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第一章
<第一部、1-80話ダイジェスト>
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書籍化の為に引き下げた第一部、1-3巻のあらすじです。
(2014年3月17日、修正&更新しました)
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全ての始まりは、年末に駅のホームで気絶してしまったとこからだった。
◆ ◆ ◆
一ノ瀬 麗、25歳。職業は探偵……と言っていいのかわからないけど、従兄の鷹臣君が経営する探偵事務所兼何でも屋のオフィスTKで働いている。主な仕事は、浮気調査やら企業への潜入捜査、他のメンバーのアシスタントとか、それほど危険度も難易度も高くはないやつで、間違っても「この中に犯人がいる!」的な事件に遭遇することはない。
去年の年末に、私が担当を任された案件で思いがけず徹夜続きになった日があった。実はとある企業の上層部に頼まれてその会社に派遣社員として潜入し、いろいろと黒い噂のある部長を調べていたのだ。全ての調査が終了した日、どうやら私は気力と体力の使い過ぎで、駅のホームで気を失ってしまったらしい。
そして翌朝。ふかふかなベッドの上で目が覚めた時。目の前には、超絶美形の男性が!
見知らぬ部屋で、見知らぬイケメンに抱きしめられて朝を迎えるって……これで驚くなっていう方が無茶でしょ!
自分が着ている服を見て、着替えをさせられていた事に気付いた時は、眩暈がしそうになった。何とか起こさないようにベッドから抜け出して、畳んであった私の服をひっつかんで超特急で早着替え。悲鳴をあげるのを必死に堪えて、逃げ出せたまではよかったんだけど、問題が一つ。……どうやら私、慌てすぎて靴を片方履き損ねてしまったのだ。(だって寝室から物音がして、びっくりしちゃったんだよー!!)
――そう、今思えば、この時靴なんて落とさなければ。もっと違う展開が待っていたのかもしれない。
数日後、事務所に来た新しい依頼者はなんと。あの朝同じベッドで寝ていた美貌の男性だった。しかも、手には私の靴を持って……。
ああもう、この時ほど自分の失態に後悔したことはないよ!
咄嗟に私は別人を装う事にした。ウィッグをかぶって、ギャル風メイクをして、伊達眼鏡をかけて、口調も事務所にいる年下の女の子、瑠璃ちゃん風に。この日だけ何とか乗り越えれば大丈夫!……って、思ってたのに。うちの室長で従兄の鷹臣君は、知っていたけどやはり鬼畜で俺様で非情だった。
なんとその美形が依頼してきた案件を、私に任せたのだ。しかもその内容は、この靴の持ち主を捜すこと――って、それ目の前にいるんですけど!?
しかもしかも、厄介なことに。
その依頼主――東条白夜氏、30歳、独身、東条グループの御曹司で東条セキュリティの社長――は、靴の持ち主が市川玲という人物だと思っている。それは私が企業への潜入調査の時に使った偽名である。身元がわからない私のバッグを見て、返しそびれていた社員カードを見たらしい。
め、めんどうな事になった――! と、私は顔を青ざめさせた。
穏やかに微笑む紳士的な口調の東条さんは、常に敬語で優しく柔和な印象だけど。私は知っている。この人見た目は紳士ぶってるけど、中身は絶対に紳士じゃないよ!?
だって紳士は女性の服を勝手に脱がして着替えさせないと思うの! それに、着替えさせてもブラまでは取る必要がないと思う! 紳士は普通、女性にベッドを使わせて、自分はどっか違う所で寝るよね!? 断じて、同じベッドで、しかも抱きしめるようにして寝るなんてことはしないだろう。
何でこんなにパニックになっているかと疑問に思われるだろう。自慢じゃないが、私は彼氏いない歴=年齢を更新中なのだ。つまり、恋愛初心者。初恋はおろか、ファーストキスすら経験がない……。幼い頃から外交官だった父の赴任について転校続きだった為、外国育ちでスキンシップには慣れているのに、何故か色恋の経験はない。ハグや挨拶のキス(頬や手)なら全然OKだけど、それ以上の事にパニックになるなっていうのは無理でしょう。
そんなこんなで、私が東条さんの案件を担当することになってしまった。そしてタイミングがいいのか悪いのか、同時期に鷹臣君からもう一件仕事を任された。それはとある人物の恋愛事情を探るというもので。――本当に、世の中狭すぎだと思う。なんと、そのターゲットは東条白夜、その人だったのだから。
まったく、鷹臣君も無茶をさせるよ!(涙目)
そこで私は考えた。手元に残っている靴は、事務所に一時預かりということになっている。退社して捜しようがなくなった「市川玲」さんの居所は適当に作って、「彼女のご友人から聞いて、移住された海外にまで送っておきましたよ~(瑠璃ちゃん口調)」とでも言っておけばいい。
そう、全部事後報告でいっか! なんて甘く考えていたのだ。だってこれ、私の靴だし! めっちゃお気に入りの一足だし!! 早く返してほしいというのが本音だもの。
が、そんな思惑は通用しなかった――。
中途報告をしに東条さんの会社の社長室に行き、市川玲さんは海外にいると嘘をつけば。「それでは行きましょうか」と耳を疑う台詞が返ってきた。私は本気で思考をストップさせた。何を言われているのかまったく分からず、数分後。東条さんの秘書である司馬さん(硬派で精悍な顔立ちの美丈夫、35歳)が、ちゃちゃっとパソコンでいろいろ調べてくれて、プリントされた紙を私に見せた。
渡されたのは、サンフランシスコ経由ロス行きのファーストクラスのチケット……
市川玲がロスに住んでいるなんて適当なことを言ったのは、私が大学卒業まで東海岸に住んでいたからだ。万が一西海岸に行っても、誰も知り合いには会わないだろうと思い、NYとは真逆のLAを選んだのだ。
でも、だからと言って。まさか本当に行く事になるなんて思わないじゃないかー!! しかも、当日券だよ? その日のうちに出発だよ!? どんな金持ち思考だよ!……って、彼は本物のセレブだった。
この日を境に、私は自分で自分の首を絞め続ける羽目になって、崖まで追い詰められたかのような気分になった。
一縷の望みをかけて鷹臣君にテレパシーを送ってみたが、あっさりと受信拒否されたらしい。鬼で俺様な鷹臣様は、東条さんに私の貸し出し許可を出したのだ。もう、室長の鷹臣君が許可しなければ行かなくて済んだのに! と、内心恨みながら荷造りを始めた。
この後鷹臣君がまさか京都のおばあちゃん家でとんでもない命令を聞かされるなんて、当事者であるはずの私はまったく知る由もなく。私は東条さんと二人で強制的にカリフォルニア旅行……もとい、出張に行かされることになったのだ。
そして行ってきましたよ、5泊7日の旅。行き先は初めにサンフランシスコで次にロスだ。
サンフランシスコの市内では、東条さんとホテルが同室になった。部屋が一室しか取れていなかったのだ。男性と同じスイートルームに二人きりとか、この時はもうどうしようかと思ったけど。いろいろと東条さんのことを知っていくうちに、私の警戒心も徐々に薄れていった。東条さんは口調も穏やかで柔和な笑顔を常に浮かべてて、フェミニストでいつも私に気遣ってくれる。おいしいご飯をご馳走してくれるし、ちょっとやりすぎなところもあるけど(まあ、セレブだし、感覚が違うことは仕方がない)。私は私で同時進行中のもう一つの案件、東条さんの恋愛事情について調べられればいいかと思い、無理矢理納得させた。
この旅行でわかったのは、東条さんは人肌が好きで寒がりだって事。同じベッドで抱き枕にされていたことも、よく手を握られたことも、ジャストフィットのドレスを選べるほど目がいいってことも、東条さんを観察していてよくわかった。
正直親戚の子供、または妹扱いされているのかなって事も考えたけど。一緒にいる時間を長く過ごすうちに、彼の能力の高さと優しさに慣れ始めていたのだ。
残念ながら靴の持ち主は隣にいたため、ロスに行っても「市川玲」には会えなかったんだけど。代わりに同姓同名(漢字は別)の女性とは知り合う事が出来た。
何とかミッションコンプリートさせて、いろんな意味で心臓に悪い出張から帰ってきた私に、鷹臣君は更なる爆弾を落とした。
『夏までに彼氏を作れ――』
7月1日までに私に彼氏が出来れば、来年度の給料を30%上げてくれるという、賭けを持ち出されたのだ。そんなの絶対に無理! って断ったんだけど、事務所の同僚のモテ子、鏡花さんと瑠璃ちゃんが、半年もあれば余裕だって言いきった。余裕って、二人のハンター歴を聞けば確かに余裕だとは思えるけど! 私は初心者なんだって事忘れてもらっちゃ困る。
そこで年下の瑠璃ちゃんの提案を聞くことした。彼女は、友達からの紹介が一番簡単でリスクも低くていいんじゃないかって。
なるほど~と思ったところで最初の壁にぶち当たる。
あのですね、私の友達ってみんな海外にいるんだけど、その場合はどうしたら?
