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解決編

33.

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(side 切藤蓮)


「蓮、いい加減に休め。」

晴を追い返した日から2週間、俺は霊泉家を潰す情報を得る為にかなり危険な橋を渡っていた。

監視の目を掻い潜って潜入した先で丈一郎とニアミスし、逃れるためにビルから飛び降りて怪我を負ったのは記憶に新しい。

扉一枚隔てた先に憎い敵がいる中、理性を曽動員させて戻って来た事は評価に値すると思う。

そこまでさせるつもりは無かった親父には激烈に怒られたが、危険な任務は俺にとってありがたかった。

動いていないと、気が狂いそうだったから。

禄に休まない俺を見兼ねた親父に、冒頭の台詞と共に実家に強制送還されたのがついさっき。

盗聴や盗撮の調査を終えた実家には、警備員と陽子の姿があった。

安全の為、入っていいのはリビングや自室がある本館側のみで、シアタールームがある別館には立ち入れないらしい。

「とにかく横になりなさい」と自室に押し込まれたが、休む気は起きない。

アドレナリンが異常に出ている状態だと自覚はしていたが、どうする事もできなかった。

少しでも気を抜くと脳裏に蘇るのは、涙を堪えた晴の顔。

胸を掻き毟り続ける記憶から意識を逸らそうとした視界に飛び込んで来たのは、デスク脇のテンポドロップだった。

クリスマスに晴から貰ったそれには小さな結晶が1つ、儚げにぽつんと漂っている。

思わずガラスの上に指を滑らせて、ハっと息を呑んだ。

自分の指の熱だけで儚く消えてしまったそれに、やるせなさが募る。

背けた視線の先にはフランスで取った写真と、ブルーグレーのストーンがついたネックレス。

子供の頃秘密基地にしていたロフト、キャッチボールで割って叱られた出窓。

そして、初めて最後まで身体を繋げたベッド。

・・・だめだ。

この部屋には、晴の痕跡が多すぎる。

そのどれもがかけがえのない大切な思い出だったのに・・今はただ、苦しい。

所在無く開けたデスクの引き出しに、いつか手に入れた電子タバコがあった。

晴と離れて荒れた時期に吸っていたこれは、目にする事すら久しぶりだ。

問題なく起動できたそれを口に含もうとして、躊躇って出窓から外へ出る。

煙で掻き消してしまうのが嫌だった。

僅かに残る気配にすら縋り付く自分が酷く滑稽だと自覚していてもーー。



結局一睡もしないまま、収穫物タバコだけを手に俺は実家を後にした。

現在、霊泉家を潰す計画の成果は芳しいとは言えない。

こっち側の陣営が総力を上げているが、勝負に出た所で良くて痛み分け。

失敗すれば、報復で多くの味方を失う事になる。

さらに厄介なのが、奴等の後ろ盾である「誰も手を出せない存在」だ。

親父に詰め寄ったらとうとう認めたが、絶対に関わるなと言われた。

尤も、そこまで上だと手を出す術すら思い付かないが・・。

そんな風に暗礁に乗り上げそうだった事態が変化したのは、作戦本部になっている病院のVIPフロアに戻った時だった。

「早すぎる、ちゃんと休んだのか?」と眉を顰めた親父は、それでも新情報を明かしてくれた。

「これを見てくれ。」

PCに映し出されたのは・・ゲーム実況動画?

「は?なんだよコレ」

意味不明な展開に苛立つ俺に構わず、親父は動画から目を離さない。

仕方なくそれに倣って視線を戻して、徐々に違和感を覚えた。

『生まれて初めてTVゲームしてみた』と言うタイトルで、首から下だけが映った配信者が喋っている。

その声が・・・。

「まんま翔の声じゃね?いや・・俺か?」

俺達兄弟は見た目もだが、声もかなり似ている。

骨格が近ければ声も比例するのは当然だが・・あかの他人がここまで似るもんか?

