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36 舞い降りた聖獣
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翌日の午後。
病院の中庭を歩いていると、俺の眼の前に金色の聖獣が音もなく舞い降りた。
どんな獣よりも優雅な聖獣。
突如、現れた聖獣の姿に、俺は驚愕する。
地上に着地したとたん翼が消え、人型のルシャードに変化する。
王都からアプト領まで長距離の移動をしたとは、思えないほど平然としていた。
ルシャードは、俺に近寄りながら笑みをこぼした。
「マイネ、会いたかった。六日ぶりだな」
「はい。会いたかったです」
今まで言えなかった本音が、わだかまりなく俺の口からするりと出た。
素直にルシャードに会えた喜びで頬が緩んだ。
ルシャードが俺の前に立ち止まる。
「オティリオが刺されたと聞いたが、マイネは大丈夫だったか?」
「はい。オティリオ殿下が庇ってくれましたので無事でした」
俺がオティリオの名を口にすると、ルシャードは安堵しながらも少しだけ不服そうにした。
「オティリオは王宮に帰れそうか?」
「院長の診断ではまだ安静にしないといけないらしくて、あと一週間は領主様の屋敷で治療に専念されるそうです」
先ほど侍従長ティノが、入院の準備を整えるために領主館に到着したばかりだ。
ルシャードが、訴えかけるような眼差しで問いただす。
「……マイネは王都を出たあとも、オティリオと会っていたのか?」
「いいえ。金ノ宮で最後にお会いして以来、四年半ぶりでした」
即座に否定すると、ルシャードはわかりやすく喜色を表した。
ルシャードが俺を生きていると信じて、ずっと捜し続けたのはなぜなのか。
俺に王都に一緒に戻ろうと言ったのはなぜなのか。
発情期のたびに見る夢がある。
ルシャードに「好きだ」と言われて抱きしめられる夢だ。
あれは現実だったのではないのか。
愛されていると錯覚しそうになったが、錯覚ではなかったのではないのか。
俺はそう思ってしまった。
ルシャードの金色の瞳に見入る。
答えを探すように。
自身の心の中だけで悩むのは、やめにしようと決めた。
だからわからないなら、ルシャードに訊けばいい。
「ルシャード殿下。俺の発情期が終わった朝方、明日になったらゆっくり話そうと言われてました。どんな話をするつもりだったか覚えてますか?」
今更かもしれないが、あのとき、ルシャードが何を話そうとしていたのか知りたい。
「今日も同じことを言うつもりでここへ来た」
ルシャードが不意に俺を抱き寄せると、ばさりと背中に翼が出現した。
「えっ!」
「飛ぶぞ。しっかり捕まれ」
地面からふわりと浮く。
ルシャードが俺の腰を左腕でしっかりと支えると、右腕を俺の膝に回して横抱きにした。
「狼がこちらに来て、邪魔をされそうだった」
地上を見ると、ルシャードの言葉通り中庭に出てきたゲリンが俺とルシャードを見上げていた。
病院の最上階より高くゆっくりと上昇する。
「怖いか?」
「怖くないです」
怖いどころか、見たこともない上空からの景色に感動していた。
見慣れた病院の建物を上から眺めるのは、不思議でたまらない。
ぽっかりと中庭があるのがわかる。
風がない日だ。
地上の喧騒がかすかに聞こえる。
アプト領の街並みが遠くまで続き、石造りの三角屋根の赤茶色や青色の間を、木々の濃い緑が埋める。
リサとエリーゼが住む、山の麓まで見渡せた。
「あ、あそこ。虹があります」
目を細めて俺が指さす方向に、建物が途切れた山間の中に大きな虹がかかっていた。
「滝のあるあたりだな。行ってみるか?」
「虹に触れますか?」