困った私に手を差し伸べてくれたのは、東条さんだった。
『――何でも頼ってくれていい』 そう言ってくれた東条さんは、もう本当にいい人に見えた。だから図々しいのを承知でお願いをしたのだ。独身で恋人を募集中の男性を、紹介してもらえないかと。
……空気が凍えるほど室内が冷えたのは、私の気のせいだと思いたい。
紹介相手は私じゃなくて、私の友人ってことにしたら、暖房の故障は直ったようだ。良かった。東条さん、いつも通りの柔らかい笑顔だったのに、なんだか黒い威圧感を背中から出している気が……いやいや、気の所為だよ。深くは考えないでおこう。
そしてデート当日。紹介されたのは、天音海斗さんという男性だ。イケメンの友達はイケメンってマジですね。
彼は爽やか好青年で、実に気さくなお兄さんだった。初めは瑠璃ちゃんを彼に紹介して私は付き添いを考えていたんだけど、鷹臣君が協力してくれて瑠璃ちゃんはデート前に退場になった。
結果的には私がデートの相手としてお相手を務めて、当初の目的どおりになったんだけど。(これで東条さんへの裏切りにはならないはず!)
遊園地に行って絶叫形に乗りまくって、お化け屋敷に行ってと、私は人生初のデートをめちゃくちゃ堪能しまくった。ラブな空気にはいっさいならなかったけども。
当然だが、初デートはある意味失敗に終わった。普通に男友達のノリで楽しんでしまったのがいけなかったらしい。
海斗さんとは緊張せずに喋れて実に楽しかったけど、恋の空気を意識していなかったのが悪かった。そして夕食前に帰宅したことも、「ありえない!」と言われる羽目になった。瑠璃ちゃんからお叱りの言葉を言われ、私も反省。彼女は恋の話になると手厳しいのだ。
このデートの裏で、東条さんがどんな”約束”を海斗さんとしていたかとか、釘をさしておいたこととか、ばれないように盗聴器をつけさせていたこととか、デートの後いろいろと彼に対して尋問を行い、海斗さんを青ざめさせていただとか――その場にいなかった私は知る由もなかった。
急速に縮まる東条さんとの距離や鷹臣君の絶対命令、帰国直後に見たありえない悪夢(東条さんと婚約している夢)に加え、鷹臣君の実家、古紫家での裏事情などなど。いろんな要素が絡まって、知らない間に自分の首がどんどん絞まっていくような気分の1月中旬。鷹臣君がもう一つ大きな爆弾を投下した。
『お前、2月から東条セキュリティの臨時社員ね』、と――。
って、ちょっと待った!
冗談だよね!?
……が、心底冗談であってほしかった東条セキュリティでの仕事は、現実になった。
業務内容など一切鷹臣君から知らされていなかった私は、緊張MAXで待ち合わせ場所まで向かった。そして社長である東条さんと秘書の司馬さんから伝えられた私の役割は、社長の第二秘書というものだった。
って、それって東条さんとずっと一緒にいるってことじゃないの!?
そう、なんと私は、司馬さんの直属の部下として働く日々が始まってしまったのだ。
わかっていたけどね、社内での東条さんの評判は素晴らしいもので。主に、女性社員から羨望と感嘆の眼差しが飛び交う飛び交う。司馬さんとセットで見られるのがお得~なんだそうだ。若くて美形、おまけにフェミニストな社長は社内で絶大な人気を誇っている。
そんな彼の二歩後ろ(一歩後ろは司馬さんだからね)で歩く第二秘書の私こと、長月都(東条セキュリティでの偽名)は、女性社員から妬みの対象になっていた。
珍しい派遣でパートの第二秘書はまだ20代半ばの女性。色味のない化粧とメガネに地味なパンツスーツ姿。常に無表情で仕事以外に興味はありません。感情表現が激しい麗とは180度違う役になりきっている私は、東条さんの傍にいても無害だと思われるよう、がんばって役作りに励んだ。まあ、その甲斐あって何とか無害の称号をもらうことに成功したんだけど。
そんな中、東条さんに女性嫌いの噂を小耳にはさんだ。何とも寝耳に水な話である。必要以上に女性を近寄らせない事で有名だなんて話を聞いて、私は心底驚いた。まさか、東条さんも私の友達のように、昔はノーマルだったけど、いつの間にか同性愛者になっちゃったタイプの人!?
何て事を思いましたが。結果として、東条さん直々に「それは違う」と否定されました。何て失礼な勘違いを上司に対してしちゃったんだ、私は。お詫びの印にクッキーを渡したら大層喜んでくれてよかったよ。ああ、ほっとしたー!
