パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい

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第一章

02 自由のない世界

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 白い塀に囲まれた学園には大聖堂と聖堂があり、大聖堂は主に儀式を行う場所、聖堂は生徒が自由に中へ入ることができ、お祈りをする場所でもある。
 東西南北にエリアが分かれており、十四歳までが南区、クリスを含めた十四歳から十八歳までが西区で授業を受ける。
 今年十八歳になるクリスは十三年生であり、一番大事な一年だ。そして予備生に選ばれれば、東区へ移動となる。
 十三年生は特別な一年になる。神の元で声を聴く「神の御子」になれるかどうかの儀式が行われる。予備生として何人か選ばれ、さらに狭き門を突破した人が神の御子と呼ばれるのだ。
 選別方法に関して生徒たちは知らない。成績が優秀な者や血筋なのではないかとまことしやかに言われているが、成績が下から数えた方が早い生徒も選ばれていた。ただ、それなりの美貌が必要というのは、生徒たちの認識だった。歴代の神の御子たちは、皆、人目を引くような容姿をしていた。
 ノアを見ると、大きな目をばしばしさせている。くりっとした目に長い睫毛が影を作り、重くないのかと心配になる。
 大聖堂には全校生徒が集まり、いくつか儀式を執り行う。今は学園へ入れられた五歳の生徒たちが、一人一人名前を呼ばれていた。
「ねみい……」
 斜め前で大きな欠伸をしたのは、ダニエルだ。クリスとは違うクラスだが、悪評はいろいろと耳に入っている。
 ラグビー部に所属していて、身体つきも他の生徒よりも大きい。
「よお、ノアちゃん。今日も騎士サマに囲われて良いご身分でちゅねー」
 やたらとノアにつっかるのはいつものことだ。
 ノアが何も言わないで無視を決め込んでいる。
 すかさずクリスは前のめりになった。
「お前こそ、猿山の大将を気取っていて恥ずかしくないのか? 僕なら外を歩けないな」
 ダニエルは顔を真っ赤にして小刻みに震え始めた。頭に血が上りやすいのも欠点だ。
「そこ! 何をしている!」
 寮長の一人が大声を上げ、注目を浴びてしまった。
 大聖堂の真ん中には、例の寮長もいた。
 彼の目はまっすぐにこちらを射抜いている。
 クリスも負けじと睨み返した。
 男は片手を上げ、怒鳴った寮長を制した。
 クリスはふと違和感を感じた。寮長になるくらいだからそれなりの位にいるだろうが、彼は今年から在籍する新人だ。長く居座る寮長を制止できるほど、高い位にいるのだろうか。
 男は学園長へ耳打ちすると、元の位置へ戻っていった。
「そこの生徒二人は、後で聖堂へ来るように」
 ダニエルはこちらを睨み、大きな舌打ちをした。
「ク、クリス……ごめんね……俺のせいで……」
「お前のせいじゃない。気にしなくていい」
 他の生徒たちはこちらを見てひそひそ話をしている。
「静粛に! まだ式の途中である!」
 学園長は手元の鐘を鳴らした。静まり返った大聖堂に、鐘の音が響く。
 各クラスの寮長が大聖堂の真ん中に真ん中へ立つ。
 やはりあの男がクリスの学年担当だ。腕章にXIIIの文字が刻まれている。
 それぞれ新しい寮長の紹介があった。十三年生が担当となる男は、名をリチャードと名乗った。
 リチャード、リチャード……と心の中で忘れないように刻み込む。
 ダニエルの妨害行為があったものの、それ以外は滞りなく式は幕を閉じた。
 学園長が睨みをきかせてくるので、仕方なしに聖堂へ向かう。
 生徒は他にはいない。中で待っていると、ダニエルが入ってきた。続けて寮長のリチャードと学園長も入ってくる。
 長ったらしい説教が始まるかと思いきや、
「お前たち二人は三日間、地下の獄舎へ入ってもらう」
「はあ? なんでだよ!」
 先に声を上げたのはダニエルだ。口には出さなかったが、クリスも同じ気持ちだ。
「口の聞き方に気をつけろ。寮長の判断通りに従ってもらう」
「僕の名前はクリストファーだ」
 クリスは一歩前に出て名乗った。大聖堂でリチャードだけが自己紹介をされてフェアでないと感じたうえ、何も悪いことをしていないのだから正々堂々と戦いたかった。
「僕は獄舎へ入れられるような不法行為は何もしていない。なぜ獄舎行きなのかと、三日間なのか理由を聞きたい」
「理由は儀式を妨げた罪だ。それ以上はない。三日間と言ったが、一週間がいいか?」
「三日でいい。初日だし、寮長のメンツを立ててやる」
「なんだその態度は! 本当に一週間でもいいんだぞ」
 怒り心頭な学園長だが、リチャードは何も言わなかった。
 それどころか、何が面白いのかうっすら口角が上がっているようにも見える。
 クリスとダニエルは同じ獄舎ではなく、それぞれ別の建物内へ投獄された。
 シャワーとトイレもし備わり、自由を奪われることになる環境は悪くない。本棚には宗教団が執筆した本が大量に並んでいる。
 手にとってまくってみるも、読まされた本ばかりで長続きしなかった。
 三日も授業を受けられないのだから、せめて予習はしようと用意された教科書とノートを開いた。
 日が傾いた頃、重厚な扉が重苦しい音を立てた。
 トレーの上に夕食を乗せて、リチャードが姿を現す。
「勉学に励むなんて真面目なんだな」
「僕はいつだって真面目だ。今日、ダニエルと言い争いをしてたのは……」
「知っている。ノアを守ろうとするのはいいが、結局お前が獄舎に入れられる羽目になった」
 ダニエルの不真面目な態度が許せなかった、と言おうとしたのだ。親友のノアは関係ない。
「投獄したのは貴方じゃないか。他人事のように言うな……って、なんでノアのことを知っているんだ?」
「お前の親友だからな。知っているさ」
「まさか、十三年生の生徒全員把握しているのか?」
「そんなわけがないだろう」
 クリスはまったくもって理解ができなかった。
 親友だから知っているとは、まるでクリス自身を理解していることになる。
 リチャードは持っていたトレーをクリスへ差し出した。
「お前は少し目立ちすぎる。吠えてかかるのはいいが、人を選べ」
「ここまで突っかかるのは貴方くらいだ」
「ほう?」
 トレーを受け取ると、指先が触れる。クリスはすぐに指先を離した。
 堂々と鍵を開けて渡すなど、この男はどうかしている。普通は受け口から渡すのが規則だ。誰もいないからいいが、見つかればこの男も処罰を受けるだろう。
「いいか。たった三日だ。お前にとってはされど三日かもしれないが、おとなしくしていれば数日で済む。反省の色が見えなければ、さらに日数が増える」
「ああ」
「くれぐれもおとなしくしておけ」
 リチャードが去ったあと、ダニエルはどこの獄舎にいるのか聞きたかったが、彼はもう見えなくなっていた。
 トレーのパンを手に取ると、下に封筒がうまっていた。
「ノアだ」
 字で判る。幼い頃からずっと見てきた字だ。リチャードが気づかないわけがない。
 手紙には、謝罪と授業のノートをまとめておくこと、三日後に迎えにいくと書かれていた。
 食事をとって仮眠と取ったあと、クリスは再び机に向かった。
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