続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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30 安住の地

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 間もなく母は、ティヌリエルの世話係を引き継いだ。
 ヒサエルディスが心配した暴露ばくろは、今の所行われていないようだ。王女も、作戦とはいえ二股された相手より、乳母に世話をされた方が、心安らぐのだろう。

 リウメネレンの言う仕事とは、引越しの準備だった。
 元々、爆発を伴うなど、危険な実験を行うために、エルフ国本土に直接の影響を及ぼさない土地を作っていた。

 かなり怪しげな術であるが、国際的に、エルフ国領土として認められている。
 リチャードから得たブローチも、ここで保管していた。それは彼の死後、破壊されて今は存在しない。

 エルフ王は、今回の事件をきっかけとして、一層国を閉じる方向へかじを切った。
 これまでにも、エルフ以外の種族には、所在地も明確にせず、出入りも限らせてきた。それを、エルフにも適用したのである。

 事前に通知すると、数割の国民が、戻らない覚悟で出国した。その多くは、他種族と縁戚関係にある者だった。
 残った国民は、これまで以上に自給自足の生活を続けることになる。

 しかし国として、他国と関わらざるを得ない場面もあり、リウメネレンがその土地に住むことで、外交面の役割も引き受けたのであった。
 ティヌリエルの幽閉先も、同じ場所と決まっていた。


 リウメネレンの家から仕分けた荷物を運び出すほか、ティヌリエルと世話係の住まいも整えなくてはならない。
 エルフ国と直接行き来できない場所にあるため、ただでさえ面倒な引越しは、大変に気を遣う作業となった。

 彼女の生涯幽閉という処罰は、鎖国の件と共に、アリストファムやドワーフ国にも通知された。
 両国から異議は出なかった。

 アリストファムは、魔族の長の魂と、優秀な魔術師をエルフ国によって失った、とも言えるが、彼が原因で王城が損壊し、王族が命を落としたことを考えれば、むしろエルフ国側が賠償を求めて良い事案である。

 エルフ王は、アリストファム側に賠償請求しないことで、相手国からの要求を退しりぞけたのであった。


 ティヌリエルが終身刑のような重い罰を科されながらも、王族の籍を剥奪はくだつされなかったのには、訳がある。

 彼女は望み通り、妊娠していた。もっと言えば、処刑されなかった理由も、ここにあった。
 エルフは長命である代わりに、妊娠率が低い。エルフの子供は、宝なのだ。
 たとえ父親が、稀代の犯罪を犯した人間であろうとも。

 エルフには、身籠った可能性のある者を処刑するなど、考えられない。
 エルフ王が賠償請求を放棄したのには、子が生まれた際、引き渡しの要求を防ぐ意味合いもあった。

 「リウメネレン殿下。この仕事を終えたら、私はエルフ国へ戻されるのですか?」

 いよいよ作業も大詰めとなった。ヒサエルディスは、気がかりを尋ねてみた。
 リウメネレンの元の家は空っぽで、ヒサエルディスが母と住んでいた家も、ほぼ空である。

 不足は調達すれば良いとして、身の振り方を考えねばならない時期に来ていた。乳母である母の手伝いで暮らしてきた彼女は、この仕事を終えたら、ただの無職エルフである。

 コネとなる母も、リウメネレンもティヌリエルも、エルフ国とは直接関わらない場所へ移住する。
 ティヌリエルなどは、罪人でもある。人伝ひとづてに紹介してもらうアテはない。
 エルフ本国は、鎖国による自給自足で、雇い仕事も減るのではないか、と予想された。

 「エルフ国と、この場所を繋ぐ方法に詳しい私が、他の国に住む事は、許されるのでしょうか?」

 長寿で魔法を使えるエルフは、人間には重宝される。あがめられる場合もある。
 他国へ出れば、ヒサエルディスでも、何とか暮らしは立つ。食べていくには、外へ出るしかない、と彼女は考えていた。

 「国外には、出せないな」

 希望は一瞬でついえた。肩を落としたヒサエルディスを見て、リウメネレンが考えるような姿勢を取った。

 「私としては、この先、国外との折衝せっしょうを手伝う者がいてくれれば、助かる。君は、賢者志望だったな? 弟子は取れないが、国の方で誰か紹介することはできる」

 「弟子じゃなくて良いので、殿下の助手に採用してください! ちなみに、お給料いただけるのですよね?」

 「衣食住は保証するが、給料は難しい」

 「では、自分で稼ぐのはどうですか? 例えば、魔法や薬草を使った商品を人間に売りつけるとか。他国と交流するには、貨幣も必要ですよね?」

 ヒサエルディスは、今後の生活のため、必死で知恵を振り絞った。
 ここで働けるならば、その方が良い。母と住めるし、リウメネレンの蔵書を読む機会も得られるのだ。

 「あはは。君、思ったより面白かったのだね。採用しよう。金儲けについては、始める前に私に許可を得てくれ。住まいは、ファヌィアルと同居で構わないだろう」

 「あ、ありがとうございます。リウメネレン殿下」

 リウメネレンが笑ったところを、初めて見た気がした。そんな筈はないが、希少な笑顔であることは確かであった。
 冷たく整った顔が一変したのを見て、ヒサエルディスの心に安堵が生まれる。

 ハンカチーフが差し出された。受け取ってから、自分が涙を流していることに気付いた。

 「あ、あ。申し訳ありません。これで生活の心配がなくなって‥‥ありがとうございます、うっ」

 「あれ以来、働き詰めだったからねえ。大体作業も終わったし、ティヌリエルを連れてくれば、気忙きぜわしくなる。今日ぐらいは、休みなさい。もう、向こうに荷物もないのだろう? こちらで休んで構わないよ」

 リウメネレンは言い置くと、部屋を出て行った。ヒサエルディスは、座り込んだ。
 後から後から涙が出てきた。彼のハンカチーフは、たちまち湿ってしわくちゃになった。洗って返さねば、と思う端から、新たな涙がポタポタと落ちる。

 ただ茫然ぼうぜんとして涙を流し続けた末、何故自分は泣いているのだろう、と考え始めた頃に、涙が途切れた。
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