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解決編
26.
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解決編『4』を先にお読みいただくと、すれ違いぶりが分かりやすいかもです。
●●●
(side 切藤蓮)
『クリスマス休みになった!』とLAINが来たのは、当日の2週間前。
ファミレスは忙しいだろうと半ば諦めつつ、24日も25日も空けてた甲斐があった。
『よっしゃ、家で過ごすよな?』
『うん!家でパーティーしよう!』
楽しみな予定の遣り取りは久しぶりだ。
俺達は、決して険悪な訳じゃないが気まずさが消えない…そんな距離を保ったまま。
LAINのトークがほぼ家事の進捗しかない事がそれを物語っている。
俺に謝った日の事を、寝惚けた晴は覚えてないらしい。
それはつまり、俺の謝罪の言葉も届いてない訳で。
「いい加減、伝えねぇとな…。」
バイトについて言った内容は後悔してないが、言い方が悪かったと思う。
俺なら『自分が手伝った所で根本は解決しない』で済ませてしまうが、晴は違う。
俺からしてみたら搾取されているように見えても、晴は他人に手を差し伸べる事をそんな風に穿って捉えない。
その優しさや純粋さが晴のいい所だなんて、分かりきってたのに…。
一緒にいられなくなる時間を何とも思ってないような言動に、つい責めるような言い方になってしまった。
『晴には晴の人生があるんだから』
繰り返し遥に言われた言葉が、俺を戒める。
同じだけの『好き』を返して貰おうだなんて贅沢だ。
それを求めた結果こんな風に気まずくなるなら、俺が我慢しなければ。
決して埋まらないその差に苦しむ日々が続こうとも。
傍にいられるなら、それでいい。
クリスマス当日、晴は昼前になっても起きて来なかった。
疲れてるのは分かってるから、出来る限り寝かせてやりたい。
あと1、2時間…いや、起きてくるまで待つか。
某ホテルが得意先にだけ提供するオードブルの配達を受け取って、冷蔵庫へ入れながらそんな風に考える。
と、戻ったリビングにはパジャマ姿の晴が立っていた。
何故か驚いた顔をしてるが、それはこっちだ。
「お前な、髪乾かさずに寝んなって言ってんだろ。」
昨日の夜、濡れた髪のままソファで眠るのを見つけた時は肝を冷やした。
急いでドライヤーしてベッドに放り込んだが、家中を適温に保つ機能があろうとも風邪は引く。
そう続けようとした所で、晴が床にへたり込んだ。
「おい、どうした?」
慌てて抱き上げると、ギュッとしがみつきながら晴が涙声を出す。
「ごめん、蓮。ごめん…。バイト…蓮の言った通りだった…。」
懸命に謝る晴を抱いたままソファに座ると、どうやら俺が痺れを切らして出掛けたと思ったらしい。
「恥ずか死ぬ…。」
宅配の受け取りの件を説明すると、グリグリと俺の肩に頭を押し付けてきた。
この甘える仕草は、何度されても俺の心臓を鷲掴んでくる。
「バイトの事はキツイ言い方した俺も悪かった。」
柔らかい声が出て、晴はそれに安心したように顔を上げた。
色々行動して、期間は3月までとの約束も取り付けたらしい。
「自分から言い出した事だから最後までちゃんとやり切るよ。」
まぁまぁの長さに眉間に皺を寄せた俺に、晴は笑顔でそう言った。
偉すぎる…天使かよ。
はぁ、こんな顔されたら何も言えねぇよな。
「無理だけはすんなよ。」
もうバイトの件は応援する方向に切り替えよう。
家事は全部やるし、晴の課題も手伝うし、毎日迎えにも行こう。
ってか、最初からこうできてれば…阿保か俺は…。
「分かってる。それに冬休みもあるし!」
あ、やべ…。
脳内で大反省していた俺は、また『蓮がいなくても大丈夫』なんて言われるのが嫌で伝えるのを先延ばしにしていた事を思い出す。
気まずく思いながらもイタリア行く旨を伝えてると、晴が目を見開いた。
「悪い、晴はずっとバイトだと思ってたから、
陽子に仕事の手伝い頼まれて引き受けたんだよ。」
半ば(美香さんに)強引に承諾させられたとは言え、俺が不在にする事実は変わらない。
俯く晴は、何を思ってるんだろう。
傍目には、俺がいない事に打ちのめされてるように見える。
…いや、何を期待してんだ。
同じ重さを晴に求めないって決めただろうが。
学習しないを自分に自嘲する。
相手が俺じゃなくても…とは言わないが、突然1人にされると聞いたら不安にもなるよな。
晴は、寂しがりだから。
「やっぱ陽子に日程調整してもらうわ。なるべく晴が1人にならないように組み直す。」
ギリギリに出発して、巻きで帰国して。
その他の日は…実家に帰るように促そう。
来る分には歓迎するって、美香さんも言ってたし。
癪ではあるが、中野を家に呼ぶ事も検討しよう。
瞬時にやるべき事を考えてスマホに伸ばした腕を止めたのは晴だった。
「行って来なよ。変更なんてしたら蓮母にも会社の人にも迷惑かかっちゃうだろ?
