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解決編
32.
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(side 切藤蓮)
翌日から、俺の立てた計画に沿って各々が動き出した。
まず、美優が『意識不明の重体』だと、事実より大袈裟な情報を漏らした。
汚れ仕事において、霊泉丈一郎やその側近が直接手をくだす事はまず無い。
つまり、実行犯はその下の人間。
思わぬ邪魔が入ってしくじったソイツはどうするか。
殺し損ねた挙句に顔を見られたなんて当主に報告しようもんなら…まぁ、お察しだ。
せめて後者だけは誤魔化そうと、中野の存在は隠蔽するだろう。
実行犯を除けば、中野の姿を見たのは4人の救急隊員とこの病院の看護師3人だけ。
親父が自ら病院前で出迎えたのは、美優が心配だっただけじゃない。
信用できる看護師のみを連れ、目撃者の保護と、認知した人物の顔を記憶する為だ。
その甲斐あって、この数人が霊泉家から接触されないようにマークするだけで良くなった。
警察にも中野の存在は明かさず、美優の目的地だった家主への簡単な事情聴取のみで捜査は終了。
『転落事故』として処理されたのはこっちの思惑通りだ。
これで、霊泉家を油断させる事ができる。
奴等としては、殺害は上手くいかなかったものの自分達の関与を裏付ける証拠は残していないと安心しているだろう。
美優が切藤総合病院にいる限り手出しはできないが、『意識不明の重体』であれば自分たちの犯行が明らかになる事はない。
万が一意識が戻ったとしても、話せるようになるのはまだまだ先だと考える筈だ。
唯一中野の存在を知る実行犯が単独で口封じに動く可能性も無くはないが、霊泉家の権力を使わずに『偶然通りかかったたった一人の人間』に辿り着く事はまず不可能。
正直に己の失態を告白するなら話は別になってくるが・・俺達全員の考えは前述の通りで一致した。
それを裏付けるように、笹森さんの部下が態と位置情報をオンにした中野のスマホを持って外をうろついてみたが、怪しい人物の接近は確認されず。
データベースへのアクセスも無く、実家周辺も大学も監視の様子は無し。
よって、中野の安全はほぼ確定したと言ってもいいだろう。
「念のためあと1週間だけここにいてくれ。」
その後の自由を約束する俺の言葉に、中野は首を横に振った。
「ここまできたら、俺も最後まで協力する。
昨日切藤と話してから考えたんだ、自分はどうするべきなのかって。
俺は晴人だけじゃなくて、お前の助けにもなりたい。」
「・・いらねえよ。お前は晴のいる方に戻れ。」
これ以上こっち側に関わっていい事なんて無い。
「言っただろ、晴人を守るなら俺の協力は絶対だって。
奴等に身バレしてなくて情報知ってる俺だからできる事がある。違うか?」
それは疑問形にしながらも、確信を得た言い方だった。
「お前だって晴に嘘付く事になるんだぞ。」
それも、状況によってはこの先ずっと。
「それは本当に心苦しいけど・・こんな状態のお前を放っとく方が晴人は嫌だと思うから。
いつか全部終わったら、晴人に誠心誠意謝ろうぜ。」
本人は真剣そのものらしいが、楽観的すぎる。
これから俺が、どれだけ晴を傷つけると思ってんだ。
その罪は例え全てが終わって謝罪した所で赦されるものじゃない。
むしろ、赦さなくていい。
それを覚悟して、俺はーー。
「ーー俺の親友を、甘く見るなよ?」
ハッとして上げた視線の先には、真っすぐにこっちを見る瞳。
何かを言わんとするその奥には、『親友』への紛れもない信頼が宿っている。
「・・とにかく、俺はもう決めたから。今日の朝、拓也さんには話してあるし。」
いつの間にか父親を名前で呼んでいる事に唖然とする俺に向かって、中野は口角を上げた。
