貴方の杖、直します。ただし、有料です。

椎茸

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第6章 おでかけ

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魔法局に着いて馬車を降りると、ユミルは四方八方から視線を感じた。
視線に負けてユミルが肩と腰を丸めながら歩き出すと、レインがそっとユミルの腰に手を添える。

(ぎゃ~~~~~~~~!)

ユミルは心の中で絶叫して、弾けるようにピンと背を伸ばした。

「そうやって、堂々としていろ。」
「…ハイ。」

(堂々としようとして背を伸ばしたのではなく、貴方の手に緊張しただけですけどね!)

レインが人を避けるように、いつもよりユミルに近づいて歩くので、ユミルはレインが立っている側の体がそわそわして仕方がない。

ユミルがレインに導かれながら通された部屋には、既に何人かの人が集まっていた。
映像を紙に念写する魔法道具を携行した新聞記者と思しき人もいて、ユミルはここで初めて自分が感謝状を贈られるのだということを実感した。

既に集まっている人が個々に「おめでとう」と声をかけてくれるので、ユミルはレインの隣で愛想笑いを浮かべて会釈をしていたが、目の前にひとりの男性が立ちはだかった。魔法局の制服は着ていない。

「レイン部隊長殿、噂の杖修復士と一緒に御出勤とは、随分とお暇なようですな。」
「おはようございます、グリッチ伯爵。」

(グリッチ…?どこかで聞き覚えがあるけど。確か、証人喚問の時にも見かけたわ。)

意地悪く、レインの人員配置に瑕疵があったと強く主張していた人だ、とユミルは身構える。

「ユミル・アッシャーでございます。」

ユミルはグリッチ伯爵の視線が自分に向いたことに気づき、少し固くなりながらも礼を取ったが、グリッチ伯爵と呼ばれた男はユミルをなめるように見て鼻を鳴らした。

ユミルがどことなく既視感を覚えていると、レインがその視線を遮るようにユミルの前に立った。

「聞けば、たったのケルベロス一頭を倒しただけだと言うではありませんか。それなのに、魔法局からわざわざ感謝状などと…、かような者に贈っては魔法局の品位が落ちてしまいます。…それとも、レイン部隊長殿はこの女性に何か特別な思い入れでもあるのですか?専属の杖修復士と言ってはいますが。」

ユミルからはグリッチ伯爵の表情は見えなかったが、証人喚問のときと同じく、意地悪く顔を歪めていることが容易く想像できた。
やはり、あの程度の働きでユミルが感謝状を貰うことについて、良く思っていない人がいるのだと目の当たりにして、ユミルは顔を俯かせる。

わざと大きめな声で話して、新聞記者の気を引くようなパフォーマンスをしているところも、意地の悪さを感じる。グリッチ伯爵の狙いどおり、周りはユミルたちに注目している。

このままでは、ユミルが悪く言われるだけではなく、レインにも飛び火がしてしまう、とユミルはさらに肩を縮こまらせた。
しかし、レインはちっとも動揺せずに堂々とグリッチ伯爵を見据えた。

「貴方のご息女は魔法局職員でありながら、ケルベロス一頭も倒せずに逃亡したではありませんか。」

(グリッチって…、ああ~~~!シルビア・グリッチ!!)

ユミルは納得した。
あの値踏みをするような視線も、挨拶を返さないあの態度も、シルビアと目の前の男はそっくりだ。

「我が娘は、魔法騎士ではない。あのような場所に飛ばされて、可哀そうなことをした。」

グリッチ伯爵は周りの同情を引くように、悲し気に言ったが、それをレインは鼻で笑い一蹴した。

「いかなる職務に就くことも、いかなる地へ飛ばされることも、構わないと誓約して魔法局に入局したはずだ。それに、今回の遠征にはシルビア嬢が行きたいと志願し、貴方が無理やりメンバーに組み込んだ。記録も残っていると、先日の証人喚問の際にも言ったはずだが。」

「だが、娘は攻撃魔法には慣れていない。前線に立つことなど、想定もしなかったことだ。」
「それは、ユミルも一緒だ。しかも、ユミルは私が個人的に杖修復のためだけに連れて行った一般人。対してシルビア嬢は正式な魔法局職員、民衆を守る義務があった。いったいどちらが、魔法局にとって、そして民衆にとって品位の無い行動だったか、火を見るよりも明らかなことだ。」

レインはいつもどおり淡々と話しているように見えたが、その瞳はいつも以上に冷徹な雰囲気を纏っていた。

「…そんなことを言って、ただで済むと思っているのか!」

グリッチ伯爵は言い返せずに激昂して顔を真っ赤にしたが、そこにそわそわとしていた新聞記者が割り込んで来た。

「逃亡した魔法局職員とは、グリッチ伯爵家のご息女だったのですか?」
「当時の様子を詳しく教えてください。」

証人喚問の様子は、一般には公開されない。
それにあの小さな町では、シルビアの顔を見ただけで、彼女がグリッチ伯爵令嬢であることがわかるような住民はいなかったので、「魔法局職員が逃げた」という噂だけが独り歩きしていた。

新聞記者は、まさかここで逃げ出した魔法局職員の側の話をキャッチできるなんて、と食いついたのだ。祝い事よりも、不祥事のゴシップの方がウケる記事が書けることもある。
グリッチ伯爵は状況を今更ながらに理解すると、赤かった顔を急に白くして、急いで部屋を出て行ってしまった。
新聞記者はそれを追いかけた数が半数、半数がこの場に残った。

「…実に迂闊だな。」

レインはグリッチ伯爵が出て行った方向を向いて、冷たく言い捨てる。

「不快な思いをさせてすまない。あの男は自分の家系に傷がつくのが嫌でああ言っているだけだ。気にする必要はない。」

レインはユミルに向き直ると、さらりと言ってのけたが、ユミルはすぐに気持ちを切り替えることができず、俯いたままだ。

「ユミル。」
「…はい。」

ユミルが下を向いたままなのを見たレインは、その場に跪いてユミルの手を取ると、下からユミルの顔を覗き込んだ。

「気にするな。誰が言おうと、君は立派だ。
私が言っているんだ、信用できないのか?」

(信用できない、わけない。)

ユミルはレインの邸宅で働くようになってからずっとレインを見てきた。
言葉は少ないし、突然言われることが多いが、嘘を吐かれたことは一度もなかった。

ユミルはレインの星が煌めいているような瞳に見つめられて、ゆっくりと頷いた。

レインがほっとしたように少しだけ表情を緩めて立ち上がる。
すると、急に周りから拍手が上がった。
気づけば、魔法道具で念写を撮られている音もする。

(周りの視線を忘れてた~~~~~!)

ユミルは恥ずかしさで顔から火が出る思いだった。
いったい、何の寸劇を見せてしまったのか。

(何なの!私!悲劇のヒロイン気取りか!!恥ずかしい!無言で頷いて…雰囲気に酔ってたのか!?)

一方のレインは全く持って涼しい顔をしている。

「~~~ちょっと!」

ユミルは恥ずかしさのあまり、レインの腕をバシバシと叩いたが、レインは不思議そうな顔をするばかりだ。

「別に、本当のことを言っただけだろう。」

レインはなぜ、周りがこんなに盛り上がっているのか全然分かっていないようで怪訝な顔をしている。
ユミルが怪我をしたときは随分と励ますのが苦手なように見受けられたが、どうやら天然仕様らしい。
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