俺は1人でも大丈夫だからさ!」
留守番くらいできるし、と口を尖らせる晴を複雑な思いで見つめる。
『1人でも大丈夫』か。
…そうだよな。
目の奥が翳るような感覚に頭を振って、土産を強請る晴の頭を撫でた。
「分かった、めちゃめちゃ買って来るから楽しみにしとけよ。」
そう言って軽くキスすると、晴の関心はもう別の事に移っていて。
騒めきそうになる胸を押さえて、晴の為に用意したオードブルを開ける。
向かい合ってとる食事は久しぶりだ。
肉が柔らかいだの、ソースがお洒落だの感動しながら食べる晴を見てると、自然と笑みが溢れる。
俺にとっては晴が作る料理がダントツだが、一緒に食べる料理も美味い。
「マジで美味しかった!蓮、ありがとう!」
満足そうな晴は、同時に料金の事が気になったらしい。
いいんだよ、俺が好きでやってるんだから。
お前が喜ぶなら、こんなの安いもんだ。
そう気持ちを込めて、晴の唇を奪う。
くれるなら金じゃなくて、お前自身が欲しい。
「礼はデザートで貰うから。」
言葉の意味を理解して真っ赤になった晴を横抱きにしてベッドに運ぶ。
ひたすら喘がせて、身体中に所有印を散らして。
快楽に支配されて縋って来る晴を見ると、酷く安心する。
この瞬間は、晴は俺の事しか考えられない。
家族、友人、大学、バイト…俺から意識を逸らすそれらを完全に忘れてさせる事ができる。
強く求められて、俺が与えるものだけを享受する姿に愉悦すら感じるのは異常なんだろうか。
何度も貪られて力尽きた晴が、ゆっくりと夢に落ちていく。
付き合って、同棲を始めて。
晴と一緒にいるためには、晴の大切な物を俺も大切にしなければならないと知った。
俺だけに依存させるような生き方を、晴は望まない。
だから、時折顔を出す仄暗い独占欲を何とか抑えつけて。
それでも、分からなくなる。
「俺は…お前を大切にできてるか…?」
クタリとした寝顔から答えはない。
白い頬に触れて、胸の中に掻き抱く。
失う事を恐れてるのは、俺ばかりだ。
数日後、イタリアの地に降り立った俺は陽子にガチギレしていた。
ランウェイでのウォーキングとか聞いてねぇんだよ!