「『危険な事は絶対にさせない。蓮にいい友人ができて嬉しいよ。』ってさ。
俺達、親公認の友達だな!」
「・・お前と友達になった記憶ねえけど?」
その調子があまりにもいつも通りで反射的に返すと、中野は声を上げて笑った。
こうして仲間が増えた俺達だが、計画は当初と変わらず進行させていく。
「なるほどね、『美優ちゃんの転落事故は霊泉家と関係があるかもしれない!って焦る切藤家を見せよう作戦』って事ね!」
こっちに合流した陽子の台詞に脱力しそうになる。
美優の件に怒り心頭だった苛烈な母親を宥めて計画を説明するのは骨が折れた。
ただ、晴の事について深く触れてこなかったのは幸いだ。
もしかしたら、それについては事前に親父と話しをしていたのかもしれない。
「一緒に私たちのprincessを守ってくれてありがとう」と中野に抱擁していたから、その可能性は大だ。
因みに、熱烈なハグに慌てた中野はそれ以来部屋の隅で小さくなっている。
計画名はともかくとして、内容は陽子の言う通りで間違いない。
もし、美優の件が本当に事故だった世界線があったとして、俺達はどうするか。
間違いなく霊泉家の関与を疑って警戒するだろう。
と言う事は、その通りの動きをしないと逆に勘繰られる。
ただ、見せるのはあくまでも『警戒』レベルでの行動だ。
俺達が何も知らないと見せかけておいて、水面下では奴等を潰す為に動く。
『見せる』行動と『見せない』行動を上手く使い分ける事が重要だ。
その準備の為に、笹森さんに極秘でアメリカへ飛んでもらっている。
陽子の手で変装したその姿は、常時の堅さとかけ離れた胡散臭さだった。
患者に紛れてここを出て行ったが、あのクオリティなら霊泉家の監視も欺けるだろう。
渡米の目的は勿論、遥に会う為だ。
現状の説明と、俺が陽子に依頼した『脚本』を託している。
それと、今後の為に有用なある物を持ち帰るのも重要な任務だ。
帰国までの数日間に霊泉家が晴の存在を嗅ぎつけないように、トラップも仕掛けている。
為政者と言うのは、いざと言う時の為に対立相手の弱みの一つや二つ握っているものらしい。
親父の伝手で、霊泉家と近しい議員の脱税疑惑を議会にかけた。
直接糾弾された訳ではなくとも、後ろ暗い奴等は下手に動けなくなる筈だ。
数日の足止めにはなるだろう。
3日後、遥から了承の旨と数台の携帯電話を持って笹森さんが帰って来た。
昔の折り畳み携帯のようなフォルムだが高性能で、盗聴の電波をカットする事ができる。
難点は通話のみしかできない事と、同じ携帯同士でしか遣り取りできない事だが、アメリカ政府高官も利用する代物だ。
「連絡先の登録は3件までしかできません。」
そう説明されて、それぞれが誰の連絡先を登録するか話し合った。
俺のには親父と笹森さん、それから中野。
中野は数少ない携帯を自分が持つ事に抵抗していたが、晴と接触できるのはお前だけだと押し切った。
因みに中野の方には、俺と笹森さんと陽子の連絡先が入っている。
「よし、では確認だ。霊泉家に聞かれたくない内容はこちらの携帯で、逆に聞かせたい内容は自分のスマホで。蓮、そう言う事だな?」
親父に言われて俺は頷いた。
霊泉家は自分達の犯行が俺達にバレてないと思っている。
それを利用して、奴等を誘導する。
「今日1人で外歩いて、監視がついてんのは確認した。スマホももうやられてんだろ。」
通話もメッセージも向こうに筒抜けになってる筈だ。
「作戦開始だな。」
俺の言葉に全員が力強く頷いた。
その日の夜、俺はスマホで遥に電話を掛けた。
奴等に聞かせる為に。
『もしもし、蓮?』
『遥、何してた?』
『もう寝る所だったの!声が聞けて嬉しい♡』
甘ったるい語尾にゾワッと鳥肌が立つが、堪えて続ける。
陽子に依頼した脚本はこの『恋人のやりとり』だ。
