雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第三章 明巴

11 息子だった

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 目が覚めた時には、周囲は明るくなっていた。夜が明けていたことに加えて、扉が開いていたせいもあった。
 加納が、呆れた顔でエイミを見下ろしていた。

 「あれを縄抜なわぬけできるぐらいなら、ここから逃げるくらい、簡単だろう。それに、そのガムテープ。いい加減、がせよ」

 「逃げても事は解決しないので」

 エイミは、床に座ったままで答えた。
 一夜明けた加納は、やけにエイミに親近感を抱いているように、俺には感じられた。

 「お前も苦労していそうだな」
 「照会したのですか」

 エイミの声がけわしくなった。加納がぽりぽりと顔を掻き、すぐに答えないでいると、音もなく立ち上がり、すぐ前まで歩み寄った。

 加納の背も高いが、エイミも背の高さでは負けていない。その近距離から頭突きを食らわせれば、鼻血を出させるくらいは、軽く行けそうだ。

 破れた黒い服の切れ端をあちこちからぶらさげ、髪がほどけていることもあって、全身わかめ妖怪と化したエイミに立ちふさがれて、加納は少し足を引いた。

 「理由は言わずに、どんな奴か訊いただけだ。お前ら、別に前科持ちじゃなし、補導歴もないんだから、そんなに怒ることないだろう」

 俺も、頭を抱えたい心境だった。

 警察ルートで照会をかければ、2人とも有名人ではないのだから、結局は地元の派出所か駐在所に訊くことになる。そうすれば、母の耳に入らずには済まされまい。

 「梶尾先生とお話したいのですが」

 加納を責めてもらちがあかないと悟って、エイミが話を変えた。
 加納は首を振って、エイミの眼鏡を差し出した。

 「明巴お嬢様は、もうあんた達とは関わらない。照会かけたせいで、これまでの事がボスにばれちまって、今はお説教の真っ最中だ。特に約束を守らないことについては、ボスは厳しいからな。あんたたちのことは、俺が駅まで車で送っていくよ。後でボスから見舞いが届くだろう」

 「お見舞いは結構です。フジノも今回のことは他言しません。それより、地元で妙な噂が立たないようにしていただかないと」

 エイミと加納は勝手に話を進めていたが、俺は割って入る気もしなかった。

 エイミは眼鏡を受け取ると、落ちていた紐の切れ端で髪を結び、ガムテープをべりべりと剥がした。見慣れた顔が出てきた。


 玄関に出ると、昨夜乗ってきた明巴の車の代わりに、黒塗りで窓にカーテンがかかっているような大きな車が横付けされていた。

 エイミは車には乗らず、小道を歩いていく。
 服の破れた切れ端を全部千切り取ってしまったので、ところどころ剥き出しの肌が、朝の冷たい空気にさらされて、いかにも寒そうである。

 エイミが車に乗らなかった訳は、間もなく判明した。

 「あのバイク、アオヤギか」
 「中免を取ったって言ってた。どのみち、高速で2人乗りは無理だったね」

 車の後からついてくる黒いバイク姿には、確かに見覚えがあった。初めて明巴とホテルへ行った時に、高速道路を走っていた。
 俺は脱力した。いつの間に、中型二輪免許まで取ったのだろう。エイミには、色々驚かされる。


 翌週から明巴の授業は、別の講師が担当することになった。
 コトリが雪から聞き出したところでは、急に見合いがまとまって結婚することになった、という話であった。
 当然、俺が経験した恐怖の一夜は、明かしていない。

 明巴から電話がかかってくることも、なかった。母からの電話でも、警察照会の話は出てこなかった。俺は安堵した。

 「見合いはずっとしとったらしいがね。気に入った相手が見つからなんだだけで。ユーキ。おみゃあ、振られたな」

 フタケが由香子から聞いた話を披露した。どういう手段を使ったものか、彼はうまく由香子と話をつけて別れることに成功したようであった。明巴との一件を経て、改めてフタケのすごさが分かった気がする。
 とても俺には真似できない。

 「まあ、俺はまだ何者でもないからな」

 コトリは、雪と真面目に付き合いを続けていた。

 「彼女のお父さん、この学校の幹部なんだって。知らなかったよ。そういうことを自慢しないところが、好きだなあ。運命は、どこに転がっているかわからない」

 このところ常に幸せそうなコトリは、本気で雪に惚れ込み、結婚したい気持ちまで芽生えてきたようである。
 フタケはコトリに薄い笑みを向けた。

 「親父は川相かわい本部長を知っているけど、親不孝な一人息子だ、と嘆いていたよ」

 「え」

 コトリが固まる。俺も、すぐには、言葉の意味するところが理解できなかった。
 じわじわと、意味が染み込むにつれ、最初の飲み会から最近の雪とコトリの様子、果てはこの先起こり得る困難、その前に、周囲に会話を聞かれただろうか、という懸念まで、さまざまな思いが頭を駆け巡った。

 フタケには、俺たちの反応が、予想外だったらしい。笑みがぎこちなくなった。コトリが、がばっと立ち上がるとフタケの胸ぐらを掴んだ。ガタン、と椅子が大きな音を立てた。

 ざわついていた教室が、しんと静まりかえる。

 「この野郎、いい加減なことを言うと承知しないぞ」

 日頃ひごろ温和おんわなコトリの、思いがけない言動に押され、フタケは反撃を忘れたように大人しく胸ぐらを掴まれていた。それでも辺りをはばかる気遣いは残しており、眼前に迫ったコトリの耳に囁いた。
 それは、咄嗟に席を立ち、止めようと手を伸ばした俺の耳にも、かろうじて聞き取れた。

 「本当だわ。本部長の息子は、泰之やすゆき。彼女に聞いてみゃあよ」

 途端に、コトリはフタケを放り出し、教室から駆け去った。荷物は置いたままである。
 後を追うものは、いない。
 数人が、野次馬でこちらへ集まってきたのを、俺たちは適当に受け流して散らした。

 「今、みんなの前で聞いたら、まずいんじゃないか」

 人が散ってもなお、周囲が聞き耳を立てているかも、と俺は警戒して声を落とした。
 フタケは襟を整えながら、大きく息をついた。

 「本気で好きならなおさら、知っておくべきだと思うな」
 「それにしても、今、ここで言わなくたっていいだろうに」

 雪が生物学的に、または戸籍上、あるいは生まれた時の性別が男であることを、一緒に働く職員のどのくらいが承知しているのか。それより、生徒のコトリと職員の雪が特別な関係であることが公になったら、問題になるのではないか。

 俺は、事務室で騒ぎにならないか、耳を済ませてみたが、何も感じ取れなかった。教室はすでに、他のお喋りでざわめきを取り戻し、階の異なる事務室で何かが起こったとしても、生徒のいる場所まで伝わらなかった。

 そして、コトリは午後の授業になっても、戻ってこなかった。
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