自らモデルをしていた翔と違って、俺は目立つ事が苦手…と言うよりとにかく面倒くさい。
それを分かってる筈の母親は『モデルのバイトとは言ったけど、撮影とは言ってないわよ?』と白々しくも言いやがった。
…クソッ、嵌められた。
そんな心境でウォーキングレッスンとやらに身が入る訳もなく。
「…分かったわ、私が悪かった!ちゃんとやってくれたらお礼するから、ね?」
全く動こうとしない俺にとうとう折れた陽子が謝罪してくる。
お礼っても、別に欲しい物もねぇしな…。
あ、でも。
「じゃあホテルの予約。春休みに。」
とあるリゾートホテルを持ち出すと、流石の陽子も迷いを見せる。
世界で数十人しかいな会員の紹介がなければ、幾ら金を積もうがどうにもならないからだ。
独立したコテージにプライベートビーチがついたそのホテルは『世界に自分達しかいないみたい』な気分を味わえると、名だたるVIP達に人気で。
そこでなら、周りの目を気にせず海で晴とイチャつける。
バイトは3月いっぱいで落ち着くらしいから、その後の春休みは存分に2人きりで過ごしたい。
3月28日が誕生日の晴へのいいプレゼントにもなるし。
「金は自分で出すからアポだけでいい。」
「うーん…、分かったわ。ミウッチャに聞いてみる。」
当てがあるらしく電話をしに行った母親は、暫くすると手で丸を描いた。
「一部屋だけ空いてたみたいよ!苦労したんだからその分しっかり働いてよね。」
「よし。」
急にやる気になった俺を見てウォーキングのトレーナーが目を白黒させてるが、対価を貰った分は返さねぇとな。
筋肉の動きを見れば模倣なんて簡単だ。
『形は完璧よ、レン!でもパッションが足りないわ!奥底に眠る貴方の魂を見せるのよ!』
『んなモン持ち合わせてねぇよ!』
イタリア産ゴリマッチョおネエトレーナーと言い争いながら、夜は更けていった。
本番でウォーキングを問題なくこなして、会場の外で日本の雑誌に私服のスナップを撮られ、他のブランドのデザイナーから声をかけられて。
宿泊先のホテルに戻った時には、俺のライフはほぼゼロ。
あぁ、晴の声が聞きてぇ。
時差を恨みながらLAINで終わった旨だけ伝えて、服のままベッドに飛び込む。
こっちに来て良かった事と言ったら、イタリア語での悪態のバリエーションが格段に増えた事位か。
…いやいや、良くねぇだろ…疲れてんな。
あぁ、でも晴へのプレゼントができた事は成果だ。
まだ日にちがあるし、近くなったら報告しよう。
喜ぶ顔を思い浮かべて眠りについたり
ーー筈だったんだが。
部屋のドアをガンガン叩く音に、あっと言う間に覚醒させられた。
「蓮!起きて!おーきーてー!」
深夜1時に酔っ払った母親の声で起こされるとか、どんな地獄だよ…。
「うるせぇ、何時だと思ってんだババァ。」
不機嫌全開で開けたドアの向こうで、陽子が弾けるように笑う。
『ババァ』に反応しない辺り、相当機嫌がいいらしい。
「ビッグニュースよ!翔が入籍しましたー!」
歌でも歌い出しそうなテンションで言われたそれに、思考が止まった。
「しかも、喜びなさい!蓮、叔父さんになるわよ!」
つまり…それは…。
「美優ちゃんが妊娠したんですって!!」
ヒャッホー!とか喚く酔っ払いに腕を引かれて連れ出されのは、ホテルに併設されたバー。
貸し切りで打ち上げをしてたらしく、スタッフも全員が酔っ払い。
「蓮君!完璧なランウェイお疲れ様!そしておめでとう!!」
「さあ!飲もう!」
いや、俺まだ19歳だけど。
「大丈夫!イタリアじゃあもう飲酒オッケーな歳だから!」
いや、そういう問題じゃねぇけど。
コレクション終わりの開放感とボスに孫ができた祝いで、祭りのような騒ぎだ。
その喧騒を避けるように座った角の席で、詰めていた息を吐き出した。
頭に浮かぶのは、『同志』の顔。
もう覆らないこの事実を、どう伝えるべきかーー。
目の前にあったグラスワインを一気に呷る。
それに気付いた周りが盛り上がって、何度も乾杯させられた。
終いにはテキーラを連続で飲み干したが、酔いは一向にやって来ない。
酒に酔わないこの体質が恨めしい。
撃沈していく周りの大人達が、この時ばかりは羨ましかった。
翌日は、二日酔いの面々を尻目に晴の土産を買い込んだ。
「1人にしちゃったお詫びだから」と言う陽子からの出資もあって、デカイスーツケース丸々一つ分の品が晴への献上品となり。
まだ現地に残る母親とスタッフを置いて、1人だけ先に飛行機に乗り込んだを
1人になると、今日の朝届いた翔からの入籍報告メールを思い出して気が重くなる。
問題は、遥に言うタイミングだよな。
それとも、敢えて言わなくてもいいのか?
