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番外編
とある鍋パーティーの夜
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麗の得意料理を初披露です。ようやく鍋が来た!
*誤字脱字訂正しました*
*香草の名前を訂正しました。ご指摘してくださった方、ありがとうございます!*
********************************************
「えーと、白菜、大根、にんじん、水菜、春菊、しいたけ、お餅、つくね、しゃぶしゃぶ肉・・・」
今夜の食材を一つずつ確認していく。全ての野菜を切り終えたし、テーブルのセッティングも終わった。ダイニングテーブルの上にはずらりと並べられた食材で溢れている。本当はコタツでお鍋を囲むのが理想なんだけど、うちにコタツはないから断念だ。
「麗ちゃん、トマトのサルサにアボカド混ぜちゃっていいの?シアントローはどうする?」
「うん。アボカド混ぜちゃって!レモンもたっぷり入れてね。シアントローは、うーん私はどっちでもいいんだけどなあ・・・」
正直言って香草系はそんなに好きじゃない。でも友達から教えてもらったレシピにはちゃんと混ぜるし、他の人には受けがいいんだよな。好き好きだと思うけど、風味付け程度に混ぜておくとする。
「んじゃ気持ち程度でお願い」
「うん。了解」
今夜は前から計画していた鍋パーティーの日だ。
まだ肌寒さが残る今、日ごろお世話になっている人達を我が家に呼んで私お手製のお鍋を披露する。料理ができないイメージを払拭させる為でもあるから、失敗しないように気をつけなければ。普段は響に料理をまかせっきりだけど、私だってやろうと思えばできるんですよ!ちなみに得意料理の筆頭がお鍋。お鍋で失敗はまあ、あまりないかな。あえて言えば煮込みすぎとか、キムチ鍋の時に辛すぎて食べれなかったりとか。でも大抵何いれても出汁が出ておいしくなるから、鍋は冬の寒い日の定番だ。って言ってもそろそろ季節は春だけど。
テーブルの中央に大きな土鍋とカセットコンロをセットする。その周りに器や取り皿を人数分置いて、前菜用に作ったアボカド入りトマトサルサにチーズとクラッカーなど、とりやすい場所に置く。昆布やお酒、塩、しょうゆなどのあっさりしたスープの中に白菜の芯やきのこなどを煮始めた。きのこは水から煮ると出汁が出ておいしいんだとか。
豆乳鍋とかキムチ鍋とかもいいんだけど、やはり始めは昆布出汁かな。飽きたら味を変えられるのも鍋の魅力だと思う。
そして一通り準備が終わり、時計の針が6時半をさした頃。玄関のチャイムが鳴った。
「こんばんは。お招きありがとうございます」
扉を開ければ予想通り、時間ぴったりに東条さんが現れた。カジュアルな服装の東条さんはジーンズに落ち着いたグリーンのシャツとジャケットを合わせている。スーツ姿よりも更に若く見えそうだ。
そして東条さんの後ろには朝姫さんと海斗さんが姿を現した。2人も同じくカジュアルな格好で、朝姫さんはスキニージーンズに薄い黄色のきれいなカットソーを着て、胸元にはレースのキャミソールが覗いて見える。海斗さんはチェックのポロシャツにパーカーを羽織り、少しごつめなショートブーツがかっこいい。
何だかこうして3人集まっている姿を見ると、思わず目の保養だと思ってしまう。目立つだろうな、この3人で歩いていると・・・
「お待ちしておりました~!ささ、どうぞ上がってくださいな」
エプロン姿の私も下は動きやすいジーンズにチュニックだ。そして髪の毛をシュシュで一つに纏めている。
いそいそとスリッパを用意してリビングへ案内した。この家に身内以外が来ることはめったにないから、なんだか新鮮でとっても嬉しい。
6人用のダイニングテーブルにセットされたお鍋を見た朝姫さんが、感嘆の声を上げた。
「すごーい!豪勢じゃない。ディップまで作ってくれたの?麗ちゃん」
「えーと、切って混ぜただけの超簡単メニューなんで、作ったってほどでも・・・」
大学時代一緒に住んでいた友達が作ってくれた簡単レシピ。トマト、たまねぎ、アボカド、シアントロンなどをみじん切りに切って、レモンと塩コショウで味付けで完了。茹でたタコとか枝豆とか入れてもおいしい。手軽でクラッカーかチップスと食べると簡単アペタイザーになるのだ。たっぷりレモンを絞っておくと、アボカドも色が変わらずに3日はもつし、私は夏の間はサラダとサルサ、そしてビールだけで十分だったり。
「麗さん。よろしければこちらも是非使ってください」
東条さんが手に持っていた荷物を渡してくれた。中身を見たら・・・ワオ。新鮮な魚介類がたんまり!
