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第三部
7.白夜様の計画
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白夜視点です。ご注意ください。
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いつもなら時間はあっという間に過ぎるのに、早く過ぎてほしい時ほど遅く感じるのは何故でしょう。
あと1時間ほどでようやく木曜日が過ぎようとしています。明日の夜になればやっと麗と過ごせますが、あと1日がこれほど待ち遠しいとは・・・出来れば毎日ずっと傍にいてほしいのですが、響君をなるべく一人にはさせたくない彼女の気持ちもわかります。あまり彼女の意思に反する強引な真似は私もしたくないので、金曜の夜から週末だけうちで過ごすことを了承しましたが・・・長いですねえ、一週間は。
この週末は入籍してから初めて二人で過ごす週末です。先週末は入籍後、麗はご両親と共に実家へ帰られてしまいましたから。意識を取り戻した麗のお父様は随分と娘想いで、麗は溺愛されて育ったのでしょう。さすがに親子水入らずの時間を奪うことは出来ません。
さて、愛しい私の奥さんを明日迎える為に、少し掃除でもしておきましょうか・・・とも思ったのですが、あまりやることないですねえ。なるべく自分でやるようにはしていますが、週に一度は私の実家から人が来て最低限の家事を済ませてくれるので、ほとんど自分で部屋を片づける必要がありません。あまり物がないのもありますが。
お風呂上がりに飲んでいたビールを飲み干したと同時に、携帯が鳴り響きました。麗でしょうか、なんて顔が緩みそうになりましたが。表示されているのは海斗の名前でした。途端に落胆してしまいます。今度から麗の着信音は違うものにしておきましょう。
さて、こんな時間に海斗が私に用があるとも思えないのですが・・・珍しいですね。つまらないことでしたら許しませんよ?
そんな事を考えながら電話に出ると。告げられた内容は、私がまだ未入手の情報でした。
『あ、王子?遅くにわりーな。今さ、今週に入ってから動画サイトで話題になっているPVを見てたんだけど。それがどうも気になってさ~、まさかと思って王子に電話かけてみたわけ。今ネット繋がってる?』
動画サイト?
あまり私には馴染みがありませんね・・・ですが、海斗はどうでもいい内容をわざわざ電話で尋ねたりはしませんし。近くに置いてあった仕事用のパソコンを立ち上げて、言われるままそのサイトを開きました。そして告げられた内容でサーチをかけると、出てきたのはとあるバンドのプロモーションビデオですか・・・。おや、彼らは見覚えがありますねえ。特にこのボーカルの彼は、以前お会いしたことがある気がします。
『あ、出てきた?それじゃちょっとそれ見てみて。数分で終わるから。黒髪ロングで目がブルーの女の子が出てくるんだけど、その子がここ最近密かに話題になっててさ』
黒髪ロングで瞳がブルー・・・外国の血筋の方でしょうか。まあ、見た目はいくらでも変えられますが。それこそCGでも化粧でも。
そしてようやく海斗が言っていた彼女が登場しました。青々と茂った草原と、遠くには海でしょうか。小高い丘の上に一人で遠くを見つめて立つ姿は、儚げでもあり高潔でもあり、どこか近寄りがたい神々しさを感じられます。真っ白なドレスだから余計に清らかさが際立つのかもしれません。背中からは純白の羽が見えるようです。
彼女が話題の女性ですか・・・遠目からなので顔立ちまではわかりませんね。ですが、どことなく気にはなります。
そして海斗が「注目」と告げたシーンがやってきました。ちなみに私はほとんど歌詞は聞き流していますが、全体的にこの歌は幻想的な世界を表現しているみたいですね。出演者のバンドメンバーはファンタジー世界で出てくるような恰好をしていますし。
特にボーカルの彼は今回のキーパーソンのようです。悪魔の翼にゴシック調な衣装。断崖絶壁に建てられた洋館に窓から侵入した彼は、ゆっくりと部屋の中央へ近づいていきます。天蓋つきのベッドに横たわるのは、白いナイトドレスを纏った女性。両手を組んで瞼を閉ざすその姿は、青白い肌と相まって現実味がまるでありません。