笹森さんの話しでは、アメリカでそれを受け取った遥も鳥肌を立てていたらしい。
『寝る前にごめんな。実は、美優が階段から落ちてさ。警察が言うには事故らしいんだけど、念の為霊泉家を警戒してる所なんだよ。』
『それって、つまり…私達の同棲の話しがなくなるって事?そんなの嫌っ!やっといつも一緒にいられるようになるのに…!』
スピーカーにしたスマホから聞こえる遥の涙声に、横にいる中野が無言で関心している。
そう、マジでこの女こう言う演技得意なんだよな。
『最後まで聞いて、遥。だから、念の為俺が空港まで迎えに行くって言おうとした。』
『ほんと?一緒に暮らせるの?』
『当たり前だろ。俺ももう限界だから。でも、本当に気を付けてくれ。遥以上に大切なものなんて俺にはないんだから。』
『蓮…。私も、蓮がいれば何もいらない。』
『遥…。帰国したら婚約しよう。』
『えっ?』
『ダメか?』
『ううん…嬉しい!』
霊泉家が気にしそうなワードを盛り込んで、その後も脚本通り話し込んでから電話を切った。
「き、切藤…!迫真の演技だったぜ!」
流石女優の息子!なんて親指を立てる中野の頭を思いっきり叩いて、溜息を吐く。
きっと今頃、遥も精神的ダメージを負ってるに違いない。
だけど、これで奴等の関心はますます遥へ向く。
帰国、同棲、婚約の三拍子が揃ってれば当然だ。
『遥より大切なものはない』らしい俺を脅す為には、本人を捕らえるべきだと結論付けるだろう。
しかも、手が出しづらい異国から自分達のフィールドにやって来るとなれば利用しない手は無い。
敢えて電話で帰国の日は明かさなかったが、既に遥の名前で飛行機を予約してある。
当然フェイクで、実際に遥が乗る事はないが。
3月末の便は、霊泉家新しいが当主の披露目会を予定している5日前。
奴等にとってはギリギリ間に合う日にちであり、俺達にとってもXデーとなる日だ。
『霊泉家がそっちに気を取られてる間に、全勢力を上げて奴等を追い込む。』
そう約束した父親が指定したのがこの日。
どこまで行けるかは微妙な所だが、この機を逃すと次のチャンスは来ないかもしれない。
それまでに、俺も出来る限りの協力をしなくては。
そしてーー。
1番の目的である、晴の存在を完全に隠す為の仕上げをしなければならない。
翌日、周りに注意を払うふりをしつつ大学へ向かった。
遠くから監視するような視線は、構内へ入るとフツリと消える。
俺に気付かれるのを警戒して、内部には別の監視役がいるのかもしれない。
その場合厄介なのは、この大学の人間が何かしらの見返りで雇われている可能性が高い事だ。
褒美に目が眩んだ馬鹿な学生は、霊泉家にとって最高の捨て駒だろう。
自分達の身元を明かす事なくスパイを手に入れる事ができるんだから。
ただし、大きな弱点もある。
それは、偽物の情報に惑わされる確率も高いと言う点。
雇う側もそれは重々承知だろうが…その前に布石があったとしたら話は変わってくる。
昨日の電話で俺と遥の関係を改めて見せつけのは、この為でもある。
『聞いた?蓮様ってアメリカに彼女がいるらしいよ!しかも近々帰国して、同棲するんだって!』
『男の幼馴染とルームシェアしてるって知ってたか?蓮のやつ、ソイツの事家政婦扱いしてたんだけど、追い出すらしい。』
瞬く間に広がり翌日にはほぼ全員が知る事となったこの噂は、俺が意図的に流したものだ。
態と、派手な女子達が近くにいる所で大介に話した。
スピーカー達は大いに仕事をしてくれた。
『え⁉︎幼馴染君はどうすんの⁉︎』
と驚愕する大介に、
『出て行かせる。当然だろ、アイツは家事やらせる為に連れて来ただけだから。いい部屋に住まわせてやったんだから、むしろ感謝して欲しいわ。』
と最低な返しをした事も含めて、全て広まった。
