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焼きりんご
焼きりんご 第4話
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次の朝、エリちんはいなくなっていた。
「ああ、なんか他のとこにも挨拶まわりしてくるって出て行きましたよ、さっき」
はるかはこたつの上のごみをポリ袋にぽいぽいと放り込みながら、まだベッドで横になっている私ににやにやした。
「児嶋さん、二日酔いですよね?」
またそのネタか。
「あのね、はるか。この前のは、私もいろいろあったからなんです。ああいうのは初めてなの。確かに飲んで醜態さらしたけど、そういつもいつも飲んでるわけじゃないのよ?」
「へえ?」
はるかは目を細めた。
「はるかのいない場所で飲んだら何かの刑を課す! っていうのはどうでしょう?」
私は無視して、体を起こしてキッチンへ行く。ちょっと小腹が減っている。
「鍋の残り、あったら食べてもいい?」
「いいですよ」
体、重いな。やっぱり飲みすぎたかもしれない。
はるかがよければオムライスでも作ろうか、と思い、ガスレンジを見ると昨日の鍋が残っている。急に寂しくなった。
ごみを捨て終わったはるかが手を洗いにやってきて、水道をひねった。そばまで行って、袖を引っ張った。
「ん?」
はるかが振り向く。
なにが言いたいんだろう、私は……。
はるかが首をかしげてにっこりと笑う。はるかのにおいが感じられるほど近くに顔をよせてみる。
「児嶋さん?」
「あの……」
頬が熱い。はるかの体温が、空気を通して存在をつたえてくる。それなのに、はるかとの距離を遠く感じる。
「あの、ね。ぎゅうって。……してほしい」
はるかはこちらが逃げてしまいたくなるぐらい私を見つめた。勇気を振り絞っていったのに、私が恥ずかしくなっていることぐらい百も承知だろうに、すぐに抱きしめてくれない。
はるかは私から目をそらし、やたらと丁寧に石鹸で手を洗った。なんなんだ、いじめなのか、なんでそんなにゆっくりなんだ。どうにかなりそうだ。じれったい――はるかは手を拭いて、私に目を合わせないまま、目を伏せたままでこちらを向いた。はるかの開いた唇が、なにか言いそうで言わない。腕がそろそろと動き、私の肩を寄せた。
ああもう。早くしてほしい。早く抱きしめてほしい。
早く。強く。お願い。
はるかは、私を抱きしめた。してほしかったように、ぎゅうと力を入れて。
しばらくすると、いったん体をはなして私を見た。その目が赤くなっているのに驚いた。
「はるか、泣いてるの?」
はるかは私の髪をくしゃくしゃと撫でてごまかした。
「なんか、わからないんですけど……涙でた」
私はその言葉に満足した。
はるかは眼鏡を外して流し台に置くと、私の真正面に立って、私の髪の間に指を差し入れ、頭ごと掻き抱いた。抱いているのか撫でているのか……。指が髪に、地肌に、耳に触れる。背中を、肩を、なぞるように指が滑る。
「児嶋さん」
「な、なに……?」
「呼んだだけです。……呼び、たくて」
唇がひたいの真ん中に触れると、くすぐったくて声が出そうになる。
笑いながら避けようとすると、はるかは、私を引っ張りよせた。引き寄せて、抱きしめたままで私の頬にキスをした。そのまま唇が下りてくる。乾いたままの唇に唇を合わせてくる。触れるか触れないかくらいの、息がかかる程度の軽い触れ合いが続いているうちに、唇がなんだか敏感になってしまっていた。
ジン……。体に電気が走る。唇の間を舌がチョコチョコとつついてくる。唇が唇を何度も覆い、すべる。立っているのが辛くなってくる。
「んっ」
はるかの舌が入ってきた。上唇を舐め、歯の一本一本を丁寧になぞっていく。かあっと頭に血がのぼってくる。歯の裏側……その奥を舌でつつかれると、ぞくぞくして声が出てしまいそうになる。
はるかの手が、私の肩、肘、と撫でて、下にさがってきて、手に触れた。指先をぎゅっと握ってきた。指先が熱を持ってじわりと痺れている。手を握りあったままで、はるかの親指が私の親指を、人差し指を、小指を撫でる。
「児嶋さん……」
うわ……。
朝と違う。触り方が違う。
二人の唇の間から、いつもと違うピッチの呼吸が漏れて、ふいにはるかは唇を離すと、私をみつめた。手を握り直して引っ張った。