血縁者なら分かるが・・まさか・・。

しかも『親が厳しくて勉強しかしてこなくて』だの『この度T大を中退したので配信者になりました』だの言っている。

「実は、当主候補だった『彼』の中退理由が『動画配信者になりたい』だった事が判明して・・調べてみたらこの動画を見付けたんだ。」

「ふざけんなよ!こんなもんの為に俺達は振り回される事になったのか?」

コイツさえ大人しく当主に収まってれば、全て上手くいったのに。

「・・霊泉家はこの動画を黙認してんのか?」

「おそらく動画の彼は今、監視下にある。当然丈一郎にも報告はいってる筈だが・・どの動画も内容がゲーム実況のみだからな。奴等も焦ってるし、構ってる暇は無いと捨て置かれている可能性はある。」

憤りを抑えて良く観察すると、登録して1か月で登録者は1000人。

「まぁまぁいいペースで人気出てんじゃねぇよ・・。」

コメント欄には『初めてとか釣りだと思ったけどこれはガチwオモロww』『超イケボ!絶対イケメン!』なんて肯定的なものが多い。

「ん・・?親父、もう1回概要欄見せて。」

何かが引っかかって、真剣に読み込む。

「分かった。これ、縦読みだわ。」

文章の頭を繋げると『おじれんらくもとむ』

「叔父連絡求む・・つまり、私に宛てたメッセージと言う事か。」

目を見瞠った親父と、いつの間にか現れていた笹森さんに頷いて続ける。

「罠かもだけど・・霊泉家にバレないようにしてる辺り、一概にそうともいえねぇな。」

動画配信サイトに、SNSで流行りの縦読み。

どっちも霊泉家には理解の及ばない『取るに足らないもの』だ。

「どうする?捨てアカ作ってこっちからも何か送ってみるか?」

協議の結果、その方向でいく事に決まった。

『フジ』のアカウント名で、1つ目の動画にコメントを送る。

縦読みで『もくてきは』となるようにして送信すると、驚いた事に数分後には返信が来ていた。

カモフラージュなのか、他のコメントにもランダムに返している。

「蓮、何て言ってきたんだ。」

親父に急かされてクリックすると、そこには縦読みで『とりひき』の文字。

それを受けて2つ目の動画に『ないようは』と送ると、こっちにも直ぐに反応があった。

『しょうこ』
『なんの』
『あいたい』

と言うやり取りが続いて、それぞれが思案して部屋が沈黙に包まれる。

直接会って話したいと言うのは、俺達をおびき寄せる罠かもしれない。

だが同時に、チャンスでもある。

もしコイツが本当に霊泉家の数ある罪の証拠を知っているとしたら、俺達は俄然有利になる。

「俺が会う。」「私が行こう。」「私の仕事です。」

全員導き出した結論は同じだったが、誰が行くかは三者三様。

「蓮、お前はこれ以上監視の目を撒くと怪しまれる。」

「監視ついてんのは親父も笹森さんもだろ。」

「お二人は変装に向きませんから、没個性の私が適任です。」

そんな言い合いは、ピピッと言う電子音に遮られた。

部屋のロックを解除するそれに、思わず身構える。

ゆっくりと開いた扉の前に立っていたのはーー。

「翔…。」

久しぶりに目にした兄はやつれていたが、しっかりした足取りで俺達の前まで来る。

「親父、心配かけてごめん。」

頭を下げたその肩を、安堵したように親父が叩く。

そして次に、兄は俺を振り返った。

「蓮、大丈夫か?」

「いや、お前がな。」

美優の事で憔悴しきっていた翔は、これまで作戦に参加していなかった。

それが今、ここに来たって事は…。

「もう大丈夫…では無いけど、俺が落ち込んでても美優の意識が戻る訳じゃない。俺は俺の出来ることをしないと。」

美優は以前意識が戻らないが、寝ているような状態で命に別状は無い。

ただ、24時間体制の看護の甲斐あってか腹の子は随分安定してきたらしい。