「マイネの願いなら叶えてやりたいが、それは無理だろうな」
ルシャードはそう言いつつも、虹に向かってしなやかに羽ばたく。
浮遊感に襲われた。
一瞬だけ風が吹いて、俺は目を閉じる。
そして再び瞼を開けてみると、見渡す限り青く澄み切った空の中で、黄金の光の粒をまとって煌めく聖獣は、驚くほど神秘的だった。
聖獣に変化したルシャードの胸に顔を埋める。
胸元の黄金の毛並みを指で触れた。
ルシャードとともに空を飛ぶなんて、あまりの現実感のなさに笑ってしまう。
虹の近くまでたどり着くと、空中で静止したルシャードとともに滝と七色の織りなす壮麗な景色を眼下に見下ろした。
絶景だ。夢のような幻想的な世界だった。
虹に手を伸ばすが、近寄りすぎると消えてしまう。
離れると再び虹は現れる。
旋回し虹を追うが、やはり手に触れることはできなかった。
ルシャードに「触れたか?」と訊かれ、俺は「無理みたいです」と返した。
諦めて、水飛沫をあげる滝の真横を下降する。
打ち付けるような激しい水音が鼓膜を叩いた。
そして苔むした地面に足をつける。
周囲の木々は頭上高くに枝が広がっていた。
その枝の間から、まばらに陽光が降り注ぐ。
翼が消えて人型に戻ったルシャードは、優しい眼差しで俺の菫色の瞳を覗き込んだ。
「マイネ」
ルシャードが改まった声で名を呼ぶ。
ルシャードの金色の瞳の中に俺だけが映っていた。
「マイネを愛している。生涯かけて幸せにすると誓う」
俺とルシャードの鼓動が溶けあって満ちていくような感じがする。
「番になってくれるか?」
俺は目を瞠った。
ルシャードは俺の想像よりも遥かに大きな愛情を示した。
獣人のルシャードにとって番とは、生涯ひとりだけだ。
本当に四年半前も同じことを言うつもりだったのか。
俺は混乱する。
ルシャードが俺の返事を待っている。
そのルシャードのあまりに愛おしい表情に、甘い痺れに蕩けそうになった。
返事がしたいのに胸がいっぱいで言葉がでない。
病院の中庭を歩いていると、俺の眼の前に金色の聖獣が音もなく舞い降りた。
どんな獣よりも優雅な聖獣。
突如、現れた聖獣の姿に、俺は驚愕する。
地上に着地したとたん翼が消え、人型のルシャードに変化する。
王都からアプト領まで長距離の移動をしたとは、思えないほど平然としていた。
ルシャードは、俺に近寄りながら笑みをこぼした。
「マイネ、会いたかった。六日ぶりだな」
「はい。会いたかったです」
今まで言えなかった本音が、わだかまりなく俺の口からするりと出た。
素直にルシャードに会えた喜びで頬が緩んだ。
ルシャードが俺の前に立ち止まる。
「オティリオが刺されたと聞いたが、マイネは大丈夫だったか?」
「はい。オティリオ殿下が庇ってくれましたので無事でした」
俺がオティリオの名を口にすると、ルシャードは安堵しながらも少しだけ不服そうにした。
「オティリオは王宮に帰れそうか?」
「院長の診断ではまだ安静にしないといけないらしくて、あと一週間は領主様の屋敷で治療に専念されるそうです」
先ほど侍従長ティノが、入院の準備を整えるために領主館に到着したばかりだ。
ルシャードが、訴えかけるような眼差しで問いただす。
「……マイネは王都を出たあとも、オティリオと会っていたのか?」
「いいえ。金ノ宮で最後にお会いして以来、四年半ぶりでした」
即座に否定すると、ルシャードはわかりやすく喜色を表した。
ルシャードが俺を生きていると信じて、ずっと捜し続けたのはなぜなのか。
俺に王都に一緒に戻ろうと言ったのはなぜなのか。
発情期のたびに見る夢がある。
ルシャードに「好きだ」と言われて抱きしめられる夢だ。
あれは現実だったのではないのか。
愛されていると錯覚しそうになったが、錯覚ではなかったのではないのか。