熱くなってぼんやりとした目に、シーツの鮮やかなブルーが飛び込んでくる……ベッドに私を座らせると、そのままゆっくり、肩をおしてはるかは私の体を倒してきた。
私は小さく叫びそうになる。
「はるか、私、ぎゅっとしてって言っただけで」
ぎゅうっと、磁石が磁石に引き寄せられるようにして、はるかの体が私に体重を伝えてきた。
「あのね」
かすれた声になっている。その声にどきっとする。
「だから、ぎゅっとしたくて……してるんです……。でも、多分、これ、エスカレートしちゃうから。だから、もう」
視線にとろりとした熱を感じて、はるかが完全にそういう触れ方をしようとしていることが嫌でもわかる。彼女はもう一度大事そうに私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「やめてほしくなったら、言ってください。ストップって、三回くらい」
――やめてほしくなったら。
だいぶ前に私が、どこまでだったらストップって思わずに済むか、試してみるのもいいと思う、と言ったからなのか。
いま、止める理由は、ない。
「……ん…っ」
はるかの指先がなぞるように、かるく摘むみたいに肘の内側に触れて。
それだけで体が蕩けていく。自分の体の中心がやわやわと熱を持って敏感になっているのがわかる。前に触れられたそこが、まだ何もされていないのに、期待して熱を持ってきている。
はるかの手が、私の熱を確かめるように私の肩、肘、腕、また肩と、ゆっくりと撫でて触れている。抱きしめるように、私の存在をそのまま指先で伝っていくみたいに。
前回と――ちがっていた。触れ方が。
「……は……」
本当に前回とまるきり違った。はるかの動きは妙に優しくて、かすかで、触れられれば触れられるほど、皮膚が敏感になっていくみたいだった。なんだこれ?
息があがってきていた。私の頭を覆うようにして、髪をどけて、はるかが覗き込んでくる。はるかの息が私の顔にかかる。深い目がみつめている。
はるかの指が耳に触れて、ぞくぞくとして背骨が突っ張る。耳元ではるかの呼吸が聞こえる。後ろに回った手が、背中を撫で、服の上から私のブラジャーのホックを捉えた。ゆっくり、プチン、という音をたてて、胸が軽く自由になった。
「はるか……」
「服、邪魔ですよね?」
「ああ、なんか他のとこにも挨拶まわりしてくるって出て行きましたよ、さっき」
はるかはこたつの上のごみをポリ袋にぽいぽいと放り込みながら、まだベッドで横になっている私ににやにやした。
「児嶋さん、二日酔いですよね?」
またそのネタか。
「あのね、はるか。この前のは、私もいろいろあったからなんです。ああいうのは初めてなの。確かに飲んで醜態さらしたけど、そういつもいつも飲んでるわけじゃないのよ?」
「へえ?」
はるかは目を細めた。
「はるかのいない場所で飲んだら何かの刑を課す! っていうのはどうでしょう?」
私は無視して、体を起こしてキッチンへ行く。ちょっと小腹が減っている。
「鍋の残り、あったら食べてもいい?」
「いいですよ」
体、重いな。やっぱり飲みすぎたかもしれない。
はるかがよければオムライスでも作ろうか、と思い、ガスレンジを見ると昨日の鍋が残っている。急に寂しくなった。
ごみを捨て終わったはるかが手を洗いにやってきて、水道をひねった。そばまで行って、袖を引っ張った。
「ん?」
はるかが振り向く。
なにが言いたいんだろう、私は……。
はるかが首をかしげてにっこりと笑う。はるかのにおいが感じられるほど近くに顔をよせてみる。
「児嶋さん?」
「あの……」
頬が熱い。はるかの体温が、空気を通して存在をつたえてくる。それなのに、はるかとの距離を遠く感じる。
「あの、ね。ぎゅうって。……してほしい」
はるかはこちらが逃げてしまいたくなるぐらい私を見つめた。勇気を振り絞っていったのに、私が恥ずかしくなっていることぐらい百も承知だろうに、すぐに抱きしめてくれない。
はるかは私から目をそらし、やたらと丁寧に石鹸で手を洗った。なんなんだ、いじめなのか、なんでそんなにゆっくりなんだ。どうにかなりそうだ。じれったい――はるかは手を拭いて、私に目を合わせないまま、目を伏せたままでこちらを向いた。はるかの開いた唇が、なにか言いそうで言わない。腕がそろそろと動き、私の肩を寄せた。
ああもう。早くしてほしい。早く抱きしめてほしい。