『いい奴』として有名な大介が、俺と微妙に距離を置くようになった事も余計に信憑性を増した。
勿論、それも俺の計画の内だ。
大介には悪いが、晴を守るために利用できるものは何でも使う。
『晴人から、お前の行方を知らないかって連絡があった。』
中野にそう報告された時も、冷静だった。
俺が普通に大学に通ってる事を聞いた晴は、どうするか。
きっとーー話しをしに来るだろう。
晴には、気付かれるないようにボディガードを付けている。
笹森さんが霊泉家を追い込む案件で忙しく、彼ほど優秀では無い為大学などの内部までは潜り込めない。
それでも、マンションから大学やバイトへの道に晴を守る目がある事は俺に安心感を齎していた。
そのボディガードから笹森さんに報告があったのは、晴が中野に俺の行方を訪ねた翌日。
急いで連絡して来た笹森さんの超えは、緊張を孕んでいた。
『晴ヒトさんが、そちらに向かったようです。』
あぁ…そうか。
晴の性格なら、いずれそうするだろうと分かっていた。
それすらも利用しようとしている自分は、本当に冷酷だ。
金輪際、霊泉家の目が晴に向く危険性が無いようにする為には、必要な事。
ただーー来ないで欲しいとも願っていた。
今から自分が取る態度が、言う言葉が。
どれだけ晴を傷付けるか、分かってるからーー。
「お前、もうここ来んな。」
寒空の下、ずっと待っていたであろう最愛にそんな言葉を吐く。
この時間帯を選んだのは、1番目撃者が多くなるからだった。
だけど、失敗したなと強く思う。
冷え切った晴の顔色の悪さに、拒絶する筈の言葉が出てこない。
何度も何度も、頭の中でシュミレーションしたのに。
痩せてしまった頬や濃い影を落とす隈に胸が痛んで、強く拳を握り締める。
「俺の大学とか来んのやめろ。」
華奢な体を抱きしめて、俺の体温を分け与えたい。
腕の中で好物のホットチョコレートを飲ませて、胸に包み込んでゆっくり眠らせてやりたい。
だけどーー。
「分かったらさっさと行けよ。」
ブルーグレーの瞳が真っ直ぐに俺を映すのは、きっとこれが最後だ。
嫌われてしまった方が晴の傷みは少ないと分かっていたのに、それ以上言えなかった。
晴の涙を見たら、駆け寄ってしまうと思ったから。
『話すまでもないって事?本当に酷くない?』
中途半端に突き放して背を向けたが、周りには想定通りに伝わったらしい。
きっと、晴にも。
騒めきの中を、前だけを見て歩いた。
歩いて、歩いてーー誰もいない講義室にたどり着くと、身体から力が抜けて蹲る。
晴、ごめん。
全部嘘だよ。
お前が来てくれるのが、いつも嬉しかった。
一緒に帰る道は、一人で通るのと全く違って煌めいていて。
晴がいるから俺の人生には色が付いてるんだって。
そう、思ってたーー。
ふいに呼吸が苦しくなって、床に倒れ込む。
酸素が上手く吸えず、ゼェゼェと喉から出る音だけが煩い。
このまま、苦しんで死ねたらいいのに。
一瞬過ぎった考えは酷く蠱惑的だった。
だけど、俺は立ち上がらなくちゃならない。
そもそも、ただの過呼吸で死ぬ訳がない。
自分の症状を判断して、意識して深く息を吸う。
しっかりしろ、晴を守るんだろうが。
それだけを、何度も繰り返して。
やがて回復した所で、携帯が鳴った。
相手は笹森さんだ。
『先程晴人さんがマンションに着いたようです。
大学を出てから2人の人間と接触していますが、いずれも体調を慮るもので危険性は無かったと報告が入っています。』
そうか…無事に家に帰れてよかった。
『蓮さん…』
何か言いた気な雰囲気を感じて、通話を終わらせる。
他人に慰めを求めるつもりなんかない。
子供の頃はずっと独りの世界にいたんだ、慣れてる。
だからーー俺は大丈夫だ。
●●●
解決編『6』辺りの蓮視点での話しです。
晴が傷付いてる裏では、蓮も苦しんでました。
啓太が残ってくれた事が救い。
