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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。

32、戦友の誓い、ショタの闇墜ちを防止せよ

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「子を流す薬を作りましたから、試しにはらんでみるのはいかがでしょうか~?」
 
「『疯狂ファンクァン』! いい加減にしないか!」
 
 泰然タイランが恐ろしいことを言い出して、憂炎ユーエンが腰にいた剣を抜こうとする。

「待て、待て」
 音繰オンソウは慌てて二人の間に割りこんだ。

泰然タイラン、私の元弟子は真面目で責任感が強い男だ。魔教の中でも貞操観念や道徳観がしっかりしていて、『ちょっと試しに』とはいかないのだよ」

 柔らかに声を紡げば、憂炎ユーエンは驚いた様子であった。
「真面目で責任感が強い――貞操観念や道徳観がしっかりしている……師が、私をそんな風に仰る? 我が師が?」
 声はふわふわとして、夢の中にでもいるような風情。

 ぶんぶんと忙しなく振られる尻尾をみていると、『ちょっと全世界の民よきいてくれ、今私はお師匠様に褒めていただいたぞ!』的な副音声が聞こえるような気がする。そんなはしゃぎようであった。


 それを見た音繰オンソウの中には、奇妙な罪悪感みたいなものがざわざわと生まれた。
 
(以前の私は、『憂炎ユーエンのことなんか気にかけてやらん』って感じだったもんな。思えば、まだ幼い子供だった時からずっとだ。うん……)

 以前は、ただただ『才能がある弟子がいとわしい』と思っていたのだった。
 
 しかし、異世界の価値観と小説の知識を得た音繰オンソウが過去の自分と憂炎ユーエンを振り返ると。
(ああ、憂炎ユーエンは哀れな子だな)
 と、そんな風に思えるのだった。

音繰オンソウ様もお疲れのご様子ですし~、本日はこれくらいにしましょうかね~?」
 泰然タイランはそんな内心を知ってか、音繰オンソウの傍に膝をついて微笑んだ。

 泰然タイランの手が――男にしては白くたおやかすぎる手が、音繰オンソウの手に重なる。
 
音繰オンソウ様のおかげで、最近は私も楽しいですよ」
 想いのヒトカケラだけを控えめに転がすような声は、その奥に深い孤独を秘めていた。

 ――底が抜け、ひび割れてどんなに水を注いでも零れてしまう透明な硝子杯みたいだ。
 
 ああ、泰然タイランは『マッドサイエンティスト』の名にふさわしく、狂気を知っている。壊れる感覚を知っている。
 だから音繰オンソウは、彼を気に入っていて痛ましく親しく感じるのかもしれない。

泰然タイランのおかげで、私も新鮮な体験ができているよ。泰然タイランは私の戦友のようなものだ。共に奇跡を成し遂げよう」
 
 素直な声色で言えば、泰然タイランは細い目の奥に温かな何かを覗かせた。

「そのために言うのだけれど泰然タイラン。今後実験をする時はどういう内容か事前に説明して、承諾した相手のみ被験体にしてほしい」
「ええ、我が戦友、我が君、音繰オンソウ様。誓ってそのようにいたします」

 そして、憂炎ユーエン音繰オンソウに帰り際にまた術をかけ、抑制剤を持たせて「そのまま数日、経過観察してみたいのです」とするのだった。


音繰オンソウ、請われるがままに実験に付き合う必要はない。薬が効かなかったらどうするんだ。やはり解呪してもらおう」
「いやぁ、薬はちゃんと効くようだから」

 以前よりも心なしか気安い距離感で言葉を交わしながら二人が歩いていると、茂みからひょこんと顔を覗かせる愛らしい生き物がいた。

 つぶらな瞳、ふわふわした毛並み、ぴんっと立った三角の耳に、毛筆みたいな尾っぽ。
 ――ちいさな子狐。獣人族と似て異なる種――妖狐だ。

 獣人族は人に近いが、妖狐はどちらかといえば妖怪に近い。
 化け狐と呼ばれることもある種族で、人の姿になったり狐の姿になったりできる。
 一般的な妖狐は群れに身を置いて過ごすものだが、尚山にいる妖狐はたった二体――はぐれ妖狐から生まれた兄弟だ。

 音繰オンソウはその個体の小ささから、この妖狐を弟の仔空シアだと識別した。

 ――声は努めて穏やかに、冷たくきこえないようにと意識して紡ぐ。
「おや、仔空シア。久しぶりだね」

 音繰オンソウが挨拶すると、妖狐の仔空シアはほわりと人間の子供姿に転身した。
 耳と尻尾はふさふさひょこりと狐の特徴を残していて、尻尾に結んであった水色のリボンが人間姿だと背中で揺れる三つ編みを結ぶ位置で揺れている。
 
 髪は、白に近い桜色の髪。
 瞳はきらきらと陽気に煌めく、銀朱の瞳。

哈罗ハァールゥオ~(こんにちは)」
 
 あどけない声で人懐こく挨拶する仔空シアは、無邪気に狐耳をぴこぴこっとさせて「桃花飯店に遊びに来て!」と誘ってくれる。

「ボク、兄やんに黙ってお外で冒険ごっこをしていたんや~」
 『兄やん』というのは、仔空シアの兄狐の名。

 よくお世話になっている【桃花飯店とうかはんてん】の店主兼料理人のことだ。
 
 仔空シアは『兄が厳しくて、お外は危ないとか言って自由に外出させてくれないのが不満なのだ』と語り、愛らしく頬を膨らませるのだった。
 
【このキャラ、小説だと闇墜ちして都市を燃やしてたような……『闇墜ちショタ』って呼んでる学生がいたような……】 
 鈴のみなとが恐ろしいことを言う。

「えっ、なんで」
【さあ……闇墜ちの理由までは――ストレスが溜まってたんでしょうか?】
「そんな理由で都市燃やす……? ……闇墜ちしないようにストレスを軽くしていく方向で接してみようか……?」

 こうして音繰オンソウ仔空シアの闇墜ち回避について方針を練りながら【桃花飯店とうかはんてん】に向かうことになったのであった。
 
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