「えー!超嬉しい!!ホタテに牡蠣、海老と蟹まで!!すごい豪華」
はしゃいでお礼を告げると、目元を和らげて東条さんが嬉しそうに微笑んだ。ああ、何ていい人なの!
「響ー。皆さん来たよー」
パタパタと軽快な足音で響がリビングのドアを開ける。どうやら自室で着替えてきたようだ。そういえばさっき何か零したって言ってたからかな。
「弟の響です」
「初めまして。いつも姉がお世話になっております」
礼儀正しく挨拶した響に、東条さん、朝姫さん、海斗さんを紹介する。ちなみに司馬さんは予定があって来れなかったんだとか。残念だからまた次回の時にでも誘おう。
一通り挨拶が終わり7時を回る頃にまた玄関のチャイムが鳴った。そして登場したのは、最後のメンバー。我が家の保護者兼雇い主兼従兄の鷹臣君だ。
「悪い、胃薬探してたら遅くなったぜ」
ってちょっと!!胃薬必要になるのはおいしくて食べすぎの所為だよね!?
でもお土産に渡されたのは、日本酒とお酒数本。私の好きな白ワインもあったので、ちょっとだけ怒りの溜飲を下げる。お酒嬉しいけど、多分自分も飲みたかったんだろうな。
「あ、麗ちゃん。私と海斗からデザートの差し入れ持って来たわ」
「え!デザート!?わー嬉しい!!ありがとうございます~!!」
そういえばすっかりデザートの存在を忘れていた。そして朝姫さんが経営しているお店のデザートはバレンタイン以来だ。これはすぐに冷蔵庫に入れて後でおいしく頂かなければ!
鷹臣君が東条さんや初対面の朝姫さん&海斗さんと挨拶が終えた頃。ようやく鍋が煮えてきた。
◆ ◆ ◆
「・・・食べ過ぎた・・・」
しゃぶしゃぶ用のお肉や野菜もほとんど使い、そして東条さんからの差し入れの魚介類で素晴らしい出汁が出た後。しめにうどんかラーメンかおじやかで悩み、結局うどんを入れることになった。めちゃくちゃおいしくって、さすがに食べ過ぎて動けない。ちなみに別腹でデザートは既にお腹におさまっている。
リビングのソファの前のコーヒーテーブルに移動して、ケーキを食べたあと。響が食後のお茶を淹れてくれると言う事で私は存分に食休みをしている。日本酒を空けた後ワインに手をつけている鷹臣君が「冬眠前の熊みたいに食ってたよな、お前」と失礼なことを言った。乙女になんて事を!