そして2月に入り、恋する乙女なら見逃せないイベントがやってきた。そう、バレンタインである。
が、社長は毎年贈り物は受け取らない主義。微妙に残念に思いつつも、余計なトラブルを寄せ付けない東条さんは見事だと思った。
そんな2月14日。私は予想外の人との再会を果たした。
古紫隼人――鷹臣君の弟で、私のもう一人の従兄だ。
もう、人が偽名で別人になっている時に知り合いに会うとか、何て面倒なの! どうか気づかれませんように!! なんて願いむなしく。隼人君にはあっさりと私の正体がバレた。
隼人君は現在29歳で、警視庁の刑事さんだ。この若さで管理官をやっているエリートでもある。
モデルか俳優かと見紛うほどイケメンで、甘いマスクと常に浮かべているポーカーフェイスの微笑が特徴的だけど、彼は人当りが良さそうに見えて、他人に興味がない困った人だ。好き嫌いがものすっごくはっきりしてて、人付き合いはそこそこするけど、本心は見せない。誰にも真意を悟らせないようにする隼人君が、実はちょこっとだけ苦手だった。
でも大人になって再会して、隼人君は少しだけとっつきやすくなった。バレンタインに社内で再会した別れ際に、まさかキスをせがまれるとは思わなかったけどね! 会う予定のない人にチョコを用意していたら、それこそ私は本物のエスパーじゃないか。結局ほっぺに挨拶のキスをして、その日は別れたのだった。
その後、社長室にて物凄い美女に出会った。黒髪が美しい、抜群のスタイルを持つ女性は、なんと東条さんの妹の朝姫さん! あの豪快で強烈と言わしめた妹さんと知り合うだなんて、びっくりした。はじめ東条さんの婚約者と名乗った時に感じた胸のもやもやは、多分気のせいだったんだと思う。
朝姫さんはお店を経営していて、たびたびお昼ご飯を持ってきてくれるようになった。美人で気さくな彼女の事を、私はすぐに好ましく思うようになった。
まさか彼女と隼人君との間にお見合い話があって、その日から朝姫さんが隼人君を敵視するようになるとは、この時思ってもみなかったけど。人との縁とは実に謎だと思う。
3月のホワイトデーに、私は隼人君と1ヶ月ぶりに再会した。一緒に夜ご飯を食べた後。私にバレンタインのお返しと称して、彼は私の唇を奪っていった。まさかのファーストキスがこんな形でされるとは思ってもみなかった私は、その後隼人君が去って行った後も呆然としてしまった。
駅前の噴水で突っ立ったままの私を、たまたま通りすがった東条さんが見つけた。有無を言わせず、東条さんの車に乗せられ、自宅へ連れて行かれた。どうやら一人で帰すのは憚るほど、私の様子がおかしかったと思ったらしい。
その日の夜、突然のハプニングの話を聞いてもらい、散々慰めてもらった。うう、正直今思い出しても恥ずかしすぎて、穴があったら埋めてほしい! そのくらい、東条さんにギュッと抱きしめられて慰めてもらったのだ。
そして隼人君め……乙女のキスを奪うとは、許せん。ってゆーか、イケメンのキスはお礼になるのか!?
気持ちが通じ合っていないのならキスとはカウントしない。そう教えてもらって、何とか吹っ切れたある日。またもや再会してしまいました、隼人君と。
今度は自宅の近くで事件があったようで、彼は私を家まで送り届けてくれたのだ。若干警戒心はあるけれど、別に隼人君が嫌いになったわけじゃない。また奪われてたまるかと思いつつ、自宅前まで到着した隼人君は、とんでもない事を言ってきた。
『僕の子供生んでくれる?』と――。
そ、それって……究極の、プロポーズ……?
フリーズする私に、隼人君は恐らく初めて本心を聞かせた。それは何だかとても悲しくて残酷で、告白されてこんなに悲しい気持ちになるとは思わなかった。
隼人君が私を好きなのは本当かもしれないけど、それは恋でも愛でもない。その事実を指摘すると、隼人君はポーカーフェイスの微笑を寂しげにゆがめて、でも真剣な眼差しで賭けを申し出た。
もし今年の終わりに私に好きな人が出来なければ、結婚してくれる? と。
私は30歳を過ぎても独身だったら考えてあげると伝えた。「5年は長いな」と苦笑混じりに彼は呟いた。その後聞かされた、”望まない相手との婚姻”が一体何なのかはわからないけど。隼人君が大丈夫と言ったのなら、特に気にしなくてもいいのだろう。
4月に入り、私は謎の動悸や不整脈に悩まされるようになった。主に、東条さんの近くにいる時にそれは発症するらしい。
東条さんの声は体温など、いろいろな物が鮮明に蘇ってきて、私を悩ませ始めた。一体何なんだ、これは!
謎の不調が続きながらも、5月に入り、東条セキュリティでの契約が更新された。こんな状態で3ヶ月間また働き続けるのかと思うと若干不安も感じる。
そんなある日、私はとんでもない事件に巻き込まれた。
鷹臣君の代わりに響と共に出席したパーティーで、テロ事件が起こったのだ。
世界で初めて純粋な青い薔薇を作ったもう一人の従兄、古紫聖博士のパーティーに、私と弟は挨拶に行った。挨拶をしておいしいご飯を食べて、それで帰るはずだったのに……まさかこんな事件に巻き込まれるとは、思ってもいなかったよ!
その時、運よく(?)私と響は会場の外のトイレにいた。そして会場内に戻る時、武装した男達を見かけたのだ。その後私は適当に見つけた敵の男の身ぐるみを剥いで武器を頂戴し、響に会場に潜入するよう命じた。うう、ごめんよ響。でも響なら空気の演技もできるはず!(決して存在感が薄いというわけではないけども。)
そして私はと言えば、通気孔に潜り、会場内を上から覗いた。とにかく情報が欲しい。そして仕入れた情報を鷹臣君たちに知らせるべく、適当な部屋に戻ろうとした。が、降りた部屋はどうやた敵グループのボスの部屋だったようだ。
心臓に悪い状況を何とかやり過ごし、無事に情報をゲット! その後誰にも気づかれないように先ほども利用したトイレに籠った。流石高級ホテルのトイレ……リラックス効果が半端ない。って、そんな事よりも! 情報整理だよ!!
仕入れた情報を改めて反芻すると、とんでもない事を聞いてしまったという冷や汗が止まらない。奴らは青い薔薇のデータが目的で外国に売ると思わせて、ボスの目的はうちの一族、古紫だ。彼は何らかの恨みを一族に抱いているらしい。そして共犯者の男は、聖君の同僚だということがわかった。この男は、聖君が作った青い薔薇からなんと、とある危険なクスリを生み出したと言った。
鷹臣君に電話をかけたら、なんとその場に隼人君の他に、東条兄妹もいるとか! しかもこのホテルにいると聞いて、私は心底驚いた。何危険な事をしてるんですかー!?
でも、不思議なことに。東条さんの声を聞いていると、とっても安心するの。私を案じてくれている声が伝わってきて、何も考えずに頷きたくなる。でも、私は自分ができる事をやりたい。だって後悔はしたくないから。
意を決して、私は会場に戻った。敵に扮している響を確認して、状況を把握する。人質のみんながお手洗いにも行かせてもらえていないと気づき、敵のボスに交渉した。あっさりとOKが出て、安堵した。
響とトイレで合流して、作戦を練る。元女優の年配の女性の協力を仰ぎ、私は人質解放に向けて動き出した。
その後、AddiCtというビジュアル系バンドのボーカリスト、K君と知り合った。彼はクールなイメージだけど、どうやらわりとマイペース人間なようで、淡々とのんびり喋る。
その彼に指摘されて、私はようやく自分の気持ちを自覚した。
彼が尋ねた質問――
「一番会いたい人は誰?」
――私が一番に会いたい人は、東条さん。皆にも会いたいけど、真っ先に浮かんだ顔は、東条さんだ。
その事に気付いた私は、彼に恋をしていると気づいた。
今なら何でもできる気がする。そんな風に感じた私は、彼等と交渉を始めた。私に興味を持ったテロリストのボスは、人質を解放してくれた。罠かと思ったが、どうやらまだ大丈夫そう。彼の狙いは青い薔薇と見せかけて、本当はうちの一族だ。青い薔薇から抽出される”何か”ももちろん欲しいそうだが、それは二の次だろう。どうやらボスは、うちが特殊な一族だととっくに知っているようだ。
ここには未だにつかまっている聖君と私、何故か他の人と逃げなかったK君が傍にいる。そして響と、間違って仲間にされちゃった人代表の森田さん。武器を所持した敵と、ほとんど丸腰の私達。圧倒的に不利な状況で、ボスは言った。
『あの女も捕まえておけ』と――。
って、ギャー!?
