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第一部 第三章 テルラムント領脱出まで
19話 そのまま走れ②
しおりを挟む帝国内でもっとも早く駆けるという黒馬はスタート地点の街道十字路から徐々にスピードを上げていった。
重心をかけて西側に右折。そのまま日が沈む方向へと全速力で走り出す。
森の中では聞かれなかった馬蹄の音が街道に響く。
街道を行き来する騎馬は珍しくはないが、黒馬の毛色はやはり往来の目を引いた。
そのまま気分よく走らせてくれれば何の問題もないのだが、もちろんそうはいかない。
ふいに森や詰所の陰から出てきた騎馬兵が2騎、シグルズたちの後背をついた。
「シグルズ!」
ネフィリムが叫ぶ。
「ああ、来たな」
シグルズはわずかに後ろを向き兵士の得物を確認する。長剣と槍。
飛び道具でないならば相手にする必要はなかった。
グラムの脚に普通の騎馬がかなうわけがないからだ。
問題は前方だな……と思ったところで、さっそくテルラムントの家紋を刻んだ甲冑の男がこちらに向かって突進してきた。
シグルズはそのままグラムを走らせる。
男が鞘に手をかけた瞬間に手綱を引くと、グラムの前脚が高く掲げられた。
次の瞬間、男の体は剣を引き抜こうとした体勢のまま振り下ろされたグラムの前脚によって馬上から蹴り落とされ、時間差で転倒した馬の下敷きになった。
さらに前方から2騎、長剣を持つ騎馬兵がやってきた。
できれば避けたかったがこれは直接戦わざるを得ないだろう。
「ネフィル、腕を外してくれ。敵を迎え———ネフィル?」
気付けばネフィリムはシグルズではなく鞍にしがみついており、体勢を異様に低くしていた。
一瞬眉をひそめたシグルズだったが、その手に握られているものを見て狙いを理解した。
「よし、行くぞ」
敵兵とすれ違うギリギリまで近づくと、シグルズは長剣を敢えて高く振りかざした。
テルラムント兵が防御の薄いシグルズの胴体を狙ってブレードを低めに切りつけてきたタイミングで、シグルズも呼応して剣を低く回す。
キインと音がして相打ちになった。
陸上での戦いならばさらに切り合いを続けるが、馬上だとそうはいかない。一度剣を交えた後は双方の馬が走り去り、再度馬を向けて相対することになる。
ただしそれは純粋な一対一の場合だ。
相手の剣を防いだ長剣をシグルズが再び大きく掲げると、その脇からフードを被って低い姿勢に徹していたネフィリムが去り際の相手の脇腹を刺した。
その手にあるのは、蔦を刈るときに貸していた短剣・慈悲。細い甲冑の隙間に剣身がグッと差し込まれる。
予期せぬ攻撃にテルラムント兵は姿勢を崩す。そこへシグルズが長剣を勢いよく振り下ろしてその背を割いた。
後ろに反ったシグルズはそのまま体を反回転させてグラムから飛び降りた。
前方から来る騎兵と先ほど巻いた後方からくる騎兵2騎。
合わせて3騎か。
「グラム! そのまま“家”に向かって走れ」
愛馬はスピードを落とすことなく走り去っていく。
「また後でな、ネフィル!」
「おい! 待て! シグルズ!!」
ネフィリムが何度もシグルズの名を呼ぶ。
馬上の声は次第に遠くなり、しまいには何も聞こえなくなった。
街道に残されたのは、向かってくるテルラムントの騎馬兵たちと白銀の騎士。
シグルズは剣を構えた。
「人を殺めるのは二年戦争以来だな」
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