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第三部
6.勧誘拒否
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誤字脱字訂正しました&一部修正しました。
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レストランの入口にて。受付係の人に招待状を手渡した。中庭もあるそこそこ広めのレストランは、ガーデンパーティーもできるし、結婚式の2次会にもよく使われるらしい。友達同士で集まるにはもってこいのオシャレなレストランを見て、私は自分がまったく無計画なことを思い出した。
・・・そういえば、結婚式ってどこでやるんだろう・・・。
「ドレスはオーダーメイドよ!私がデザインするからね!!」と、白夜のお母様、夏姫さんには両手を握られて説得されてしまった。もちろんありがたいので素直にうなずいておいた。ただ、どうやら今は仕事が少し忙しいらい。7月の半ばになれば落ち着くらしいけど。オーダーメイドのドレスってどのくらい時間がかかるかわからないが、1か月は多分かかるよね?私も8月には東条セキュリティでの派遣も終わるし、時間の融通もきく。それでも今のうちから少しずつ調べ始めてみるか。
係りの人に案内された場所は、レストランの中庭だった。中央には噴水があって涼しげだ。
時刻は6時半ピッタリ。時間通りには始まらないだろうという目論見通り、集まっている人数もまだぼちぼち。そして伝えられたドレスコードに従って、夏らしい仮装をして来ている人は、驚くことにほぼ全員だった。
たいていの人が浴衣などを着用している。中にはお祭りで売っているお面などを被っている人もいて、なるほど、確かに仮装だわと納得してしまった。これが大学のパーティーとかなら、みんな余裕でビキニとかの水着姿で現れるんだろうなぁ・・・流石にそんな勇気と度胸がある人はここではいないようである意味ほっとした。
「お前何か飲み物もらうか?」
隣を歩く鷹臣君がドリンクエリアを指して尋ねてきた。
「そうだね、先に飲み物でもいただいておこうか」
主役のAddiCtメンバーや事務所の社長さんらしき人はまだ見えていない。少し遅れているのかも。
「しまった、車おいて来ればよかったぜ」とぼやいた鷹臣君の目線の先には、当たり年と言われた年代物のワイン。この人お酒は蟒蛇級なんだよね。とにかく何でも飲む。日本酒、ワイン、焼酎、ビール、泡盛、etc・・・見た目通り、お酒は強い。でもお酒を飲みすぎると力のコントロールがうまくいかなくなるとかで、普段外では制限しているらしい。まあ、鷹臣君の場合能力は結界だからそこまで被害も大きくならないと思うけれど。
「鷹臣君、私ミモザがいい。作って」
「はあ?てめえ、なんで俺に作らせるんだよ」
「だってほら、鷹臣君上手じゃん。カクテルシェーカーもあるし、ご自由にどうぞって書いてあるし。シャンパンもあるよ?あ、ウォッカも。スクリュードライバーでもいいかもしれない」
むしろシャンパンって甘いから、カロリー&糖分を考えると・・・ミモザはやめておくか。
ぶつくさ言いながらすぐに「ほらよ」と作ってくれた鷹臣君は、何だかんだ言って優しい。つい嬉しくなって笑顔でお礼を告げた。
そんな私達を遠目から見ている人たちの中に、見覚えのある人物が・・・
「やっぱり、思った通り麗さんね。久しぶり。元気にしてた?」
「あ・・・ああ!笹原さんとMIKAさんー!」
人の輪から抜け出して近づいてきたのは、「堕天使の恋」の撮影でお世話になった、プロデューサーの笹原さんと、メイクアップアーティストのMIKAさんだ。知的なメガネがとってもクールな笹原さんは、しっとりとした和風美女になっている。やはり浴衣ですか。夏の定番は一番親しみが湧くらしい。
そしてメイクのMIKAさんは・・・ん?アメリカの国旗のシャツ?それに全身赤と白と青+星柄。はて?
