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第一部 第二章 戦乙女を救い出すまで
09話 テルラムント領
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北方に来たことがないわけではなかったが、テルラムント領の雪山の連なりを見ると、確かにこの地での生活は過酷だろうなと想像せざるを得なかった。
モスグリーンのマントについていたフードを取ると、銀の髪が光で輝く。瞳孔が陽光を集めて一瞬目が眩んだ。白雪に光が反射して世界が一層眩しく見える。
「かなり積もっているが、街道の一部は除雪も済んでいるようだ。走りにくいだろうがそこを通っていくしかないか」
シグルズは愛馬グラムの横腹を優しく撫でる。
現在シグルズがグラムを休ませているのはテルラムント領最東にある街の宿屋の裏。厩のひとつを間借りしており、愛馬は新鮮な牧草を美味しそうに食んでいる。
シグルズは先ほどまで街をぶらついていた。
テルラムント領地内の情報収集はもちろんだが、この街は国境に近いため先の戦争の影響がどの程度残っているのかも見てみたかった。
人々は皆温かそうな毛皮を纏っている。街の中心部にある噴水公園でぼんやりと人の行き交う姿を見ていたシグルズは、近くにある行商の店でホットワインを頼んだ。
「戦争が終わったと聞いて交易を再開しようと思っている。このあたりの景気はどうだ?」
軽い感じで男性店主に声をかける。情報代のつもりでわずかに金を積んだ。
店主の目はしっかりとコインを捕えた。まんざらでもなさそうな顔でワインを渡される。
「兄さんはどちらから?」
「帝都だよ」
「わざわざアースガルズから来たのか? そいつはご苦労様」
ワインはたっぷりと注がれていた。
念のため銀髪が目立たないようにフードを被ったままそれを嗜む。
「確かに売り上げは下がったけどね。ただ、新しい皇帝になって戦争直後は期限付きで免税してくれるようになったから生活はそれほど苦しくないな」
戦時下臨時税制特例法。
ゲオルグ皇帝が初期の改革で大々的にメスを入れ、経済界の反発も強かった法律のひとつだ。
国民の生活の質に直結するのが賃金であり税金である。就任から短期間で戦争に見舞われるとは本人もさすがに思っていなかっただろうが、予想外の成果が出ているのはゲオルグの先見の明と言っていいだろう。
「……外国の動向はどうだ? 帝都から北部への商品の量を増やそうと思っているんだが、ニーベルンゲンとの関係もどうなるか分からないし需要に関して少し不安なところがあってなあ……」
店主は顎に手をあてて考えるそぶりを見せた。
「兄さんが扱ってる商品ってなんだ?」
「香辛料だ」
「南方からまた新しい商品が入ってくるなら俺たちも大助かりさ。最近は隣国やさらにその隣の国の人間がちょこちょこ増えてきていてね。今後はさらに交流も多くなるんじゃないかと思っている」
「隣国?と、そのまた隣国?」
「ニーベルンゲンとカドモス。どっちの国も数年前までは全然見かけなかったのにここ最近は来るんだよ。商売でも始めるのかね?」
「ニーベルンゲン? この間まで戦争をしていたのにか?」
「確かに戦争が始まってから減ったが今でもたまに見るぞ。お上が戦争してても俺たちにとっては金さえ払ってくれれば立派な客だからなあ」
初耳だった。
ニーベルンゲンは秘密主義的なところがあり、戦争が始まるまでは帝国の人間にとってもあまり縁がある国とは言えなかった。
それでも二年戦争が始まってからは捕虜や難民となって帝国に足を踏み入れる者もちらほらいる。それはヴェルスングの領地でも同様だった。
だが、捕虜でも難民でもないニーベルンゲンの者たちが来訪しているというのは知らなかった。
反乱勢力と敵対する者たちであれば武器を買いにきている可能性もある。一方、反乱勢力側の人間であれば逃れた王家の人間たちを探しにきているのかもしれない。
そして、―――カドモス。
ニーベルンゲンのさらに東の国、多民族国家カドモス。未だ群雄割拠が続く共同体である。
一国一城の主たちが形式上連携して国という体裁を取っているため、事実上の内戦状態であり他国に干渉している暇がないという国柄だったはず。
シグルズは帝国内でカドモスの人間を見たことがない。だがテルラムントでは最近見かけることがあるという。
これはたまたまなのか、それとも理由があるのか。
突如起きたニーベルンゲンの内乱のことも考えると、後者なのではないかという気がした。
街から帰ったシグルズは夕方から仮眠を取り、多くの人が寝静まった真夜中に愛馬に跨った。
テルラムントの兵士に気付かれれば警戒される可能性がある。
できるだけ相手に悟られないように、迅速にテルラムント城砦にたどり着きたかった。
「すまんな、ここからは少し駆けていくことになるぞ」