次回はあの人の正体が分かったり、あの人が復活したりします!笑
翌日から、俺の立てた計画に沿って各々が動き出した。
まず、美優が『意識不明の重体』だと、事実より大袈裟な情報を漏らした。
汚れ仕事において、霊泉丈一郎やその側近が直接手をくだす事はまず無い。
つまり、実行犯はその下の人間。
思わぬ邪魔が入ってしくじったソイツはどうするか。
殺し損ねた挙句に顔を見られたなんて当主に報告しようもんなら…まぁ、お察しだ。
せめて後者だけは誤魔化そうと、中野の存在は隠蔽するだろう。
実行犯を除けば、中野の姿を見たのは4人の救急隊員とこの病院の看護師3人だけ。
親父が自ら病院前で出迎えたのは、美優が心配だっただけじゃない。
信用できる看護師のみを連れ、目撃者の保護と、認知した人物の顔を記憶する為だ。
その甲斐あって、この数人が霊泉家から接触されないようにマークするだけで良くなった。
警察にも中野の存在は明かさず、美優の目的地だった家主への簡単な事情聴取のみで捜査は終了。
『転落事故』として処理されたのはこっちの思惑通りだ。
これで、霊泉家を油断させる事ができる。
奴等としては、殺害は上手くいかなかったものの自分達の関与を裏付ける証拠は残していないと安心しているだろう。
美優が切藤総合病院にいる限り手出しはできないが、『意識不明の重体』であれば自分たちの犯行が明らかになる事はない。
万が一意識が戻ったとしても、話せるようになるのはまだまだ先だと考える筈だ。
唯一中野の存在を知る実行犯が単独で口封じに動く可能性も無くはないが、霊泉家の権力を使わずに『偶然通りかかったたった一人の人間』に辿り着く事はまず不可能。
正直に己の失態を告白するなら話は別になってくるが・・俺達全員の考えは前述の通りで一致した。
それを裏付けるように、笹森さんの部下が態と位置情報をオンにした中野のスマホを持って外をうろついてみたが、怪しい人物の接近は確認されず。
データベースへのアクセスも無く、実家周辺も大学も監視の様子は無し。
よって、中野の安全はほぼ確定したと言ってもいいだろう。
「念のためあと1週間だけここにいてくれ。」
その後の自由を約束する俺の言葉に、中野は首を横に振った。
「ここまできたら、俺も最後まで協力する。
昨日切藤と話してから考えたんだ、自分はどうするべきなのかって。
俺は晴人だけじゃなくて、お前の助けにもなりたい。」
「・・いらねえよ。お前は晴のいる方に戻れ。」
これ以上こっち側に関わっていい事なんて無い。
「言っただろ、晴人を守るなら俺の協力は絶対だって。
奴等に身バレしてなくて情報知ってる俺だからできる事がある。違うか?」
それは疑問形にしながらも、確信を得た言い方だった。
「お前だって晴に嘘付く事になるんだぞ。」
それも、状況によってはこの先ずっと。
「それは本当に心苦しいけど・・こんな状態のお前を放っとく方が晴人は嫌だと思うから。
いつか全部終わったら、晴人に誠心誠意謝ろうぜ。」
本人は真剣そのものらしいが、楽観的すぎる。
これから俺が、どれだけ晴を傷つけると思ってんだ。
その罪は例え全てが終わって謝罪した所で赦されるものじゃない。
むしろ、赦さなくていい。
それを覚悟して、俺はーー。
「ーー俺の親友を、甘く見るなよ?」
ハッとして上げた視線の先には、真っすぐにこっちを見る瞳。
何かを言わんとするその奥には、『親友』への紛れもない信頼が宿っている。
「・・とにかく、俺はもう決めたから。今日の朝、拓也さんには話してあるし。」
いつの間にか父親を名前で呼んでいる事に唖然とする俺に向かって、中野は口角を上げた。
「『危険な事は絶対にさせない。蓮にいい友人ができて嬉しいよ。』ってさ。
俺達、親公認の友達だな!」
「・・お前と友達になった記憶ねえけど?」