「とってもおいしかったですよ。ごちそうさまでした」
くすりと笑ってお礼を告げてくれた東条さんに、微笑み返した。うちでお茶を飲んでいる東条さんは変わらず優雅で、何だかあの兄妹は本当に気品があるよなとしみじみ思ってしまう。
「ほれ、グラス空いてるぞ」
「え?ああ、ありがとー鷹臣君」
空いたワイングラスに鷹臣君が白ワインを注いでくれた。さっぱりとした辛口ワインは甘すぎないで飲みやすい。東条さんや朝姫さん、海斗さんにお酒を勧めて、自分もほろ酔い気分で楽しむ。何だか楽しい気分になって、少し心地いい酩酊感を味わい始めていた。 酔った気分になるなんて滅多にない私には珍しい。少しふわふわする。隣に座る鷹臣君がワインを飲んでいる私の頭を撫で始めた。何だか子ども扱いされているのも悪くないかも。楽しく談笑している皆を眺めながら、私もつい笑顔になった。
◆ ◆ ◆
「・・・なあ、響。こいつ今何杯目だ?」
鷹臣はキッチンから戻ってきた響に尋ねた。グラスを持って飲み続ける麗の様子にあまり変化は見えない。顔は赤くならないし、そこそこ飲めるのは知っている。上機嫌で笑顔を振りまく麗をちらりと横目で窺い、響は少々困り顔になった。
「えー僕もずっと見ていたわけじゃないけど・・・いつもよりは飲んでるかな?」
「だよな。んじゃ、そろそろいいか」
鷹臣は立ち上がり、後ろのソファに腰掛けた。白夜や朝姫も思わず鷹臣の行動に疑問符を浮かべながら眺める。いきなりどうしたのか。
「麗。来い」
鷹臣が一言麗に声をかけた。そしてソファの隣を一度だけ叩く。響を除いた3名は、思わず唖然として呼ばれた麗へと視線を向けた。
そして何の疑問も持たずとことこと席を離れて鷹臣に近付いた麗は、指定された鷹臣の隣・・・ではなくて。あろうことか、鷹臣の膝の上に横向きに座り始めた。
その予想外すぎる行動に、思わず沈黙が流れる。
海斗は微妙に冷たい空気を発する白夜と目線を合わせない努力をした。
「え~と、鷹臣さん。麗ちゃん、酔ってます?」
朝姫が遠慮がちに尋ねると、明らかに鷹臣に甘えている様子の麗を指差した。まるで猫のようにごろごろとなつき、頬を鷹臣の胸板にくっつける麗を見下ろして、鷹臣はあっさり頷く。
「ああ、こいつ酔った自覚がないんだがな、一定量以上のアルコールを摂取すると、途端に甘え癖が出るんだ。特に抱きつき癖が酷いな」
ニヤリと笑った鷹臣は、何かを企んでいる表情を浮かべて続けた。
「それともう一つ。酔った麗の直感は外れない。それに今なら何でも答えるぞ。そして都合がいい事にな、その間の記憶はないんだ」
そして笑みを向けられた相手、白夜は、その言葉に僅かながら反応を示した。それだけで鷹臣は内心で満足する。
(あー、面白れー物が見れそうだぜ)
例え実の姉が従兄のおもちゃにされていても、響に止める術はない。残念だがここは見守るしか出来ないだろう。響は鷹臣が何を仕出かすのかわからない。麗がかわいそうに思いつつも興味はあった。それに本人は覚えていないのだから、誰も言わなければいいだけだし。
「質問はYesかNoで答えられるやつな」
そう告げた鷹臣は、膝に座る麗を抱えなおして優しく名前を呼んだ。
「なあ、麗」
きょとんとした少女のようなあどけない顔で、麗が鷹臣を見上げる。
「俺次の競馬で3番狙おうと思うんだけど。3番当たるか?」
その質問に思わず響が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと鷹臣君!?質問が賭け事って良くないでしょ!」
焦る従弟に鷹臣は「何固いこと言ってんだよ」と保護者代わりの言葉とは思えない不適切な発言をした。
「ま、それは半分冗談だ。俺は競馬に興味はねーからな」
そう笑って別の質問に変えようとした鷹臣に、麗が一つ頷いた。
「・・・今、麗ちゃん頷いたか?」
海斗が恐る恐る訊ねると、鷹臣は響に「一応メモッといて」と伝えた。呆れ顔で響はメモ帳を取り出す。