薄暗い中、窓から入るわずかな光を頼りに翼を仕舞った彼が音もなく彼女のもとへ忍び寄り、ゆっくりと上半身を抱き起した直後。口元から鋭利な牙を覗かせました。白くなめらかな肌に牙が当たる寸前。視界がぐるりと反転して――襲われたのは男の方ですか・・・一瞬の隙を誘い、寝ていたはずの彼女が押し倒したようですね。そして彼女の口からも牙が。
ああ、なるほど。彼女も彼の同族なのでしょう。
覆い被さっていた彼女はゆっくりと上半身を起こしました。そこでようやく顔と彼女の身体がアップで映されて――・・・思わず動画を一時停止させてしまいました。
唇から垂れる赤い雫・・・ぺろりと舐めとる仕草は、先ほど感じた清らかさを忘れさせます。コルセットもつけていない大きく開いた胸元に、顎を伝った液体が垂れて、純白のドレスを赤で染めていきます。太ももの中央までまくれ上がったドレスは、肉感的で日焼けを知らない白い肌の太ももをさらけ出していますね。印象的なのは血色に光る紅い瞳と真っ赤に染まった蠱惑的な唇。白と黒と赤。この三色がどれも強烈すぎて、清純で無垢な少女というよりも、今では妖艶さが勝っています。天使なんてイメージではありません。まさしく、小悪魔や魔女、でしょうか。
ですが、驚きなのはそこではなくて。
告げられた海斗の説明が耳に伝わってきます。
『彼女無名の新人らしいんだけど、DIAって名前以外全く情報がないんだよなー。今ネットで密かにDIAって誰だ!って騒がれ始めてるんだけど。なーんか、引っかかってさー。ねえ、王子。DIAってまさか・・・』
「ええ・・・そのまさかのようですねえ・・・」
急に声が低くなったからでしょうか。海斗の戸惑う気配が伝わってきました。
『えっと、ちなみに何か聞いていたりなんてことは・・・もちろんないよな。悪い』
「あなたが謝る必要はありませんよ?確かに私は何も彼女から伺っていません。他人の空似って事もありますけど、これは100%彼女でしょう。私が愛しい女性の顔を見間違えるわけないじゃありませんか。たとえ100人麗と同じ顔の女性がいても、私はその中から本物を一人捜しだせる自信があります」
『・・・・・・』
「今、顔をひきつらせていますね?海斗」
数秒沈黙を守っていた海斗は、一言『怖っ』と呟きました。失礼な奴です。
『まあ、王子の愛はよくわかったから・・・かなり重いってことが。けどよ、ちゃんと事実確認をした方がいいんじゃ?』
「それは確かに一理ありますね・・・」
それなら、古紫室長に電話で尋ねてみましょうか。今は23時15分・・・いささか遅めの時間帯ですが、出なかったら留守電にでも残しておけば大丈夫でしょう。
一旦電話を切ろうとする海斗を制してそのまま電話を繋げます。彼にも一応会話を聞いておいてもらった方が、手間が省けますしね。面倒なので海斗には黙っててもらうように伝えましたが。
予想に反してコール音僅か3回で相手とつながりました。
「夜分遅くに申し訳ありません。東条です」と伝えると、古紫室長はいつも麗から話を聞くような砕けた口調で答えてくれました。
『東条さんか。どうかしましたか?』
「ええ、ちょっとお聞きしたい事が一件ありまして・・・」
『バキっ・・・!ガス、グフっ・・・ドスン・・・』
・・・何でしょうか。
電話の向こうから聞こえてくるのは、何かの悲鳴のような声と、鈍い打撃音、重い何かが倒れるような音など、聞き慣れない音ばかりが聞こえてくるのですが・・・。
『おお、悪い。えっと、聞きたい事だっけか?』
「はい、そうですが・・・」
その間にも遠くから古紫室長を呼ぶ声が聞こえました。聞き間違いじゃなければ、『室長!後ろ!』と大きな呼び声と、『わーってる、よ!』という古紫室長のどこか楽しげな声。ちなみに”よ!”の後には、『ぐはぁ!』といううめき声なのかわからない声まで続いたのですが。
「・・・どうやらお取込み中みたいなので、また改めてかけ直した方が良さそうですね」
『いや、大丈夫だ。悪いな、東条さん。ちょっと警察から回って来たやつでな、まあ軽く運動してたところだ。最近の若いもんは威勢だけはいいんだがな・・・物足りねえ』
おい、警察まだかー!
