙女伝説』、ちょうどこれを探していたんだ」
手に持った書籍のタイトルを読み上げ、男は座った。
玉座に座ることを許された者は当代ただ一人、ミドガルズ大帝国の皇帝。
先代を政変で蹴落とし、わずか8年で帝国を軍事国家として立て直した男。
「顔を上げよ」
ゲオルグ・アインホルン・フォン・ミッドガルド皇帝陛下。
話には聞いていたが、予想以上に若かった。おそらく40歳にも手が届いていない。
さらに、その風貌は先代の皇帝とはいろいろな意味で異質だった。
緩やかに波打つ癖のある髪は濃い茶色。肩に届きそうな長さだった。
そして目に付く無精ひげ。
加えて、まるで皇宮で働く学者とでも勘違いされそうな古びた丸眼鏡をかけている。背は高いが細身のため、全体的に陰気な印象を与える男だった。
だが、目だけは恐ろしく鋭い。
落ちくぼんだ瞼の奥に、まるで猛禽類のように輝く黄色の瞳がある。
「実は、先日帝都を訪れたレギナスにだいたいのことは聞いている」
祖父の名前を出されて、シグルズがわずかに反応した。
「シグルズ・フォン・ヴェルスング。二年戦争での活躍は聞き及んでいる。本来であれば皇宮に招いて褒美を賜りたかったがその暇もなく今日に至ってしまった。許してほしい」
「陛下の御言葉、ありがたく頂戴いたします。ただ、帝国騎士団に所属するものとして当然の働きをしたまで。褒美は必要ありません」
「さすがはあの堅物の孫だな。だがあれだけの戦果を上げたのだ、何も与えないわけにはいかない。いずれヴェルスングの爵位も格上げとなるだろう」
さらりととんでもないことを言う。シグルズが口を開く前に横に控えていたフギンが言葉を挟んだ。
「陛下、貴族の爵位変更に関しては大公官と尚書官を通してください。この場で勝手に決められては困ります」
フギンの小言にゲオルグが面白くなさそうな顔をする。
何度かの応酬を続けた後、皇帝は面倒くさそうに手を振り「分かった。あとはそなたに任せる」と告げた。フギンは軽く頭を下げる。
「この古臭い伝統と慣習というやつはそう簡単に変わってくれない。面倒なことだ」
わざとらしくため息を吐いたゲオルグは、視線の先を変えた。
「――さてと。あなたが噂に聞くニーベルンゲンの戦乙女か」
「初めてお目にかかります。ミドガルズ大帝国皇帝陛下。ネフィリム・ニーベルンゲンと申します。異国の者にして、貴き皇帝陛下の御尊顔を賜る機会をいただき恐悦至極」
「これはまた流暢な帝国語をお話になるのだな。………もう少し顔を上げていただけないか」
ネフィリムは顔を上げて皇帝をまっすぐ見つめると、皇帝は「ほぉ…」と声を漏らす。
「なるほど。女神と言われるのも道理の美しさだな。吸い込まれそうな瞳だ」
「陛下、あの」
シグルズが躊躇いがちに真実を告げようとしたが、それよりも先にネフィリムが凛とした声で場を制した。
「確かに私はニーベルンゲンの戦乙女です。しかし性別は男性です」
謁見の間が一瞬静まる。
が、それはあっけないほど簡単に破られた。
「知っている」
ゲオルグがそう告げたからだ。
「戦乙女よ。あなたが男性だと私に告げた者は二人いる。一人はファフニル・フォン・テルラムント」
その名を聞いてネフィリムの中の怒りがよみがえる。
「ファフニルが……!?」
「そうだ。しかも彼が私と謁見したのは昨日の話だ。ちなみに今、謁見の間で待機させている」
驚くシグルズとネフィリムをよそに、ゲオルグは玉座から立ち上がった。
長いマントを翻しながら指示を与える。
「フギン。もうひとつの謁見の間にいく」
「御意」
「それと、私の得物も持ってこい。―――シグルズ、ネフィリム殿もついてきなさい」
「本当の謁見の間はドラウプニルの最上階、さらに上にある。しかし普段からあそこにのんびり座っていたら『殺してください』と自ら首を晒すようなものだ」
玉座のさらに後方にある本棚の奥から声の主が姿を現した。後ろを向いているので顔は分からない。
シグルズははっとしてその場に膝をついた。ネフィリムも同様にする。
パタン、と本を閉じる音が響いた。
