【完結】聖獣人アルファは事務官オメガに溺れる

犬白グミ

文字の大きさ
37 / 69

36 舞い降りた聖獣

しおりを挟む
 翌日の午後。
 病院の中庭を歩いていると、俺の眼の前に金色の聖獣が音もなく舞い降りた。
 どんな獣よりも優雅な聖獣。
 突如、現れた聖獣の姿に、俺は驚愕する。 

 地上に着地したとたん翼が消え、人型のルシャードに変化する。
 王都からアプト領まで長距離の移動をしたとは、思えないほど平然としていた。

 ルシャードは、俺に近寄りながら笑みをこぼした。
「マイネ、会いたかった。六日ぶりだな」

「はい。会いたかったです」
 今まで言えなかった本音が、わだかまりなく俺の口からするりと出た。

 素直にルシャードに会えた喜びで頬が緩んだ。
 ルシャードが俺の前に立ち止まる。

「オティリオが刺されたと聞いたが、マイネは大丈夫だったか?」
「はい。オティリオ殿下が庇ってくれましたので無事でした」

 俺がオティリオの名を口にすると、ルシャードは安堵しながらも少しだけ不服そうにした。

「オティリオは王宮に帰れそうか?」
「院長の診断ではまだ安静にしないといけないらしくて、あと一週間は領主様の屋敷で治療に専念されるそうです」

 先ほど侍従長ティノが、入院の準備を整えるために領主館に到着したばかりだ。

 ルシャードが、訴えかけるような眼差しで問いただす。
「……マイネは王都を出たあとも、オティリオと会っていたのか?」

「いいえ。金ノ宮で最後にお会いして以来、四年半ぶりでした」
 即座に否定すると、ルシャードはわかりやすく喜色を表した。

 ルシャードが俺を生きていると信じて、ずっと捜し続けたのはなぜなのか。
 俺に王都に一緒に戻ろうと言ったのはなぜなのか。

 発情期のたびに見る夢がある。
 ルシャードに「好きだ」と言われて抱きしめられる夢だ。
 あれは現実だったのではないのか。
 愛されていると錯覚しそうになったが、錯覚ではなかったのではないのか。

 俺はそう思ってしまった。

 ルシャードの金色の瞳に見入る。
 答えを探すように。

 自身の心の中だけで悩むのは、やめにしようと決めた。
 だからわからないなら、ルシャードに訊けばいい。

「ルシャード殿下。俺の発情期が終わった朝方、明日になったらゆっくり話そうと言われてました。どんな話をするつもりだったか覚えてますか?」

 今更かもしれないが、あのとき、ルシャードが何を話そうとしていたのか知りたい。

「今日も同じことを言うつもりでここへ来た」

 ルシャードが不意に俺を抱き寄せると、ばさりと背中に翼が出現した。

「えっ!」
「飛ぶぞ。しっかり捕まれ」

 地面からふわりと浮く。
 ルシャードが俺の腰を左腕でしっかりと支えると、右腕を俺の膝に回して横抱きにした。

「狼がこちらに来て、邪魔をされそうだった」

 地上を見ると、ルシャードの言葉通り中庭に出てきたゲリンが俺とルシャードを見上げていた。
 病院の最上階より高くゆっくりと上昇する。

「怖いか?」
「怖くないです」

 怖いどころか、見たこともない上空からの景色に感動していた。
 見慣れた病院の建物を上から眺めるのは、不思議でたまらない。
 ぽっかりと中庭があるのがわかる。

 風がない日だ。
 地上の喧騒がかすかに聞こえる。
 アプト領の街並みが遠くまで続き、石造りの三角屋根の赤茶色や青色の間を、木々の濃い緑が埋める。
 リサとエリーゼが住む、山の麓まで見渡せた。
 