一刻も早く目覚めるに越した事はないが、取り敢えずの危機は脱したようだ。

それに伴って、翔の精神状態も持ち直したんだろう。

親父と現状確認をしているのを見ながらそんな事を考えていると、翔が言った。

「俺が行く。引き篭ってた俺にはまだ監視がついてないから、適任だろ。」

確かに翔はあれ以来ここを出ていない。

因みに、勤務先の病院には入院した事にしているらしい。

「当日は親父、蓮、笹森さんにそれぞれ別の場所に行ってもらう。そうすれば『出て来ない』俺の為にここに監視を残す意味は無いだろ?」

そうすれば、翔は自由に動ける。

「ですが、お二人と同じように翔さんも目立ちます。万が一奴等の目に入ればすぐに分かってしまう。」

俺も親父もだが、180センチを超える身長は日本では歩いてるだけで目立つ。

変装しようにも、身長は変えられない。

「うん、だから逆に死ぬ程目立ってやろうかと思って。」

「どう言う事だ?」

「俺は『美優がいなくなれば喜んで他の女に鞍替えする野郎』だと思われてるんだろ?なら、そんな軽薄な奴を演じてやるよ。」

そう言って、翔はニヤリと笑った。



「蓮、お前痩せすぎだろ。ちゃんと食え。」

打ち合わせが終わると直ぐに消えた翔は、大量の菓子パンを持って再び現れた。

「筋肉は落としてねぇよ。てか、何で菓子パン?」

「手っ取り早くカロリー摂取できるからな!ほれ。」

無理矢理口に突っ込まれたクリームパンを、仕方なく咀嚼する。

「…お前が一番辛い時に使い物にならない兄貴でごめんな、蓮。これからは一緒に戦うから。」

記憶を蘇らせないように反射的に俯いた俺の頭に、その手が触れる。

「…触んなバカ。」

いつも通り返すが、撫でてくる手を振り払う事はせず、食べ切るまでの間だけ好きにさせてやった。

張りつめた心が少しだけ和らいだのは多分、久しぶりに口にした甘味のせいだ。






翔が発案した作戦の決行日、俺と親父と笹森さんは監視が付いて来ているのを確認しつつ別々に出掛けた。

その間に翔は変装する事なく、単独で待ち合わせ場所へ向かう。

そこにいたのは霊泉家の人間ーーではなく、翔の元モデル仲間達。

かつて雑誌を席巻したイケメン達の大集合に、渋谷のは大パニックになった。

「俺?フリーだよ。何なら今日来てる奴等全員。」

その中の1人が発した言葉は、瞬く間に拡散されて。

押し寄せる人の波は、クラブの前の道すらも埋め尽くした。

そんな中、セキュリティスタッフに扮した翔が人を連れて裏口から出て行った事に気付く人間は皆無で。

「アンタが、動画の主?」

事前にコメント欄を使ってクラブのトイレに隠れるように指定していた相手は、頷く。

「そうです。監視は眠らせたので僕が外出した事に気付いてないと思いますが、これだけの騒ぎならどちらにしても見失ってたでしょうね。」

木の葉は森に、人間は人混みに隠せ、ですね。

そう言って、ダウンジャケットのフードを取った人物はーー。




「成る程…。蓮に…いや…私にか。良く似ているね。」

「お初にお目にかかります、叔父上。」

翔が車連れ帰って来た人物は、柔和な笑みを浮かべて親父に挨拶する。


翔から到着の知らせを受けた俺達は、時間差をつけてバラバラに実家へと向かった。

笹森さんもしょっちゅう来てるから、俺達に付いている監視にも不自然には取られない。

リビングでは、珍しくむっすりとした翔と、何処となく似た顔の男が待ち構えていた。

因みに、スマホは没収して、発信機や盗聴器所持の身体検査もクリア済だ。


挨拶を終えた男は、特に緊張した様子もなくソファに座っている。

「君が、私の甥で2人の従兄弟である霊泉与一郎君だね?」

「ええ、そうです。動画を見つけて下さってありがとうございます。」