グラムに声をかければブルルル……と鼻を鳴らされた。騎士の馬はプライドも高い。任せろと言ったところか。
シグルズは相棒に優しく笑いかけた。
モスグリーンのマントについていたフードを取ると、銀の髪が光で輝く。瞳孔が陽光を集めて一瞬目が眩んだ。白雪に光が反射して世界が一層眩しく見える。
「かなり積もっているが、街道の一部は除雪も済んでいるようだ。走りにくいだろうがそこを通っていくしかないか」
シグルズは愛馬グラムの横腹を優しく撫でる。
現在シグルズがグラムを休ませているのはテルラムント領最東にある街の宿屋の裏。厩のひとつを間借りしており、愛馬は新鮮な牧草を美味しそうに食んでいる。
シグルズは先ほどまで街をぶらついていた。
テルラムント領地内の情報収集はもちろんだが、この街は国境に近いため先の戦争の影響がどの程度残っているのかも見てみたかった。
人々は皆温かそうな毛皮を纏っている。街の中心部にある噴水公園でぼんやりと人の行き交う姿を見ていたシグルズは、近くにある行商の店でホットワインを頼んだ。
「戦争が終わったと聞いて交易を再開しようと思っている。このあたりの景気はどうだ?」
軽い感じで男性店主に声をかける。情報代のつもりでわずかに金を積んだ。
店主の目はしっかりとコインを捕えた。まんざらでもなさそうな顔でワインを渡される。
「兄さんはどちらから?」
「帝都だよ」
「わざわざアースガルズから来たのか? そいつはご苦労様」
ワインはたっぷりと注がれていた。
念のため銀髪が目立たないようにフードを被ったままそれを嗜む。
「確かに売り上げは下がったけどね。ただ、新しい皇帝になって戦争直後は期限付きで免税してくれるようになったから生活はそれほど苦しくないな」
戦時下臨時税制特例法。
ゲオルグ皇帝が初期の改革で大々的にメスを入れ、経済界の反発も強かった法律のひとつだ。
国民の生活の質に直結するのが賃金であり税金である。就任から短期間で戦争に見舞われるとは本人もさすがに思っていなかっただろうが、予想外の成果が出ているのはゲオルグの先見の明と言っていいだろう。
「……外国の動向はどうだ? 帝都から北部への商品の量を増やそうと思っているんだが、ニーベルンゲンとの関係もどうなるか分からないし需要に関して少し不安なところがあってなあ……」
店主は顎に手をあてて考えるそぶりを見せた。
「兄さんが扱ってる商品ってなんだ?」
「香辛料だ」
「南方からまた新しい商品が入ってくるなら俺たちも大助かりさ。最近は隣国やさらにその隣の国の人間がちょこちょこ増えてきていてね。今後はさらに交流も多くなるんじゃないかと思っている」
「隣国?と、そのまた隣国?」
「ニーベルンゲンとカドモス。どっちの国も数年前までは全然見かけなかったのにここ最近は来るんだよ。商売でも始めるのかね?」
「ニーベルンゲン? この間まで戦争をしていたのにか?」
「確かに戦争が始まってから減ったが今でもたまに見るぞ。お上が戦争してても俺たちにとっては金さえ払ってくれれば立派な客だからなあ」
初耳だった。
ニーベルンゲンは秘密主義的なところがあり、戦争が始まるまでは帝国の人間にとってもあまり縁がある国とは言えなかった。
それでも二年戦争が始まってからは捕虜や難民となって帝国に足を踏み入れる者もちらほらいる。それはヴェルスングの領地でも同様だった。
だが、捕虜でも難民でもないニーベルンゲンの者たちが来訪しているというのは知らなかった。
反乱勢力と敵対する者たちであれば武器を買いにきている可能性もある。一方、反乱勢力側の人間であれば逃れた王家の人間たちを探しにきているのかもしれない。
そして、―――カドモス。
ニーベルンゲンのさらに東の国、多民族国家カドモス。未だ群雄割拠が続く共同体である。
一国一城の主たちが形式上連携して国という体裁を取っているため、事実上の内戦状態であり他国に干渉している暇がないという国柄だったはず。
シグルズは帝国内でカドモスの人間を見たことがない。だがテルラムントでは最近見かけることがあるという。
これはたまたまなのか、それとも理由があるのか。
突如起きたニーベルンゲンの内乱のことも考えると、後者なのではないかという気がした。
街から帰ったシグルズは夕方から仮眠を取り、多くの人が寝静まった真夜中に愛馬に跨った。
テルラムントの兵士に気付かれれば警戒される可能性がある。
できるだけ相手に悟られないように、迅速にテルラムント城砦にたどり着きたかった。
「すまんな、ここからは少し駆けていくことになるぞ」
グラムに声をかければブルルル……と鼻を鳴らされた。騎士の馬はプライドも高い。任せろと言ったところか。
シグルズは相棒に優しく笑いかけた。
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