今度こそ、絶対絶命のピンチ――!?
じりじりと近づいて来る敵の男達を睨みつけながら、もうヤバい! と覚悟を決める。咄嗟に目を瞑ったが――予想していた衝撃は、訪れなかった。
K君に促されて目を開けてみれば、そこには衝撃的な光景が。
なんと、私達に武器を向けていた男達が、一斉にボスに銃を向けていたのだ。
種明かしをすれば、響が人質の協力をあおり、似た背格好の男性と敵の男とトイレで入れ替わったというのだ。身ぐるみを剥いで、敵の恰好に着替えて、何食わぬ顔で戻る。それは私が響に命令したことと同じだった。
な、なんて危ない真似を……!!
トイレ休憩の見張りとしてついて行った敵の男達は、今頃トイレの中で気絶して寝ているらしい。覆面を脱ぎ捨てた彼らは、柔道のオリンピックメダリストや、武道の心得がある有名人ばかりだった。
どっと疲労感が押し寄せてくる。平然としているK君を見れば、彼はあっさりとこの入れ替え劇を知っていた。
こんな面白そうなの生で見たいに決まってるじゃんと言い切ったK君は、いい度胸をしていると思うよ。
だが、ほっとしたのも束の間。茫然自失になっていた敵の男の一人が、私達の背後にある出口をめがけて、突進してきたのだ。
でも、K君が足をひっかけて、男は前のめりに転倒する。私は咄嗟に右足を振り上げて、その男の肩をめがけて踵落としを食らわせていた。
動きを封じるようにぐっとヒールで踏みつけていると。悪ノリしたK君がとんでもないリクエストをしてきた。
何か女王様っぽい台詞を言ってみて、と。
って、そんなの言えるかー!!
期待の眼差しを向けられてしまうと、普段は言わない台詞を言うくらい別に大したことじゃないか、と思えてきてしったのがまずかった。
リクエストに応えて彼が望んだ台詞を紡いだその直後――つられるように背後を振り返れば、そこには会いたくて会いたくて仕方がなかった人物……東条さんが、立っていた。
ギャー!! よりによって、なんでこのタイミングでー!!?
硬直して動けない私を足早で近づいた彼は、ぐいっと私を抱きしめた。耳元で心配したと呟いた彼に、私の心臓がぎゅうっと絞られるように苦しくなる。その後、東条さんは私の存在を確かめるようにもっと力強く抱きしめて、恋心を自覚したばかりの私はいろいろと限界だ。不整脈が再発しているんですが!!
K君から噂の東条さんと会えたことへのお祝いの言葉をいただき、ついでに「てんとう虫のサンバ」を彼の魅惑ボイスプレゼントしてくれると宣言し、そのまま一人で帰って行った。実に彼はマイペースだ。
次々と入って来る刑事さん達を見て、捕まっていた聖君から熱い抱擁を私と響は受けて、ようやくその場を後にする。東条さんと二人きりで非常階段を降りた。肩ではなくて腰を抱かれて、より密着度がアップしていて、私のドキドキは止まらない。
無事に一階まで辿り着いた後、裏口から外へ出た。東条さんからジャケットを借りて、皆を待つこと数分。見知った美少年が駆け寄って来る。
隼人君の同僚の桜田さん(見た目高校生の美少年、実年齢30歳)は、私の無事を確かめた後。くどくどとお説教を始めた。無茶をしすぎだ! と怒られて、申し訳なかったと謝る。
回収した拳銃を桜田さんに手渡した。と、ホテルのロビーから堂々と歩いて来るモデルのように整った容姿の三名が――従兄の鷹臣君、隼人君、そして東条さんの妹さんの朝姫さんだ。
美女の抱擁を受けて、鷹臣君から労いと小言を受けて、響もそろいようやく解散したのだが……響は鷹臣君があずかると言って、引っ張って行った。そして意外なのが、朝姫さんを送ると言ったのが、隼人君なのだ。(彼女はめっちゃ抵抗していたが。)見合いで振った同士なはずなのに、あの二人はいつの間に仲良くなったのだろう。
そして私の手を取ったのは、東条さんだった。
「行きましょう」と当然のように東条さんの車に乗せられて、向かったのは私の自宅――ではなく、東条さんのマンションだった。
驚きで見上げると、いつも通りの穏やかな微笑の中に、真摯で覚悟を決めた光が宿る。
――もう遠慮も我慢もしない。
ドキっと心臓が跳ねた。その言葉の真意を探る間もなく、私は何度目になるかわからない東条さんの自宅に、上がり込んだのだ。
お風呂をお借りして、朝姫さんが忘れたのであろうパジャマを纏う。そしてリビングで待つ東条さんに向き合うと、彼は私を抱きしめた。
もう我慢する必要はない、存分に泣いていい。
怖くて緊張してて、泣く暇なんてなかった私に気付いて、彼は優しく私を宥めた。大丈夫だと声をかけて、子供のように泣きじゃくる私を抱きしめ続けてくれる。そのやさしさが嬉しくて、そして切なくて。どうして東条さんは、そこまで私を気にかけてくれるのだろう?
妹のように思われているの? それとも親戚の子供みたいに?
告白する!と意気込んでいたのに、いざ非日常を去ると、怯えが出てしまった。もし、ここで東条さんに告白して振られたら……当分立ち直れない。
でも、思い切って尋ねる事にした。私をどう思っているのかを。
そして返ってきた言葉に驚愕する。
「私は麗さんを愛してます」
ちゃんと女性として彼は私を愛していると言った。好きだなんて言葉では言い表せないほど、私が大切だと。じんわりと心が熱くなり、涙腺が緩む。自分の素直に気持ちを伝え、触れるだけのキスを交わした。
甘い空気に浸っていたら、東条さんは私に二択を突きつけた。
それは、このまま同棲するか、伏せられている紙にサインするかというもので。
その紙とやらに目を通した瞬間――私は盛大に顔を引きつらせた。
だって、それはどう見ても……婚姻届にしか見えなかったのだから。
って、本気ですか東条さんーーー!?
同棲は無理だ。弟がまだ高校生だから。そう告げると、残る選択は、婚姻届に記入することになる。
今すぐ提出しなくてもいい、だけど私が彼の傍から離れないという証が欲しい。そこまで言われたら、記入するくらいどうってことない……と思い始めて、まったをかける。
やっぱり、交際期間もなしでいきなり婚約って早いと思うの!!