そうどなたかに声をかけた後、私は遠慮なく答えが一言で済む質問を投げかけました。
「それでは一つだけ。AddiCtというバンドの新曲PVに、麗は出演されましたよね?」
はい、又はいいえで済む質問なら一言で終わるでしょう。彼が正直に答えてくれるかは賭けでしたが、意外にもあっさり認めてくれました。
『ああ。なんだ、もうばれちまったのか。早いな』
「おや、てっきりはぐらかされると思っていたのですが?」
『別に黙っててとは言われたが、質問に答えるなとは口止めされていないしなー』
そう笑いながら告げた後、すぐに私は電話を切りました。どうやら警察の方が見えられたそうですので。
敵にまわしたくない男ですね、古紫室長は・・・そう再認識させられました。
黙って会話を聞いていた海斗は、『麗ちゃんの従兄って何者なんだ?』と訊いてきました。そういえば乱闘中の彼でしたが、息は全く乱れていませんでしたね。きっと海斗は手合せでも願いたいと思っているのでしょう。
「今は事務所を経営していますが、その前は海外で警察関係の組織に在籍していたこともあるらしいですよ」
とは言っても、短い期間だったそうですが。
『え、それってFBIとかそんなの?』
「いえ、FBIは確かアメリカ国籍がないと入れませんよ。彼は市民権を入手していないはずなので、恐らくインターポールかCIAか・・・まあ、そんな事はどっちでもいいですね」
『よくねえよ!』なんて喚く海斗を無視して、本題です。
「これで確認が取れたようですし・・・さて、どうしましょうかね、このPVは」
すでに出回っているCDだけでも回収したいところです。いくら芸名をつけて他人に化けているといっても、彼女は彼女。私の麗が不特定多数の人間の目に晒されるなど、冗談じゃありません。
「やはりすべてのCDを回収させましょうか・・・」
『!?ま、待て待て!早まるな!それをさせられる司馬の身にもなってみろって!ってゆーか、そんな事をしても売り上げに貢献するだけで、PVは消えないぞ?動画サイトだって消されてもすぐに違う誰かがアップするだろうし』
それは厄介ですねえ。消しても消してもきりがないというわけですか。
『俺も詳しくはないけれど。著作権法とかで引っかかるのかもしれないが、最近じゃ動画サイトを通じてブレークする事も結構あるし。日本の歌が海外にも有名になる場合って大体が動画サイトからだったりするじゃん?宣伝効果があると思えば、ある程度目を瞑ってあえてサイトに残すアーティストも多そうだよな』
なんて面倒なのでしょう。
それではレコード会社とは無関係の私達が訴えても、削除なんてしてくれなさそうですねえ。
「なるほど?そうですか・・・それなら、AddiCtが所属する事務所を買収でもしましょうか」
『は!?って、ちょっと待て待てー!何飛躍しちゃってるんだよ!』
「おや、所属事務所はそこそこ大手のようですね。俳優養成所から音楽関係まで実に手広くやっているようです。うちのグループ傘下にしても問題はなさそうですね」
『問題はあるから!ってか、ちょっと落ち着け王子。麗ちゃんが出演してたってだけでそこまで考えるのは行き過ぎだ』
行き過ぎ?