「あーまあ、何でもいいんだがな。明日晴れるか、雨かーとか。何か面白い質問あれば占い感覚で今なら答えてくれるぞ」
何故鷹臣が麗の酒癖を教えるのかはわからないが、白夜は興味深げに麗を見つめた。今なら何でも答えてくれるなら、自分への気持ちを訊いてもいいだろうか。
「じゃ、麗ちゃん。明日は晴れるかしら?」
天気予報では雨マークだった。そして麗が天気予報を見ていればこの質問は無意味になるだろう。だが響曰く、麗はあまりテレビを見ないそうで。天気予報も自分が毎日伝えていると先ほど言っていたのを思いだしたのだ。
鷹臣の膝から降りた麗は、とことこと朝姫に近付き、その細い腰に抱きついた。朝姫は「役得」と小さく呟いてから挑発的な笑みを白夜に見せて、麗を抱きしめ返す。
そして麗は首を左右に振った。
「雨なの?」
縦に頷く。
「一日中ずっと?それとも数時間だけ?」
麗は少し考えた後、「三時のおやつには晴れる」と一言呟いた。食べ物が関連している所が麗らしいといえばらしい。
そしてすぐさま携帯で天気予報を調べた響は、「予報では確かに3時は晴れですね」と小さく告げた。
「マジで?それ当たったらすごくない?」
海斗が響の携帯を覗きながら呟くと、白夜が麗の名前を呼んだ。そして離れていく麗を見つめて、朝姫は小さく舌打ちをする。
だがすぐに考え直して、何を訊くのかとニヤニヤしながら眺めると、白夜は非常に嬉しそうな顔で抱きついてくる麗を抱きしめた。
「麗さんは酔うと甘え癖が出るのですね。積極的な麗さんも魅力的ですけど、他の人にしてはいけませんよ?」
甘い顔で何を言う。
そして今の白夜は恋人でもなければ身内ですらない。ただの臨時上司で知人だろう。
けれど白夜の中で麗の恋人になるのは当然自分だと決まっているようで。朝姫はそんな兄の姿を見て、冷めた微笑を浮かべた。ほんと、誰だこいつは。
「さて、何から訊ねましょうか・・・」
訊きたい事はたくさんある。
だが彼女個人の話をお酒の力を借りて無理やり聞き出すのは、さすがに良心が咎める。それをして麗が知ったら、取り返しのつかない溝になるのでは。
溝にならない程度の他愛もない話なら大丈夫だろうか。訊きたい事は山ほどあるし、逆に他愛もない質問で自分が欲しい情報を絞り出すのは難しい。しかも質問の答えはなるべくYesかNoで答えられるもの。
数秒逡巡した後、白夜は麗を抱きしめながら、一番聞きたい質問を投げた。
「麗さん。今好きな方はいますか?」
その直球すぎる質問に、海斗はむせた。鷹臣は面白そうに目を細めて口の端を吊り上げ、朝姫はかわいそうな物を見るような微妙な顔つきで白夜を眺めた。そして響は目を丸くして唖然としている。
一同は麗の回答を固唾を呑んで見守る。首が縦に動いた時、強張っていた空気が緩み、海斗は安堵の息を吐いた。
だが聞こえてきた規則正しい呼吸から、麗が眠ってしまっただけだと気付くと、鷹臣は「あちゃー」と呟きながらワインを仰いだ。
「時間切れだな」
結局白夜の問いに麗が答えたのかどうかは、うやむやで終わってしまったのだった。
************************************************
麗はその後1時間ほどで目を覚まし、(一応)ちゃんと4人を見送りました。勿論その間の記憶はありません。白夜はこの時、麗と2人きり以外でお酒を飲ませるのは控えようと決意しました。誰か他の人に甘えられたくないので(笑)
そしてアボカドとトマトのサルサは簡単でオススメレシピです。ガーリックパウダーもいれてもおいしいし、塩コショウ&レモンだけで十分味が出ます。夏は特にオススメです。これだけで食べれる・・・(笑)
*誤字脱字訂正しました*
*香草の名前を訂正しました。ご指摘してくださった方、ありがとうございます!*
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「えーと、白菜、大根、にんじん、水菜、春菊、しいたけ、お餅、つくね、しゃぶしゃぶ肉・・・」