その調子があまりにもいつも通りで反射的に返すと、中野は声を上げて笑った。
こうして仲間が増えた俺達だが、計画は当初と変わらず進行させていく。
「なるほどね、『美優ちゃんの転落事故は霊泉家と関係があるかもしれない!って焦る切藤家を見せよう作戦』って事ね!」
こっちに合流した陽子の台詞に脱力しそうになる。
美優の件に怒り心頭だった苛烈な母親を宥めて計画を説明するのは骨が折れた。
ただ、晴の事について深く触れてこなかったのは幸いだ。
もしかしたら、それについては事前に親父と話しをしていたのかもしれない。
「一緒に私たちのprincessを守ってくれてありがとう」と中野に抱擁していたから、その可能性は大だ。
因みに、熱烈なハグに慌てた中野はそれ以来部屋の隅で小さくなっている。
計画名はともかくとして、内容は陽子の言う通りで間違いない。
もし、美優の件が本当に事故だった世界線があったとして、俺達はどうするか。
間違いなく霊泉家の関与を疑って警戒するだろう。
と言う事は、その通りの動きをしないと逆に勘繰られる。
ただ、見せるのはあくまでも『警戒』レベルでの行動だ。
俺達が何も知らないと見せかけておいて、水面下では奴等を潰す為に動く。
『見せる』行動と『見せない』行動を上手く使い分ける事が重要だ。
その準備の為に、笹森さんに極秘でアメリカへ飛んでもらっている。
陽子の手で変装したその姿は、常時の堅さとかけ離れた胡散臭さだった。
患者に紛れてここを出て行ったが、あのクオリティなら霊泉家の監視も欺けるだろう。
渡米の目的は勿論、遥に会う為だ。
現状の説明と、俺が陽子に依頼した『脚本』を託している。
それと、今後の為に有用なある物を持ち帰るのも重要な任務だ。
帰国までの数日間に霊泉家が晴の存在を嗅ぎつけないように、トラップも仕掛けている。
為政者と言うのは、いざと言う時の為に対立相手の弱みの一つや二つ握っているものらしい。
親父の伝手で、霊泉家と近しい議員の脱税疑惑を議会にかけた。
直接糾弾された訳ではなくとも、後ろ暗い奴等は下手に動けなくなる筈だ。
数日の足止めにはなるだろう。
3日後、遥から了承の旨と数台の携帯電話を持って笹森さんが帰って来た。
昔の折り畳み携帯のようなフォルムだが高性能で、盗聴の電波をカットする事ができる。
難点は通話のみしかできない事と、同じ携帯同士でしか遣り取りできない事だが、アメリカ政府高官も利用する代物だ。
「連絡先の登録は3件までしかできません。」
そう説明されて、それぞれが誰の連絡先を登録するか話し合った。
俺のには親父と笹森さん、それから中野。
中野は数少ない携帯を自分が持つ事に抵抗していたが、晴と接触できるのはお前だけだと押し切った。
因みに中野の方には、俺と笹森さんと陽子の連絡先が入っている。
「よし、では確認だ。霊泉家に聞かれたくない内容はこちらの携帯で、逆に聞かせたい内容は自分のスマホで。蓮、そう言う事だな?」
親父に言われて俺は頷いた。
霊泉家は自分達の犯行が俺達にバレてないと思っている。
それを利用して、奴等を誘導する。
「今日1人で外歩いて、監視がついてんのは確認した。スマホももうやられてんだろ。」
通話もメッセージも向こうに筒抜けになってる筈だ。
「作戦開始だな。」
俺の言葉に全員が力強く頷いた。
その日の夜、俺はスマホで遥に電話を掛けた。
奴等に聞かせる為に。
『もしもし、蓮?』
『遥、何してた?』
『もう寝る所だったの!声が聞けて嬉しい♡』
甘ったるい語尾にゾワッと鳥肌が立つが、堪えて続ける。
陽子に依頼した脚本はこの『恋人のやりとり』だ。
笹森さんの話しでは、アメリカでそれを受け取った遥も鳥肌を立てていたらしい。
『寝る前にごめんな。実は、美優が階段から落ちてさ。警察が言うには事故らしいんだけど、念の為霊泉家を警戒してる所なんだよ。』