提出するのがお互いの両親に紹介した後だとしても。いきなり恋人同士をすっ飛ばして、婚約はちょっと……。私は東条さんと恋人同士になりたい! と言えば、いきなり情熱的なキスをされて、あえなく呼吸困難に陥るところだった。
結局私達は、(仮)婚約という形で落ち着いた。
その後東条さんは、まだ用意できていない婚約指輪の代わりにと言って、ある物を持ってくる。石化する私の足を持ち上げて、東条さんは満足そうな笑みを浮かべた。
左足に履かせられたそれは、あの日私が失くした、市川玲の靴。東条さんは、私を市川玲と知らないはずだ……と思っていたが、彼の顔を見た瞬間。全て、初めから全部バレていた事が判明し、私は絶叫する。
違うよ! 東条さんは紳士の皮を被った肉食動物で、……
「え、似非紳士――!!!」
……どうやら私に、一生逃げ出す事が叶わない、(仮)婚約者が出来てしまったらしい。
(2014年3月17日、修正&更新しました)
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全ての始まりは、年末に駅のホームで気絶してしまったとこからだった。
◆ ◆ ◆
一ノ瀬 麗、25歳。職業は探偵……と言っていいのかわからないけど、従兄の鷹臣君が経営する探偵事務所兼何でも屋のオフィスTKで働いている。主な仕事は、浮気調査やら企業への潜入捜査、他のメンバーのアシスタントとか、それほど危険度も難易度も高くはないやつで、間違っても「この中に犯人がいる!」的な事件に遭遇することはない。
去年の年末に、私が担当を任された案件で思いがけず徹夜続きになった日があった。実はとある企業の上層部に頼まれてその会社に派遣社員として潜入し、いろいろと黒い噂のある部長を調べていたのだ。全ての調査が終了した日、どうやら私は気力と体力の使い過ぎで、駅のホームで気を失ってしまったらしい。
そして翌朝。ふかふかなベッドの上で目が覚めた時。目の前には、超絶美形の男性が!
見知らぬ部屋で、見知らぬイケメンに抱きしめられて朝を迎えるって……これで驚くなっていう方が無茶でしょ!
自分が着ている服を見て、着替えをさせられていた事に気付いた時は、眩暈がしそうになった。何とか起こさないようにベッドから抜け出して、畳んであった私の服をひっつかんで超特急で早着替え。悲鳴をあげるのを必死に堪えて、逃げ出せたまではよかったんだけど、問題が一つ。……どうやら私、慌てすぎて靴を片方履き損ねてしまったのだ。(だって寝室から物音がして、びっくりしちゃったんだよー!!)
――そう、今思えば、この時靴なんて落とさなければ。もっと違う展開が待っていたのかもしれない。
数日後、事務所に来た新しい依頼者はなんと。あの朝同じベッドで寝ていた美貌の男性だった。しかも、手には私の靴を持って……。
ああもう、この時ほど自分の失態に後悔したことはないよ!
咄嗟に私は別人を装う事にした。ウィッグをかぶって、ギャル風メイクをして、伊達眼鏡をかけて、口調も事務所にいる年下の女の子、瑠璃ちゃん風に。この日だけ何とか乗り越えれば大丈夫!……って、思ってたのに。うちの室長で従兄の鷹臣君は、知っていたけどやはり鬼畜で俺様で非情だった。
なんとその美形が依頼してきた案件を、私に任せたのだ。しかもその内容は、この靴の持ち主を捜すこと――って、それ目の前にいるんですけど!?
しかもしかも、厄介なことに。
その依頼主――東条白夜氏、30歳、独身、東条グループの御曹司で東条セキュリティの社長――は、靴の持ち主が市川玲という人物だと思っている。それは私が企業への潜入調査の時に使った偽名である。身元がわからない私のバッグを見て、返しそびれていた社員カードを見たらしい。
め、めんどうな事になった――! と、私は顔を青ざめさせた。
穏やかに微笑む紳士的な口調の東条さんは、常に敬語で優しく柔和な印象だけど。私は知っている。この人見た目は紳士ぶってるけど、中身は絶対に紳士じゃないよ!?
だって紳士は女性の服を勝手に脱がして着替えさせないと思うの! それに、着替えさせてもブラまでは取る必要がないと思う! 紳士は普通、女性にベッドを使わせて、自分はどっか違う所で寝るよね!? 断じて、同じベッドで、しかも抱きしめるようにして寝るなんてことはしないだろう。
何でこんなにパニックになっているかと疑問に思われるだろう。自慢じゃないが、私は彼氏いない歴=年齢を更新中なのだ。つまり、恋愛初心者。初恋はおろか、ファーストキスすら経験がない……。幼い頃から外交官だった父の赴任について転校続きだった為、外国育ちでスキンシップには慣れているのに、何故か色恋の経験はない。ハグや挨拶のキス(頬や手)なら全然OKだけど、それ以上の事にパニックになるなっていうのは無理でしょう。
そんなこんなで、私が東条さんの案件を担当することになってしまった。そしてタイミングがいいのか悪いのか、同時期に鷹臣君からもう一件仕事を任された。それはとある人物の恋愛事情を探るというもので。――本当に、世の中狭すぎだと思う。なんと、そのターゲットは東条白夜、その人だったのだから。
まったく、鷹臣君も無茶をさせるよ!(涙目)
そこで私は考えた。手元に残っている靴は、事務所に一時預かりということになっている。退社して捜しようがなくなった「市川玲」さんの居所は適当に作って、「彼女のご友人から聞いて、移住された海外にまで送っておきましたよ~(瑠璃ちゃん口調)」とでも言っておけばいい。
そう、全部事後報告でいっか! なんて甘く考えていたのだ。だってこれ、私の靴だし! めっちゃお気に入りの一足だし!! 早く返してほしいというのが本音だもの。
が、そんな思惑は通用しなかった――。
中途報告をしに東条さんの会社の社長室に行き、市川玲さんは海外にいると嘘をつけば。「それでは行きましょうか」と耳を疑う台詞が返ってきた。私は本気で思考をストップさせた。何を言われているのかまったく分からず、数分後。東条さんの秘書である司馬さん(硬派で精悍な顔立ちの美丈夫、35歳)が、ちゃちゃっとパソコンでいろいろ調べてくれて、プリントされた紙を私に見せた。
渡されたのは、サンフランシスコ経由ロス行きのファーストクラスのチケット……
市川玲がロスに住んでいるなんて適当なことを言ったのは、私が大学卒業まで東海岸に住んでいたからだ。万が一西海岸に行っても、誰も知り合いには会わないだろうと思い、NYとは真逆のLAを選んだのだ。
でも、だからと言って。まさか本当に行く事になるなんて思わないじゃないかー!! しかも、当日券だよ? その日のうちに出発だよ!? どんな金持ち思考だよ!……って、彼は本物のセレブだった。
この日を境に、私は自分で自分の首を絞め続ける羽目になって、崖まで追い詰められたかのような気分になった。
一縷の望みをかけて鷹臣君にテレパシーを送ってみたが、あっさりと受信拒否されたらしい。鬼で俺様な鷹臣様は、東条さんに私の貸し出し許可を出したのだ。もう、室長の鷹臣君が許可しなければ行かなくて済んだのに! と、内心恨みながら荷造りを始めた。
この後鷹臣君がまさか京都のおばあちゃん家でとんでもない命令を聞かされるなんて、当事者であるはずの私はまったく知る由もなく。私は東条さんと二人で強制的にカリフォルニア旅行……もとい、出張に行かされることになったのだ。
そして行ってきましたよ、5泊7日の旅。行き先は初めにサンフランシスコで次にロスだ。
サンフランシスコの市内では、東条さんとホテルが同室になった。部屋が一室しか取れていなかったのだ。男性と同じスイートルームに二人きりとか、この時はもうどうしようかと思ったけど。いろいろと東条さんのことを知っていくうちに、私の警戒心も徐々に薄れていった。東条さんは口調も穏やかで柔和な笑顔を常に浮かべてて、フェミニストでいつも私に気遣ってくれる。おいしいご飯をご馳走してくれるし、ちょっとやりすぎなところもあるけど(まあ、セレブだし、感覚が違うことは仕方がない)。私は私で同時進行中のもう一つの案件、東条さんの恋愛事情について調べられればいいかと思い、無理矢理納得させた。
この旅行でわかったのは、東条さんは人肌が好きで寒がりだって事。同じベッドで抱き枕にされていたことも、よく手を握られたことも、ジャストフィットのドレスを選べるほど目がいいってことも、東条さんを観察していてよくわかった。
正直親戚の子供、または妹扱いされているのかなって事も考えたけど。一緒にいる時間を長く過ごすうちに、彼の能力の高さと優しさに慣れ始めていたのだ。
残念ながら靴の持ち主は隣にいたため、ロスに行っても「市川玲」には会えなかったんだけど。代わりに同姓同名(漢字は別)の女性とは知り合う事が出来た。
何とかミッションコンプリートさせて、いろんな意味で心臓に悪い出張から帰ってきた私に、鷹臣君は更なる爆弾を落とした。
『夏までに彼氏を作れ――』
7月1日までに私に彼氏が出来れば、来年度の給料を30%上げてくれるという、賭けを持ち出されたのだ。そんなの絶対に無理! って断ったんだけど、事務所の同僚のモテ子、鏡花さんと瑠璃ちゃんが、半年もあれば余裕だって言いきった。余裕って、二人のハンター歴を聞けば確かに余裕だとは思えるけど! 私は初心者なんだって事忘れてもらっちゃ困る。
そこで年下の瑠璃ちゃんの提案を聞くことした。彼女は、友達からの紹介が一番簡単でリスクも低くていいんじゃないかって。
なるほど~と思ったところで最初の壁にぶち当たる。
あのですね、私の友達ってみんな海外にいるんだけど、その場合はどうしたら?