今夜の食材を一つずつ確認していく。全ての野菜を切り終えたし、テーブルのセッティングも終わった。ダイニングテーブルの上にはずらりと並べられた食材で溢れている。本当はコタツでお鍋を囲むのが理想なんだけど、うちにコタツはないから断念だ。
「麗ちゃん、トマトのサルサにアボカド混ぜちゃっていいの?シアントローはどうする?」
「うん。アボカド混ぜちゃって!レモンもたっぷり入れてね。シアントローは、うーん私はどっちでもいいんだけどなあ・・・」
正直言って香草系はそんなに好きじゃない。でも友達から教えてもらったレシピにはちゃんと混ぜるし、他の人には受けがいいんだよな。好き好きだと思うけど、風味付け程度に混ぜておくとする。
「んじゃ気持ち程度でお願い」
「うん。了解」
今夜は前から計画していた鍋パーティーの日だ。
まだ肌寒さが残る今、日ごろお世話になっている人達を我が家に呼んで私お手製のお鍋を披露する。料理ができないイメージを払拭させる為でもあるから、失敗しないように気をつけなければ。普段は響に料理をまかせっきりだけど、私だってやろうと思えばできるんですよ!ちなみに得意料理の筆頭がお鍋。お鍋で失敗はまあ、あまりないかな。あえて言えば煮込みすぎとか、キムチ鍋の時に辛すぎて食べれなかったりとか。でも大抵何いれても出汁が出ておいしくなるから、鍋は冬の寒い日の定番だ。って言ってもそろそろ季節は春だけど。
テーブルの中央に大きな土鍋とカセットコンロをセットする。その周りに器や取り皿を人数分置いて、前菜用に作ったアボカド入りトマトサルサにチーズとクラッカーなど、とりやすい場所に置く。昆布やお酒、塩、しょうゆなどのあっさりしたスープの中に白菜の芯やきのこなどを煮始めた。きのこは水から煮ると出汁が出ておいしいんだとか。
豆乳鍋とかキムチ鍋とかもいいんだけど、やはり始めは昆布出汁かな。飽きたら味を変えられるのも鍋の魅力だと思う。
そして一通り準備が終わり、時計の針が6時半をさした頃。玄関のチャイムが鳴った。
「こんばんは。お招きありがとうございます」
扉を開ければ予想通り、時間ぴったりに東条さんが現れた。カジュアルな服装の東条さんはジーンズに落ち着いたグリーンのシャツとジャケットを合わせている。スーツ姿よりも更に若く見えそうだ。
そして東条さんの後ろには朝姫さんと海斗さんが姿を現した。2人も同じくカジュアルな格好で、朝姫さんはスキニージーンズに薄い黄色のきれいなカットソーを着て、胸元にはレースのキャミソールが覗いて見える。海斗さんはチェックのポロシャツにパーカーを羽織り、少しごつめなショートブーツがかっこいい。
何だかこうして3人集まっている姿を見ると、思わず目の保養だと思ってしまう。目立つだろうな、この3人で歩いていると・・・
「お待ちしておりました~!ささ、どうぞ上がってくださいな」
エプロン姿の私も下は動きやすいジーンズにチュニックだ。そして髪の毛をシュシュで一つに纏めている。
いそいそとスリッパを用意してリビングへ案内した。この家に身内以外が来ることはめったにないから、なんだか新鮮でとっても嬉しい。
6人用のダイニングテーブルにセットされたお鍋を見た朝姫さんが、感嘆の声を上げた。
「すごーい!豪勢じゃない。ディップまで作ってくれたの?麗ちゃん」
「えーと、切って混ぜただけの超簡単メニューなんで、作ったってほどでも・・・」
大学時代一緒に住んでいた友達が作ってくれた簡単レシピ。トマト、たまねぎ、アボカド、シアントロンなどをみじん切りに切って、レモンと塩コショウで味付けで完了。茹でたタコとか枝豆とか入れてもおいしい。手軽でクラッカーかチップスと食べると簡単アペタイザーになるのだ。たっぷりレモンを絞っておくと、アボカドも色が変わらずに3日はもつし、私は夏の間はサラダとサルサ、そしてビールだけで十分だったり。
「麗さん。よろしければこちらも是非使ってください」
東条さんが手に持っていた荷物を渡してくれた。中身を見たら・・・ワオ。新鮮な魚介類がたんまり!