そうでしょうか。
「ふふ・・・世界中の野郎どもの餌食にされているのですよ?私の麗が。現にコメント欄を見てください。ギャップがいいだのセクシーだのと、好き放題言ってくれてやがりますね・・・今すぐ記憶を強制削除させたいくらいです」
『いや、見てるのは男ばっかじゃないから・・・ってか、王子、口!口が悪くなってるぞ・・・』
口調なんかに今更気を配っていられますか。
ですが、ある意味納得がいきました。最近の麗は何か隠し事をしていると感じていましたが、仕事関係なので仕方がないと追求はあきらめていたのです。守秘義務がある仕事ですので、秘密はあって当然。ですが、嘘はつかないと約束をしてくださいました。
それなら当然、私がこのPVの事を訊けば、彼女は答えてくれるはずですよね?
さて。日曜は生憎予定が入っているのですよね・・・夏姫さんに呼ばれているので、逆らうわけにはいきません。ですが、その前に・・・
「海斗。この撮影場所を特定するのは可能ですか?」
『え?ああ、CGがかなり使われているけど、この洋館は実在するぞ。ロケ地を調べることくらいはすぐにできるが・・・』
「そうですか、それなら調べて私に教えてください」
にこやかに告げると、海斗は躊躇いがちに『何に使うんだ?』と尋ねてきましたが、それは内緒です。
さて、麗。
こんな挑発的な恰好で男性の上に馬乗りになり相手を誘惑するなんて高等技術、いつ身に着けたのでしょう?実に見過ごせません。
どうやらこれはお仕置きが必要ですね。
覚悟しておいてくださいね?麗。
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パーティー後、鷹臣は黒崎達の案件に飛び入り参加しました(着替えてから)。タフです。いろいろとストレスが溜まっていたのでしょう・・・。
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いつもなら時間はあっという間に過ぎるのに、早く過ぎてほしい時ほど遅く感じるのは何故でしょう。
あと1時間ほどでようやく木曜日が過ぎようとしています。明日の夜になればやっと麗と過ごせますが、あと1日がこれほど待ち遠しいとは・・・出来れば毎日ずっと傍にいてほしいのですが、響君をなるべく一人にはさせたくない彼女の気持ちもわかります。あまり彼女の意思に反する強引な真似は私もしたくないので、金曜の夜から週末だけうちで過ごすことを了承しましたが・・・長いですねえ、一週間は。
この週末は入籍してから初めて二人で過ごす週末です。先週末は入籍後、麗はご両親と共に実家へ帰られてしまいましたから。意識を取り戻した麗のお父様は随分と娘想いで、麗は溺愛されて育ったのでしょう。さすがに親子水入らずの時間を奪うことは出来ません。
さて、愛しい私の奥さんを明日迎える為に、少し掃除でもしておきましょうか・・・とも思ったのですが、あまりやることないですねえ。なるべく自分でやるようにはしていますが、週に一度は私の実家から人が来て最低限の家事を済ませてくれるので、ほとんど自分で部屋を片づける必要がありません。あまり物がないのもありますが。
お風呂上がりに飲んでいたビールを飲み干したと同時に、携帯が鳴り響きました。麗でしょうか、なんて顔が緩みそうになりましたが。表示されているのは海斗の名前でした。途端に落胆してしまいます。今度から麗の着信音は違うものにしておきましょう。
さて、こんな時間に海斗が私に用があるとも思えないのですが・・・珍しいですね。つまらないことでしたら許しませんよ?
そんな事を考えながら電話に出ると。告げられた内容は、私がまだ未入手の情報でした。
『あ、王子?遅くにわりーな。今さ、今週に入ってから動画サイトで話題になっているPVを見てたんだけど。それがどうも気になってさ~、まさかと思って王子に電話かけてみたわけ。今ネット繋がってる?』
動画サイト?
