氷弾の魔術師

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
29 / 129
王都での日常

第29話 圧縮

しおりを挟む
――学生寮に戻って荷物を取ってきたコオリは、教卓の上に的当て人形の代わりに猪の置物を置く。こちらは先日に魔法の練習で利用した置物とは別の物である。


「うん、やっぱりこれがいいな」


準備を終えるとコオリは置物に向けて杖を構え、魔法を唱える前に目を閉じて集中力を高める。今回作り出すのはただの氷の塊ではなく、刃物のように鋭い切れ味の氷を作り出す必要があった。

意識を集中してコオリは無詠唱で魔法を発動させると、杖の先端に氷塊が誕生する。彼が作り出したのはリオンの「スラッシュ」を意識して作り出した三日月状の氷の刃だった。


「よし、これならきっと……行け!!」


氷塊を変形させるとコオリは教卓の上に置いた置物に向けて氷塊を射出した。その結果、氷塊は見事に置物に衝突させる事に成功したが、置物は吹き飛んだだけで壊れる事はなかった。


「あれ?勢いが弱かったかな?それとも切れ味が足りなかった?」


いつもの氷弾と違って氷塊の規模が大きいせいか上手く操れず、折角形を整えて繰り出したのに置物を切る事もできなかった。


「これじゃあ、役に立てそうにないな……もっと切れ味を鋭くさせないといけないか?」


コオリは杖から離れた氷塊を引き寄せ、もう一度だけ試してみる事にした。今度は先ほどよりも攻撃速度を上げた状態で熊の置物に目掛けて氷塊を放つ。

氷塊は再び置物に衝突したが、今回は置物に氷の刃が食い込む。だが、破壊までには至らずに魔法の効力が消えた途端に置物は床に落ちてしまう。


「だ、駄目か……何が悪いんだろう?」


またもや失敗したコオリは頭を掻き、せめてリオンの「スラッシュ」と同等の威力を引き出せなければ実戦では使い物にならない。


(やっぱり室内だと壁や床を壊さないように意識しすぎて上手く魔法を飛ばせないな……けど、あと少しで何か掴めそうな気がする)


置物を破壊する事はできなかったが、傷つけただけでも一歩前進したと思い直したコオリは考え込む。リオンの真似事をしていてもこれ以上はどうしようもなく、彼は他の攻撃手段を考える事にした。

コオリがよく利用する「氷弾」のように小さくて単純な形をしている物ならば扱いやすいのだが、氷塊の規模の大きさや形が複雑な物ほど操作が困難となる。どうにか氷塊の新しい使い方を考えていると、不意に喉が渇いてしまう。


(ちょっと喉が渇いたな……)


水筒を取り出してコオリは水を飲もうとした時、水が温い事に気づいて魔法で小さな氷を生み出す。コップの中に氷を入れた状態で水を注ぎ込み、冷やしてから飲み込む。


「ふうっ、こういう時は便利だよな……ん?」


自分がコップに入れた氷を見てコオリはある事に気が付き、魔法で造り出した氷は簡単に溶ける事はないが、本物の氷ならば時間が経過すれば自然と小さくなって溶けていく事を思い出す。

氷が徐々に小さくなる光景が頭に浮かび、何か思いつきそうなコオリは考え込む。そして彼が至った結論は「氷弾」の強化だった。


「待てよ、もしかしたら……いや、だけどそんな事ができるのか?」


これまでにコオリは氷塊の形を変化させて生み出してきた。だが、彼が思いついた手段は変形ではなく「圧縮」という表現が正しく、今まで試した事はないがこれまでの修業で魔力操作の技術は格段に上がった今の自分ならばできるのではないかと考えた。


「……試してみる価値はあるかもな」


杖を取り出したコオリは無詠唱で魔法を発動させ、自分が限界まで出せる大きさの氷塊を作り出す。通常の氷弾よりも何倍もの大きさの氷塊を作り出し、その状態からさらに意識を集中させる。


(想像《イメージ》するんだ……氷のを!!)