「えー!超嬉しい!!ホタテに牡蠣、海老と蟹まで!!すごい豪華」
はしゃいでお礼を告げると、目元を和らげて東条さんが嬉しそうに微笑んだ。ああ、何ていい人なの!
「響ー。皆さん来たよー」
パタパタと軽快な足音で響がリビングのドアを開ける。どうやら自室で着替えてきたようだ。そういえばさっき何か零したって言ってたからかな。
「弟の響です」
「初めまして。いつも姉がお世話になっております」
礼儀正しく挨拶した響に、東条さん、朝姫さん、海斗さんを紹介する。ちなみに司馬さんは予定があって来れなかったんだとか。残念だからまた次回の時にでも誘おう。
一通り挨拶が終わり7時を回る頃にまた玄関のチャイムが鳴った。そして登場したのは、最後のメンバー。我が家の保護者兼雇い主兼従兄の鷹臣君だ。
「悪い、胃薬探してたら遅くなったぜ」
ってちょっと!!胃薬必要になるのはおいしくて食べすぎの所為だよね!?
でもお土産に渡されたのは、日本酒とお酒数本。私の好きな白ワインもあったので、ちょっとだけ怒りの溜飲を下げる。お酒嬉しいけど、多分自分も飲みたかったんだろうな。
「あ、麗ちゃん。私と海斗からデザートの差し入れ持って来たわ」
「え!デザート!?わー嬉しい!!ありがとうございます~!!」
そういえばすっかりデザートの存在を忘れていた。そして朝姫さんが経営しているお店のデザートはバレンタイン以来だ。これはすぐに冷蔵庫に入れて後でおいしく頂かなければ!
鷹臣君が東条さんや初対面の朝姫さん&海斗さんと挨拶が終えた頃。ようやく鍋が煮えてきた。
◆ ◆ ◆
「・・・食べ過ぎた・・・」
しゃぶしゃぶ用のお肉や野菜もほとんど使い、そして東条さんからの差し入れの魚介類で素晴らしい出汁が出た後。しめにうどんかラーメンかおじやかで悩み、結局うどんを入れることになった。めちゃくちゃおいしくって、さすがに食べ過ぎて動けない。ちなみに別腹でデザートは既にお腹におさまっている。
リビングのソファの前のコーヒーテーブルに移動して、ケーキを食べたあと。響が食後のお茶を淹れてくれると言う事で私は存分に食休みをしている。日本酒を空けた後ワインに手をつけている鷹臣君が「冬眠前の熊みたいに食ってたよな、お前」と失礼なことを言った。乙女になんて事を!