あまり私には馴染みがありませんね・・・ですが、海斗はどうでもいい内容をわざわざ電話で尋ねたりはしませんし。近くに置いてあった仕事用のパソコンを立ち上げて、言われるままそのサイトを開きました。そして告げられた内容でサーチをかけると、出てきたのはとあるバンドのプロモーションビデオですか・・・。おや、彼らは見覚えがありますねえ。特にこのボーカルの彼は、以前お会いしたことがある気がします。
『あ、出てきた?それじゃちょっとそれ見てみて。数分で終わるから。黒髪ロングで目がブルーの女の子が出てくるんだけど、その子がここ最近密かに話題になっててさ』
黒髪ロングで瞳がブルー・・・外国の血筋の方でしょうか。まあ、見た目はいくらでも変えられますが。それこそCGでも化粧でも。
そしてようやく海斗が言っていた彼女が登場しました。青々と茂った草原と、遠くには海でしょうか。小高い丘の上に一人で遠くを見つめて立つ姿は、儚げでもあり高潔でもあり、どこか近寄りがたい神々しさを感じられます。真っ白なドレスだから余計に清らかさが際立つのかもしれません。背中からは純白の羽が見えるようです。
彼女が話題の女性ですか・・・遠目からなので顔立ちまではわかりませんね。ですが、どことなく気にはなります。
そして海斗が「注目」と告げたシーンがやってきました。ちなみに私はほとんど歌詞は聞き流していますが、全体的にこの歌は幻想的な世界を表現しているみたいですね。出演者のバンドメンバーはファンタジー世界で出てくるような恰好をしていますし。
特にボーカルの彼は今回のキーパーソンのようです。悪魔の翼にゴシック調な衣装。断崖絶壁に建てられた洋館に窓から侵入した彼は、ゆっくりと部屋の中央へ近づいていきます。天蓋つきのベッドに横たわるのは、白いナイトドレスを纏った女性。両手を組んで瞼を閉ざすその姿は、青白い肌と相まって現実味がまるでありません。
薄暗い中、窓から入るわずかな光を頼りに翼を仕舞った彼が音もなく彼女のもとへ忍び寄り、ゆっくりと上半身を抱き起した直後。口元から鋭利な牙を覗かせました。白くなめらかな肌に牙が当たる寸前。視界がぐるりと反転して――襲われたのは男の方ですか・・・一瞬の隙を誘い、寝ていたはずの彼女が押し倒したようですね。そして彼女の口からも牙が。
ああ、なるほど。彼女も彼の同族なのでしょう。
覆い被さっていた彼女はゆっくりと上半身を起こしました。そこでようやく顔と彼女の身体がアップで映されて――・・・思わず動画を一時停止させてしまいました。
唇から垂れる赤い雫・・・ぺろりと舐めとる仕草は、先ほど感じた清らかさを忘れさせます。コルセットもつけていない大きく開いた胸元に、顎を伝った液体が垂れて、純白のドレスを赤で染めていきます。太ももの中央までまくれ上がったドレスは、肉感的で日焼けを知らない白い肌の太ももをさらけ出していますね。印象的なのは血色に光る紅い瞳と真っ赤に染まった蠱惑的な唇。白と黒と赤。この三色がどれも強烈すぎて、清純で無垢な少女というよりも、今では妖艶さが勝っています。天使なんてイメージではありません。まさしく、小悪魔や魔女、でしょうか。