「突然呼びたててすまなかった。ヴェルスングの当主……いまは白銀の騎士、と言ったほうが通りが良さそうだな。そして……ニーベルンゲンの戦乙女」
赤と金色に輝くマントを翻し、男が玉座のほうへ足を進める。
「以前、留学先で読んだ覚えがある――『エインヘリヤルの戦乙女伝説』、ちょうどこれを探していたんだ」
手に持った書籍のタイトルを読み上げ、男は座った。
玉座に座ることを許された者は当代ただ一人、ミドガルズ大帝国の皇帝。
先代を政変で蹴落とし、わずか8年で帝国を軍事国家として立て直した男。
「顔を上げよ」
ゲオルグ・アインホルン・フォン・ミッドガルド皇帝陛下。
話には聞いていたが、予想以上に若かった。おそらく40歳にも手が届いていない。
さらに、その風貌は先代の皇帝とはいろいろな意味で異質だった。
緩やかに波打つ癖のある髪は濃い茶色。肩に届きそうな長さだった。
そして目に付く無精ひげ。
加えて、まるで皇宮で働く学者とでも勘違いされそうな古びた丸眼鏡をかけている。背は高いが細身のため、全体的に陰気な印象を与える男だった。
だが、目だけは恐ろしく鋭い。
落ちくぼんだ瞼の奥に、まるで猛禽類のように輝く黄色の瞳がある。
「実は、先日帝都を訪れたレギナスにだいたいのことは聞いている」
祖父の名前を出されて、シグルズがわずかに反応した。
「シグルズ・フォン・ヴェルスング。二年戦争での活躍は聞き及んでいる。本来であれば皇宮に招いて褒美を賜りたかったがその暇もなく今日に至ってしまった。許してほしい」
「陛下の御言葉、ありがたく頂戴いたします。ただ、帝国騎士団に所属するものとして当然の働きをしたまで。褒美は必要ありません」
「さすがはあの堅物の孫だな。だがあれだけの戦果を上げたのだ、何も与えないわけにはいかない。いずれヴェルスングの爵位も格上げとなるだろう」
さらりととんでもないことを言う。シグルズが口を開く前に横に控えていたフギンが言葉を挟んだ。
「陛下、貴族の爵位変更に関しては大公官と尚書官を通してください。この場で勝手に決められては困ります」
フギンの小言にゲオルグが面白くなさそうな顔をする。
何度かの応酬を続けた後、皇帝は面倒くさそうに手を振り「分かった。あとはそなたに任せる」と告げた。フギンは軽く頭を下げる。
「この古臭い伝統と慣習というやつはそう簡単に変わってくれない。面倒なことだ」
わざとらしくため息を吐いたゲオルグは、視線の先を変えた。
「――さてと。あなたが噂に聞くニーベルンゲンの戦乙女か」
「初めてお目にかかります。ミドガルズ大帝国皇帝陛下。ネフィリム・ニーベルンゲンと申します。異国の者にして、貴き皇帝陛下の御尊顔を賜る機会をいただき恐悦至極」
「これはまた流暢な帝国語をお話になるのだな。………もう少し顔を上げていただけないか」
ネフィリムは顔を上げて皇帝をまっすぐ見つめると、皇帝は「ほぉ…」と声を漏らす。
「なるほど。女神と言われるのも道理の美しさだな。吸い込まれそうな瞳だ」
「陛下、あの」
シグルズが躊躇いがちに真実を告げようとしたが、それよりも先にネフィリムが凛とした声で場を制した。
「確かに私はニーベルンゲンの戦乙女です。しかし性別は男性です」
謁見の間が一瞬静まる。
が、それはあっけないほど簡単に破られた。
「知っている」
ゲオルグがそう告げたからだ。
「戦乙女よ。あなたが男性だと私に告げた者は二人いる。一人はファフニル・フォン・テルラムント」
その名を聞いてネフィリムの中の怒りがよみがえる。
「ファフニルが……!?」
「そうだ。しかも彼が私と謁見したのは昨日の話だ。ちなみに今、謁見の間で待機させている」
驚くシグルズとネフィリムをよそに、ゲオルグは玉座から立ち上がった。
長いマントを翻しながら指示を与える。
「フギン。もうひとつの謁見の間にいく」
「御意」
「それと、私の得物も持ってこい。―――シグルズ、ネフィリム殿もついてきなさい」
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