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 ルシャード・フォン・ヴァイツゼッカー。
 アンゼル王国ディアーク王の十歳年下の弟君だ。

 冷徹で残忍で兄のディアークを傀儡のように操っているという悪い噂の持ち主である。
 しかし、そんな事実はない。

 また黄金の人と呼ばれ、聖獣に変化する様は神々しく美しく、人型の姿形も見惚れるほどの美丈夫だった。

 三十五歳にして未だ未婚であるが、隣国の王女と婚約しているという話をマイネは知っている。

 四年半ぶりに見るルシャードは、記憶の中と何ら変わっていなかった。

 金色の瞳でマイネの顔を覗き込む。
 その仕草も以前のままだ。

「怪我はないか?」
 
 座り込むマイネの手を取って、ルシャードは軽く引っ張った。
 
 そのまま、マイネはルシャードの逞しい胸の中におさまる。
 ルシャードの闇のような黒衣がマイネの視界を塞ぐと、その下の引き締まった身体を感じた。

「マイネ会いたかった。四年半ぶりか?変わりはないか?」

 マイネは混乱していた。
 
 すべての山賊は、屍のように蹲って、生きているのかわからない。
 山賊に襲われていたマイネは、危ないところを、ルシャードに助けられ、緊張と驚きで腰が抜けそうだ。

 様子を伺うゲリンの視線に、マイネは、はっとした。
「ゲリン、大丈夫か?」

「あぁ、俺はもう大丈夫だ…薬が効いたみたいだ」

 騎士団に入りたかったゲリンが、ルシャードの顔を知らないはずがない。

 そして、カスパーと結びつけることは容易だろう。
 信じられないという表情をゲリンから明白に伝わる。

「マイネを守ってくれて感謝する。マイネは私が送る。お前は一人で帰れ」
 ルシャードが告げた。

 追い払うように手を振るルシャードの態度が悪い。

「…はい」
 ゲリンは返事をしたものの、躊躇いながらもマイネから鞄を受け取る。

 マイネはゲリンに囁いた。
「殿下に会ったことは、黙っててほしい…」
 
 ゲリンは、わかってるとばかりにマイネの肩に優しく手を置く。

「心配するな。先に戻ってるよ」
 そう言うと、変化して走り去った。

「行こう」
 ルシャードに手を引かれてマイネは歩き出す。

 森を抜けた。
 サン湖まで辿り着くと、汚れた顔や手足を洗う。

 マイネが両膝を抱えて畔に座ると、ルシャードは木に寄りかかって腕組みをした。

 何から言えばいいのか思案したマイネは、唇を噛んだ。
 
 動揺を隠し、冷静を装う。
「お一人でいらしたんですか?」

「マイネを見つけたと知らせを受けて王都から飛んで来た」

 ルシャードは比喩ではなく、本当に飛べる聖獣だ。

「それなのに、マイネは出かけていると言われてしまって。待ちきれなくて、場所を教えてもらい、ここまで来た」

 ルシャードは金色の目をマイネに向ける。 
 マイネはその瞳に凝視され、微動だにできなくなった。

「…俺を探してたんですか?」

「死んだと聞かされたが、亡骸はなかった。秘密裏にずっと探していた。四年半もかかってしまったが、ようやく見つけた」

「どうして…」
 マイネは呟く。

「…マイネは自分の意思で王都を出たのか?」
「はい」

 マイネが返事をすると、ルシャードの獣の耳が、ぴくっと動いた。
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