「あんたね、その顔は私がなんでこんな恰好かわかってないようね~。全く、今日はいったい何の日かしら?」
「え?えっと、今日は7月4日・・・って、ああ!独立記念日か!」
すっかり忘れていたアメリカの独立記念日。夏の最大のお祭りじゃないか。日本のと比べるとしょぼいけど、花火も上がる。そしてアメリカの国旗のデザインが増える時期でもある。Tシャツから靴から、なんでもアリだ。
なるほど、とMIKAさんの恰好を眺めながら感心した。その手もあったのか。
「って、あらいい男!麗ちゃん、隣の彼は麗ちゃんの彼氏!?」
ハイテンションになったMIKAさんは、隣にいる鷹臣君を見て頬を染めた。
「彼氏じゃなくて、従兄で上司の、古紫鷹臣です。鷹臣君、この人がPV撮影の時メイクを担当してくれたメイクアップアーティストのMIKAさんと、プロデューサーの笹原さん」
営業用のスマイルを浮かべた鷹臣君は、感じよく二人に挨拶をした。なぜだか笹原さんまでどこか頬が薄らと赤い。従兄の女たらしっぷりが垣間見えた。
「で、社長はまだのようですね。ご挨拶をしたいのですが」
愛想のいい笑みを張り付けたまま、鷹臣君が笹原さんに尋ねた。ぐるりと見渡した笹原さんは、「もうそろそろ来てもいいはずなんですけど・・・」と首をかしげる。
喋っているうちに気付けば結構な人数が集まっていたらしい。約40人くらいだろうか。来れる人だけ来たようだけど、そこそこ多く感じられる。
そして突如空気がざわりと揺れた。
振り返ると、丁度今日の主役が現れたらしい。拍手をされながら中庭に入って来るのは、AddiCtメンバーの4人。服装は~・・・いつも通りだった。
「DIA~!久しぶりー!」
「え!?」
Aが駆け寄って私に抱き着く寸前。Qさんに襟をつかまれて首が締まり、彼は激しく咳き込んでいる。
「何すんだよ、Q!せっかくの再会を祝おうってーのに!」
「何じゃないですよ。全く、そんな大声で彼女の名前を呼んだりしたら、悪目立ちする羽目に・・・」
「ごめんなさい、Qさん・・・もう目立ってマス。」
いきなり現れた4名と親しげに会話をしている一般人の女(私)。隣には長身ワイルド系の美形にプロデューサー達がいれば、目立つなという方が無茶だ。それにAが私の芸名(?)のDIAを呼んだ事で、ざわめきが波紋のように広がっていく。主に、あの撮影現場で私と直接関わりがなかったスタッフに。あの人達の顔には「冗談だろ?」と書いてある。何とも複雑だ。
「発売初日からDIAって誰だ?って話題で盛りあがってるらしいじゃん。すごいね、麗」
のんびりやって来たK君がマイペースな口調で淡々と褒めた。
が、嬉しくない。
「あれはMIKAさんマジック効果であって、私じゃないし!今の私からあのDIAが同一人物だとわかる人なんて、そうそういるわけないじゃん!」
現にあそこのスタッフ連中を見てよ。二度見どころか三度見する人もいるよ。動物園の珍獣の気分だ。
「まあね。詐欺レベルだよね」
それを言うな!
