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第二章 棗
5 お目当てが来なかった
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終点で降りる頃には、電車はお盆らしく混み合っていた。霞は立ち上がるのに俺を支えにすると、そのまま腕を組んだ。
「おいおい」
「いいじゃない。久しぶりに会ったんだから。誰も変に思わないわよ」
そのまま人波に押し流されるようにしてホームに出ると、他のドアから出て来たらしい同級生の一群とばったり顔を合わせた。
「おう、見せつけてくれるじゃないか」
「いや、これは」
「いいでしょう」
何せ反対側のホームにも電車が止まっていて、両側から降り立つ客で混雑していた。俺は言い訳をする間もなく、後ろから人に押されて、霞と腕を組んだまま階段に押しやられた。
「あの、これは」
なおも振り向いて言い訳しようとしたが、同級生たちとの間には、早くも見知らぬ他人の垣根ができていた。ちらりと室越棗の顔を見た気がして、俺は足を止めた。
「ばかやろう、さっさと歩け」
途端に罵声を浴びせられた。階段を踏み外しそうになりながら、慌てて上り始める。隣で霞がくすくす笑った。
「すぐ話せるのに、こんなところで立ち止まるからよ」
霞の言うとおりであった。棗が来ているのなら、会場でゆっくり話せばいい。
俺は霞の腕から逃れるのを諦めて、人の流れに身を任せた。こんな混み合った場所で腕を振り払う方が危ない。
会場へ着くまでの間に何度か試みたが、ことごとく失敗し、結局霞と腕を組んだままである。おかげで、同級生に随分冷やかされた。
霞はいいでしょう、と自慢するばかりで放そうとしなかった。俺はここで揉めると霞に恥をかかせる気がしてきて、終いに諦めた。
同級生は次々とやってくる。同じ電車に乗った筈のエイミは、随分後になって他の組に紛れて到着した。
現役で大学へ進学した者ばかりである。知る限り就職組や浪人組は、俺とエイミを除いて顔を見せなかった。
「やっぱり、浪人がこんなところで堂々と遊んでいちゃいけないよな」
自虐で俺が呟くと、側を通りかかった幹事が、軽く肩を叩いた。
「ユーキは地元を出ちゃったから、皆どうしているか心配していたんだぜ。元気な顔を見られて嬉しいよ」
「ありがとう」
さりげなく、出入り口の方を気にして見ていたが、棗は一向に現れなかった。
見間違いだったか。だが、エイミも会場へ到着するまでに時間がかかったのだから、棗も遅れてくるかもしれなかった。
入り口の扉が閉められ、同級会が始まった。クラスの過半数が出席していたが、仲間内の集まりということで教師も呼ばず、幹事の簡単な挨拶と乾杯だけで、堅苦しいことはしなかった。
会場も立食式である。さすがに会が始まると、霞も腕を放してくれたので、俺は時折出入り口を気にしながらも、あちこち移動して同級生と話をすることができた。
たくさん話せば、棗の消息も聞けるだろうという腹づもりであった。あちこちで輪ができる。高校生活の思い出話で弾む俺の耳に、エイミの名前が飛び込んで来た。
「あれ、誰だっけ」
「ええと、アオ‥‥ヤギさんじゃないかな」
「ああ、あれアオヤギさんかあ。眼鏡かけていたっけ?」
棗は目立たないよう努力する性質だったが、エイミは空気のように目立たなかった。
同じように思っていたのは自分だけでないと知って、俺はほっとした。
同級生との話題は、どうしても新しい環境、大学生活に関することが多かった。
俺は覚悟して浪人したのだし、気にするつもりはないのだが、同級生の方が変に気を遣って、時々会話が滞ることもあった。
聞いてみると、大学は無理に勉強しなくてもよい授業があって、そういう授業ばかり取って卒業に備える人もいるということである。
単位というものを揃えないと、卒業できないそうだ。高校と変わらないようにも思うが、自分で学ぶ事を選べる範囲が、高校に比べて広いのだそうである。
授業のことよりも、サークル活動という部活動のようなものの方を、熱心に語る同級生が多かった。
「可愛い子ばっかり集めているから、野郎は定員制なんだよ。希望者で勝ち抜き戦をして、上位入賞者だけが入れるの。俺、頑張っちゃったもんね」
「やっぱ東京はいいよ。何せ種類が半端じゃないもの。どれもこれも選び放題。すぐ金が足りなくなる。バイトも求人多いからいいけどね。結局、楽に単位をもらえる授業を、どれだけ取れるかが勝負だよ」
「もう、感激。本の作者が目の前にいるんだよ。入ってよかった。でも、却ってサイン頼めないんだよね」
俺は同級生の話を熱心に聞いていた。俺の近況を尋ねる者はいなかった。尋ねられても、珍しい話は人に言えるような内容のものではないし、予備校の授業の話が面白いとは思えないから、それでよかった。
何度か棗の情報を聞き出そうとしたが、さりげなく持ち出すタイミングが掴めなかった。
不思議なくらい、誰も棗の近況に触れなかった。
考えてみれば、棗は最終的に、磯川霞以外の親しい人間を持たなかったように見える。
彼女以外に、棗が現在どうしているか、知る者はいないのかもしれない。