困った私に手を差し伸べてくれたのは、東条さんだった。
『――何でも頼ってくれていい』 そう言ってくれた東条さんは、もう本当にいい人に見えた。だから図々しいのを承知でお願いをしたのだ。独身で恋人を募集中の男性を、紹介してもらえないかと。
……空気が凍えるほど室内が冷えたのは、私の気のせいだと思いたい。
紹介相手は私じゃなくて、私の友人ってことにしたら、暖房の故障は直ったようだ。良かった。東条さん、いつも通りの柔らかい笑顔だったのに、なんだか黒い威圧感を背中から出している気が……いやいや、気の所為だよ。深くは考えないでおこう。
そしてデート当日。紹介されたのは、天音海斗さんという男性だ。イケメンの友達はイケメンってマジですね。
彼は爽やか好青年で、実に気さくなお兄さんだった。初めは瑠璃ちゃんを彼に紹介して私は付き添いを考えていたんだけど、鷹臣君が協力してくれて瑠璃ちゃんはデート前に退場になった。
結果的には私がデートの相手としてお相手を務めて、当初の目的どおりになったんだけど。(これで東条さんへの裏切りにはならないはず!)
遊園地に行って絶叫形に乗りまくって、お化け屋敷に行ってと、私は人生初のデートをめちゃくちゃ堪能しまくった。ラブな空気にはいっさいならなかったけども。
当然だが、初デートはある意味失敗に終わった。普通に男友達のノリで楽しんでしまったのがいけなかったらしい。
海斗さんとは緊張せずに喋れて実に楽しかったけど、恋の空気を意識していなかったのが悪かった。そして夕食前に帰宅したことも、「ありえない!」と言われる羽目になった。瑠璃ちゃんからお叱りの言葉を言われ、私も反省。彼女は恋の話になると手厳しいのだ。
このデートの裏で、東条さんがどんな”約束”を海斗さんとしていたかとか、釘をさしておいたこととか、ばれないように盗聴器をつけさせていたこととか、デートの後いろいろと彼に対して尋問を行い、海斗さんを青ざめさせていただとか――その場にいなかった私は知る由もなかった。
急速に縮まる東条さんとの距離や鷹臣君の絶対命令、帰国直後に見たありえない悪夢(東条さんと婚約している夢)に加え、鷹臣君の実家、古紫家での裏事情などなど。いろんな要素が絡まって、知らない間に自分の首がどんどん絞まっていくような気分の1月中旬。鷹臣君がもう一つ大きな爆弾を投下した。
『お前、2月から東条セキュリティの臨時社員ね』、と――。
って、ちょっと待った!
冗談だよね!?
……が、心底冗談であってほしかった東条セキュリティでの仕事は、現実になった。
業務内容など一切鷹臣君から知らされていなかった私は、緊張MAXで待ち合わせ場所まで向かった。そして社長である東条さんと秘書の司馬さんから伝えられた私の役割は、社長の第二秘書というものだった。
って、それって東条さんとずっと一緒にいるってことじゃないの!?
そう、なんと私は、司馬さんの直属の部下として働く日々が始まってしまったのだ。
わかっていたけどね、社内での東条さんの評判は素晴らしいもので。主に、女性社員から羨望と感嘆の眼差しが飛び交う飛び交う。司馬さんとセットで見られるのがお得~なんだそうだ。若くて美形、おまけにフェミニストな社長は社内で絶大な人気を誇っている。
そんな彼の二歩後ろ(一歩後ろは司馬さんだからね)で歩く第二秘書の私こと、長月都(東条セキュリティでの偽名)は、女性社員から妬みの対象になっていた。
珍しい派遣でパートの第二秘書はまだ20代半ばの女性。色味のない化粧とメガネに地味なパンツスーツ姿。常に無表情で仕事以外に興味はありません。感情表現が激しい麗とは180度違う役になりきっている私は、東条さんの傍にいても無害だと思われるよう、がんばって役作りに励んだ。まあ、その甲斐あって何とか無害の称号をもらうことに成功したんだけど。
そんな中、東条さんに女性嫌いの噂を小耳にはさんだ。何とも寝耳に水な話である。必要以上に女性を近寄らせない事で有名だなんて話を聞いて、私は心底驚いた。まさか、東条さんも私の友達のように、昔はノーマルだったけど、いつの間にか同性愛者になっちゃったタイプの人!?
何て事を思いましたが。結果として、東条さん直々に「それは違う」と否定されました。何て失礼な勘違いを上司に対してしちゃったんだ、私は。お詫びの印にクッキーを渡したら大層喜んでくれてよかったよ。ああ、ほっとしたー!