『それって、つまり…私達の同棲の話しがなくなるって事?そんなの嫌っ!やっといつも一緒にいられるようになるのに…!』
スピーカーにしたスマホから聞こえる遥の涙声に、横にいる中野が無言で関心している。
そう、マジでこの女こう言う演技得意なんだよな。
『最後まで聞いて、遥。だから、念の為俺が空港まで迎えに行くって言おうとした。』
『ほんと?一緒に暮らせるの?』
『当たり前だろ。俺ももう限界だから。でも、本当に気を付けてくれ。遥以上に大切なものなんて俺にはないんだから。』
『蓮…。私も、蓮がいれば何もいらない。』
『遥…。帰国したら婚約しよう。』
『えっ?』
『ダメか?』
『ううん…嬉しい!』
霊泉家が気にしそうなワードを盛り込んで、その後も脚本通り話し込んでから電話を切った。
「き、切藤…!迫真の演技だったぜ!」
流石女優の息子!なんて親指を立てる中野の頭を思いっきり叩いて、溜息を吐く。
きっと今頃、遥も精神的ダメージを負ってるに違いない。
だけど、これで奴等の関心はますます遥へ向く。
帰国、同棲、婚約の三拍子が揃ってれば当然だ。
『遥より大切なものはない』らしい俺を脅す為には、本人を捕らえるべきだと結論付けるだろう。
しかも、手が出しづらい異国から自分達のフィールドにやって来るとなれば利用しない手は無い。
敢えて電話で帰国の日は明かさなかったが、既に遥の名前で飛行機を予約してある。
当然フェイクで、実際に遥が乗る事はないが。
3月末の便は、霊泉家新しいが当主の披露目会を予定している5日前。
奴等にとってはギリギリ間に合う日にちであり、俺達にとってもXデーとなる日だ。
『霊泉家がそっちに気を取られてる間に、全勢力を上げて奴等を追い込む。』
そう約束した父親が指定したのがこの日。
どこまで行けるかは微妙な所だが、この機を逃すと次のチャンスは来ないかもしれない。
それまでに、俺も出来る限りの協力をしなくては。
そしてーー。
1番の目的である、晴の存在を完全に隠す為の仕上げをしなければならない。
翌日、周りに注意を払うふりをしつつ大学へ向かった。
遠くから監視するような視線は、構内へ入るとフツリと消える。
俺に気付かれるのを警戒して、内部には別の監視役がいるのかもしれない。
その場合厄介なのは、この大学の人間が何かしらの見返りで雇われている可能性が高い事だ。
褒美に目が眩んだ馬鹿な学生は、霊泉家にとって最高の捨て駒だろう。
自分達の身元を明かす事なくスパイを手に入れる事ができるんだから。
ただし、大きな弱点もある。
それは、偽物の情報に惑わされる確率も高いと言う点。
雇う側もそれは重々承知だろうが…その前に布石があったとしたら話は変わってくる。
昨日の電話で俺と遥の関係を改めて見せつけのは、この為でもある。
『聞いた?蓮様ってアメリカに彼女がいるらしいよ!しかも近々帰国して、同棲するんだって!』
『男の幼馴染とルームシェアしてるって知ってたか?蓮のやつ、ソイツの事家政婦扱いしてたんだけど、追い出すらしい。』
瞬く間に広がり翌日にはほぼ全員が知る事となったこの噂は、俺が意図的に流したものだ。
態と、派手な女子達が近くにいる所で大介に話した。
スピーカー達は大いに仕事をしてくれた。
『え⁉︎幼馴染君はどうすんの⁉︎』
と驚愕する大介に、
『出て行かせる。当然だろ、アイツは家事やらせる為に連れて来ただけだから。いい部屋に住まわせてやったんだから、むしろ感謝して欲しいわ。』
と最低な返しをした事も含めて、全て広まった。
『いい奴』として有名な大介が、俺と微妙に距離を置くようになった事も余計に信憑性を増した。
勿論、それも俺の計画の内だ。
大介には悪いが、晴を守るために利用できるものは何でも使う。
