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有難いが有難くない提案
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「…せんせ、んだい…?」
初めて耳にした単語に、理緒はこれまでの知識をフル動員してその意味を理解しようとしたが、結果に辿り着く前にあっさり答えが返ってきた」
「先々代とは、私の二代前の辺境伯を努めた方だ。私には伯父にあたる」
事情がさっぱり呑み込めない理緒だったが、先々代の辺境伯で、今は隠居生活を謳歌している現領主の伯父が、先日ルイの噂を聞きつけて様子を見に来たらしい。母親とも引き離されたルイは使用人どころか現辺境伯すらもいやだと泣いて拒み、当然ながら祖父に当たる先々代の前辺境伯も同様で、さすがに人生経験の豊富な先々代ですらも対処に窮した。その際、マシューから理緒の話を聞き、それなら早急に呼び寄せてルイの側に付けるようにと言ったのだ。
現辺境伯は身元不明で信用ならないと反対したが、子供がそこまで懐くからには悪い人物ではないだろうと言い、マシュー達も理緒の礼儀正しく控えめな態度を好ましく思っていたため、それなら問題ないと先々代に一蹴されたのだ。目の前で幼子が泣いて慕うのに、大人の都合で無下にしては可哀想だろうと。それが無理なら、早く母親の元に戻せ、とも。
さすがに未だ傷が癒えぬと寝込んでいる母親の元に、やんちゃ盛りのルイを戻すのは難しいと、理緒を呼ぶことには同意したが、納得はしていないらしかった。
「何ですか…それ…」
不本意だと言いながらも伯父の言う事を突っぱねられない現領主に、理緒は思いっきり冷めた視線を向けてしまった。いい年した大人で領主と言う立場の者が、伯父のいう事に逆らえないって…と呆れてしまう。まぁ、初対面での態度からして、あまり器が大きいとは言い切れず、未だに伯父に頭が上がらないのだろうな、と理緒は思った。かなり失礼だが、心の中で思うなら咎められる事はないだろう。
「拒否は許さぬって言われても…自分も生活がありますし、勝手に決められても困るんですが…」
理緒にしてみれば、ボロいとはいえ家賃を払っている下宿はあるし、冒険者ギルドでも仕事を受けているのだ。ギルドの仕事はそれなりに継続していなければ信用を失うし、そうなれば今後の生活に大きな影響を受ける事になる。簡単に言われても困るのだ。
「屋敷内に自室を与える。ルイがある程度大きくなるか、母親が回復するまでだから、それなりに長期になるだろう。その間は報酬も払う」
「は?」
「必要なら冒険者ギルドで指名依頼にしてもいい。それなら仕事を終えた後も困る事はないのだろう?」
「…そりゃあ、ギルドを通して頂ければ…確かに…」
何だか随分と自分に都合のいい依頼になっていないか?条件の良さに、逆に理緒の方が不安になってきた。
「仕事内容はルイの子守だ。子供相手だから勤務時間は一日中になるかもしれぬが、その分報酬は弾もう。ただし、仕事は体調が戻ってからだ。後の詳しい事はマシューに聞け」
それだけを言うと、愛想の欠片もない美麗なこの屋敷の主は部屋を出て行ってしまった。理緒は情況が飲み込めず、暫くの間呆気に取られていた。
「マシューさん、どういう事です?」
呆気に取られていても事態は変わらないため、理緒は側にいたマシューに事情を聴いた。マシューの話は先ほどの辺境伯の話を捕捉するように、理緒が置かれている現状を話してくれた。理緒がここにいるのは、先々代の領主の命令との事だったが、既に引退したのなら嫌々命令に従わなくてもいいのではないか…と理緒はマシューに告げた。だがマシューは、先々代は非常に有能で王の信頼も厚く、早くに父親を亡くした現辺境伯の父親代わりだった事もあり、頭が上がらないのだと言う。
「はぁ…だからって…」
「アルバート様も悪い方ではないのです。ただ、急に領主になられたばかりで余裕がなく…その、色々とありまして…」
マシューは言葉を濁したが、その通りなのだろうとは思う。思うが、理緒に対してのあの態度をそれで許す気もなかった。
「それで…帰っちゃダメなんですかねぇ…」
本気で帰りたいと思っていたため、理緒は命令とは言われたが住み慣れた自分の部屋に戻りたかった。ここで過ごせば衣食住は満たされるのだろうが、正体がばれる可能性もあるので遠慮したかった。
「申し訳ありませんが…この屋敷にご滞在願います。ここでは生活するのに必要な物は全て揃えさせて頂きます。勿論、報酬もお支払い致しますので…」
「…それが問題なんですけど…」
「は?と仰いますと?」
「ここでの生活、良すぎるんですよね。こんなところで長く過ごしたら、依頼が終わった後、元の生活に戻れるか心配なんです。だから、出来る限り元の生活に近い方が助かるんですが…」
「……」
「部屋も物置みたいなところでいいですし、食事も出来る限り質素にしてください」
「しかし…それでは…」
「ずっとここにいる訳にはいかないんです。子守なら尚更期間限定でしょう?」
「それは、そうですが…」
「あと、自分に様付もやめて下さい。何というか、居たたまれないので…」
「…しかし…」
「ダメなら、せめて君とかでお願いします」
「…わかりました」
どうしてこうなった?と目が覚めてからの状況の変化の大きさに、理緒は頭を抱えたくなった。とは言え、これで当面は衣食住の心配をしなくてもよさそうで、まだ怠い身体を抱えた身としては有難かったのだが。これから先の事を考えて、理緒は大きくため息をついた。
