貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第991話 魔物使いの脅威

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(何だ、こいつら!?ただの鼠じゃない!!)


獣人族の優れた生存本能でガロは路地裏に集まった鼠達の正体がただの動物ではなく、魔獣の類だと一瞬で見抜く。ゴンザレスの方も自分達を取り囲むように現れた鼠の大群に動揺を隠せず、その一方で女性は笑みを浮かべた。


「……助けてくれようとしたのはありがたいんだけど、貴方達のせいで作戦が台無しだわ」
「何だと……」
「何を言っている?」
「あの二人はね、私が誘き寄せようとしたよ」


初めて女性が口を開いた事にガロとゴンザレスは驚き、しかも女性に絡んでいた二人組の男が彼女が誘き寄せたという言葉に動揺を隠せない。

女性の周りにだけは鼠型の魔獣は集まらず、その代わりに彼女は腕を伸ばすと先ほどガロが殺した鼠と同じ種の鼠が現れた。それを見たガロは嫌な予感を浮かべ、女性の正体を問い質す。


「てめえっ……何者だ!?」
「今から死ぬ貴方達に応える必要はないわ」
「何だと!?」
「ガロ、動くな!!」


ガロが女性の言葉を聞いて双剣に手を伸ばすと、ゴンザレスが注意を行う。ガロは足元に視線を向けると、既に鼠型の魔獣は迫っていた。この時にガロは路地裏に集まった魔獣の正体が「灰鼠《ラット》」と呼ばれる種の魔獣だと思い出す。


(こいつら灰鼠か!?だがどうしてこんな所に……)


灰鼠は基本的に下水道などの場所に生息する種であり、滅多に地上に姿を出る事はない。灰鼠は普通の鼠よりは好戦的だが、それでも人間のような自分達よりも大きな存在に襲い掛かる事は滅多にない。

この場に集まった灰鼠の数は数百匹を数え、これだけの魔獣が一度に現れたのは偶然ではない。ガロは即座に女性の正体が「魔物使い」だと知り、そして魔物使いに関する事件も彼はマホから聞いていた。


(老師がゴノの街で魔物使いが操る魔物が街を襲ったとか言っていたが……まさか、こいつか!?いや、だけど有り得るのかそんな事……)


ゴノの街を襲撃した犯人が既に王都に居たのかとガロは考えたが、彼女がゴノを襲撃した犯人と同一犯という証拠はない。もしかしたら何も関係ない別の犯罪者という可能性もあるが、この時にガロは先ほど倒した白色の鼠を思い出す。


(そういえばさっき倒した鼠……身体に紋様みたいなのが刻まれていたな。あれは確か……鞭か!?)


ガロの優れた動体視力は男達に襲い掛かった鼠に刻まれていた紋様を視認しており、マホからゴノを襲った犯人は「鞭の紋様」を魔物に刻んでいたという話を思い出す。そして先ほど倒した鼠も同じ紋様が刻まれていた事から、ガロはゴノの襲撃をした黒幕と遭遇した事を知る。


「まさかお前……ゴノを襲った魔物使いか!?」
「っ……!?」
「何だと!?じゃあ、こいつがマホ魔導士の言っていた……」


ガロの言葉に女性は初めて動揺した様子を浮かべ、ゴンザレスもガロの言葉を聞いて驚いた表情を浮かべる。しかし、この二人の反応はまずかった。

女性の正体は「アン」であり、彼女はガロとゴンザレスの事をただのお人好しの冒険者だとしか認識していなかったが、自分がゴノを襲撃した魔物使いである事を見抜き、更に魔導士のマホの名前を出した事を知って二人が王国関係者だと気付く。そして正体を知られた以上はこの二人を生かして帰すわけにはいかなくなった。


「どうやらただの冒険者じゃないみたいね……わるいけど、ここで死んでもらうわ」
「何だと……ふざけた事を言いやがって!!」
「もう逃がさんぞ!!」


ガロとゴンザレスはアンが魔物使いだと知ると怒気を滲ませ、彼女のせいで多くの人間が傷ついた。そして二人が敬愛する老師がマホの放った魔物のせいで危うく大変な目に遭った事は知っており、二人も彼女を逃がすつもりはなかった。

灰鼠に囲まれているとはいえ、ガロとゴンザレスもアンを捕まえられる距離に存在する。ここで彼女を何としても捕まえるため、ガロは双剣を抜く。


「ここでてめえはお終いだ!!」
「やってみなさい……お前達!!」
『キィイイイッ!!』


数百匹の灰鼠が目元を怪しく光り輝かせてガロとゴンザレスに同時に飛び掛かり、二人は武器を構えて灰鼠達の相手をした――





――それから数分後、裏路地は大量の灰鼠の死体によって血塗れとなり、残っていたのは全身に噛み傷を負ったガロとゴンザレスだけだった。アンは既に逃走し、二人は後を追いかける事もできず、どうにか裏路地を抜け出す。