どうせ母親から南野家に連絡はいくだろうし、その時でも…。
「あー、分かんねぇ。」
ゲンナリしながら成田を出て、タクシーでマンションへ向かう。
ドアを開けて、暗い室内に足を踏み入れるーー筈が。
「蓮!おかえり!」
明るい声と室内に一瞬呆けたが、弾かれたように走って来る身体を抱き上げた。
その体温に、疲れも憂いも全部吹っ飛ぶ。
「バイト早上がりさせて貰えた!」と笑う晴に頬を寄せて存分に匂いを吸い込む。
あぁ、今すぐ抱きてぇ。
部屋着の中に手を入れたい衝動に駆られたが、そうしたらもう止まれない自信がある。
帰った瞬間押し倒すとか、流石に盛りすぎだよな…。
余裕の無さを悟られたくなくて、懸命に欲望を抑えつけた。
その代わり軽く触れるだけのキスをして、晴を抱えたままリビングへ向かう。
大量の土産を前にした嬉しそうな顔に癒されつつ、最新のニュースを報告する事にした。
「翔が入籍した。」
晴に言う分には、只々めでたいだけだ。
そんな気軽な気持ちを後悔する事になるなんて、少しも思わなかった。
●●●
お酒は20歳になってからね、蓮。
陽子のイタリアの友人「ミウッチャ」はあの人…かもしれません。笑
幼少期のあだ名はきっと「ミュウミュウ」だと思います。笑
明日、3月28日は晴のバースデーです☆
おめでとう!誕生日なのに監禁(?)されたままでごめんな!
●●●
(side 切藤蓮)
『クリスマス休みになった!』とLAINが来たのは、当日の2週間前。
ファミレスは忙しいだろうと半ば諦めつつ、24日も25日も空けてた甲斐があった。
『よっしゃ、家で過ごすよな?』
『うん!家でパーティーしよう!』
楽しみな予定の遣り取りは久しぶりだ。
俺達は、決して険悪な訳じゃないが気まずさが消えない…そんな距離を保ったまま。
LAINのトークがほぼ家事の進捗しかない事がそれを物語っている。
俺に謝った日の事を、寝惚けた晴は覚えてないらしい。
それはつまり、俺の謝罪の言葉も届いてない訳で。
「いい加減、伝えねぇとな…。」
バイトについて言った内容は後悔してないが、言い方が悪かったと思う。
俺なら『自分が手伝った所で根本は解決しない』で済ませてしまうが、晴は違う。
俺からしてみたら搾取されているように見えても、晴は他人に手を差し伸べる事をそんな風に穿って捉えない。
その優しさや純粋さが晴のいい所だなんて、分かりきってたのに…。
一緒にいられなくなる時間を何とも思ってないような言動に、つい責めるような言い方になってしまった。
『晴には晴の人生があるんだから』
繰り返し遥に言われた言葉が、俺を戒める。
同じだけの『好き』を返して貰おうだなんて贅沢だ。
それを求めた結果こんな風に気まずくなるなら、俺が我慢しなければ。
決して埋まらないその差に苦しむ日々が続こうとも。
傍にいられるなら、それでいい。
クリスマス当日、晴は昼前になっても起きて来なかった。
疲れてるのは分かってるから、出来る限り寝かせてやりたい。
