続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

文字の大きさ
29 / 39

29 三分の一

しおりを挟む
 母は、ベッドの上に起きていた。家の中の用ならば、自分で歩いて済ませるほどに回復している。

 「まあ。リウメネレン殿下。このような格好で失礼しました」

 「療養中の身だ。こちらも急な訪問で失礼した。気に病まないように」

 リウメネレンは、母に復帰の意向を問う前に、ティヌリエルの罪について説明した。
 母は、王女が牢に住むことも知らずにいた。ヒサエルディスが、伏せていたのである。

 「なんでまた‥‥オールコックという魔術師が、それほど悪賢かったのね」

 ショックの余り絶句した母は、口を利けるようになるなり、リチャードを責めた。彼が、王女をおとしいれたと考えたのだ。
 同意を求められたのは、ヒサエルディスである。彼女は相槌あいづちにも困って口ごもる。嘘でも彼を悪く言いたくない。

 「魔術の才能は、優れていたのだろう。他にもいくつか秀でた才を持っていた」

 代わりに、リウメネレンが応じた。

 「彼は、魔族の長の魂を、その身に取り込んだと思われる」

 「えっ?」

 「では、エルフ国で預かった魂は‥‥」

 ヒサエルディスは、その先を口にすることができなかった。
 ティヌリエルは、保管場所へ案内しただけでなく、魂を引き渡してしまったのか。それは、余りにも大きすぎる罪だった。

 「違う。オールコックが取り込んだのは、アリストファム王国で管理していた分だ。ビアトリス王女が、彼に保管場所を教えた。彼女は実際取り込む場面までは見なかったそうだが、状況からしてほぼ間違いない」

 母が、ほっと息をついたのが見えた。
 もし、ティヌリエルがしまったら、リチャードは魔族の長の魂を三分の二も取り込んでいたことになる。

 世界最高峰の魔術師と呼ばれるハリナダンでも、勝てなかったかもしれない。まして、当時の勇者や仲間たちを、揃えることもできないのだ。人間の寿命は短すぎる。

 その後起こりうる混乱を想像しただけで、ヒサエルディスは身震いが出た。

 「彼は魅了の才にもけていた。もっとも、ドワーフ国の女性には、通用しなかったらしい。彼女らは、自らに似た外見を好む傾向にあるから、かな? お陰で、そちらの魂はひとまず、取り込まれずに済んだ」

 重苦しい空気を振り払うように、リウメネレンが明るい口調で言った。
 ドワーフ族は、体型に性別の差がほとんど見られない。すなわち、酒樽さかだるのようなずんぐりとしたシルエットに、短めの手足がついた外見である。
 ひげを持つ女性もまれではないと聞く。

 リチャードが、彼女たちの好みに寄せるには、常に幻覚魔法をかけ続けなければならなかったろう。

 魔族の長の魂を、三分の二も取り込んだ後には、そのような悠長な作戦ではなく、より強硬な手段を取ったかもしれない。
 失敗に終わった今だから、笑う余裕があるのである。

 「ヒサエルディスに渡されたブローチだが」

 唐突なリウメネレンの言葉に、彼女は不意を突かれて動揺した。

 彼女はリチャードとの関係を、母にも打ち明けていなかった。
 ティヌリエルの罪状を聞いた後で、娘も彼と関係を結んでいたと聞かされたら、母は何と思うだろうか。

 「あれには、居場所を知らせる魔法がかけられていた。エルフ国の場所を、特定する目的だったと思われる。彼が巧みだったのは、それをおとりとして使ったところだ」

 狼狽うろたえる彼女に構わず、リウメネレンは淡々と説明を続けた。

 「本命は、結界を弱める機能を持たせた道具だ。恐らくは、ティヌリエルの体内に仕込んであった。後に侵入口付近で発見された」

 ヒサエルディスの脳裏に、絡み合う二人の姿がよみがえった。ではあれは、愛の営みなどではなく、道具を取り出す作業だったのか。

 エルフ国の持つ魂を取り込んだ後、ティヌリエルを連れて逃げるならば、道具を彼女の体内から取り出す必要はない。
 リチャードは、王女を残し、ヒサエルディスを迎えに来てくれたかもしれないのだ。

 一瞬だけ、二人で世界を駆ける姿を想像し、すぐに否定した。彼は三分の二を手にしたら、残る三分の一を得るために、再びドワーフ国へ赴いただろう。そこにヒサエルディスの存在は不要である。
 どのみち、彼が死んだ今となっては、真相を聞くことも叶わないのだ。

 「オールコックはティヌリエルを使って結界を抜け、魔族の長の魂を手に入れようとしたが、失敗した。彼女は、魂の在処ありかを知らず、その事実も知らなかった。故に、魂を狙うやから向けの罠にはまったという訳だ。ブローチの一件以来、警戒していたことも幸いした。父の帰国は、彼を迎え撃つのにぎりぎり間に合った」

 「ハリナダン王弟殿下のこと、改めてお悔やみ申し上げます」

 母が頭を垂れた。遺体はないが、亡くなったものとして葬儀を出していた。リウメネレンは、ハリナダンの息子なのだ。

 「ありがとう。それで、ティヌリエルの処遇だが、国の結界を侵し、他国の者と結託して魔族の長の魂を盗ませようとした罪は、重い。外交的な体面からも、王女は生涯幽閉となるだろう。正式な沙汰が下れば、王城から離れた別の場所へ移送する予定だ。世話をする者も、同じく隔離された生活を送ることになる。現在はヒサエルディスに世話を頼んでいる。ファヌィアル、君が回復したら、この仕事を引き継いでもらえるだろうか?」

 「喜んでお受けします。私は、ティヌリエル様の乳母ですもの。最後までお世話させてもらえるのは、光栄です」

 母は即答した。
 ヒサエルディスは、リチャードとの関係を話さずに済んで、安堵すると同時に不安になる。

 ティヌリエルが、母にも彼女なりのを話すかもしれない。

 リチャードを失った王女は、気分の浮き沈みが激しくなっている。彼女の言い方次第で、母が傷付くことは容易に想像できた。

 出来れば、王女と母を近付けたくなかった。今更の思いである。

 「ところで、ファヌィアルが復帰した後のことだが」

 リウメネレンが、また話題を変えた。

 「ヒサエルディスの体を借りても良いか? 彼女に、手伝ってもらいたい仕事がある」

 「師匠、弟子にしてくれるのですか?」

 部屋に光が差した気がした。彼女は、前のめりになって尋ねた。

 「弟子にはしない」

 即座に断られた。それでも、気分は高揚したままである。ティヌリエルとの息詰まる時間に比べれば、リウメネレンとの仕事は、森の中にいこうと同様であった。

 「もちろんですとも。何でしたら、側室でも愛人でも、とことん使ってやってください」

 横から、母の声がした。やたらと嬉しそうな声であった。そこで、ヒサエルディスは落ち着きを取り戻した。
 進んで娘を愛人に差し出す母が、ここにいたとは。

 そこで正妻にしろ、と冗談にも言わない辺りが、王城勤めの長い母らしくもあった。

 「お母さん、殿下に失礼だよ」

 母の軽口のせいで、リウメネレンとの仕事を失っては堪らない。ヒサエルディスは、釘を刺したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...