「だからこそ、話題性バッチリなのよ~?このままにしておくのは勿体ないくらいにね」
「「あ。」」
「ん?」
突然後ろから誰かにぎゅうっと抱きしめられて、私は硬直した。
艶やかな声に腰に回された腕、そして抱きしめられる体温が感じられて、その力加減から相手が女性だということはわかった。
が、問題は誰かということだ。
ゆっくりと背後を振り返ると・・・そこにはお岩さんがいた。
「キャー!?」
◆ ◆ ◆
「全く、社長が無駄に特殊メイク凝るから、麗驚いちゃったじゃん」
「あらあら、ごめんね~?若い子に驚かれるなんて、私もなかなかやるじゃない!」
一瞬気を失いそうになった私をとっさに抱き留めたのは、鷹臣君だ。数秒間意識を飛ばしたかもしれない。なんでここにお岩さんがいるの!?と頭がパニクった後。K君があっさりと正体を明かしてくれた。
「これ、うちの社長。地球人のメスでこう見えて年齢は・・・」
「お黙り」
鞭で打つような鋭い叱責が飛んだ。
「全くこの子ったらなんて適当な紹介を・・・驚かせて悪かったわね。二階堂冴子よ。今日は来てくれてありがとうね。一ノ瀬麗さんと、古紫・・・鷹臣さん?」
ハリウッド映画並に本格的なお岩さんメイクをしたまま、噂の変人(?)社長さんが挨拶をしてくれた。って、社長さん女性だったのか・・・
「いえ、こちらこそお招きありがとうございました」
にっこりと笑う鷹臣君につられて、私も何とか会釈した。さっきは至近距離から見つめられてびっくりしたけれど、よくよく見ればリアルでクオリティ高い・・・どうやって作ったんだろう。
「あの、すみません。社長さんのその恰好は、お岩さんで合ってますか?」
ザンバラな髪の毛に腫れあがった瞼、そして白い着物・・・それから連想されるものは・・・
「ええ、正解よ。夏といえば怪談!でもって四谷怪談!でしょ。せっかくだから定番をやってみたかったのよね~」
あんたたち、どう?と訊かれて、K君は適当に「いいんじゃない?」と答えた。その裏で「やりすぎじゃない?」と聞こえたのは私の空耳だろうか。
「浴衣で来てくれて嬉しいわあ。まったく、あんたたちは普段が仮装しているようなもんだからって、こんな時位爽やかな恰好ができないのかしら」
「それは俺たちのイメージがあるしなー。無理だろ」
爽やかさとは無縁の恰好の彼等に社長さんがぼやくと、Jがさっそく料理を食べながら答えた。まあ、イメージを守るのも大変だよねえ。
「ところで。さっそくだけど麗さん。うちの事務所に入ってみない?」
「・・・はい?」
ずいっと近寄られて、思わず一歩後ずさる。その顔を間近で凝視するのは、いくら怖いもの知らずの私でもためらう物があるんだけど!
「登録だけでもしてみましょうよ、ね!気が向いたらアルバイト感覚でお仕事してくれたらいいし。どう!?」
「え、えっと・・・いや、ちょっとそれは・・・」
やんわりと断ろうとする暇をあたえず、社長さんの強引なトークは続いた。
「発売からまだ一週間未満でここまで話題になるとは思ってなかったのよね。実に嬉しい誤算だわ。もちろんあなたが魅力的なのは否定しないしそんなあなたに目を付けた私も流石私!と自画自賛がないわけじゃないんだけれど磨けば光るどころか化粧映えする顔ってゆーかこーゆー子ってどんな役にでもなりきれる気がするのよねあなた実は憑依体質でしょ?実にいいわどんどん役に入り込んでくれて大歓迎ってことではい契約書」
・・・最後の方は息継ぎがなかったと思う。
マシンガントークのように捲し立てられて渡されたのは、事務所の契約書だった。って、ちょっと待て待て!
「落ち着いてください!無理です、私には無理ですからー!」
ぐいっと押し付け返すと、「気が向いた時でも構わないからまずは入会だけ」と、悪徳商法のような返しをされてしまった。
「いやいや、ってちょっと鷹臣君!黙ってないで止めてよ!!」
すっかり高みの見物を決め込んでいる室長様は、ニヤニヤ顔で傍観役に徹している。そんな彼を見て、社長の目が鋭く光った。
「それなら、あなたの従兄さんも一緒ならどう?いい線いくと思うのよね彼も実に欲しい逸材だわ立っているだけであのオーラと存在感に威圧感は只者じゃない証拠よねこう触ると切れる鋭利なナイフのような野性味と色気・・・いい!」
影のように隣に控えていた社長の秘書さんだろうか。その人からもう1セット契約書を受け取って、社長さんは鷹臣君に押し付けた。ぴくりと鷹臣君の眉根が寄った。
「さあさあ、ぜひ我が社と契約を!」
ちょっと出演するだけでいい。この前みたいにPVで数秒間とか~と続く声を一歩離れた場所で聞く。ターゲットを鷹臣君にすり替えてしまえば私は楽だ。だって鷹臣君が受けるはずないし、私は鷹臣君に便乗すればOKだ。
「いや、申し訳ないですが、私は一応経営者ですので」
「あら、副業がダメってわけではないでしょう?なんならボランティアか趣味だとでも思ってくれて構わないのよ?」
押すなぁ、社長さん。
すっかり立場が逆転して、私はK君に勧められるまま飲み食いを始めた。社長さんは変人って噂だけど、ただの押しの強いお姉さんって感じだ。(お岩さんメイクで年齢はわからないが。)
「社長。考える時間も必要だと思いますよ?」のQさんの一言で、社長はようやっく落ち着きを見せた。まさに鶴の一声だ。
「そうね、私ったらついおいしそうな子たちを見つけて興奮しちゃったわ・・・ごめんなさいね~」
「「・・・・・・」」
おいしそうな子たち?