俺はそう思ってしまった。
ルシャードの金色の瞳に見入る。
答えを探すように。
自身の心の中だけで悩むのは、やめにしようと決めた。
だからわからないなら、ルシャードに訊けばいい。
「ルシャード殿下。俺の発情期が終わった朝方、明日になったらゆっくり話そうと言われてました。どんな話をするつもりだったか覚えてますか?」
今更かもしれないが、あのとき、ルシャードが何を話そうとしていたのか知りたい。
「今日も同じことを言うつもりでここへ来た」
ルシャードが不意に俺を抱き寄せると、ばさりと背中に翼が出現した。
「えっ!」
「飛ぶぞ。しっかり捕まれ」
地面からふわりと浮く。
ルシャードが俺の腰を左腕でしっかりと支えると、右腕を俺の膝に回して横抱きにした。
「狼がこちらに来て、邪魔をされそうだった」
地上を見ると、ルシャードの言葉通り中庭に出てきたゲリンが俺とルシャードを見上げていた。
病院の最上階より高くゆっくりと上昇する。
「怖いか?」
「怖くないです」
怖いどころか、見たこともない上空からの景色に感動していた。
見慣れた病院の建物を上から眺めるのは、不思議でたまらない。
ぽっかりと中庭があるのがわかる。
風がない日だ。
地上の喧騒がかすかに聞こえる。
アプト領の街並みが遠くまで続き、石造りの三角屋根の赤茶色や青色の間を、木々の濃い緑が埋める。
リサとエリーゼが住む、山の麓まで見渡せた。
「あ、あそこ。虹があります」
目を細めて俺が指さす方向に、建物が途切れた山間の中に大きな虹がかかっていた。
「滝のあるあたりだな。行ってみるか?」
「虹に触れますか?」
「マイネの願いなら叶えてやりたいが、それは無理だろうな」
ルシャードはそう言いつつも、虹に向かってしなやかに羽ばたく。
浮遊感に襲われた。
一瞬だけ風が吹いて、俺は目を閉じる。
そして再び瞼を開けてみると、見渡す限り青く澄み切った空の中で、黄金の光の粒をまとって煌めく聖獣は、驚くほど神秘的だった。
聖獣に変化したルシャードの胸に顔を埋める。
胸元の黄金の毛並みを指で触れた。
ルシャードとともに空を飛ぶなんて、あまりの現実感のなさに笑ってしまう。
虹の近くまでたどり着くと、空中で静止したルシャードとともに滝と七色の織りなす壮麗な景色を眼下に見下ろした。
絶景だ。夢のような幻想的な世界だった。
虹に手を伸ばすが、近寄りすぎると消えてしまう。
離れると再び虹は現れる。
旋回し虹を追うが、やはり手に触れることはできなかった。
ルシャードに「触れたか?」と訊かれ、俺は「無理みたいです」と返した。
諦めて、水飛沫をあげる滝の真横を下降する。
打ち付けるような激しい水音が鼓膜を叩いた。
そして苔むした地面に足をつける。
周囲の木々は頭上高くに枝が広がっていた。
その枝の間から、まばらに陽光が降り注ぐ。
翼が消えて人型に戻ったルシャードは、優しい眼差しで俺の菫色の瞳を覗き込んだ。
「マイネ」
ルシャードが改まった声で名を呼ぶ。
ルシャードの金色の瞳の中に俺だけが映っていた。
「マイネを愛している。生涯かけて幸せにすると誓う」
俺とルシャードの鼓動が溶けあって満ちていくような感じがする。
「番になってくれるか?」
俺は目を瞠った。
ルシャードは俺の想像よりも遥かに大きな愛情を示した。
獣人のルシャードにとって番とは、生涯ひとりだけだ。
本当に四年半前も同じことを言うつもりだったのか。
俺は混乱する。
ルシャードが俺の返事を待っている。
そのルシャードのあまりに愛おしい表情に、甘い痺れに蕩けそうになった。
返事がしたいのに胸がいっぱいで言葉がでない。
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