パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい

文字の大きさ
23 / 34
第一章

023 母の愛

しおりを挟む
──悔やんでも悔やんでも、どうすることもできない。
──Aに会いたい。
──Aは死んだ。自殺した。
──俺も死にたい。なぜ俺が生きているのか。
──神でも悪魔でも、なぜ男を犠牲にしてこんなことを望むのか。




──何度も何度も悪魔へ祈った。望みを教えてほしいと。
──学園の秘密がある。学園のどこかに骨がある。悪魔にとって大切だった人。悪魔は神の御子ではない俺に夢の中で伝えた。
──Aに会いたい。最期に会いたかった。




 日記はそこで終了した。彼がどうなったのか誰にも判らない。
 ずず……と鼻をすすると、リチャードに箱ティッシュを渡された。
「骨ってなんだ? 祀っているのか?」
 リチャードを見やるが、彼は首を振っている。
「聞いたこともない。日記の主は神の御子に選ばれなかったが、悪魔の声を聞いたことになる。信憑性があるのかどうかだ」
「そもそも予備生なんて、独断で勝手に選んでるだけじゃん。僕やアーサーよりも適性がある男なんて山ほどいる」
「山ほどいるのか判らんが、一理ある。だがお前は適性がある」
「……………………」
 一応睨んでみるが、リチャードは知らんぷりを決めている。
「ここまで洗いざらい書いておいて、悪魔の話を嘘つく理由はないと思いますけど。気持ちを吐き出しつつ教団への怨みを書いたのが前半、悪魔を夢に見た件は誰かに知ってほしかったんじゃないかと思います。呪われた学園の謎を解いてほしいと」
「……崇拝しているのは悪魔だって知ってたんだな。ウィルは何も驚かないし」
「ごめん、隠してたわけじゃないんだ」
「別にいいよ。僕だって隠してることもあるし」
「隠し事はずっと隠したままでいい。一番の望みはクリスが健康で幸せに生きてくれることだ」
 もしかしたら神の御子に選ばれたことも知っているのでは、と口から出そうになる。そうだとしても、隠し通せとウィルは言った。話すのは勇気もいるし寿命を削るほど心が痛む。
「学園のどこかに骨……か。調べてみる必要があるな。だがすでになくなっている可能性が高い」
「僕もそう思うよ。本部に秘密の部屋とかないのか?」
「図書室もあるし教祖様しか入れない部屋もある。ただこの日記のことは教祖様も知らない。なんせ鍵がかかっていて、埃まみれだ。誰かが触れた形跡すらない」
「遺骨がどこかにある話も、知らないってこと?」
「おそらくは。俺の家系は代々教団にお仕えする家柄だが、遺骨の話は聞いたことがない。祀っている話も含めてだ。信頼できる者にも聞いてみよう」
 次の儀式のとき、悪魔に聞いてみようとクリスは考えた。呼びかけるなど今までしなかったのは、いざ交合が始まればそれどころではなかったからだ。
 リチャードをちら見して口を開こうとするが、止めた。ウィルのいるところてでしていい話ではない。



