KAKERU 世界を震撼させろ

福澤賢二郎

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駆の章

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《空山隆之介》
センターサークルからイニエスタが自軍へパスをして前に走り出した。同点狙いもあるかと思ったが、違っていた。
俺は左サイドバックに流れてきたアカサのマークにつく。

「俺達が引き分け狙いすると思うか?そんなわけないだろうが!ジャップごときに負けるわけにはいかないんだよ。それにうちの大将はお怒りだ」

「イニエスタか?」

俺は中央を見た。
イニエスタがパスを受け取ったところだった。そのまま、すぐにゴールに向くと高速ドリブルを開始。
ここからスペインの猛攻が始まった。日本代表は全員が自軍に戻り、守備をしている。いや、やらされているというのが正解だ。
必死に走り、アカサにボールが渡るまえにカットする。走って走って走りまくってディフェンスをした。
左サイドだけじゃ無く、中央もカバーする。
昌司さんよ、もう少し走れよ。
キーパーの川嶋がナイスセービングでピンチを切り抜けていた。
俺は何度も立ち上がり、ボールを追い掛ける。
ヤバい、足が上がらない。ツリそうだ。


残り五分となり、スペインも焦り始めている。
イニエスタが一人で強引に持ち込んで来て、昌司がマークにつこうとしたが、足をつったらしく倒れ込んだ。俺は必死に走り、イニエスタのマークについた。

「ここからは行かせない」

「また、お前か。いや、認めよう。君は素晴らしいディフェンスをしているよ。速くて読みも良い。世界クラスだ。只、ボールサバキや駆け引き、打開力はまだまだだな」

「貴方とサッカーして、そこのところはよくわかったよ。巧みなフェイント、ボールさばきで一人で切り開いて行く。俺もそんな力が欲しい」

「じゃあ、まだまだ精進すると良い」

突然、スピードを上げて、俺の横を抜けて行く。
ついて行くんだ。サッカーは上手く無いかもしれない。でも、負けない。負けたくないんだ。
芝を足でつかみ、踏み込む。
俺の身体が悲鳴をあげながらもギアを上げて、一瞬でイニエスタの横に並び、足を横に出してボールを押さえた。
スローモーションの様に見えた。イニエスタは目を大きく見開いて俺を見ていて、そのまま、つんのめる様に転倒した。

「ボールは貰うよ」

俺は敵ゴールを見る。
柴咲が右前へ、城戸が左前に走り出した。スペインの選手達もそれに引きづられて開いていく。
正面に駆が見えた。

(勝とうか)

「ああ、勝とう」

(イニエスタは一つ間違っているな)

「何をさ」

(教えてやる。ついて来い)

駆が敵ゴールに向って駆け出した。
俺もそれに続く様にドリブルを始めた。
スペインの選手が慌てて行く手を阻む為に動きだした。

(思いだすよな。どちらが遠くから得点を決めれるか、やったよな)

「そうだな」

(ちょうど、こんな感じだっただろ。決めてみろよ)

「遊びじゃないんだ」

(遊びじゃない?サッカーはスポーツだ。楽しめよ)

「楽しむ?」

(そうだ。楽しむんだ)

「そうだな。死ぬわけじゃない」

(やってみろよ)

俺はゴールを見る。キーパーは少し前に出て、シュートは無いと思っている。
まあ、普通はそうだろう。センターサークルからシュートを狙うなんてワールドクラスでは考えられないだろう。

「駆、やってみるよ」

俺は少し大きく前にボールを蹴った。助走をとる為だ。
速度を上げてボールへアプローチする。
左足の膝を柔らかくしてボールの左横に踏み込み、全エネルギーを受け止めた。
同時に右足を後ろに大きく振り上げて上半身を前屈みに倒し、一気に右足を引き寄せる。その際に膝を折り畳み、なるべく小さく速く振り下ろし、リリースポイントで解放する。
右足の甲にボールが食い込む。前へ、前へ、損失が発生しないように押し込んで推進力に変えた。
猛烈な速度で無回転の低空飛行のボールが蹴り出された。
空気抵抗で発生した気流がボールと地面の間に入り込み、揚力を得たボールは浮き上がるようにゴールへ迫る。
あまりの速さに誰も動けない。
キーパー手前でボールは揚力を失い、激しくブレて左下へ沈みながらゴールネットを揺らした。
審判ですら、ゴールを知らせるホイッスルを鳴らせなかった。
世界が静まり帰り、一気に歓声に変わる。
俺は一本指で天を指していた。

仲間達が俺に駆け寄って来て、汗びしょりで抱きつかれるわ、頭をぐちゃぐちゃにされる。気持ち悪いはずなのに、気分は良かった。

柴咲が皆に言う。
「今度こそ、皆で守るぞ」

スペインは残りの三分を必死に攻めるが、士気の上がった日本からは得点を奪えなかった。


《中澤裕太》
終了を告げるホイッスルと同時に両手を突き上げていた。
涙が流れ落ちる。
隣にいるスペインのスポーツ記者も拍手で日本の健闘を称えていた。

“無敵艦隊 撃破!”

俺がこの感動を記事にして、必ず世界中に届けてやる。


《宇垣悠里》
スタジオの大居正広から呼ばれていた。
「現地の悠里ちゃん、見た、見た、見た? 生逆点シュート。な、何? 悠里ちゃん、泣いてるの?」
悠里は頬に掌を当てると、濡れていた。
そして、スタジオの映像を見ると大居正広を含めて大興奮している者、泣いている者がいた。

「こちら、宇垣悠里です。もう、涙が止まらなくて。電光石火の一点目、魔術を使ったような二点目、そして、全てを黙らす豪快弾。物語のような試合でした」

「そうだよね。凄い試合だったね。こっちも点をとっても、取られても大興奮。悠里ちゃん的にはこの試合のポイントは?」

「やはり、空山選手の存在です。速さと運動量でスペインの攻撃陣を封じた事、そして、攻撃では全てに絡み、得点まで決めています」

「うわー、悠里ちゃん、試合が始まる前から空山隆之介を推していたもんね。恋しちゃったんじゃない?」

「いえ、いえ、そんか事は無いです。大居さんは?」

「お、俺?、俺はね、二点目で感動した。城戸選手、柴咲選手の始めての連携。あれは日本の可能性を感じる一点だったね」

「次の試合は三日後にナイジェリアとです。この試合に勝つと予選突破がぐっと近づいてきます」

「そうか。また、レポートを頼むね」

「はい、お任せ下さい」

スタジオへ映像が戻った。宇垣悠里はグランドへ目線を戻す。自然と空山隆之介を追っていた。

本当に恋したかもしれない。
胸の動悸が速くなっているように感じた。



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