「はあっ、はあっ……くそがっ……」
「くっ……ガロ、大丈夫か?」
「お前の方こそ……くっ、頭が……」


二人とも血を流しすぎたせいで上手く身体に力が入らず、それでもここで倒れるわけには行かなかった。二人は裏路地を抜け出すと、偶然にも白猫亭の看板を発見した。


「ここは……そうだ、確かが暮らしている宿屋だな」
「うっ……」
「おい、ゴンザレス!!しっかりしろ……くそっ!!」


ガロは最後の力を振り絞り、白猫亭の扉を叩く。そして彼等に気付いたエリナが合われてヒナとクロエに報告して現在に至る。


「ま、魔物使いがこの王都に!?」
「ああ、そうだ……20代後半の女で、赤色の髪の毛をしていた」
「女……」


ヒナはガロとゴンザレスから魔物使いの情報を聞かされ、ここで彼女はテンから聞いていた情報を思い出す。バートンを聖女騎士団が捕縛した際、彼には娘が存在した。そして娘が生きているならば今頃は20代後半ぐらいのはずだった。

髪の毛の色に関しては聞いていないが、状況的に考えてもガロとゴンザレスが見つけた女性がゴノを襲った魔物使いである事は確定している。すぐにヒナはこの情報を他の人間に共有するため、まだ疲れている二人には悪いが羊皮紙とペンを用意して女性の姿を描いてもらう。


「その人の顔を描く事はできる?」
「ちょっとヒナちゃん、その前にこの二人を早く治療しないと……」
「大事な事なの!!お願いだから頑張って!!」
「……分かった」


クロエは二人を一刻も早く薬師の元に連れていくべきだと告げたが、魔物使いの正体を知っているのはこの二人だけであり、この情報を他の人間にも急いで知らせる必要があった。ガロは渡された羊皮紙にペンで似顔絵を書き込み、やがて書き終わると彼女に渡す。


「こんな顔をしていた……」
「これが……!?」
「へえ、上手く書けてますね」
「へっ……こういうのは得意なんだよ」


ガロが描いた似顔絵はアンの特徴を上手に捉えており、エリナは感心したように褒める。しかし、似顔絵を見た瞬間にヒナは顔色を青ざめ、彼女は咄嗟に上の階に続く階段を見上げる。


「に、逃げないと……」
「えっ?」
「ヒナちゃん、急にどうしたの?」
「いいから早く!!全員、外に出て!!」
「ど、どうしたんだ急に?」
「おい、この女の事を知っているのか!?」


ヒナは全員を急かして外に逃げ出そうとすると、ガロが彼女の肩を掴んでアンの事を知っているのかと問い質す。そんな彼の言葉にヒナは顔色を青ざめて上の階を指差す。


「だってこの人、うちに泊まっているお客さんなのよ!!」
「な、何だと!?」
「この宿屋にあの女が……!?」
「あっ……お、思い出したわ。確かにこの人、見た覚えがあるわ!!」
「ええええっ!?」


クロエもヒナに言われて思い出し、ここ最近はこの宿屋に泊まっている客だと思い出す。彼女が訪れたのは丁度ナイがで帰還した日からであり、白猫亭に宿泊している客だった。

金払いがいい客なのでヒナもクロエも顔を覚えており、二人は上の階に彼女の部屋がある事を思い出した。客は夜に外に出向く時は裏口を利用するため、恐らくアンが戻ってきていたとしてもヒナ達は気付いてはいない。


「あ、あの女がこの宿に……くそっ、今度こそ捕まえてやる」
「馬鹿を言わないで!!そんな怪我で何ができるの!?」
「しぃ~……声がでかいっす。気付かれたらどうするんですか?」


言い争いを始めるガロとヒナにエリナが慌てて口元を塞ぎ、もしも上の階にアンがいるのならば絶対に気付かれてはならない。

アンがこの宿に宿泊しているのであれば一刻も早く他の人間に伝える必要があり、まずは怪我のせいで碌に動けないガロとゴンザレスは当てにできない。エリナも一人だけではアンを確実に確保できる自信はなく、そもそもこの宿には一般人も数多く泊まっている。

一番厄介な事態はアンが宿屋の客を人質に取る事であり、迂闊な真似はできない。しかし、彼女がこの宿屋に宿泊しているのであれば放置はできず、急いで聖女騎士団に報告する必要があった。


「どうにかランファンさん達に報告しないと……」
「エリナちゃん、どうにか出来ないの?」
「いや、あたしは援護専門なので……」
「面白そうな話をしてるわね、私も混ぜて貰ってもいいかしら?」


上の階から声が響き、その声を聞いた途端に全員の顔色が変わる。恐る恐るヒナは階段を振り返ると、そこには上の階から見下ろすアンの姿があった。彼女は段差を椅子代わりに利用して座っており、その肩には白色の鼠を乗せていた。

既にアンがヒナ達の行動に気付いていたらしく、そもそも彼女は宿屋に戻る途中で例の二人組の男に襲われた。まさかガロとゴンザレスがこの宿屋に知り合いがいるとは思いもしなかったが、アンにとっては都合が良かった。


「まさかこんなにも早く再会できるなんてね……私の顔を知られた以上、生かして帰すわけには行かないわ」
「く、くそ女がっ……」
「言葉遣いは気を付けなさい。私がその気になればこの建物に宿泊している客全員を殺す事もできるのよ」
「や、止めなさい!!」


アンの言葉にヒナは顔色を青ざめ、自分の想像する限りの最悪な状況に陥ってしまった。こんな時に限って頼りになるテンやナイは王都を離れており、この状況を覆せる策は思いつかない。
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