初めて耳にした単語に、理緒はこれまでの知識をフル動員してその意味を理解しようとしたが、結果に辿り着く前にあっさり答えが返ってきた」
「先々代とは、私の二代前の辺境伯を努めた方だ。私には伯父にあたる」
事情がさっぱり呑み込めない理緒だったが、先々代の辺境伯で、今は隠居生活を謳歌している現領主の伯父が、先日ルイの噂を聞きつけて様子を見に来たらしい。母親とも引き離されたルイは使用人どころか現辺境伯すらもいやだと泣いて拒み、当然ながら祖父に当たる先々代の前辺境伯も同様で、さすがに人生経験の豊富な先々代ですらも対処に窮した。その際、マシューから理緒の話を聞き、それなら早急に呼び寄せてルイの側に付けるようにと言ったのだ。
現辺境伯は身元不明で信用ならないと反対したが、子供がそこまで懐くからには悪い人物ではないだろうと言い、マシュー達も理緒の礼儀正しく控えめな態度を好ましく思っていたため、それなら問題ないと先々代に一蹴されたのだ。目の前で幼子が泣いて慕うのに、大人の都合で無下にしては可哀想だろうと。それが無理なら、早く母親の元に戻せ、とも。
さすがに未だ傷が癒えぬと寝込んでいる母親の元に、やんちゃ盛りのルイを戻すのは難しいと、理緒を呼ぶことには同意したが、納得はしていないらしかった。
「何ですか…それ…」
不本意だと言いながらも伯父の言う事を突っぱねられない現領主に、理緒は思いっきり冷めた視線を向けてしまった。いい年した大人で領主と言う立場の者が、伯父のいう事に逆らえないって…と呆れてしまう。まぁ、初対面での態度からして、あまり器が大きいとは言い切れず、未だに伯父に頭が上がらないのだろうな、と理緒は思った。かなり失礼だが、心の中で思うなら咎められる事はないだろう。
「拒否は許さぬって言われても…自分も生活がありますし、勝手に決められても困るんですが…」
理緒にしてみれば、ボロいとはいえ家賃を払っている下宿はあるし、冒険者ギルドでも仕事を受けているのだ。ギルドの仕事はそれなりに継続していなければ信用を失うし、そうなれば今後の生活に大きな影響を受ける事になる。簡単に言われても困るのだ。
「屋敷内に自室を与える。ルイがある程度大きくなるか、母親が回復するまでだから、それなりに長期になるだろう。その間は報酬も払う」
「は?」
「必要なら冒険者ギルドで指名依頼にしてもいい。それなら仕事を終えた後も困る事はないのだろう?」
「…そりゃあ、ギルドを通して頂ければ…確かに…」
何だか随分と自分に都合のいい依頼になっていないか?条件の良さに、逆に理緒の方が不安になってきた。
「仕事内容はルイの子守だ。子供相手だから勤務時間は一日中になるかもしれぬが、その分報酬は弾もう。ただし、仕事は体調が戻ってからだ。後の詳しい事はマシューに聞け」
それだけを言うと、愛想の欠片もない美麗なこの屋敷の主は部屋を出て行ってしまった。理緒は情況が飲み込めず、暫くの間呆気に取られていた。
「マシューさん、どういう事です?」
呆気に取られていても事態は変わらないため、理緒は側にいたマシューに事情を聴いた。マシューの話は先ほどの辺境伯の話を捕捉するように、理緒が置かれている現状を話してくれた。理緒がここにいるのは、先々代の領主の命令との事だったが、既に引退したのなら嫌々命令に従わなくてもいいのではないか…と理緒はマシューに告げた。だがマシューは、先々代は非常に有能で王の信頼も厚く、早くに父親を亡くした現辺境伯の父親代わりだった事もあり、頭が上がらないのだと言う。
「はぁ…だからって…」
「アルバート様も悪い方ではないのです。ただ、急に領主になられたばかりで余裕がなく…その、色々とありまして…」
マシューは言葉を濁したが、その通りなのだろうとは思う。思うが、理緒に対してのあの態度をそれで許す気もなかった。
「それで…帰っちゃダメなんですかねぇ…」
本気で帰りたいと思っていたため、理緒は命令とは言われたが住み慣れた自分の部屋に戻りたかった。ここで過ごせば衣食住は満たされるのだろうが、正体がばれる可能性もあるので遠慮したかった。
「申し訳ありませんが…この屋敷にご滞在願います。ここでは生活するのに必要な物は全て揃えさせて頂きます。勿論、報酬もお支払い致しますので…」
「…それが問題なんですけど…」
「は?と仰いますと?」
「ここでの生活、良すぎるんですよね。こんなところで長く過ごしたら、依頼が終わった後、元の生活に戻れるか心配なんです。だから、出来る限り元の生活に近い方が助かるんですが…」
「……」
「部屋も物置みたいなところでいいですし、食事も出来る限り質素にしてください」
「しかし…それでは…」
「ずっとここにいる訳にはいかないんです。子守なら尚更期間限定でしょう?」
「それは、そうですが…」
「あと、自分に様付もやめて下さい。何というか、居たたまれないので…」
「…しかし…」
「ダメなら、せめて君とかでお願いします」
「…わかりました」
どうしてこうなった?と目が覚めてからの状況の変化の大きさに、理緒は頭を抱えたくなった。とは言え、これで当面は衣食住の心配をしなくてもよさそうで、まだ怠い身体を抱えた身としては有難かったのだが。これから先の事を考えて、理緒は大きくため息をついた。
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