目立たないことが彼女の望みなのであった。もしかしたら、棗を目立たなくさせるために、霞が手を打ったのかもしれない、とついには俺は意地悪く考えた。
室越棗はとうとう会の終わりまでに姿を現さなかった。
「おいおい」
「いいじゃない。久しぶりに会ったんだから。誰も変に思わないわよ」
そのまま人波に押し流されるようにしてホームに出ると、他のドアから出て来たらしい同級生の一群とばったり顔を合わせた。
「おう、見せつけてくれるじゃないか」
「いや、これは」
「いいでしょう」
何せ反対側のホームにも電車が止まっていて、両側から降り立つ客で混雑していた。俺は言い訳をする間もなく、後ろから人に押されて、霞と腕を組んだまま階段に押しやられた。
「あの、これは」
なおも振り向いて言い訳しようとしたが、同級生たちとの間には、早くも見知らぬ他人の垣根ができていた。ちらりと室越棗の顔を見た気がして、俺は足を止めた。
「ばかやろう、さっさと歩け」
途端に罵声を浴びせられた。階段を踏み外しそうになりながら、慌てて上り始める。隣で霞がくすくす笑った。
「すぐ話せるのに、こんなところで立ち止まるからよ」
霞の言うとおりであった。棗が来ているのなら、会場でゆっくり話せばいい。
俺は霞の腕から逃れるのを諦めて、人の流れに身を任せた。こんな混み合った場所で腕を振り払う方が危ない。
会場へ着くまでの間に何度か試みたが、ことごとく失敗し、結局霞と腕を組んだままである。おかげで、同級生に随分冷やかされた。
霞はいいでしょう、と自慢するばかりで放そうとしなかった。俺はここで揉めると霞に恥をかかせる気がしてきて、終いに諦めた。
同級生は次々とやってくる。同じ電車に乗った筈のエイミは、随分後になって他の組に紛れて到着した。
現役で大学へ進学した者ばかりである。知る限り就職組や浪人組は、俺とエイミを除いて顔を見せなかった。
「やっぱり、浪人がこんなところで堂々と遊んでいちゃいけないよな」
自虐で俺が呟くと、側を通りかかった幹事が、軽く肩を叩いた。
「ユーキは地元を出ちゃったから、皆どうしているか心配していたんだぜ。元気な顔を見られて嬉しいよ」
「ありがとう」
さりげなく、出入り口の方を気にして見ていたが、棗は一向に現れなかった。
見間違いだったか。だが、エイミも会場へ到着するまでに時間がかかったのだから、棗も遅れてくるかもしれなかった。
入り口の扉が閉められ、同級会が始まった。クラスの過半数が出席していたが、仲間内の集まりということで教師も呼ばず、幹事の簡単な挨拶と乾杯だけで、堅苦しいことはしなかった。
会場も立食式である。さすがに会が始まると、霞も腕を放してくれたので、俺は時折出入り口を気にしながらも、あちこち移動して同級生と話をすることができた。
たくさん話せば、棗の消息も聞けるだろうという腹づもりであった。あちこちで輪ができる。高校生活の思い出話で弾む俺の耳に、エイミの名前が飛び込んで来た。
「あれ、誰だっけ」
「ええと、アオ‥‥ヤギさんじゃないかな」
「ああ、あれアオヤギさんかあ。眼鏡かけていたっけ?」
棗は目立たないよう努力する性質だったが、エイミは空気のように目立たなかった。
同じように思っていたのは自分だけでないと知って、俺はほっとした。
同級生との話題は、どうしても新しい環境、大学生活に関することが多かった。
俺は覚悟して浪人したのだし、気にするつもりはないのだが、同級生の方が変に気を遣って、時々会話が滞ることもあった。
聞いてみると、大学は無理に勉強しなくてもよい授業があって、そういう授業ばかり取って卒業に備える人もいるということである。
単位というものを揃えないと、卒業できないそうだ。高校と変わらないようにも思うが、自分で学ぶ事を選べる範囲が、高校に比べて広いのだそうである。
授業のことよりも、サークル活動という部活動のようなものの方を、熱心に語る同級生が多かった。
「可愛い子ばっかり集めているから、野郎は定員制なんだよ。希望者で勝ち抜き戦をして、上位入賞者だけが入れるの。俺、頑張っちゃったもんね」
「やっぱ東京はいいよ。何せ種類が半端じゃないもの。どれもこれも選び放題。すぐ金が足りなくなる。バイトも求人多いからいいけどね。結局、楽に単位をもらえる授業を、どれだけ取れるかが勝負だよ」
「もう、感激。本の作者が目の前にいるんだよ。入ってよかった。でも、却ってサイン頼めないんだよね」
俺は同級生の話を熱心に聞いていた。俺の近況を尋ねる者はいなかった。尋ねられても、珍しい話は人に言えるような内容のものではないし、予備校の授業の話が面白いとは思えないから、それでよかった。
何度か棗の情報を聞き出そうとしたが、さりげなく持ち出すタイミングが掴めなかった。
不思議なくらい、誰も棗の近況に触れなかった。
考えてみれば、棗は最終的に、磯川霞以外の親しい人間を持たなかったように見える。
彼女以外に、棗が現在どうしているか、知る者はいないのかもしれない。
目立たないことが彼女の望みなのであった。もしかしたら、棗を目立たなくさせるために、霞が手を打ったのかもしれない、とついには俺は意地悪く考えた。
室越棗はとうとう会の終わりまでに姿を現さなかった。
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