流石の俺様鷹臣君も、社長さんの勢いと発言には面を食らったみたいで。何とも言えない微妙な顔で、人に呼ばれて離れていく彼女の後ろ姿をじっと眺めていた。
◆ ◆ ◆
「ふふ、あんなに警戒心を露わにする必要、ないとは思わない?K」
中庭から室内に移動した冴子は、窓越しからちらりと鷹臣と麗の様子を盗み見る。想像以上の面白い人物に会えて、彼女は確かに興奮していたのだろう。いつも以上に饒舌で強引かつ、テンションが高い。
「まさか彼女の従兄・・・古紫家の次期当主様までお越しになるとはねえ。直接私が何なのか・・・、確かめに来たってところかしら。別に私なんてただの部外者と同じなのに、律儀というかなんというか・・・」
「あなたが麗を構いすぎるからでしょ。どこの家の差し金かって警戒していたんじゃないの?面倒だからちゃんと誤解を解いておいた方がいいと思うけど。少なくとも、俺たちは彼等に何もする気はないんだし」
「そうねー。帰りまでにまた、あの坊やを呼び出してもらおうかしら。懸念事項は少ない方がお互い楽だしね?」
くすりと微笑んだ冴子は、シャンパングラスをぐいっと煽り、上機嫌で中庭へ戻った。残されたKのため息が彼女に届くことはなかった。
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レストランの入口にて。受付係の人に招待状を手渡した。中庭もあるそこそこ広めのレストランは、ガーデンパーティーもできるし、結婚式の2次会にもよく使われるらしい。友達同士で集まるにはもってこいのオシャレなレストランを見て、私は自分がまったく無計画なことを思い出した。
・・・そういえば、結婚式ってどこでやるんだろう・・・。
「ドレスはオーダーメイドよ!私がデザインするからね!!」と、白夜のお母様、夏姫さんには両手を握られて説得されてしまった。もちろんありがたいので素直にうなずいておいた。ただ、どうやら今は仕事が少し忙しいらい。7月の半ばになれば落ち着くらしいけど。オーダーメイドのドレスってどのくらい時間がかかるかわからないが、1か月は多分かかるよね?私も8月には東条セキュリティでの派遣も終わるし、時間の融通もきく。それでも今のうちから少しずつ調べ始めてみるか。
係りの人に案内された場所は、レストランの中庭だった。中央には噴水があって涼しげだ。
時刻は6時半ピッタリ。時間通りには始まらないだろうという目論見通り、集まっている人数もまだぼちぼち。そして伝えられたドレスコードに従って、夏らしい仮装をして来ている人は、驚くことにほぼ全員だった。
たいていの人が浴衣などを着用している。中にはお祭りで売っているお面などを被っている人もいて、なるほど、確かに仮装だわと納得してしまった。これが大学のパーティーとかなら、みんな余裕でビキニとかの水着姿で現れるんだろうなぁ・・・流石にそんな勇気と度胸がある人はここではいないようである意味ほっとした。
「お前何か飲み物もらうか?」
隣を歩く鷹臣君がドリンクエリアを指して尋ねてきた。
「そうだね、先に飲み物でもいただいておこうか」
主役のAddiCtメンバーや事務所の社長さんらしき人はまだ見えていない。少し遅れているのかも。
「しまった、車おいて来ればよかったぜ」とぼやいた鷹臣君の目線の先には、当たり年と言われた年代物のワイン。この人お酒は蟒蛇級なんだよね。とにかく何でも飲む。日本酒、ワイン、焼酎、ビール、泡盛、etc・・・見た目通り、お酒は強い。でもお酒を飲みすぎると力のコントロールがうまくいかなくなるとかで、普段外では制限しているらしい。まあ、鷹臣君の場合能力は結界だからそこまで被害も大きくならないと思うけれど。
「鷹臣君、私ミモザがいい。作って」
「はあ?てめえ、なんで俺に作らせるんだよ」
「だってほら、鷹臣君上手じゃん。カクテルシェーカーもあるし、ご自由にどうぞって書いてあるし。シャンパンもあるよ?あ、ウォッカも。スクリュードライバーでもいいかもしれない」
