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解決編

8.

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(side大谷創源)

僕は今、暗い『後悔』と言う闇の中にいる。

独りでその中を彷徨い、前にも後ろにも進めない。

本当は、こんなつもりじゃなかったんだ。

こんな大それた事をするつもりなんて毛頭なくて。

それなのに、彼と話せるようになって欲が出てしまった。

際限のないそれを持て余して、ついにこんな事まで…。

唆された、なんてただの言い訳だ。

きっとこの罪は許されない。

それでもーー。

もう、後戻りはできないんだ。










(side蓮)

心配する憲人さんを遥が宥めている間に、中野に連絡を取る。

『え、大谷が…?…いや、確かに小火騒ぎの時は晴人に協力的だったけど…特別仲良くもなかったよな?』

事情を説明した中野の反応は俺の胸中と同じ。

高校時代塾が一緒だったとは聞いてたが、昼飯を一緒に食べたとかその程度だ。

それが緊急の用事で呼び出すって…怪しむなって方が無理だろ。

との繋がりがあって晴を呼び出したんだとしたら状況は最悪だ。

中野に待機を伝えて思案する。

大谷に関する記憶は少ない。

父親が著名な舞台監督で、母親は脚本家。

兄弟は無し、素行も成績も至って普通。

何度か会話した事はある。

変わり者だが、悪意は無かったように思う。

それ以外だと、晴が映った剣道部の写真をコンテストに出して優勝していたくらいか。

それから…高校時代の小火騒ぎの目撃者。

中野が言った通り、停学になった俺を助けようとする晴に協力したらしい。

真犯人の証拠写真の提供と言う形で。

ただ、その話しを聞いた時俺は少し疑問に思った。

どうして文化祭と言うあの日、人気ひとけの無い場所からさらに人気の無い旧校舎を撮影していたのか…。

それを確認しなかったのは俺の落ち度だ。

晴との仲が戻った…何なら、進展すらしそうになった事で、それ所じゃなかったから。

要は、浮かれて警戒を怠っていた。

クソ!何やってんだよーー。

あの時追求していれば、防げたかもしれねぇのに!