あと1、2時間…いや、起きてくるまで待つか。
某ホテルが得意先にだけ提供するオードブルの配達を受け取って、冷蔵庫へ入れながらそんな風に考える。
と、戻ったリビングにはパジャマ姿の晴が立っていた。
何故か驚いた顔をしてるが、それはこっちだ。
「お前な、髪乾かさずに寝んなって言ってんだろ。」
昨日の夜、濡れた髪のままソファで眠るのを見つけた時は肝を冷やした。
急いでドライヤーしてベッドに放り込んだが、家中を適温に保つ機能があろうとも風邪は引く。
そう続けようとした所で、晴が床にへたり込んだ。
「おい、どうした?」
慌てて抱き上げると、ギュッとしがみつきながら晴が涙声を出す。
「ごめん、蓮。ごめん…。バイト…蓮の言った通りだった…。」
懸命に謝る晴を抱いたままソファに座ると、どうやら俺が痺れを切らして出掛けたと思ったらしい。
「恥ずか死ぬ…。」
宅配の受け取りの件を説明すると、グリグリと俺の肩に頭を押し付けてきた。
この甘える仕草は、何度されても俺の心臓を鷲掴んでくる。
「バイトの事はキツイ言い方した俺も悪かった。」
柔らかい声が出て、晴はそれに安心したように顔を上げた。
色々行動して、期間は3月までとの約束も取り付けたらしい。
「自分から言い出した事だから最後までちゃんとやり切るよ。」
まぁまぁの長さに眉間に皺を寄せた俺に、晴は笑顔でそう言った。
偉すぎる…天使かよ。
はぁ、こんな顔されたら何も言えねぇよな。
「無理だけはすんなよ。」
もうバイトの件は応援する方向に切り替えよう。
家事は全部やるし、晴の課題も手伝うし、毎日迎えにも行こう。
ってか、最初からこうできてれば…阿保か俺は…。
「分かってる。それに冬休みもあるし!」
あ、やべ…。
脳内で大反省していた俺は、また『蓮がいなくても大丈夫』なんて言われるのが嫌で伝えるのを先延ばしにしていた事を思い出す。
気まずく思いながらもイタリア行く旨を伝えてると、晴が目を見開いた。
「悪い、晴はずっとバイトだと思ってたから、
陽子に仕事の手伝い頼まれて引き受けたんだよ。」
半ば(美香さんに)強引に承諾させられたとは言え、俺が不在にする事実は変わらない。
俯く晴は、何を思ってるんだろう。
傍目には、俺がいない事に打ちのめされてるように見える。
…いや、何を期待してんだ。
同じ重さを晴に求めないって決めただろうが。
学習しないを自分に自嘲する。
相手が俺じゃなくても…とは言わないが、突然1人にされると聞いたら不安にもなるよな。
晴は、寂しがりだから。
「やっぱ陽子に日程調整してもらうわ。なるべく晴が1人にならないように組み直す。」
ギリギリに出発して、巻きで帰国して。
その他の日は…実家に帰るように促そう。
来る分には歓迎するって、美香さんも言ってたし。
癪ではあるが、中野を家に呼ぶ事も検討しよう。
瞬時にやるべき事を考えてスマホに伸ばした腕を止めたのは晴だった。
「行って来なよ。変更なんてしたら蓮母にも会社の人にも迷惑かかっちゃうだろ?