ですが、驚きなのはそこではなくて。
告げられた海斗の説明が耳に伝わってきます。
『彼女無名の新人らしいんだけど、DIAって名前以外全く情報がないんだよなー。今ネットで密かにDIAって誰だ!って騒がれ始めてるんだけど。なーんか、引っかかってさー。ねえ、王子。DIAってまさか・・・』
「ええ・・・そのまさかのようですねえ・・・」
急に声が低くなったからでしょうか。海斗の戸惑う気配が伝わってきました。
『えっと、ちなみに何か聞いていたりなんてことは・・・もちろんないよな。悪い』
「あなたが謝る必要はありませんよ?確かに私は何も彼女から伺っていません。他人の空似って事もありますけど、これは100%彼女でしょう。私が愛しい女性の顔を見間違えるわけないじゃありませんか。たとえ100人麗と同じ顔の女性がいても、私はその中から本物を一人捜しだせる自信があります」
『・・・・・・』
「今、顔をひきつらせていますね?海斗」
数秒沈黙を守っていた海斗は、一言『怖っ』と呟きました。失礼な奴です。
『まあ、王子の愛はよくわかったから・・・かなり重いってことが。けどよ、ちゃんと事実確認をした方がいいんじゃ?』
「それは確かに一理ありますね・・・」
それなら、古紫室長に電話で尋ねてみましょうか。今は23時15分・・・いささか遅めの時間帯ですが、出なかったら留守電にでも残しておけば大丈夫でしょう。
一旦電話を切ろうとする海斗を制してそのまま電話を繋げます。彼にも一応会話を聞いておいてもらった方が、手間が省けますしね。面倒なので海斗には黙っててもらうように伝えましたが。
予想に反してコール音僅か3回で相手とつながりました。
「夜分遅くに申し訳ありません。東条です」と伝えると、古紫室長はいつも麗から話を聞くような砕けた口調で答えてくれました。
『東条さんか。どうかしましたか?』
「ええ、ちょっとお聞きしたい事が一件ありまして・・・」
『バキっ・・・!ガス、グフっ・・・ドスン・・・』
・・・何でしょうか。
電話の向こうから聞こえてくるのは、何かの悲鳴のような声と、鈍い打撃音、重い何かが倒れるような音など、聞き慣れない音ばかりが聞こえてくるのですが・・・。
『おお、悪い。えっと、聞きたい事だっけか?』
「はい、そうですが・・・」
その間にも遠くから古紫室長を呼ぶ声が聞こえました。聞き間違いじゃなければ、『室長!後ろ!』と大きな呼び声と、『わーってる、よ!』という古紫室長のどこか楽しげな声。ちなみに”よ!”の後には、『ぐはぁ!』といううめき声なのかわからない声まで続いたのですが。
「・・・どうやらお取込み中みたいなので、また改めてかけ直した方が良さそうですね」
『いや、大丈夫だ。悪いな、東条さん。ちょっと警察から回って来たやつでな、まあ軽く運動してたところだ。最近の若いもんは威勢だけはいいんだがな・・・物足りねえ』
おい、警察まだかー!