むしろシャンパンって甘いから、カロリー&糖分を考えると・・・ミモザはやめておくか。
ぶつくさ言いながらすぐに「ほらよ」と作ってくれた鷹臣君は、何だかんだ言って優しい。つい嬉しくなって笑顔でお礼を告げた。
そんな私達を遠目から見ている人たちの中に、見覚えのある人物が・・・
「やっぱり、思った通り麗さんね。久しぶり。元気にしてた?」
「あ・・・ああ!笹原さんとMIKAさんー!」
人の輪から抜け出して近づいてきたのは、「堕天使の恋」の撮影でお世話になった、プロデューサーの笹原さんと、メイクアップアーティストのMIKAさんだ。知的なメガネがとってもクールな笹原さんは、しっとりとした和風美女になっている。やはり浴衣ですか。夏の定番は一番親しみが湧くらしい。
そしてメイクのMIKAさんは・・・ん?アメリカの国旗のシャツ?それに全身赤と白と青+星柄。はて?
「あんたね、その顔は私がなんでこんな恰好かわかってないようね~。全く、今日はいったい何の日かしら?」
「え?えっと、今日は7月4日・・・って、ああ!独立記念日か!」
すっかり忘れていたアメリカの独立記念日。夏の最大のお祭りじゃないか。日本のと比べるとしょぼいけど、花火も上がる。そしてアメリカの国旗のデザインが増える時期でもある。Tシャツから靴から、なんでもアリだ。
なるほど、とMIKAさんの恰好を眺めながら感心した。その手もあったのか。
「って、あらいい男!麗ちゃん、隣の彼は麗ちゃんの彼氏!?」
ハイテンションになったMIKAさんは、隣にいる鷹臣君を見て頬を染めた。
「彼氏じゃなくて、従兄で上司の、古紫鷹臣です。鷹臣君、この人がPV撮影の時メイクを担当してくれたメイクアップアーティストのMIKAさんと、プロデューサーの笹原さん」
営業用のスマイルを浮かべた鷹臣君は、感じよく二人に挨拶をした。なぜだか笹原さんまでどこか頬が薄らと赤い。従兄の女たらしっぷりが垣間見えた。
「で、社長はまだのようですね。ご挨拶をしたいのですが」
愛想のいい笑みを張り付けたまま、鷹臣君が笹原さんに尋ねた。ぐるりと見渡した笹原さんは、「もうそろそろ来てもいいはずなんですけど・・・」と首をかしげる。
喋っているうちに気付けば結構な人数が集まっていたらしい。約40人くらいだろうか。来れる人だけ来たようだけど、そこそこ多く感じられる。
そして突如空気がざわりと揺れた。
振り返ると、丁度今日の主役が現れたらしい。拍手をされながら中庭に入って来るのは、AddiCtメンバーの4人。服装は~・・・いつも通りだった。
「DIA~!久しぶりー!」
「え!?」
Aが駆け寄って私に抱き着く寸前。Qさんに襟をつかまれて首が締まり、彼は激しく咳き込んでいる。
「何すんだよ、Q!せっかくの再会を祝おうってーのに!」
「何じゃないですよ。全く、そんな大声で彼女の名前を呼んだりしたら、悪目立ちする羽目に・・・」
「ごめんなさい、Qさん・・・もう目立ってマス。」
いきなり現れた4名と親しげに会話をしている一般人の女(私)。隣には長身ワイルド系の美形にプロデューサー達がいれば、目立つなという方が無茶だ。それにAが私の芸名(?)のDIAを呼んだ事で、ざわめきが波紋のように広がっていく。主に、あの撮影現場で私と直接関わりがなかったスタッフに。あの人達の顔には「冗談だろ?」と書いてある。何とも複雑だ。
「発売初日からDIAって誰だ?って話題で盛りあがってるらしいじゃん。すごいね、麗」
のんびりやって来たK君がマイペースな口調で淡々と褒めた。
が、嬉しくない。
「あれはMIKAさんマジック効果であって、私じゃないし!今の私からあのDIAが同一人物だとわかる人なんて、そうそういるわけないじゃん!」
現にあそこのスタッフ連中を見てよ。二度見どころか三度見する人もいるよ。動物園の珍獣の気分だ。
「まあね。詐欺レベルだよね」
それを言うな!