万が一を思うと胃がギリギリ痛む。



「蓮、行くわよ!」

思考を遮ったのは遥の声だった。

「何処に。」

「大谷の家!行きながら説明するから!」


そうだ、悪い想像をしてる場合じゃない。

今は一秒でも早く、晴の無事を確認する為に急ぐべきだ。

遥にヘルメットを渡して後ろに乗るよう促す。


『何があろうと晴以外を乗せる事は一生ない』


初めて買ったバイクに晴を乗せた時の誓いが胸を過ぎって、一瞬躊躇う。

それでも、今は緊急事態だ。

それに、このバイクは親父が何処からか手に入れた物で俺のじゃない。

俺のバイクはに知られてるから、目立ちたくない時は封印している。

背中に伝わる遥の体温に違和感を覚えて自嘲した。

そんな事、思う資格なんかねぇよな。

「出すぞ。」

全てを吹っ切るように発進させたバイクが、地面に積もった桜の花弁を舞い上げた。




「憲人さんには京都にいてって言っといた。
それで、アンタが電話してる間に私も由奈に連絡したの。」

バイク用のインカムを通して遥が話し始める。

「伊藤に?」

「そう。大谷創源と由奈の家、御近所さんだって聞いてたの思い出したのよ。」

そんな偶然…と思うかもしれないが、金持ちってのは割合同じ地域に集まる。

確か伊藤の家は、所謂『セレブタウン』にあった筈だ。

大谷の両親の職業からして、その近辺に邸宅を構えていても何ら不思議はない。

「それで、大谷は実家から大学に通ってるみたいだって言ってた!」

つまり、大谷の家に乗り込むって事か。

「由奈の家まで行けば案内してくれるって!」

「分かった。大体の場所しか知らねぇから指示出せ。」


そうして着いた邸宅では、春休みで帰省中らしい伊藤由奈莉が待ち構えていた。

「遥!!」

駆け寄って来た伊藤が遥と抱き合って、笑いながら文句を言う。

「ちょっと、突然電話して来て『日本にいる』とか驚くんだけど!」

「ごめんって!ちょっと事情があってね。」

「大谷の家が知りたいって言うのもそう?
蓮まで一緒にいるし……まぁ、いいや!とにかく案内するね!」

俺と遥がチラリと目を見交わすのを見て何か察したのか、それ以上深くは追求せず歩き出した。

中学から一緒の伊藤は、恐らく俺と晴の関係に勘づいている。

遥の無二の親友でもあるし、信用もできる。

だけど、今の状況を包み隠さず説明する事はできない。

「ほら、あれがそう。」

伊藤が指差す先には、やや主張の激しいデザインの豪邸。

「ありがと由奈。後は上手く中に入れればいいんだけど…。」

「え、入りたいの?…なら、お手伝いさんが出ると思うから、私がインターフォン押すよ。
友達が帰国して、創源君に会いたがってるとか何とか言って。」

俺は頷いて、遥に囁く。

「門が開いたら俺が乗り込む。晴が中にいる場合、周りの人間には容赦しねぇ。」

「ノッた。」

晴を虐めた相手を断罪した、小学生の頃と同じような遣り取り。

遥のコートの袖の中で、バチッと静電気のような音が鳴る。

コイツの強火ぶりを思えば、電気ショック程度なら優しい方だろう。

そうやって突入までのカウントダウンが始まった時だった。

ゴウンッと音を立てて、目の前の門が自動で開いて行く。

中から現れたのは往年のアストンマーチンボンドカー

酔狂に値段が高く燃費の悪いそれを愛車にするのは、相当拘りの強い人間。

「おや?伊藤さんの所の…由奈莉ちゃん?」

運転席からこちらを見るサングラスの男は、大谷新三郎。

大谷創源の父親だ。

「久しぶりだね。女の子はあっと言う間に美しくなる。蛹から蝶が羽ばたくようだ。」

その独特な物言いに、息子との血の繋がりを感じる。

「あ、その創源君なんですけど、家にいますか?
友達が帰国したので会わせたくて。」

それに合わせて遥が愛想良く微笑むと、彼は目を見張った。

「それは残念だ。創源は不在なんだよ。」

果たして本当か嘘か。

父親諸共敵の可能性もあるが…。

「あぁ、創源が泊まっているホテルを知ってるから、良ければ行ってごらん。」

そう言って差し出されたのは、都内のホテルの名刺。

「もう行かなくては…またね、由奈莉ちゃん。アフロディテ。」

遥の方へそう呼びかけると、最後に俺を見つめる。

「私の気持ちは君に託そう、ランスロット。」

そして、唖然とする俺達を尻目に車は走り去って行った。

「な、何か変な夢でも見てた気分…。アフロディテって何?」

遥がしきりに瞬きしながら聞いてくる。

「美の女神。」

「へぇ。ランスロットは?」

「アーサー王物語の登場人物。を助けた円卓の騎士…。」

「え…?囚われた…?」

ハッとする遥も俺と同じ事に思い至ったらしい。

あの父親が、息子の行いを知っているんだとしたら?

囚われの王妃は、つまり…。

「とにかく、俺はそのホテルに行く。お前は伊藤と待ってろ。」

「は!?私も行くわよ!」

怒りを滲ませる遥の肩に手を置く。

「頼む、危ないからここにいてくれ。」

懇願にも似たそれに、遥は黙った。

見つめ合った瞳が少し揺れて、それから渋々頷く。

「…分かった。無事に帰ってきなさいよ。」

「ああ。」

「ちょ、ちょっと?何この雰囲気?」

面食らう伊藤を置き去りにして話しを進める。

「部屋番号が分かんねぇのは痛いな。」

「フロントに聞いた所で教えてくれないわよね。
万が一大谷に伝わって警戒されたら最悪だし…。」

普段なら調べるのに大した時間もかからないが、今は状況が違う。

深刻な表情で黙る俺達の空気を一掃したのは、やや間延びした声だった。

「うーん?良く分かんないけど、緊急なら何とかなると思うけど。」

2人して勢いよく振り返ると、伊藤は驚きながらも何て事ないように言った。

「だってそこ、パパのホテルだし。」









(side啓太)

指定されたホテルに入ると、結婚式の控え室らしい部屋に声をかける。

「切藤。」

中から扉が開いて、人目が無いのを確認して滑り込んだ。

と同時に、眩しくて目を瞬かせる。

「何だそれ…。」

眼前には、このホテルの制服を身に纏った男前。

「この部屋も制服も伊藤に借りた。大谷の部屋番号調べたのもアイツ。」

そう言えば、伊藤の父親は複数のホテルの経営者だったような気がする。

「待て、切藤。その制服は俺が着る。」

「あ?何でだよ。」

「お前じゃ目立ちすぎる!」

クラシカルな制服と執事みたいな白い手袋が似合いすぎて、芸能人の撮影にしか見えない。

スタッフに扮するには、本人に華がありすぎて無理だ。

ズボンの丈、全然足りてねぇし!