「とってもおいしかったですよ。ごちそうさまでした」
くすりと笑ってお礼を告げてくれた東条さんに、微笑み返した。うちでお茶を飲んでいる東条さんは変わらず優雅で、何だかあの兄妹は本当に気品があるよなとしみじみ思ってしまう。
「ほれ、グラス空いてるぞ」
「え?ああ、ありがとー鷹臣君」
空いたワイングラスに鷹臣君が白ワインを注いでくれた。さっぱりとした辛口ワインは甘すぎないで飲みやすい。東条さんや朝姫さん、海斗さんにお酒を勧めて、自分もほろ酔い気分で楽しむ。何だか楽しい気分になって、少し心地いい酩酊感を味わい始めていた。 酔った気分になるなんて滅多にない私には珍しい。少しふわふわする。隣に座る鷹臣君がワインを飲んでいる私の頭を撫で始めた。何だか子ども扱いされているのも悪くないかも。楽しく談笑している皆を眺めながら、私もつい笑顔になった。
◆ ◆ ◆
「・・・なあ、響。こいつ今何杯目だ?」
鷹臣はキッチンから戻ってきた響に尋ねた。グラスを持って飲み続ける麗の様子にあまり変化は見えない。顔は赤くならないし、そこそこ飲めるのは知っている。上機嫌で笑顔を振りまく麗をちらりと横目で窺い、響は少々困り顔になった。
「えー僕もずっと見ていたわけじゃないけど・・・いつもよりは飲んでるかな?」
「だよな。んじゃ、そろそろいいか」
鷹臣は立ち上がり、後ろのソファに腰掛けた。白夜や朝姫も思わず鷹臣の行動に疑問符を浮かべながら眺める。いきなりどうしたのか。
「麗。来い」
鷹臣が一言麗に声をかけた。そしてソファの隣を一度だけ叩く。響を除いた3名は、思わず唖然として呼ばれた麗へと視線を向けた。
そして何の疑問も持たずとことこと席を離れて鷹臣に近付いた麗は、指定された鷹臣の隣・・・ではなくて。あろうことか、鷹臣の膝の上に横向きに座り始めた。
その予想外すぎる行動に、思わず沈黙が流れる。
海斗は微妙に冷たい空気を発する白夜と目線を合わせない努力をした。
「え~と、鷹臣さん。麗ちゃん、酔ってます?」
朝姫が遠慮がちに尋ねると、明らかに鷹臣に甘えている様子の麗を指差した。まるで猫のようにごろごろとなつき、頬を鷹臣の胸板にくっつける麗を見下ろして、鷹臣はあっさり頷く。
「ああ、こいつ酔った自覚がないんだがな、一定量以上のアルコールを摂取すると、途端に甘え癖が出るんだ。特に抱きつき癖が酷いな」
ニヤリと笑った鷹臣は、何かを企んでいる表情を浮かべて続けた。
「それともう一つ。酔った麗の直感は外れない。それに今なら何でも答えるぞ。そして都合がいい事にな、その間の記憶はないんだ」
そして笑みを向けられた相手、白夜は、その言葉に僅かながら反応を示した。それだけで鷹臣は内心で満足する。
(あー、面白れー物が見れそうだぜ)
例え実の姉が従兄のおもちゃにされていても、響に止める術はない。残念だがここは見守るしか出来ないだろう。響は鷹臣が何を仕出かすのかわからない。麗がかわいそうに思いつつも興味はあった。それに本人は覚えていないのだから、誰も言わなければいいだけだし。
「質問はYesかNoで答えられるやつな」
そう告げた鷹臣は、膝に座る麗を抱えなおして優しく名前を呼んだ。
「なあ、麗」
きょとんとした少女のようなあどけない顔で、麗が鷹臣を見上げる。
「俺次の競馬で3番狙おうと思うんだけど。3番当たるか?」
その質問に思わず響が待ったをかける。
「ちょ、ちょっと鷹臣君!?質問が賭け事って良くないでしょ!」
焦る従弟に鷹臣は「何固いこと言ってんだよ」と保護者代わりの言葉とは思えない不適切な発言をした。
「ま、それは半分冗談だ。俺は競馬に興味はねーからな」
そう笑って別の質問に変えようとした鷹臣に、麗が一つ頷いた。
「・・・今、麗ちゃん頷いたか?」
海斗が恐る恐る訊ねると、鷹臣は響に「一応メモッといて」と伝えた。呆れ顔で響はメモ帳を取り出す。
