上 下
1 / 220
1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング

一話: 異世界、湖、ラブ・ハプニング

しおりを挟む
 それは、童話チックな森の中。
 彼女は裸で抱き締められていた。

 黒髪黒目、中肉中背。何処にでもいるような平凡な女を抱きしめる男は、銀髪碧眼、引き締まった長躯の持ち主である。
 その人物は、女が水浴びをする湖に、唐突に現れた。

 そして何故か、今現在裸で抱き締められている。

(な、何が、どうして、こうなって……?)

 当然、後ろから抱き締められて、その唐突さに驚いたし声も上げた。
 上げたら、何故か唇を唇で塞がれて今に至る。

 背中から抱き込まれた形で、青年の引き締まった肉体がぴったりと寄り添っている。
 青年が持つのは、精悍さが勝る美しい容貌に似合いの、無駄を削ぎ落としたかのような機能的な身体だ。
 その長い腕に、拘束されるように後ろから抱き締められていた。

 恩人……いや、恩狼、と表すべきだろうか。
 ともかく、女の窮地を救ってくれた筈の狼が湖に来たのは先程確かめた。
 絵本の挿絵そっくりな、青銀色の毛並みを持つ立派な狼。
 生存を確かめてホッとして、僅かに目を離した隙に……。狼と同じ瞳と銀髪を持つ美丈夫に襲われるに至る。

(な、何で絵本の世界に白銀さんが……)

 彼女が何より驚いたのは、そこだった。
 余りにもその姿は彼女が今片想い中の男性に似ていた。とある理由で教師と教え子……そんな関係になった、仕事上の関係者。
 低く柔らかい声、触れた指先、ふとした時に香る匂いや、冷淡にも見える整った顔立ち。全てが好きな人と同じだから、そこに違いを見つけられないから、彼女は混乱しながらもこの拘束に嫌悪を感じる事が出来ない。

(ううん、白銀さんじゃない。間違っても真面目なあの人が、こんな弾けた色に染める訳がないわ……大体、こんな事をする程、好かれてる訳もないし)

 別人だと思うのに、全てが彼を思わせるから、身体は素直に喜んで彼を受け入れる。
 ……現実では、こんな事など起きようがない距離感、だからこそに。

 痛い程ではない、だがしっかりと、逃れられない程度の強さで腰を掴まれ、ぐっと抱き寄せられる。
 首筋に触れるのは彼の頬か、はたまた唇か。
 初夏を思わせる森の中、冷えた湖の水を浴びて冷えた筈の体が、彼の体温を移したかのようにどんどんと上がる。

 本当に、どうしてこんな事になったのか。
 彼女は必死に、記憶を浚う。

(私は、いつも通りに近所の境内のベンチで休んでた筈で)

 その間にも、節だった男性の長い指が、女の体を這う。

(なのに、気がついたら森の、中にいて)

 輪郭を辿るよう、羽のように触れる指先は優しくて。

(すぐ近くに熊がいて……『あの人』 と似たようないやな目をした怖い熊に、襲われて)

 熱い息を零しながらも、現状を受け止めきれない彼女は、記憶を辿っていた。

(……食べられる、って思って)

 彼女は現在、夢を見ている筈だった。
 それにしては随分と刺激的過ぎるし生々しい感触がする鮮明な夢だが。

(淫夢、ってやつかしら。私、欲求不満なの?)

 とある理由で大学中退から、約五年。彼氏ナシで過ごしている寂しい日々だが、そもそも性欲が薄い彼女には、こんな夢を見る理由が思いつかない。

(まあ、確かに……恋はしてる、けど)

 与えられる刺激にぼんやりと霞む頭を振って、彼女は状況把握に努める。

(やっぱり、これは夢だわ。だって、あんまりにも私の知る童話のお話と、状況が似すぎているし)

 ちょっとうたた寝していた隙に、鬱蒼とした森に拉致られました、というのもおかしなもので。

(何度も読んだシーン、それもお気に入りのシーンだもの)

 冷たい水の感触と対比するような熱い彼の肌。
 震えながら怯えながら、彼女の頭は未知の甘さにぼんやりと霞んでいく。

(私は魔女じゃないけれど……花畑で熊に襲われていたら、ジルバーそっく りな青銀の狼に助けられたわ。さっきあった事は、まるで絵本の通り……だもの)

 必死に声を押し殺し、思い人そっくりな銀髪の青年に与えられる熱に抗いながらも、これは夢だと、そう思い込もうとして、失敗して。


 結局、この疑問に辿り着く。

(ああ……本当に、どうしてこんな事になったんだろう?)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

処理中です...