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鐘の音が鳴る頃に

第26話

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 合唱祭がいよいよ始まろうとしていた。

 僕らの順番は、最後から二番目だった。この学校では、一年生から順番に演奏をする。各クラスの順番はくじ引きで決まり、六年生は最後が一組になった。

 一年生の演奏が始まった。一年生は、楽譜を見ながら歌っている子もいて、それはすごく可愛いらしい姿だった。誰かが間違えてしまった時に、露骨に顔が赤くなる生徒なんかも発見できた。それでも、全員が一生懸命、大きな声を出して歌っている。

 こうしてあんなに待ち望んでいた合唱祭は着々と進行していった。

 気づけば順番は、優香のクラスの番になっていた。優香はステージの一番下の段にいる。優香の身長は小さかったが、笑顔で歌っている優香はすぐに発見することができた。

 優香は楽しそうに歌い、何事も全力な性格が溢れ出していた。そんな優香をもう一度見ることができて、なんだか幸せな気分になった。

 その後は四年生、五年生と続いていく。当然だけど学年があがるごとに合唱祭の雰囲気が変化し、より熟練された音楽を奏でられている。

 合唱祭の観客として、演奏に集中していると、僕らの番が回ってきた。

 一度目の六年生の時、緊張で指揮台の上で何秒か固まってしまった。僕が固まったせいで、演奏を始めるのに時間がかかったことを覚えている。

 今は他の学年のクラスの演奏に集中できるくらい、緊張していなかった。人の前に立って何かを表現することは、教師になってから随分とやってきているつもりだ。それにこの一年、何度もクラスの前に立って、注目を浴びてしまっている。今更緊張なんかしない。

 そう思っていたが、いざ一人で敷台に立って観客の方へ振り返ると、全員が僕らを見ていることに気がついた。この歳になっても大勢に見られることは緊張するんだなと実感し、僕は考えを改めた。そうして観客の方を向いたまま、里帆の声が後ろから発せられる。

「私たちのクラスは団結力でここまできました。私たちは…」

 素晴らしいスピーチが聞こえてくる。こういう時、里帆はとても堂々としている。里帆は元気で明るい。何事にもチャレンジしていく子だ。今日伴奏を葵に譲ったのは意外に思ったが、ここまで一緒にやってきた葵への気遣いだったのだろう。

「私たちの伴奏者は今日、高熱で欠席しています。代わっていきなり引き受けてくれた子が、今ピアノの前に座っている彼女です。今日のように、いつだって支えあってきました。だから最後まで、支えあって私たちは一つの音楽を、一つの平和を表現したいと思っています」

 里帆のスピーチが終わり、会場中が拍手喝采で包まれる。春香が休んで、今日修正したのだろう。にもかかわらず、里帆のスピーチは完璧だった。

 観客に会釈し、二組の方へ振り返る。するとクラスのみんなはいい顔で、僕に視線を向ける。なかなか練習に参加しなかった、航やその友達も、僕に協力してくれた拓哉と理樹も、そして、二度目の人生で仲良くなれた美来も僕の方を向いていた。

 昨日の美来は不思議だったが、今は合唱祭に集中した。美来が心配しなくても、僕らはずっと友達だ。美来だけじゃない。以前のクラスメイトは、笑顔のない学校生活を送っていた。でも今は、教室中に笑顔が生まれ、僕らは一つになっている。

 生徒は恐怖に縛られていた。その縛りから解放され、一度はバラバラになってしまった。里帆と葵が嫌な空気になり、航たちが練習に来なくなった。それでもみんなで協力し、ここまできたのだ。

 あなたが間違っていることを証明したかった。生徒たちを信用できない教師に対して、彼らは学び、律することができるということを。

 同じ教師として。そしてあなたの生徒として。

 この瞬間の僕は、もう一度人生をやり直すことができた素晴らしさを噛み締めていた。僕達の億劫で憂鬱な六年生は、今書き換えられた。僕の方を向いている生徒達の顔は一人ひとりが輝いていて、何か一つの方向へ向かっているように見えた。

 これがあなたに見せたかった矢印・・だ。

 両腕を胸の前に構える。すると生徒達が一斉に足を開いた。僕の指揮の合図で、クラスのみんなが動き出した。これから二組の積み重ねてきた証である合唱が始まる。

 ……そう思っていた。

 だけど僕がとった指揮は、何かを始めるための合図ではなかったんだ。

 それは終らせる合図であって、もうすでに取り返しのつかないことが、このクラスでは引き起こされていたんだ。

 クラス全体が僕を見ている。だが、たった一つの視線だけは僕の方へ向かっていなかった。その一つの綻びは、クラスの最悪を暗示していたのかもしれない。

 僕らの「平和の鐘」は歪に形成されていた。
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