『晴人から、お前の行方を知らないかって連絡があった。』
中野にそう報告された時も、冷静だった。
俺が普通に大学に通ってる事を聞いた晴は、どうするか。
きっとーー話しをしに来るだろう。
晴には、気付かれるないようにボディガードを付けている。
笹森さんが霊泉家を追い込む案件で忙しく、彼ほど優秀では無い為大学などの内部までは潜り込めない。
それでも、マンションから大学やバイトへの道に晴を守る目がある事は俺に安心感を齎していた。
そのボディガードから笹森さんに報告があったのは、晴が中野に俺の行方を訪ねた翌日。
急いで連絡して来た笹森さんの超えは、緊張を孕んでいた。
『晴ヒトさんが、そちらに向かったようです。』
あぁ…そうか。
晴の性格なら、いずれそうするだろうと分かっていた。
それすらも利用しようとしている自分は、本当に冷酷だ。
金輪際、霊泉家の目が晴に向く危険性が無いようにする為には、必要な事。
ただーー来ないで欲しいとも願っていた。
今から自分が取る態度が、言う言葉が。
どれだけ晴を傷付けるか、分かってるからーー。
「お前、もうここ来んな。」
寒空の下、ずっと待っていたであろう最愛にそんな言葉を吐く。
この時間帯を選んだのは、1番目撃者が多くなるからだった。
だけど、失敗したなと強く思う。
冷え切った晴の顔色の悪さに、拒絶する筈の言葉が出てこない。
何度も何度も、頭の中でシュミレーションしたのに。
痩せてしまった頬や濃い影を落とす隈に胸が痛んで、強く拳を握り締める。
「俺の大学とか来んのやめろ。」
華奢な体を抱きしめて、俺の体温を分け与えたい。
腕の中で好物のホットチョコレートを飲ませて、胸に包み込んでゆっくり眠らせてやりたい。
だけどーー。
「分かったらさっさと行けよ。」
ブルーグレーの瞳が真っ直ぐに俺を映すのは、きっとこれが最後だ。
嫌われてしまった方が晴の傷みは少ないと分かっていたのに、それ以上言えなかった。
晴の涙を見たら、駆け寄ってしまうと思ったから。
『話すまでもないって事?本当に酷くない?』
中途半端に突き放して背を向けたが、周りには想定通りに伝わったらしい。
きっと、晴にも。
騒めきの中を、前だけを見て歩いた。
歩いて、歩いてーー誰もいない講義室にたどり着くと、身体から力が抜けて蹲る。
晴、ごめん。
全部嘘だよ。
お前が来てくれるのが、いつも嬉しかった。
一緒に帰る道は、一人で通るのと全く違って煌めいていて。
晴がいるから俺の人生には色が付いてるんだって。
そう、思ってたーー。
ふいに呼吸が苦しくなって、床に倒れ込む。
酸素が上手く吸えず、ゼェゼェと喉から出る音だけが煩い。
このまま、苦しんで死ねたらいいのに。
一瞬過ぎった考えは酷く蠱惑的だった。
だけど、俺は立ち上がらなくちゃならない。
そもそも、ただの過呼吸で死ぬ訳がない。
自分の症状を判断して、意識して深く息を吸う。
しっかりしろ、晴を守るんだろうが。
それだけを、何度も繰り返して。
やがて回復した所で、携帯が鳴った。
相手は笹森さんだ。
『先程晴人さんがマンションに着いたようです。
大学を出てから2人の人間と接触していますが、いずれも体調を慮るもので危険性は無かったと報告が入っています。』
そうか…無事に家に帰れてよかった。
『蓮さん…』
何か言いた気な雰囲気を感じて、通話を終わらせる。
他人に慰めを求めるつもりなんかない。
子供の頃はずっと独りの世界にいたんだ、慣れてる。
だからーー俺は大丈夫だ。
●●●
解決編『6』辺りの蓮視点での話しです。
晴が傷付いてる裏では、蓮も苦しんでました。
啓太が残ってくれた事が救い。
次回はあの人の正体が分かったり、あの人が復活したりします!笑
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