パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい

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第一章

01 目覚め

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 目が覚めるとカーテンの隙間から薄暗い光が差していた。
 起きるには早く、二度寝するには足りない。クリストファーはベッドから起きてカーテンをめくり、窓を開けた。海に囲まれた孤島は、潮の香りがする。
 あと数週間もすれば、チェリーブロッサムが咲き乱れる。それに花は神からの贈り物だと言われている。香りも散る様子も美しく、クリスはこれが大好きだった。


 海に囲まれた孤島にあるパブリック・スクール──シンヴォーレ学園。海から仕切られるように白い壁で覆われていて、誰も他の島から様子を伺うことができない。入学した生徒たちは二十二歳、大学院まで進めばもう少し生活をすることになる。

 三歳の誕生日を迎えると学園から手紙が届き、神を崇拝する寄宿舎付きのシンヴォーレ学園へ入るよう促される。強制ではあるが、嫌がる親はほとんどいなかった。というのも、学園は海の神を崇拝する宗教団体が経営していて、親も一員であることが多いためだ。入れば将来は安泰と言われていて、大手の企業への就職や大学院で博士号を取ったりと、進む道が広く用意されている。団体の一員でなくとも、多額の寄付金を募って子供を入らせようとする親も多い。一般家庭の子も自然と信仰を重んじるよう、成長していく。
 手紙が届く基準は貴族の血筋だの神童だの言われているが、実際ははっきりしない。入学前に学園から花で飾られた馬車で出迎えがやってくる。これには庶民の家庭も鼻が高かった。
 聖堂で朝の祈りを捧げた後、食堂へ向かう前に馬小屋へ向かった。クリスはポロの選手だ。ポロとは、乗馬しながらスティックを持ち、球を相手チームのゴールへ入れるスポーツである。相棒となる馬は数頭いるが、クリスは特にお気に入りの馬がいた。
「エマ、おはよう」
 牝馬であるエマは、クリスとともにこの学園で成長してきた。クリスがエマに乗ると気持ちが一番通じ合う。クリスに対してはとても甘えん坊で、可愛くて仕方なかった。
 持ち歩いている櫛で毛並みを撫でてやれば、顔を下げて撫でてほしいところを見せつけてくる。
 身を委ねていたエマが突然鳴いた。クリスも驚いて振り返る。
 上背のある男が立っていた。見たことのない男だ。腕には腕章をしているが、寮長の証であるものだった。
「ここで何をしている」
 バリトンボイスの持ち主である男は、クリスを感情のない目で見下ろしている。
 自分の思いとは裏腹に、心の火種が熱く燃え始めた。
 灼けるように胸から熱が全身を駆け巡り、頬や額が熱くなる。まぶたが震え、唇を噛んだ。
 なぜか悔しさも滲んできて、強い視線で男を睨む。きっとエマといる時間を妨害されたからだ。
「なにって……別に。エマと会っていただけですけど」
 刺々しく、クリスは答えた。
 もう一度、腕章を見つめる。間違いなく、寮長である証の紋章だ。なぜ見たことも名前も知らない男がつけているのか。昨年度までは別の人だった。
 寮長とは名ばかりで、実際は生徒を見張る監督官だ。脱走する者、規律を乱す者、犯罪を犯す者を厳しく指導する役目を持つ。
 学生生活は生徒をまとめる寮長で一年が決まるといっていい。シンヴォーレ学園では寮長の権限が強いためだ。
 厳しすぎる人が寮長になると、息もできないほど居心地が悪い。酸素のない世界へ放り出されたような気持ちになる。
 過去には重罪でもないのに、獄舎へ生徒を放り込んだ寮長もいた。彼はどういうタイプだろうか。どうみても消灯を過ぎて起きていても許してくれる男には見えない。
 男はエマを一瞥し、またすぐにクリスを射抜く。
 上から下までじろじろと見られている。
 薄気味悪いはずなのに、感情の読めない赤みがかった瞳は哀愁を漂わせていた。
「今は朝食の時間だろう。早く戻れ」
 男は吐き捨てるように言うと、踵を返してしまった。
 彼が小さくなるまで茫然と立ち尽くしていると、エマに頭をはむはむされた。馬の愛情表現だ。
「あいつ、悪い奴かな?」
 エマに問うが、優しい目のまま額を舐めてくる。
 危険を察知する能力に長けているエマだが、さきほどの男が近くにいても警戒心はまるでない。
「じゃあまた来るよ。朝食を食べてくる」
 物分かりの良いエマは軽く鳴き、奥へと戻っていった。



 食事は基本的にビュッフェスタイルだ。基本的というのは、行事があった場合はメニューが決まっている。自分でカロリーを計算するのも食育の一つであるというが学校の方針だ。
 料理を取っていき、最後に生徒全員がつけている腕輪をかざす。食事はすべて腕輪を通してカロリー計算も管理されている。
「クリス君、顔怖いよ。どうしたの?」
 ノアはクリスの親友で、義兄弟のようなものだ。丸い瞳とさらさらの髪、あまり上背はなく、人形のようだと他生徒からも可愛がられることが多い。
「さっき、知らない男に声をかけられたんだ。寮長しかつけられない腕章をしていたんだけど、男に見覚えがない。しかも俺たちの学年担当だ」
 ノアの眉毛がハの字になる。
「嫌だなあ……優しい人だといいけど」
 ノアはスプーンでスープをかき混ぜている。先ほどからあまり食が進んでいない。
 クリスはロールパンを食べ終えて、最後はヨーグルトをかき込んだ。
「普通に生活してたら特に何も起こらないって」
 ノアを安心させるために言ってみるが、そう言い聞かせているのは自分のためでもある。
「クリス、ウィリアムさんが来てるよ」
 ウィリアムはクリスやノアの二つ上で、今は大学部二年に上がったところだ。
 ウィルは中等部、高等部でも生徒会長を務めてきて、カリスマ性がある。成績も良く、スポーツ大会でも上位の成績を収めてきた。たくさんの功績を残してきたのに、なぜ彼が儀式の『予備生』にも選ばれなかったのか謎だ。文武両道だけでは選別されないのだと余計に謎が深まった。
 ウィルは通るたびに次々と声をかけられ、手を振って答えている。まっすぐこちらへ向かってきた。
「よう、おふたりさん」
「こ、こんにちは」
 緊張気味のノアはやや上擦った声を出す。
「ここ、高等部の食堂だろ。来てもいいのか?」
「大聖堂へ行く途中でちょっと寄り道した程度だ。理由なんて適当につけられる」
「ウィル、式の準備を手伝っていたんだよな。俺たち十三年生の新しい寮長に会わなかったか?」
「知らない男性がいるとは思ったな。遠くにいたから、特に話したりはしなかったけど。その人がどうかしたのか?」
「……今朝会って、なんか気分悪かった」
「気分悪かった、か。相性の問題もある。それにもっとちゃんと話してみれば、意外と判る人ってこともある。あまり不安に思うなよ」
 ウィルの大きな手がクリスの頭に乗った。
 がしがしと頭を撫でられる。子供じゃない、と振り払うが、ウィルは肩を震わせていた。
 クリスも彼に頭を撫でられるのは嫌いじゃない。兄のような人で、本当に兄がいたのならこういう人がいいといつも思っている。
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