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不本意な再会
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「…何で、十日も…」
マシューから、自分が十日も寝込んでいたと聞いた理緒は、慌てて魔蟲の事を思い出していた。あの蟲は毒はあるが、一匹や二匹なら軽い熱が出る程度の弱いものだと聞かされていた。集団で襲われると命の危険もあるが、魔蟲の中では弱くて、単体なら理緒でも対処できるものだった。理緒はまだ魔蟲に刺された事はなかったが、他の冒険者が刺されているのは何度も見た事があるし、体力がある者なら熱すら出ずに終わるほどだ。
「それは…その…医師は、体質の問題で毒が過剰に反応したのではないかと…今後は蟲には十分気をつけられた方がいいと言っておりました」
「…そうですか…」
マシューの歯切れの悪さが気になったが、体質の問題と言われて理緒はアレルギーみたいなものかな、と思った。確かに蜂なんかは刺されて平気な人もいれば、死んでしまう人もいると聞く。ここは自分のいた世界ではないから、余計に反応してしまうのかもしれない。そうなると、薬なんかも危ないのだろうか…冒険者を続ける必要がある以上、今後はもっと慎重に動かないといけないなと理緒は思った。
「まだ暫くは無理をしない方がいいと医師も申しておりました。どうかここでゆっくり養生なさってください」
「お断りします」
これまでも面倒をかけたのに、これ以上世話になるなんて理緒には耐えられそうになかった。後で治療費を請求されるかもしれないが、そんな費用を払うお金など持っていない。そもそもここで治療してもらった事ですらも想定外で、自分には過ぎた事だと感じているのだ。目も覚めて熱が下がったのなら、一刻も早く自分の部屋に戻りたかった。
「いくらなんでも、これ以上お世話になるなんて出来ませんよ。滞在費払えるほど収入もないですし」
「滞在費など…ご心配には及びません。これもすべてルイ様を助けて頂いたお礼とお考え頂ければ…」
「お礼はもう十分頂きました。あれ以上は要らないって言ったのは自分です」
「そうは仰っても…ここで傷を治すのは領主様のご意向でもありますので…」
「その領主様とは金輪際!二度と!会いたくないんです。なのに世話になるなんて冗談じゃないです!」
「随分と嫌われたものだな…」
理緒とマシューの会話に、一段低くて静かな声が割り込んできた。その声は決して大きくはなかったが不思議とよく響き、ヒートアップしていた理緒を一瞬で凍り付かせた。ギギギ…と音がしそうな態で声の方に視線を向けると、たった今話題になっていた辺境伯その人が、ドアにもたれるように立っていた。
「…な…っ…」
今の会話を聞かれていたのだろうか…いや、確実に聞かれたのだろう。その証拠にこの屋敷の主はその秀麗な顔に薄い笑いを浮かべているのだ。この世界の法律がどうなっているのかは知らないが、今の会話は不敬罪に問われるものだったのではないだろうか…
「これはアルバート様。ノックもなしに入室はマナー違反でございますよ」
「そうか?だが、ドアが開いていたからノックのしようもないだろう?」
「そ、それは…」
どうやらドアを閉め忘れたのはマシューだったらしい。自分の失態を主に突っ込まれて、さすがのマシューもそれ以上は言い返せなかったらしい。最大の味方になりうるだろうマシューの形勢逆転に、理緒も自身の処遇を思って青ざめた。
「この屋敷で養生させるように言ったのは私だ。気にせずにここで身体を癒すと言い」
「…そ、それでしたら熱も下がりましたのでご心配には及びません。直ぐにでも出ていきます」
「残念ながら、そういう訳にもいかなくなったのだ」
そう言われて理緒は、ルイの子守にと目の前の男が言っていたんだっけ、と思い出した。ルイのためにここに残って世話をしろという事か…
「…大事な後継者に、不審者を近づけるわけにはいかないんじゃなかったんですか?」
「……」
「一時的なものならやめた方がいいですよ。またすぐに引き離されるのであれば、ルイ君が悲しむだけですから」
「……」
「それに、自分は貴族の常識など何も存じませんし?後で文句言われても困ります。それくらいなら、最初からちゃんとしたお世話係と教育係を付けてあげた方がいいです」
ここにいたくなかった理緒は、思いつく断る理由を挙げてみたが、目の前の領主はピクリとも表情を変えなかった。その無表情の意味が分からず、理緒はその不気さから不安が募った。