そして2月に入り、恋する乙女なら見逃せないイベントがやってきた。そう、バレンタインである。
が、社長は毎年贈り物は受け取らない主義。微妙に残念に思いつつも、余計なトラブルを寄せ付けない東条さんは見事だと思った。
そんな2月14日。私は予想外の人との再会を果たした。
古紫隼人――鷹臣君の弟で、私のもう一人の従兄だ。
もう、人が偽名で別人になっている時に知り合いに会うとか、何て面倒なの! どうか気づかれませんように!! なんて願いむなしく。隼人君にはあっさりと私の正体がバレた。
隼人君は現在29歳で、警視庁の刑事さんだ。この若さで管理官をやっているエリートでもある。
モデルか俳優かと見紛うほどイケメンで、甘いマスクと常に浮かべているポーカーフェイスの微笑が特徴的だけど、彼は人当りが良さそうに見えて、他人に興味がない困った人だ。好き嫌いがものすっごくはっきりしてて、人付き合いはそこそこするけど、本心は見せない。誰にも真意を悟らせないようにする隼人君が、実はちょこっとだけ苦手だった。
でも大人になって再会して、隼人君は少しだけとっつきやすくなった。バレンタインに社内で再会した別れ際に、まさかキスをせがまれるとは思わなかったけどね! 会う予定のない人にチョコを用意していたら、それこそ私は本物のエスパーじゃないか。結局ほっぺに挨拶のキスをして、その日は別れたのだった。
その後、社長室にて物凄い美女に出会った。黒髪が美しい、抜群のスタイルを持つ女性は、なんと東条さんの妹の朝姫さん! あの豪快で強烈と言わしめた妹さんと知り合うだなんて、びっくりした。はじめ東条さんの婚約者と名乗った時に感じた胸のもやもやは、多分気のせいだったんだと思う。
朝姫さんはお店を経営していて、たびたびお昼ご飯を持ってきてくれるようになった。美人で気さくな彼女の事を、私はすぐに好ましく思うようになった。
まさか彼女と隼人君との間にお見合い話があって、その日から朝姫さんが隼人君を敵視するようになるとは、この時思ってもみなかったけど。人との縁とは実に謎だと思う。
3月のホワイトデーに、私は隼人君と1ヶ月ぶりに再会した。一緒に夜ご飯を食べた後。私にバレンタインのお返しと称して、彼は私の唇を奪っていった。まさかのファーストキスがこんな形でされるとは思ってもみなかった私は、その後隼人君が去って行った後も呆然としてしまった。
駅前の噴水で突っ立ったままの私を、たまたま通りすがった東条さんが見つけた。有無を言わせず、東条さんの車に乗せられ、自宅へ連れて行かれた。どうやら一人で帰すのは憚るほど、私の様子がおかしかったと思ったらしい。
その日の夜、突然のハプニングの話を聞いてもらい、散々慰めてもらった。うう、正直今思い出しても恥ずかしすぎて、穴があったら埋めてほしい! そのくらい、東条さんにギュッと抱きしめられて慰めてもらったのだ。
そして隼人君め……乙女のキスを奪うとは、許せん。ってゆーか、イケメンのキスはお礼になるのか!?
気持ちが通じ合っていないのならキスとはカウントしない。そう教えてもらって、何とか吹っ切れたある日。またもや再会してしまいました、隼人君と。
今度は自宅の近くで事件があったようで、彼は私を家まで送り届けてくれたのだ。若干警戒心はあるけれど、別に隼人君が嫌いになったわけじゃない。また奪われてたまるかと思いつつ、自宅前まで到着した隼人君は、とんでもない事を言ってきた。
『僕の子供生んでくれる?』と――。
そ、それって……究極の、プロポーズ……?
フリーズする私に、隼人君は恐らく初めて本心を聞かせた。それは何だかとても悲しくて残酷で、告白されてこんなに悲しい気持ちになるとは思わなかった。
隼人君が私を好きなのは本当かもしれないけど、それは恋でも愛でもない。その事実を指摘すると、隼人君はポーカーフェイスの微笑を寂しげにゆがめて、でも真剣な眼差しで賭けを申し出た。
もし今年の終わりに私に好きな人が出来なければ、結婚してくれる? と。
私は30歳を過ぎても独身だったら考えてあげると伝えた。「5年は長いな」と苦笑混じりに彼は呟いた。その後聞かされた、”望まない相手との婚姻”が一体何なのかはわからないけど。隼人君が大丈夫と言ったのなら、特に気にしなくてもいいのだろう。
4月に入り、私は謎の動悸や不整脈に悩まされるようになった。主に、東条さんの近くにいる時にそれは発症するらしい。
東条さんの声は体温など、いろいろな物が鮮明に蘇ってきて、私を悩ませ始めた。一体何なんだ、これは!
謎の不調が続きながらも、5月に入り、東条セキュリティでの契約が更新された。こんな状態で3ヶ月間また働き続けるのかと思うと若干不安も感じる。
そんなある日、私はとんでもない事件に巻き込まれた。
鷹臣君の代わりに響と共に出席したパーティーで、テロ事件が起こったのだ。
世界で初めて純粋な青い薔薇を作ったもう一人の従兄、古紫聖博士のパーティーに、私と弟は挨拶に行った。挨拶をしておいしいご飯を食べて、それで帰るはずだったのに……まさかこんな事件に巻き込まれるとは、思ってもいなかったよ!
その時、運よく(?)私と響は会場の外のトイレにいた。そして会場内に戻る時、武装した男達を見かけたのだ。その後私は適当に見つけた敵の男の身ぐるみを剥いで武器を頂戴し、響に会場に潜入するよう命じた。うう、ごめんよ響。でも響なら空気の演技もできるはず!(決して存在感が薄いというわけではないけども。)
そして私はと言えば、通気孔に潜り、会場内を上から覗いた。とにかく情報が欲しい。そして仕入れた情報を鷹臣君たちに知らせるべく、適当な部屋に戻ろうとした。が、降りた部屋はどうやた敵グループのボスの部屋だったようだ。
心臓に悪い状況を何とかやり過ごし、無事に情報をゲット! その後誰にも気づかれないように先ほども利用したトイレに籠った。流石高級ホテルのトイレ……リラックス効果が半端ない。って、そんな事よりも! 情報整理だよ!!
仕入れた情報を改めて反芻すると、とんでもない事を聞いてしまったという冷や汗が止まらない。奴らは青い薔薇のデータが目的で外国に売ると思わせて、ボスの目的はうちの一族、古紫だ。彼は何らかの恨みを一族に抱いているらしい。そして共犯者の男は、聖君の同僚だということがわかった。この男は、聖君が作った青い薔薇からなんと、とある危険なクスリを生み出したと言った。
鷹臣君に電話をかけたら、なんとその場に隼人君の他に、東条兄妹もいるとか! しかもこのホテルにいると聞いて、私は心底驚いた。何危険な事をしてるんですかー!?
でも、不思議なことに。東条さんの声を聞いていると、とっても安心するの。私を案じてくれている声が伝わってきて、何も考えずに頷きたくなる。でも、私は自分ができる事をやりたい。だって後悔はしたくないから。
意を決して、私は会場に戻った。敵に扮している響を確認して、状況を把握する。人質のみんながお手洗いにも行かせてもらえていないと気づき、敵のボスに交渉した。あっさりとOKが出て、安堵した。
響とトイレで合流して、作戦を練る。元女優の年配の女性の協力を仰ぎ、私は人質解放に向けて動き出した。
その後、AddiCtというビジュアル系バンドのボーカリスト、K君と知り合った。彼はクールなイメージだけど、どうやらわりとマイペース人間なようで、淡々とのんびり喋る。
その彼に指摘されて、私はようやく自分の気持ちを自覚した。
彼が尋ねた質問――
「一番会いたい人は誰?」
――私が一番に会いたい人は、東条さん。皆にも会いたいけど、真っ先に浮かんだ顔は、東条さんだ。
その事に気付いた私は、彼に恋をしていると気づいた。
今なら何でもできる気がする。そんな風に感じた私は、彼等と交渉を始めた。私に興味を持ったテロリストのボスは、人質を解放してくれた。罠かと思ったが、どうやらまだ大丈夫そう。彼の狙いは青い薔薇と見せかけて、本当はうちの一族だ。青い薔薇から抽出される”何か”ももちろん欲しいそうだが、それは二の次だろう。どうやらボスは、うちが特殊な一族だととっくに知っているようだ。
ここには未だにつかまっている聖君と私、何故か他の人と逃げなかったK君が傍にいる。そして響と、間違って仲間にされちゃった人代表の森田さん。武器を所持した敵と、ほとんど丸腰の私達。圧倒的に不利な状況で、ボスは言った。
『あの女も捕まえておけ』と――。
って、ギャー!?