ようやく大きく作れるようになった氷を再び小さくさせるなど普通ならば有り得ない発想だろう。だが、コオリの作り出した氷は本を正せば魔力の塊であり、そもそも魔法自体が魔力から生み出される現象にしか過ぎない。

外見は本物のコオリのように見えても実際にはコオリの生み出す氷塊は魔力で構成された物体に過ぎない。だから自然の氷のように時間経過で溶ける事もなく、魔力が維持する限りは消える事は有り得ない。コオリが実践じようとしているのは魔力の「圧縮化」だった。


(大きな氷を操る事は難しい……けど、魔力を圧縮させて小さくすればどうだ!?)


念じるごとに氷塊の規模は徐々に小さくなり、最終的には「氷弾」と同程度の大きさへと変化した。コオリは汗を流しながらも生み出した氷塊を見て驚く。


「色が変わった……それに硬くなってる?」


これまで作り出した氷弾よりも氷の色合いに青みが増しており、さらに触れてみると鋼のように硬く、冷たさも増していた。明らかに今まで利用していた氷弾とは異なり、早速だがコオリは魔法を試したくなった。


(ここでやると大変な事になりそうだな……ちょっと外に出てみようかな)


室内で氷弾を撃ち込むと何が起きるか分からず、一旦外に出てから試してみる事にした――





――訓練場に出向くと他の生徒の姿は見当たらず、魔法を試す絶好の機会だった。コオリは他の人間に見つかる前に魔法を試すため、木像人形を運び込んでまずは通常の氷弾を撃ち込む。


「はあっ!!」


無詠唱魔法を覚えた事でコオリは杖を翳すだけで氷弾を撃ち込めるようになり、彼の放った氷弾は木像人形の頭部を貫通する。現時点でも人間相手ならば十分な威力を誇るが、魔物の中には鋼鉄のように硬い肉体を持つ存在もいると聞いたことがある。


「よし、今度は本番だ……何だかどきどきしてきたな」


杖を構えた状態でコオリは冷や汗を流し、集中力を高めて魔力を圧縮させた氷弾を作り出す。今の所は「圧縮氷弾」とでも呼べばいいのか、ともかく木像人形の胸元の部分に狙いを定める。

木像人形の部位の中で最も壊れにくい箇所は胸元であり、他の部位と比べて厚みが大きい。それでもコオリの氷弾ならば貫けるだろうが、今回の氷弾は魔力を圧縮させた状態で撃ち込む。


(限界まで回転させた状態で撃ち込む……修行の成果を試すんだ!!)


集中力を限界まで高めてコオリは圧縮氷弾に高速回転を加えると、木像人形の胸元に目掛けて解き放つ。杖から放たれた瞬間、衝撃波のような物が発生してコオリは尻餅を着く。


「うわっ!?」


発射しただけでコオリは吹き飛ばれそうになり、撃ち込まれた圧縮氷弾は木像人形の胸元に衝突すると、まるでというよりはのように飛んでいく。数十メートルほど移動すると圧縮氷弾は消えてなくなり、それを見ていたコオリは唖然とした。


「な、何が起きたんだ?」


木像人形に近付いてコオリは圧縮氷弾が撃ち込まれた箇所を確認すると、驚くべき事に胸元に小さな穴が出来上がっており、圧縮氷弾が貫通したのは確かだが、あまりの貫通力に貫かれた箇所以外は殆ど罅さえ入っていなかった。

貫通力を極めると無駄な破壊は生み出さず、急所だけを確実に撃ち抜いた光景にコオリは身体が震えてしまう。まさか圧縮氷弾がここまでの威力を引き出すとは思わず、無意識に握り拳を作る。


(やった……この魔法なら魔物が相手でも十分に通じるぞ!!)


まだまだ完璧には使いこなしたとはいえないが、圧縮氷弾は従来の氷弾とは比べ物にならぬ威力を誇り、この力を使いこなせればコオリは魔導士に一歩近付けると確信した――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!

カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!! 祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。 「よし、とりあえず叩いてみよう!!」 ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。 ※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...