「あ、あそこ。虹があります」

 目を細めて俺が指さす方向に、建物が途切れた山間の中に大きな虹がかかっていた。 

「滝のあるあたりだな。行ってみるか?」
「虹に触れますか?」
「マイネの願いなら叶えてやりたいが、それは無理だろうな」

 ルシャードはそう言いつつも、虹に向かってしなやかに羽ばたく。
 浮遊感に襲われた。

 一瞬だけ風が吹いて、俺は目を閉じる。
 そして再び瞼を開けてみると、見渡す限り青く澄み切った空の中で、黄金の光の粒をまとって煌めく聖獣は、驚くほど神秘的だった。

 聖獣に変化したルシャードの胸に顔を埋める。
 胸元の黄金の毛並みを指で触れた。
 ルシャードとともに空を飛ぶなんて、あまりの現実感のなさに笑ってしまう。

 虹の近くまでたどり着くと、空中で静止したルシャードとともに滝と七色の織りなす壮麗な景色を眼下に見下ろした。
 絶景だ。夢のような幻想的な世界だった。

 虹に手を伸ばすが、近寄りすぎると消えてしまう。
 離れると再び虹は現れる。
 旋回し虹を追うが、やはり手に触れることはできなかった。

 ルシャードに「触れたか?」と訊かれ、俺は「無理みたいです」と返した。

 諦めて、水飛沫をあげる滝の真横を下降する。
 打ち付けるような激しい水音が鼓膜を叩いた。
 そして苔むした地面に足をつける。

 周囲の木々は頭上高くに枝が広がっていた。
 その枝の間から、まばらに陽光が降り注ぐ。 

 翼が消えて人型に戻ったルシャードは、優しい眼差しで俺の菫色の瞳を覗き込んだ。

「マイネ」
 ルシャードが改まった声で名を呼ぶ。

 ルシャードの金色の瞳の中に俺だけが映っていた。

「マイネを愛している。生涯かけて幸せにすると誓う」

 俺とルシャードの鼓動が溶けあって満ちていくような感じがする。

「番になってくれるか?」

 俺は目を瞠った。
 ルシャードは俺の想像よりも遥かに大きな愛情を示した。
 獣人のルシャードにとって番とは、生涯ひとりだけだ。

 本当に四年半前も同じことを言うつもりだったのか。
 俺は混乱する。

 ルシャードが俺の返事を待っている。
 そのルシャードのあまりに愛おしい表情に、甘い痺れに蕩けそうになった。

 返事がしたいのに胸がいっぱいで言葉がでない。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

事故つがいの夫が俺を離さない!

カミヤルイ
BL
事故から始まったつがいの二人がすれ違いを経て、両思いのつがい夫夫になるまでのオメガバースラブストーリー。 *オメガバース自己設定あり 【あらすじ】 華やかな恋に憧れるオメガのエルフィーは、アカデミーのアイドルアルファとつがいになりたいと、卒業パーティーの夜に彼を呼び出し告白を決行する。だがなぜかやって来たのはアルファの幼馴染のクラウス。クラウスは堅物の唐変木でなぜかエルフィーを嫌っている上、双子の弟の想い人だ。 エルフィーは好きな人が来ないショックでお守りとして持っていたヒート誘発剤を誤発させ、ヒートを起こしてしまう。 そして目覚めると、明らかに事後であり、うなじには番成立の咬み痕が! ダブルショックのエルフィーと怒り心頭の弟。エルフィーは治癒魔法で番解消薬を作ると誓うが、すぐにクラウスがやってきて求婚され、半ば強制的に婚約生活が始まって──── 【登場人物】 受け:エルフィー・セルドラン(20)幼馴染のアルファと事故つがいになってしまった治癒魔力持ちのオメガ。王立アカデミーを卒業したばかりで、家業の医薬品ラボで仕事をしている 攻め:クラウス・モンテカルスト(20)エルフィーと事故つがいになったアルファ。公爵家の跡継ぎで王都騎士団の精鋭騎士。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...