「だからこそ、話題性バッチリなのよ~?このままにしておくのは勿体ないくらいにね」
「「あ。」」
「ん?」
突然後ろから誰かにぎゅうっと抱きしめられて、私は硬直した。
艶やかな声に腰に回された腕、そして抱きしめられる体温が感じられて、その力加減から相手が女性だということはわかった。
が、問題は誰かということだ。
ゆっくりと背後を振り返ると・・・そこにはお岩さんがいた。
「キャー!?」
◆ ◆ ◆
「全く、社長が無駄に特殊メイク凝るから、麗驚いちゃったじゃん」
「あらあら、ごめんね~?若い子に驚かれるなんて、私もなかなかやるじゃない!」
一瞬気を失いそうになった私をとっさに抱き留めたのは、鷹臣君だ。数秒間意識を飛ばしたかもしれない。なんでここにお岩さんがいるの!?と頭がパニクった後。K君があっさりと正体を明かしてくれた。
「これ、うちの社長。地球人のメスでこう見えて年齢は・・・」
「お黙り」
鞭で打つような鋭い叱責が飛んだ。
「全くこの子ったらなんて適当な紹介を・・・驚かせて悪かったわね。二階堂冴子よ。今日は来てくれてありがとうね。一ノ瀬麗さんと、古紫・・・鷹臣さん?」
ハリウッド映画並に本格的なお岩さんメイクをしたまま、噂の変人(?)社長さんが挨拶をしてくれた。って、社長さん女性だったのか・・・
「いえ、こちらこそお招きありがとうございました」
にっこりと笑う鷹臣君につられて、私も何とか会釈した。さっきは至近距離から見つめられてびっくりしたけれど、よくよく見ればリアルでクオリティ高い・・・どうやって作ったんだろう。
「あの、すみません。社長さんのその恰好は、お岩さんで合ってますか?」
ザンバラな髪の毛に腫れあがった瞼、そして白い着物・・・それから連想されるものは・・・
「ええ、正解よ。夏といえば怪談!でもって四谷怪談!でしょ。せっかくだから定番をやってみたかったのよね~」
あんたたち、どう?と訊かれて、K君は適当に「いいんじゃない?」と答えた。その裏で「やりすぎじゃない?」と聞こえたのは私の空耳だろうか。
「浴衣で来てくれて嬉しいわあ。まったく、あんたたちは普段が仮装しているようなもんだからって、こんな時位爽やかな恰好ができないのかしら」
「それは俺たちのイメージがあるしなー。無理だろ」
爽やかさとは無縁の恰好の彼等に社長さんがぼやくと、Jがさっそく料理を食べながら答えた。まあ、イメージを守るのも大変だよねえ。
「ところで。さっそくだけど麗さん。うちの事務所に入ってみない?」
「・・・はい?」
ずいっと近寄られて、思わず一歩後ずさる。その顔を間近で凝視するのは、いくら怖いもの知らずの私でもためらう物があるんだけど!