早く。強く。お願い。
はるかは、私を抱きしめた。してほしかったように、ぎゅうと力を入れて。
しばらくすると、いったん体をはなして私を見た。その目が赤くなっているのに驚いた。
「はるか、泣いてるの?」
はるかは私の髪をくしゃくしゃと撫でてごまかした。
「なんか、わからないんですけど……涙でた」
私はその言葉に満足した。
はるかは眼鏡を外して流し台に置くと、私の真正面に立って、私の髪の間に指を差し入れ、頭ごと掻き抱いた。抱いているのか撫でているのか……。指が髪に、地肌に、耳に触れる。背中を、肩を、なぞるように指が滑る。
「児嶋さん」
「な、なに……?」
「呼んだだけです。……呼び、たくて」
唇がひたいの真ん中に触れると、くすぐったくて声が出そうになる。
笑いながら避けようとすると、はるかは、私を引っ張りよせた。引き寄せて、抱きしめたままで私の頬にキスをした。そのまま唇が下りてくる。乾いたままの唇に唇を合わせてくる。触れるか触れないかくらいの、息がかかる程度の軽い触れ合いが続いているうちに、唇がなんだか敏感になってしまっていた。
ジン……。体に電気が走る。唇の間を舌がチョコチョコとつついてくる。唇が唇を何度も覆い、すべる。立っているのが辛くなってくる。
「んっ」
はるかの舌が入ってきた。上唇を舐め、歯の一本一本を丁寧になぞっていく。かあっと頭に血がのぼってくる。歯の裏側……その奥を舌でつつかれると、ぞくぞくして声が出てしまいそうになる。
はるかの手が、私の肩、肘、と撫でて、下にさがってきて、手に触れた。指先をぎゅっと握ってきた。指先が熱を持ってじわりと痺れている。手を握りあったままで、はるかの親指が私の親指を、人差し指を、小指を撫でる。
「児嶋さん……」
うわ……。
朝と違う。触り方が違う。
二人の唇の間から、いつもと違うピッチの呼吸が漏れて、ふいにはるかは唇を離すと、私をみつめた。手を握り直して引っ張った。
熱くなってぼんやりとした目に、シーツの鮮やかなブルーが飛び込んでくる……ベッドに私を座らせると、そのままゆっくり、肩をおしてはるかは私の体を倒してきた。
私は小さく叫びそうになる。
「はるか、私、ぎゅっとしてって言っただけで」
ぎゅうっと、磁石が磁石に引き寄せられるようにして、はるかの体が私に体重を伝えてきた。
「あのね」
かすれた声になっている。その声にどきっとする。
「だから、ぎゅっとしたくて……してるんです……。でも、多分、これ、エスカレートしちゃうから。だから、もう」
視線にとろりとした熱を感じて、はるかが完全にそういう触れ方をしようとしていることが嫌でもわかる。彼女はもう一度大事そうに私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「やめてほしくなったら、言ってください。ストップって、三回くらい」
――やめてほしくなったら。
だいぶ前に私が、どこまでだったらストップって思わずに済むか、試してみるのもいいと思う、と言ったからなのか。
いま、止める理由は、ない。
「……ん…っ」
はるかの指先がなぞるように、かるく摘むみたいに肘の内側に触れて。
それだけで体が蕩けていく。自分の体の中心がやわやわと熱を持って敏感になっているのがわかる。前に触れられたそこが、まだ何もされていないのに、期待して熱を持ってきている。
はるかの手が、私の熱を確かめるように私の肩、肘、腕、また肩と、ゆっくりと撫でて触れている。抱きしめるように、私の存在をそのまま指先で伝っていくみたいに。
前回と――ちがっていた。触れ方が。
「……は……」
本当に前回とまるきり違った。はるかの動きは妙に優しくて、かすかで、触れられれば触れられるほど、皮膚が敏感になっていくみたいだった。なんだこれ?
息があがってきていた。私の頭を覆うようにして、髪をどけて、はるかが覗き込んでくる。はるかの息が私の顔にかかる。深い目がみつめている。
はるかの指が耳に触れて、ぞくぞくとして背骨が突っ張る。耳元ではるかの呼吸が聞こえる。後ろに回った手が、背中を撫で、服の上から私のブラジャーのホックを捉えた。ゆっくり、プチン、という音をたてて、胸が軽く自由になった。
「はるか……」
「服、邪魔ですよね?」
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