「私としても不本意ではある。だが、これは先々代のご意志だ。拒否は許されない」
マシューから、自分が十日も寝込んでいたと聞いた理緒は、慌てて魔蟲の事を思い出していた。あの蟲は毒はあるが、一匹や二匹なら軽い熱が出る程度の弱いものだと聞かされていた。集団で襲われると命の危険もあるが、魔蟲の中では弱くて、単体なら理緒でも対処できるものだった。理緒はまだ魔蟲に刺された事はなかったが、他の冒険者が刺されているのは何度も見た事があるし、体力がある者なら熱すら出ずに終わるほどだ。
「それは…その…医師は、体質の問題で毒が過剰に反応したのではないかと…今後は蟲には十分気をつけられた方がいいと言っておりました」
「…そうですか…」
マシューの歯切れの悪さが気になったが、体質の問題と言われて理緒はアレルギーみたいなものかな、と思った。確かに蜂なんかは刺されて平気な人もいれば、死んでしまう人もいると聞く。ここは自分のいた世界ではないから、余計に反応してしまうのかもしれない。そうなると、薬なんかも危ないのだろうか…冒険者を続ける必要がある以上、今後はもっと慎重に動かないといけないなと理緒は思った。
「まだ暫くは無理をしない方がいいと医師も申しておりました。どうかここでゆっくり養生なさってください」
「お断りします」
これまでも面倒をかけたのに、これ以上世話になるなんて理緒には耐えられそうになかった。後で治療費を請求されるかもしれないが、そんな費用を払うお金など持っていない。そもそもここで治療してもらった事ですらも想定外で、自分には過ぎた事だと感じているのだ。目も覚めて熱が下がったのなら、一刻も早く自分の部屋に戻りたかった。
「いくらなんでも、これ以上お世話になるなんて出来ませんよ。滞在費払えるほど収入もないですし」
「滞在費など…ご心配には及びません。これもすべてルイ様を助けて頂いたお礼とお考え頂ければ…」
「お礼はもう十分頂きました。あれ以上は要らないって言ったのは自分です」
「そうは仰っても…ここで傷を治すのは領主様のご意向でもありますので…」
「その領主様とは金輪際!二度と!会いたくないんです。なのに世話になるなんて冗談じゃないです!」
「随分と嫌われたものだな…」
理緒とマシューの会話に、一段低くて静かな声が割り込んできた。その声は決して大きくはなかったが不思議とよく響き、ヒートアップしていた理緒を一瞬で凍り付かせた。ギギギ…と音がしそうな態で声の方に視線を向けると、たった今話題になっていた辺境伯その人が、ドアにもたれるように立っていた。
「…な…っ…」
今の会話を聞かれていたのだろうか…いや、確実に聞かれたのだろう。その証拠にこの屋敷の主はその秀麗な顔に薄い笑いを浮かべているのだ。この世界の法律がどうなっているのかは知らないが、今の会話は不敬罪に問われるものだったのではないだろうか…
「これはアルバート様。ノックもなしに入室はマナー違反でございますよ」
「そうか?だが、ドアが開いていたからノックのしようもないだろう?」
「そ、それは…」
どうやらドアを閉め忘れたのはマシューだったらしい。自分の失態を主に突っ込まれて、さすがのマシューもそれ以上は言い返せなかったらしい。最大の味方になりうるだろうマシューの形勢逆転に、理緒も自身の処遇を思って青ざめた。
「この屋敷で養生させるように言ったのは私だ。気にせずにここで身体を癒すと言い」
「…そ、それでしたら熱も下がりましたのでご心配には及びません。直ぐにでも出ていきます」
「残念ながら、そういう訳にもいかなくなったのだ」
そう言われて理緒は、ルイの子守にと目の前の男が言っていたんだっけ、と思い出した。ルイのためにここに残って世話をしろという事か…
「…大事な後継者に、不審者を近づけるわけにはいかないんじゃなかったんですか?」
「……」
「一時的なものならやめた方がいいですよ。またすぐに引き離されるのであれば、ルイ君が悲しむだけですから」
「……」
「それに、自分は貴族の常識など何も存じませんし?後で文句言われても困ります。それくらいなら、最初からちゃんとしたお世話係と教育係を付けてあげた方がいいです」
ここにいたくなかった理緒は、思いつく断る理由を挙げてみたが、目の前の領主はピクリとも表情を変えなかった。その無表情の意味が分からず、理緒はその不気さから不安が募った。
「私としても不本意ではある。だが、これは先々代のご意志だ。拒否は許されない」
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