上 下
31 / 265
第一部 第三章 テルラムント領脱出まで

19話 そのまま走れ②

しおりを挟む

 帝国内でもっとも早く駆けるという黒馬はスタート地点の街道十字路から徐々にスピードを上げていった。

 重心をかけて西側に右折。そのまま日が沈む方向へと全速力で走り出す。
 森の中では聞かれなかった馬蹄ばていの音が街道に響く。
 街道を行き来する騎馬は珍しくはないが、黒馬の毛色はやはり往来の目を引いた。

 そのまま気分よく走らせてくれれば何の問題もないのだが、もちろんそうはいかない。
 ふいに森や詰所の陰から出てきた騎馬兵が2騎、シグルズたちの後背こうはいをついた。

「シグルズ!」

 ネフィリムが叫ぶ。

「ああ、来たな」

 シグルズはわずかに後ろを向き兵士の得物を確認する。長剣と槍。
 飛び道具でないならば相手にする必要はなかった。
 グラムの脚に普通の騎馬がかなうわけがないからだ。

 問題は前方だな……と思ったところで、さっそくテルラムントの家紋を刻んだ甲冑かっちゅうの男がこちらに向かって突進してきた。

 シグルズはそのままグラムを走らせる。
 男がさやに手をかけた瞬間に手綱を引くと、グラムの前脚が高くかかげげられた。
 次の瞬間、男の体は剣を引き抜こうとした体勢のまま振り下ろされたグラムの前脚によって馬上から蹴り落とされ、時間差で転倒した馬の下敷きになった。

 さらに前方から2騎、長剣を持つ騎馬兵がやってきた。
 できれば避けたかったがこれは直接戦わざるを得ないだろう。

「ネフィル、腕を外してくれ。敵を迎え———ネフィル?」

 気付けばネフィリムはシグルズではなくくらにしがみついており、体勢を異様に低くしていた。
 一瞬眉をひそめたシグルズだったが、その手に握られているものを見て狙いを理解した。

「よし、行くぞ」

 敵兵とすれ違うギリギリまで近づくと、シグルズは長剣を敢えて高く振りかざした。
 テルラムント兵が防御の薄いシグルズの胴体を狙ってブレードを低めに切りつけてきたタイミングで、シグルズも呼応して剣を低く回す。

 キインと音がして相打ちになった。

 陸上での戦いならばさらに切り合いバインドを続けるが、馬上だとそうはいかない。一度剣を交えた後は双方の馬が走り去り、再度馬を向けて相対することになる。

 ただしそれは純粋な一対一の場合だ。

 相手の剣を防いだ長剣をシグルズが再び大きく掲げると、その脇からフードを被って低い姿勢に徹していたネフィリムが去り際の相手の脇腹を刺した。

 その手にあるのは、つたを刈るときに貸していた短剣・慈悲マーシ。細い甲冑の隙間に剣身がグッと差し込まれる。

 予期せぬ攻撃にテルラムント兵は姿勢を崩す。そこへシグルズが長剣を勢いよく振り下ろしてその背を割いた。

 後ろに反ったシグルズはそのまま体を反回転させてグラムから飛び降りた。
 前方から来る騎兵と先ほど巻いた後方からくる騎兵2騎。
 合わせて3騎か。


「グラム! そのまま“家”に向かって走れ」

 愛馬はスピードを落とすことなく走り去っていく。

「また後でな、ネフィル!」
「おい! 待て! シグルズ!!」

 ネフィリムが何度もシグルズの名を呼ぶ。

 馬上の声は次第に遠くなり、しまいには何も聞こえなくなった。



 街道に残されたのは、向かってくるテルラムントの騎馬兵たちと白銀の騎士。

 シグルズは剣を構えた。





「人を殺めるのは二年戦争以来だな」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

尻で卵育てて産む

BL / 連載中 24h.ポイント:1,435pt お気に入り:8

冷徹上司の、甘い秘密。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:340

【R18】『性処理課』に配属なんて聞いてません【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:545

間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,456pt お気に入り:310

single tear drop

BL / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:464

落ちこぼれ聖女と、眠れない伯爵。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,202pt お気に入り:468

処理中です...