俺は1人でも大丈夫だからさ!」
留守番くらいできるし、と口を尖らせる晴を複雑な思いで見つめる。
『1人でも大丈夫』か。
…そうだよな。
目の奥が翳るような感覚に頭を振って、土産を強請る晴の頭を撫でた。
「分かった、めちゃめちゃ買って来るから楽しみにしとけよ。」
そう言って軽くキスすると、晴の関心はもう別の事に移っていて。
騒めきそうになる胸を押さえて、晴の為に用意したオードブルを開ける。
向かい合ってとる食事は久しぶりだ。
肉が柔らかいだの、ソースがお洒落だの感動しながら食べる晴を見てると、自然と笑みが溢れる。
俺にとっては晴が作る料理がダントツだが、一緒に食べる料理も美味い。
「マジで美味しかった!蓮、ありがとう!」
満足そうな晴は、同時に料金の事が気になったらしい。
いいんだよ、俺が好きでやってるんだから。
お前が喜ぶなら、こんなの安いもんだ。
そう気持ちを込めて、晴の唇を奪う。
くれるなら金じゃなくて、お前自身が欲しい。
「礼はデザートで貰うから。」
言葉の意味を理解して真っ赤になった晴を横抱きにしてベッドに運ぶ。
ひたすら喘がせて、身体中に所有印を散らして。
快楽に支配されて縋って来る晴を見ると、酷く安心する。
この瞬間は、晴は俺の事しか考えられない。
家族、友人、大学、バイト…俺から意識を逸らすそれらを完全に忘れてさせる事ができる。
強く求められて、俺が与えるものだけを享受する姿に愉悦すら感じるのは異常なんだろうか。
何度も貪られて力尽きた晴が、ゆっくりと夢に落ちていく。
付き合って、同棲を始めて。
晴と一緒にいるためには、晴の大切な物を俺も大切にしなければならないと知った。
俺だけに依存させるような生き方を、晴は望まない。
だから、時折顔を出す仄暗い独占欲を何とか抑えつけて。
それでも、分からなくなる。
「俺は…お前を大切にできてるか…?」
クタリとした寝顔から答えはない。
白い頬に触れて、胸の中に掻き抱く。
失う事を恐れてるのは、俺ばかりだ。
数日後、イタリアの地に降り立った俺は陽子にガチギレしていた。
ランウェイでのウォーキングとか聞いてねぇんだよ!
自らモデルをしていた翔と違って、俺は目立つ事が苦手…と言うよりとにかく面倒くさい。
それを分かってる筈の母親は『モデルのバイトとは言ったけど、撮影とは言ってないわよ?』と白々しくも言いやがった。
…クソッ、嵌められた。
そんな心境でウォーキングレッスンとやらに身が入る訳もなく。
「…分かったわ、私が悪かった!ちゃんとやってくれたらお礼するから、ね?」
全く動こうとしない俺にとうとう折れた陽子が謝罪してくる。
お礼っても、別に欲しい物もねぇしな…。
あ、でも。
「じゃあホテルの予約。春休みに。」
とあるリゾートホテルを持ち出すと、流石の陽子も迷いを見せる。
世界で数十人しかいな会員の紹介がなければ、幾ら金を積もうがどうにもならないからだ。
独立したコテージにプライベートビーチがついたそのホテルは『世界に自分達しかいないみたい』な気分を味わえると、名だたるVIP達に人気で。
そこでなら、周りの目を気にせず海で晴とイチャつける。
バイトは3月いっぱいで落ち着くらしいから、その後の春休みは存分に2人きりで過ごしたい。
3月28日が誕生日の晴へのいいプレゼントにもなるし。
「金は自分で出すからアポだけでいい。」
「うーん…、分かったわ。ミウッチャに聞いてみる。」
当てがあるらしく電話をしに行った母親は、暫くすると手で丸を描いた。
「一部屋だけ空いてたみたいよ!苦労したんだからその分しっかり働いてよね。」
「よし。」
急にやる気になった俺を見てウォーキングのトレーナーが目を白黒させてるが、対価を貰った分は返さねぇとな。
筋肉の動きを見れば模倣なんて簡単だ。
『形は完璧よ、レン!でもパッションが足りないわ!奥底に眠る貴方の魂を見せるのよ!』
『んなモン持ち合わせてねぇよ!』
イタリア産ゴリマッチョおネエトレーナーと言い争いながら、夜は更けていった。