「あーまあ、何でもいいんだがな。明日晴れるか、雨かーとか。何か面白い質問あれば占い感覚で今なら答えてくれるぞ」
何故鷹臣が麗の酒癖を教えるのかはわからないが、白夜は興味深げに麗を見つめた。今なら何でも答えてくれるなら、自分への気持ちを訊いてもいいだろうか。
「じゃ、麗ちゃん。明日は晴れるかしら?」
天気予報では雨マークだった。そして麗が天気予報を見ていればこの質問は無意味になるだろう。だが響曰く、麗はあまりテレビを見ないそうで。天気予報も自分が毎日伝えていると先ほど言っていたのを思いだしたのだ。
鷹臣の膝から降りた麗は、とことこと朝姫に近付き、その細い腰に抱きついた。朝姫は「役得」と小さく呟いてから挑発的な笑みを白夜に見せて、麗を抱きしめ返す。
そして麗は首を左右に振った。
「雨なの?」
縦に頷く。
「一日中ずっと?それとも数時間だけ?」
麗は少し考えた後、「三時のおやつには晴れる」と一言呟いた。食べ物が関連している所が麗らしいといえばらしい。
そしてすぐさま携帯で天気予報を調べた響は、「予報では確かに3時は晴れですね」と小さく告げた。
「マジで?それ当たったらすごくない?」
海斗が響の携帯を覗きながら呟くと、白夜が麗の名前を呼んだ。そして離れていく麗を見つめて、朝姫は小さく舌打ちをする。
だがすぐに考え直して、何を訊くのかとニヤニヤしながら眺めると、白夜は非常に嬉しそうな顔で抱きついてくる麗を抱きしめた。
「麗さんは酔うと甘え癖が出るのですね。積極的な麗さんも魅力的ですけど、他の人にしてはいけませんよ?」
甘い顔で何を言う。
そして今の白夜は恋人でもなければ身内ですらない。ただの臨時上司で知人だろう。
けれど白夜の中で麗の恋人になるのは当然自分だと決まっているようで。朝姫はそんな兄の姿を見て、冷めた微笑を浮かべた。ほんと、誰だこいつは。
「さて、何から訊ねましょうか・・・」
訊きたい事はたくさんある。
だが彼女個人の話をお酒の力を借りて無理やり聞き出すのは、さすがに良心が咎める。それをして麗が知ったら、取り返しのつかない溝になるのでは。
溝にならない程度の他愛もない話なら大丈夫だろうか。訊きたい事は山ほどあるし、逆に他愛もない質問で自分が欲しい情報を絞り出すのは難しい。しかも質問の答えはなるべくYesかNoで答えられるもの。
数秒逡巡した後、白夜は麗を抱きしめながら、一番聞きたい質問を投げた。
「麗さん。今好きな方はいますか?」
その直球すぎる質問に、海斗はむせた。鷹臣は面白そうに目を細めて口の端を吊り上げ、朝姫はかわいそうな物を見るような微妙な顔つきで白夜を眺めた。そして響は目を丸くして唖然としている。
一同は麗の回答を固唾を呑んで見守る。首が縦に動いた時、強張っていた空気が緩み、海斗は安堵の息を吐いた。
だが聞こえてきた規則正しい呼吸から、麗が眠ってしまっただけだと気付くと、鷹臣は「あちゃー」と呟きながらワインを仰いだ。
「時間切れだな」
結局白夜の問いに麗が答えたのかどうかは、うやむやで終わってしまったのだった。
************************************************
麗はその後1時間ほどで目を覚まし、(一応)ちゃんと4人を見送りました。勿論その間の記憶はありません。白夜はこの時、麗と2人きり以外でお酒を飲ませるのは控えようと決意しました。誰か他の人に甘えられたくないので(笑)
そしてアボカドとトマトのサルサは簡単でオススメレシピです。ガーリックパウダーもいれてもおいしいし、塩コショウ&レモンだけで十分味が出ます。夏は特にオススメです。これだけで食べれる・・・(笑)
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