 九月に入り、今月の託宣の儀式がやってきた。
 ベッドの上で向かい合うと、
「どうした?」
 優しい声で頬を撫でられた。
「日記の件を考えていたんだ。僕が悪魔へ呼びかけてみるのはどうだろう」
「怖いんじゃなかったのか?」
「そりゃあ……少しは。でも誰かがやらなきゃならないんだ。あの日記を暴いたのは僕で、それなら責任を取る」
「そうだな。お前にしかできないことだ。俺に乗り移ったら、声をかけてみてくれ」
 リチャードは必ずキスをする。交合のときの習わしなのか、リチャードの趣味や性癖なのかは聞いたことがない。交合の勉強を中等部で習ったが、口づけを交わすなど聞いたことがない。
「あの……さ、」
「今日はやけに落ち着かないな」
「その…………、キスって、誰にでもするものなのか?」
 リチャードは体勢を整え、座り直した。
「誰とでもするわけがないだろう。お前は俺がサイラスともすると思っているのか?」
「違う、そういう意味じゃなくって! 交合のとき、誰でもするのか判らなくて。中等部にいた頃は習わなかったんだ。学園とリチャードの教えと、どっちが正しいのかな……って」
「簡単な話だ。学園で教えるのは方法のみ。俺は方法にプラス愛がある」
「あ、愛?」
「そうだ。儀式や性欲処理のためだけに口づけなどわざわざしない。よって、どちらも正しいと言える。満足したか?」
「……余計に頭を悩ますんだけど。前に協定を組むって話したけど、リチャードにうまみがあるとは思えないんだ。僕ばかりが守ってもらっているみたいで」
「協定などあってないようなものだ。たとえお前が協定を組まないと言っても、俺の意思は変わらなかった」
「守り通してたってこと?」
「そうだ」
「そろそろ理由を教えてほしいんだよね。どうしてそこまでしてくれるのか」
「お前は自分の親を気にしたことはないか?」
「気にならないと言えば嘘になる。僕らの父は教祖だって教えられるけど、生物学的に血の繋がりのある両親は別にいるはずだ」
「本来なら学園の生徒には教えられない話ではあるが、お前の母親についてだ」
 蝋燭の火が大きく燃え上がる。悪魔に早くしろと急かされているようだった。
「お前の母親はクリスを生んで教団に取り上げられた。学園に送る子供が取り上げられるのは別に珍しいことじゃない。親が余計なことを言わないようにし、教団の色に染め、洗脳するためだ。俺はお前の母親に『どうしても息子を抱きたい。会いたい』と懇願された。赤ん坊は厳重に管理されていたが、俺は教団のありとあらゆるコンピューターの電源を落とした。その隙をついて部屋に忍び込み、クリスを抱いて母親へ渡すことに成功した。だがほんの数分足らずだった。お前の母親に物陰に隠れるよう言われ、俺は言われた通りにした。教団の連中に見つかり、彼女は『息子を学園に送るのはまっぴらだ。この子は渡さない』と言った。お前は取り上げられ、彼女は……」
「どうなったんだ?」
「亡くなった。最後に『この子を守って』が彼女の最期の言葉だった。目の前で亡くなったのに、俺は何もできなかった。物陰に隠れて、俺がコンピューターを落としたことも赤子のクリスを連れ去ったことも、言えなかった。陰に隠れて怯えていたんだ」
 亡くなった、とは殺された、に置き換えられる。彼の優しさだ。
「母さんの想いを叶えてくれてありがとう。きっと後悔していないと思うよ。会った記憶がないけどさ、それは断言できる」
「…………クリス」
「だから思いつめなくて大丈夫だよ。僕はリチャードを怨んだりしないし、むしろよくしてくれて嬉しい。僕が執着されている気がしたのは、そういうことだったのか。納得した」
「その言葉で救われた気がする。それともう一つ。母方の家系はシャドウ・ディテクティヴの称号を持つ一家だ」
「探偵? 僕の家が?」
「手先が器用なのも血だろうと思った」
「前にバッジはつけないのかって僕に言ったよな? そういうことだったのか」
「あれはつい口が滑ってしまった。それとお前に執着しているのは負い目だけではないぞ」
「どういうこと?」
「言っただろう。キスをするのは交合に愛があるからだと」
 リチャードが覆い被さってきた。下半身が触れ合うと、熱がこもっていることが判る。
 親のように見守ってくれ、惜しみない愛を注ぐ彼に、恋をしている気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

君と僕との泡沫は

七天八狂
BL
【ツンデレ美貌✕鈍感平凡の高校生】 品行方正才色兼備の生徒会長と、爪弾きの底辺ぼっちが親の再婚で義兄弟となった青春BLドラマ。 親の再婚で義兄弟となった正反対の二人の青春BL。 入学して以来、ずっと見つめ続けていた彼が義兄弟となった。 しかし、誰にでも親切で、みなから慕われている彼が向けてきたのは、拒絶の言葉だった。 櫻井優斗は、再婚を繰り返す母のせいで引っ越しと転校を余儀なくされ、友人をつくることを諦め、漫画を描くという趣味に没頭し、孤独に生きていた。 高校で出会った久我雅利の美貌に見惚れ、彼を主人公にした漫画を描くことに決めて、二年間観察し続けていた。 底辺ぼっちだった優斗は、周りから空気のように扱われていたから、見えない存在として、どれほど見ていても気づかれることはなかった。 そのはずが、同じ屋根の下に住む関係となり、当の本人に、絵を描いていたことまでもがバレてしまった。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...