今度こそ、絶対絶命のピンチ――!?
じりじりと近づいて来る敵の男達を睨みつけながら、もうヤバい! と覚悟を決める。咄嗟に目を瞑ったが――予想していた衝撃は、訪れなかった。
K君に促されて目を開けてみれば、そこには衝撃的な光景が。
なんと、私達に武器を向けていた男達が、一斉にボスに銃を向けていたのだ。
種明かしをすれば、響が人質の協力をあおり、似た背格好の男性と敵の男とトイレで入れ替わったというのだ。身ぐるみを剥いで、敵の恰好に着替えて、何食わぬ顔で戻る。それは私が響に命令したことと同じだった。
な、なんて危ない真似を……!!
トイレ休憩の見張りとしてついて行った敵の男達は、今頃トイレの中で気絶して寝ているらしい。覆面を脱ぎ捨てた彼らは、柔道のオリンピックメダリストや、武道の心得がある有名人ばかりだった。
どっと疲労感が押し寄せてくる。平然としているK君を見れば、彼はあっさりとこの入れ替え劇を知っていた。
こんな面白そうなの生で見たいに決まってるじゃんと言い切ったK君は、いい度胸をしていると思うよ。
だが、ほっとしたのも束の間。茫然自失になっていた敵の男の一人が、私達の背後にある出口をめがけて、突進してきたのだ。
でも、K君が足をひっかけて、男は前のめりに転倒する。私は咄嗟に右足を振り上げて、その男の肩をめがけて踵落としを食らわせていた。
動きを封じるようにぐっとヒールで踏みつけていると。悪ノリしたK君がとんでもないリクエストをしてきた。
何か女王様っぽい台詞を言ってみて、と。
って、そんなの言えるかー!!
期待の眼差しを向けられてしまうと、普段は言わない台詞を言うくらい別に大したことじゃないか、と思えてきてしったのがまずかった。
リクエストに応えて彼が望んだ台詞を紡いだその直後――つられるように背後を振り返れば、そこには会いたくて会いたくて仕方がなかった人物……東条さんが、立っていた。
ギャー!! よりによって、なんでこのタイミングでー!!?
硬直して動けない私を足早で近づいた彼は、ぐいっと私を抱きしめた。耳元で心配したと呟いた彼に、私の心臓がぎゅうっと絞られるように苦しくなる。その後、東条さんは私の存在を確かめるようにもっと力強く抱きしめて、恋心を自覚したばかりの私はいろいろと限界だ。不整脈が再発しているんですが!!
K君から噂の東条さんと会えたことへのお祝いの言葉をいただき、ついでに「てんとう虫のサンバ」を彼の魅惑ボイスプレゼントしてくれると宣言し、そのまま一人で帰って行った。実に彼はマイペースだ。
次々と入って来る刑事さん達を見て、捕まっていた聖君から熱い抱擁を私と響は受けて、ようやくその場を後にする。東条さんと二人きりで非常階段を降りた。肩ではなくて腰を抱かれて、より密着度がアップしていて、私のドキドキは止まらない。
無事に一階まで辿り着いた後、裏口から外へ出た。東条さんからジャケットを借りて、皆を待つこと数分。見知った美少年が駆け寄って来る。
隼人君の同僚の桜田さん(見た目高校生の美少年、実年齢30歳)は、私の無事を確かめた後。くどくどとお説教を始めた。無茶をしすぎだ! と怒られて、申し訳なかったと謝る。
回収した拳銃を桜田さんに手渡した。と、ホテルのロビーから堂々と歩いて来るモデルのように整った容姿の三名が――従兄の鷹臣君、隼人君、そして東条さんの妹さんの朝姫さんだ。
美女の抱擁を受けて、鷹臣君から労いと小言を受けて、響もそろいようやく解散したのだが……響は鷹臣君があずかると言って、引っ張って行った。そして意外なのが、朝姫さんを送ると言ったのが、隼人君なのだ。(彼女はめっちゃ抵抗していたが。)見合いで振った同士なはずなのに、あの二人はいつの間に仲良くなったのだろう。
そして私の手を取ったのは、東条さんだった。
「行きましょう」と当然のように東条さんの車に乗せられて、向かったのは私の自宅――ではなく、東条さんのマンションだった。
驚きで見上げると、いつも通りの穏やかな微笑の中に、真摯で覚悟を決めた光が宿る。
――もう遠慮も我慢もしない。
ドキっと心臓が跳ねた。その言葉の真意を探る間もなく、私は何度目になるかわからない東条さんの自宅に、上がり込んだのだ。
お風呂をお借りして、朝姫さんが忘れたのであろうパジャマを纏う。そしてリビングで待つ東条さんに向き合うと、彼は私を抱きしめた。
もう我慢する必要はない、存分に泣いていい。
怖くて緊張してて、泣く暇なんてなかった私に気付いて、彼は優しく私を宥めた。大丈夫だと声をかけて、子供のように泣きじゃくる私を抱きしめ続けてくれる。そのやさしさが嬉しくて、そして切なくて。どうして東条さんは、そこまで私を気にかけてくれるのだろう?
妹のように思われているの? それとも親戚の子供みたいに?
告白する!と意気込んでいたのに、いざ非日常を去ると、怯えが出てしまった。もし、ここで東条さんに告白して振られたら……当分立ち直れない。
でも、思い切って尋ねる事にした。私をどう思っているのかを。
そして返ってきた言葉に驚愕する。
「私は麗さんを愛してます」
ちゃんと女性として彼は私を愛していると言った。好きだなんて言葉では言い表せないほど、私が大切だと。じんわりと心が熱くなり、涙腺が緩む。自分の素直に気持ちを伝え、触れるだけのキスを交わした。
甘い空気に浸っていたら、東条さんは私に二択を突きつけた。
それは、このまま同棲するか、伏せられている紙にサインするかというもので。
その紙とやらに目を通した瞬間――私は盛大に顔を引きつらせた。
だって、それはどう見ても……婚姻届にしか見えなかったのだから。
って、本気ですか東条さんーーー!?
同棲は無理だ。弟がまだ高校生だから。そう告げると、残る選択は、婚姻届に記入することになる。
今すぐ提出しなくてもいい、だけど私が彼の傍から離れないという証が欲しい。そこまで言われたら、記入するくらいどうってことない……と思い始めて、まったをかける。
やっぱり、交際期間もなしでいきなり婚約って早いと思うの!!
提出するのがお互いの両親に紹介した後だとしても。いきなり恋人同士をすっ飛ばして、婚約はちょっと……。私は東条さんと恋人同士になりたい! と言えば、いきなり情熱的なキスをされて、あえなく呼吸困難に陥るところだった。
結局私達は、(仮)婚約という形で落ち着いた。
その後東条さんは、まだ用意できていない婚約指輪の代わりにと言って、ある物を持ってくる。石化する私の足を持ち上げて、東条さんは満足そうな笑みを浮かべた。
左足に履かせられたそれは、あの日私が失くした、市川玲の靴。東条さんは、私を市川玲と知らないはずだ……と思っていたが、彼の顔を見た瞬間。全て、初めから全部バレていた事が判明し、私は絶叫する。
違うよ! 東条さんは紳士の皮を被った肉食動物で、……
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……どうやら私に、一生逃げ出す事が叶わない、(仮)婚約者が出来てしまったらしい。
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