そうどなたかに声をかけた後、私は遠慮なく答えが一言で済む質問を投げかけました。
「それでは一つだけ。AddiCtというバンドの新曲PVに、麗は出演されましたよね?」
はい、又はいいえで済む質問なら一言で終わるでしょう。彼が正直に答えてくれるかは賭けでしたが、意外にもあっさり認めてくれました。
『ああ。なんだ、もうばれちまったのか。早いな』
「おや、てっきりはぐらかされると思っていたのですが?」
『別に黙っててとは言われたが、質問に答えるなとは口止めされていないしなー』
そう笑いながら告げた後、すぐに私は電話を切りました。どうやら警察の方が見えられたそうですので。
敵にまわしたくない男ですね、古紫室長は・・・そう再認識させられました。
黙って会話を聞いていた海斗は、『麗ちゃんの従兄って何者なんだ?』と訊いてきました。そういえば乱闘中の彼でしたが、息は全く乱れていませんでしたね。きっと海斗は手合せでも願いたいと思っているのでしょう。
「今は事務所を経営していますが、その前は海外で警察関係の組織に在籍していたこともあるらしいですよ」
とは言っても、短い期間だったそうですが。
『え、それってFBIとかそんなの?』
「いえ、FBIは確かアメリカ国籍がないと入れませんよ。彼は市民権を入手していないはずなので、恐らくインターポールかCIAか・・・まあ、そんな事はどっちでもいいですね」
『よくねえよ!』なんて喚く海斗を無視して、本題です。
「これで確認が取れたようですし・・・さて、どうしましょうかね、このPVは」
すでに出回っているCDだけでも回収したいところです。いくら芸名をつけて他人に化けているといっても、彼女は彼女。私の麗が不特定多数の人間の目に晒されるなど、冗談じゃありません。
「やはりすべてのCDを回収させましょうか・・・」
『!?ま、待て待て!早まるな!それをさせられる司馬の身にもなってみろって!ってゆーか、そんな事をしても売り上げに貢献するだけで、PVは消えないぞ?動画サイトだって消されてもすぐに違う誰かがアップするだろうし』
それは厄介ですねえ。消しても消してもきりがないというわけですか。
『俺も詳しくはないけれど。著作権法とかで引っかかるのかもしれないが、最近じゃ動画サイトを通じてブレークする事も結構あるし。日本の歌が海外にも有名になる場合って大体が動画サイトからだったりするじゃん?宣伝効果があると思えば、ある程度目を瞑ってあえてサイトに残すアーティストも多そうだよな』
なんて面倒なのでしょう。
それではレコード会社とは無関係の私達が訴えても、削除なんてしてくれなさそうですねえ。
「なるほど?そうですか・・・それなら、AddiCtが所属する事務所を買収でもしましょうか」
『は!?って、ちょっと待て待てー!何飛躍しちゃってるんだよ!』
「おや、所属事務所はそこそこ大手のようですね。俳優養成所から音楽関係まで実に手広くやっているようです。うちのグループ傘下にしても問題はなさそうですね」
『問題はあるから!ってか、ちょっと落ち着け王子。麗ちゃんが出演してたってだけでそこまで考えるのは行き過ぎだ』
行き過ぎ?
そうでしょうか。
「ふふ・・・世界中の野郎どもの餌食にされているのですよ?私の麗が。現にコメント欄を見てください。ギャップがいいだのセクシーだのと、好き放題言ってくれてやがりますね・・・今すぐ記憶を強制削除させたいくらいです」
『いや、見てるのは男ばっかじゃないから・・・ってか、王子、口!口が悪くなってるぞ・・・』
口調なんかに今更気を配っていられますか。
ですが、ある意味納得がいきました。最近の麗は何か隠し事をしていると感じていましたが、仕事関係なので仕方がないと追求はあきらめていたのです。守秘義務がある仕事ですので、秘密はあって当然。ですが、嘘はつかないと約束をしてくださいました。
それなら当然、私がこのPVの事を訊けば、彼女は答えてくれるはずですよね?
さて。日曜は生憎予定が入っているのですよね・・・夏姫さんに呼ばれているので、逆らうわけにはいきません。ですが、その前に・・・
「海斗。この撮影場所を特定するのは可能ですか?」
『え?ああ、CGがかなり使われているけど、この洋館は実在するぞ。ロケ地を調べることくらいはすぐにできるが・・・』
「そうですか、それなら調べて私に教えてください」
にこやかに告げると、海斗は躊躇いがちに『何に使うんだ?』と尋ねてきましたが、それは内緒です。
さて、麗。
こんな挑発的な恰好で男性の上に馬乗りになり相手を誘惑するなんて高等技術、いつ身に着けたのでしょう?実に見過ごせません。
どうやらこれはお仕置きが必要ですね。
覚悟しておいてくださいね?麗。
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パーティー後、鷹臣は黒崎達の案件に飛び入り参加しました(着替えてから)。タフです。いろいろとストレスが溜まっていたのでしょう・・・。
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