本番でウォーキングを問題なくこなして、会場の外で日本の雑誌に私服のスナップを撮られ、他のブランドのデザイナーから声をかけられて。
宿泊先のホテルに戻った時には、俺のライフはほぼゼロ。
あぁ、晴の声が聞きてぇ。
時差を恨みながらLAINで終わった旨だけ伝えて、服のままベッドに飛び込む。
こっちに来て良かった事と言ったら、イタリア語での悪態のバリエーションが格段に増えた事位か。
…いやいや、良くねぇだろ…疲れてんな。
あぁ、でも晴へのプレゼントができた事は成果だ。
まだ日にちがあるし、近くなったら報告しよう。
喜ぶ顔を思い浮かべて眠りについたり
ーー筈だったんだが。
部屋のドアをガンガン叩く音に、あっと言う間に覚醒させられた。
「蓮!起きて!おーきーてー!」
深夜1時に酔っ払った母親の声で起こされるとか、どんな地獄だよ…。
「うるせぇ、何時だと思ってんだババァ。」
不機嫌全開で開けたドアの向こうで、陽子が弾けるように笑う。
『ババァ』に反応しない辺り、相当機嫌がいいらしい。
「ビッグニュースよ!翔が入籍しましたー!」
歌でも歌い出しそうなテンションで言われたそれに、思考が止まった。
「しかも、喜びなさい!蓮、叔父さんになるわよ!」
つまり…それは…。
「美優ちゃんが妊娠したんですって!!」
ヒャッホー!とか喚く酔っ払いに腕を引かれて連れ出されのは、ホテルに併設されたバー。
貸し切りで打ち上げをしてたらしく、スタッフも全員が酔っ払い。
「蓮君!完璧なランウェイお疲れ様!そしておめでとう!!」
「さあ!飲もう!」
いや、俺まだ19歳だけど。
「大丈夫!イタリアじゃあもう飲酒オッケーな歳だから!」
いや、そういう問題じゃねぇけど。
コレクション終わりの開放感とボスに孫ができた祝いで、祭りのような騒ぎだ。
その喧騒を避けるように座った角の席で、詰めていた息を吐き出した。
頭に浮かぶのは、『同志』の顔。
もう覆らないこの事実を、どう伝えるべきかーー。
目の前にあったグラスワインを一気に呷る。
それに気付いた周りが盛り上がって、何度も乾杯させられた。
終いにはテキーラを連続で飲み干したが、酔いは一向にやって来ない。
酒に酔わないこの体質が恨めしい。
撃沈していく周りの大人達が、この時ばかりは羨ましかった。
翌日は、二日酔いの面々を尻目に晴の土産を買い込んだ。
「1人にしちゃったお詫びだから」と言う陽子からの出資もあって、デカイスーツケース丸々一つ分の品が晴への献上品となり。
まだ現地に残る母親とスタッフを置いて、1人だけ先に飛行機に乗り込んだを
1人になると、今日の朝届いた翔からの入籍報告メールを思い出して気が重くなる。
問題は、遥に言うタイミングだよな。
それとも、敢えて言わなくてもいいのか?
どうせ母親から南野家に連絡はいくだろうし、その時でも…。
「あー、分かんねぇ。」
ゲンナリしながら成田を出て、タクシーでマンションへ向かう。
ドアを開けて、暗い室内に足を踏み入れるーー筈が。
「蓮!おかえり!」
明るい声と室内に一瞬呆けたが、弾かれたように走って来る身体を抱き上げた。
その体温に、疲れも憂いも全部吹っ飛ぶ。
「バイト早上がりさせて貰えた!」と笑う晴に頬を寄せて存分に匂いを吸い込む。
あぁ、今すぐ抱きてぇ。
部屋着の中に手を入れたい衝動に駆られたが、そうしたらもう止まれない自信がある。
帰った瞬間押し倒すとか、流石に盛りすぎだよな…。
余裕の無さを悟られたくなくて、懸命に欲望を抑えつけた。
その代わり軽く触れるだけのキスをして、晴を抱えたままリビングへ向かう。
大量の土産を前にした嬉しそうな顔に癒されつつ、最新のニュースを報告する事にした。
「翔が入籍した。」
晴に言う分には、只々めでたいだけだ。
そんな気軽な気持ちを後悔する事になるなんて、少しも思わなかった。
●●●
お酒は20歳になってからね、蓮。
陽子のイタリアの友人「ミウッチャ」はあの人…かもしれません。笑
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