「俺が着るから。大谷と話した事ない俺の方が顔バレしないだろ。」

不服そな切藤だったが、理由には納得したのか脱いだ制服を投げてよこした。

それに着替えながら安堵の息を吐く。

あの格好で歩かれたら、すれ違う女性は阿鼻叫喚の大騒ぎになってた筈だ。

高校の時、切藤は何度もそう言う事態を引き起こしてたし。

俺の判断がこのホテルの治安を守ったと言っても、過言じゃないと思う。





「ジュニアスイート?」

制服姿で廊下に出ると、客のふりをして俺の後ろを歩く切藤と小声で会話する。

どうやら大谷は、恋人が記念日に利用するような部屋に宿泊してるらしい。

そんな所に本当に晴人が連れ込まれてるとしたら…ヤバイな、殺人が起きるかもしれない。

親友の身の安全は勿論だけど、後ろの友人が犯罪者にならないようにも気を付けなければ。

そう決意しながら聞いた話しによると、その部屋は1LDKのような作りになってるらしい。

成る程、晴人が奥の部屋に監禁されてるとしたら、1人が敵を引きつけてる間にもう1人が救出できる。

「これ使え。慣れてんだろ。」

渡されたのは、伸ばすと長くなる警棒。

「お、おう…確かに竹刀には近い?けども。」

一応身の安全は考えてくれてるんだな。

「でも、切藤の武器はあるのか?」

「拳。」

「あ、そう…。」

戦闘民族の星から来たのかお前は。

そんな会話をしながら辿り着いた部屋の前。

一気に高まる緊張感にゴクリと喉を鳴らしながら、インターフォンを押す。

『はい。』

応じたのは男の声だけど、大谷かどうかは判別できない。

「申し訳ございません、上のお部屋で水漏れがありまして、こちらのお部屋に被害が無いか確認させていただきたいのですが。」

打ち合わせた通りに言うと、相手は少し沈黙した後に『今開けます』と答えた。

よし、かかった。

暫くしてゆっくりとドアが開く。

出て来たのはーー大谷本人だ!

、大変申し訳ございません。」

これも打ち合わせ通り。

本人が出てきた場合は『大谷様』、他の人間がいた場合は『お客様』と言う手筈になっていた。

ドアの死角に隠れる切藤への合図として。

そう、ここまでの計画は完璧だったのに。


「…中野くん?」


まさか、大谷が一瞬で俺を認識するとは思いもしなかった。

焦る俺の後ろから切藤が現れてドアに手をかける。

「ヒィッ」

大谷は細い悲鳴を上げてドアを閉めようとするが、敵う訳がない。

そのままドアを蹴破るようにして部屋に侵入した切藤が、壁に大谷を押し付ける。

「テメェ、こうされる心当たりあんだろ。」

大谷の焦り様は明らかにおかしかった。

これはおそらく黒だろう。

「ごめ…ごめんなさい!」

潰れた蛙のような声で大谷が謝るが、切藤はその手を緩めない。

「晴は何処だ。」

氷のような冷たい声が部屋に響いたその時。


ゴトッ

奥の部屋で、何かが落ちるような音がした。

全員の視線がそっちに向けられる。


そして、ドアが開いてーー。

凄い勢いで出てきたのは、晴人。





ではなく、髪を振り乱した女だった。

しかもその手にはナイフを持っている。

…は?どう言う事?

「チッ、退がってろ中野。」

切藤が迎撃の態勢を取るが、俺の頭は理解が追いつかない。

「センセェェェ!!逃がしませんよぉぉ!!」

だって、叫びながら猛烈な勢いでこっちに向かって来るその女はーー。



「ね、姉ちゃん!?!?」



俺にとって最凶最悪の姉、中野絢美だったんだから。




●●●

☆小火事件に関してざっくり☆
高校の文化祭で小火が発生。晴人が疑われて、庇った蓮が停学に。大谷が撮った写真が真犯人の証拠になり無事解決。
side晴人高校編45話『煙⁉︎』~67話『仲直り』辺り。


☆伊藤由奈莉に関して☆
遥の親友・晴人達とは中高6年間一緒・side晴人高校編112話『徒桜』で、遥の初恋に関する爆弾を投下(←うっかり)

主な登場回
side晴人高校編37話『ピンチ』、38話『救出』112話『徒桜』辺り。
























ど、どゆこと???











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