「登録だけでもしてみましょうよ、ね!気が向いたらアルバイト感覚でお仕事してくれたらいいし。どう!?」
「え、えっと・・・いや、ちょっとそれは・・・」
やんわりと断ろうとする暇をあたえず、社長さんの強引なトークは続いた。
「発売からまだ一週間未満でここまで話題になるとは思ってなかったのよね。実に嬉しい誤算だわ。もちろんあなたが魅力的なのは否定しないしそんなあなたに目を付けた私も流石私!と自画自賛がないわけじゃないんだけれど磨けば光るどころか化粧映えする顔ってゆーかこーゆー子ってどんな役にでもなりきれる気がするのよねあなた実は憑依体質でしょ?実にいいわどんどん役に入り込んでくれて大歓迎ってことではい契約書」
・・・最後の方は息継ぎがなかったと思う。
マシンガントークのように捲し立てられて渡されたのは、事務所の契約書だった。って、ちょっと待て待て!
「落ち着いてください!無理です、私には無理ですからー!」
ぐいっと押し付け返すと、「気が向いた時でも構わないからまずは入会だけ」と、悪徳商法のような返しをされてしまった。
「いやいや、ってちょっと鷹臣君!黙ってないで止めてよ!!」
すっかり高みの見物を決め込んでいる室長様は、ニヤニヤ顔で傍観役に徹している。そんな彼を見て、社長の目が鋭く光った。
「それなら、あなたの従兄さんも一緒ならどう?いい線いくと思うのよね彼も実に欲しい逸材だわ立っているだけであのオーラと存在感に威圧感は只者じゃない証拠よねこう触ると切れる鋭利なナイフのような野性味と色気・・・いい!」
影のように隣に控えていた社長の秘書さんだろうか。その人からもう1セット契約書を受け取って、社長さんは鷹臣君に押し付けた。ぴくりと鷹臣君の眉根が寄った。
「さあさあ、ぜひ我が社と契約を!」
ちょっと出演するだけでいい。この前みたいにPVで数秒間とか~と続く声を一歩離れた場所で聞く。ターゲットを鷹臣君にすり替えてしまえば私は楽だ。だって鷹臣君が受けるはずないし、私は鷹臣君に便乗すればOKだ。
「いや、申し訳ないですが、私は一応経営者ですので」
「あら、副業がダメってわけではないでしょう?なんならボランティアか趣味だとでも思ってくれて構わないのよ?」
押すなぁ、社長さん。
すっかり立場が逆転して、私はK君に勧められるまま飲み食いを始めた。社長さんは変人って噂だけど、ただの押しの強いお姉さんって感じだ。(お岩さんメイクで年齢はわからないが。)
「社長。考える時間も必要だと思いますよ?」のQさんの一言で、社長はようやっく落ち着きを見せた。まさに鶴の一声だ。
「そうね、私ったらついおいしそうな子たちを見つけて興奮しちゃったわ・・・ごめんなさいね~」
「「・・・・・・」」
おいしそうな子たち?
流石の俺様鷹臣君も、社長さんの勢いと発言には面を食らったみたいで。何とも言えない微妙な顔で、人に呼ばれて離れていく彼女の後ろ姿をじっと眺めていた。
◆ ◆ ◆
「ふふ、あんなに警戒心を露わにする必要、ないとは思わない?K」
中庭から室内に移動した冴子は、窓越しからちらりと鷹臣と麗の様子を盗み見る。想像以上の面白い人物に会えて、彼女は確かに興奮していたのだろう。いつも以上に饒舌で強引かつ、テンションが高い。
「まさか彼女の従兄・・・古紫家の次期当主様までお越しになるとはねえ。直接私が何なのか・・・、確かめに来たってところかしら。別に私なんてただの部外者と同じなのに、律儀というかなんというか・・・」
「あなたが麗を構いすぎるからでしょ。どこの家の差し金かって警戒していたんじゃないの?面倒だからちゃんと誤解を解いておいた方がいいと思うけど。少なくとも、俺たちは彼等に何もする気はないんだし」
「そうねー。帰りまでにまた、あの坊やを呼び出してもらおうかしら。懸念事項は少ない方がお互い楽だしね?」
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