初めて聞いたが、名前は与一郎らしい。

見た目が1番近いのは親父、声は翔。

やや線が細いが長身で、物腰は柔らかい。

「動画配信者になりたいのは、本当なのかい?」

「そうですねぇ、別になんだっていいんです。
あの家から出られれば。ただお祖父様に『捨て置かれる』にはそれが1番いいかなと思いまして。上手くいけば叔父上と連絡が取れるかもと思いまし
たし。」

大成功でしたねぇ、と微笑む様子に嘘は無さそうだが…。

「こっちはテメェのせいで迷惑してんだよ。目的をとっとと話せ。」

睨む俺に、与一郎は眉を下げた。

「わぁ、怖いね。僕の方が歳上なんだけどなぁ…。」

「おい、真面目に話せよ?こっちにはお前のせいで巻き込まれた人間がいるんだからな?」

翔の低い声に部屋の空気がピリッとするのを感じる。

…ただ1人を除いて。

「あぁ、そうでしたねぇ。翔の奥様には大変申し訳ない事をしました。あ、ご結婚おめでとうございます。お子様も産まれるそうで。」

「ざけんなッ!!」

掴み掛かろうとする翔を咄嗟に押さえる。

「落ち着け、翔!コイツのペースに引っ張られんな!」

笹森さんも加勢してくれて、何とか翔の動きを封じる事ができた。

肩で息をする翔を見て、与一郎は目を丸くする。

「おかしいですね、お祝いを言ったのがいけなかったのかなぁ。」

…ダメだ、埒が明かねぇ。

再び翔が暴れ出す前に、話しを進めなければ。

「お前が言う『取引』の内容は何だ。『証拠』ってのは霊泉家の罪に関する事か?」

「えぇ、良く聞いてくれました!お祖父様と父上の脱税、収賄、恫喝の証拠ならこちらに。」

嬉し気に首から下げたネックレスを引っ張り出すと、先についた飾りを外す。

するとカチッと言う音がして、小型USBが現れた。

それが本当なら俺達が喉から手が出る程欲しかった物だ。

チラリと親父を見ると、目で頷かれる。

「それが本物だとして、引き替えにお前が望むのは何だ。」

「僕を霊泉家から匿って欲しい。できれば国外で。」

予想外の答えに、どこまで信じていいのか分からなくなる。

『証拠』が偽物であれば、これは罠だ。

だけど身一つで敵地に来ている事を考えると…。

「お前さ、無理矢理それ奪われるってのは考えなかったのか?」

「切藤家の皆様は、話せば分かる方々だと思って。」

USBを指差す俺に、与一郎はあっけらかんと答える。

思わず毒気を抜かれそうになったが、「それに」と続く言葉に部屋の空気が一気に緊張感を増した。

「それに、僕には切り札があるので。」

その目は真っ直ぐに俺を見て、笑った。



「君の大切な『晴』を、僕は知ってるよ?」




考えるより先に、体が動いていた。

「蓮ッ!!」

翔の腕が空を切り、親父の大声が遠く聞こえる。


に手を出すつもりなら、今ここで殺す。」

首の急所を圧迫され壁に押さえつけられた細い体が、ダラリと力を無くした。



●●●
翔は『嫁が重体なのに夜遊びする男』の設定で、クラブに入ったら直ぐに変装。
セキュリティスタッフはガタイのいい外国人が多いので高身長でも違和感なし。
































や、殺っちまったのか???

蓮はこの期間プロテインで命を繋いでました。
「筋肉は落としてない」はそこからの発言。
寝れないし食べれないのに、神経だけは研ぎ澄まされた覚醒状態。
翔が復活してくれて良かった。



















































































































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